♯14 現実。
そのボールは一段と高く伸びていき、ライトを置き去りにしてーーー。
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変わらず、俺は速水奏にからかわれる。
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7月18日。
奏に教えてもらって頑張って勉強したがボロボロだった期末試験を終えた今日。
全国大会の予選、決勝。
ここまで順調に勝ち上がってきた。あと1回勝つだけで良い。それだけで全国に行ける。
もうすぐ去年の借りを返せる。
俺は前回の試合投げていないが、先輩たちが相手チームを完璧に抑えて勝ってくれた。試合後先輩たちから「後は頼んだからな」と言われて背中を叩かれたのが凄い嬉しかった。
手が震える。
緊張は当然している。
負けるのは、もう嫌だ。
もう、負けは許されない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
勝てば良いだけだ。
スタメン全員で円陣を組む。
全員練習してきた。
絶対に負けねえ。
キャプテンを見つめる。
「行くぞ」
キャプテンが小さく呟き俺たちを射抜くような視線で見つめる。
全員がキャプテンを見つめる。
「絶対勝つ!!」
『おう!!』
キャプテンの全力の掛け声に俺たちも答えるように全力で叫ぶ。
俺たちは整列に向かう。
柄にもなく、緊張してる。
それは多分相手チームも同じだろう。
主審の前に立つ。
「選手整列!!」
『よろしくお願いします!!』
帽子を取ってお辞儀する。
18人の多声が重なり、大合唱を奏でる。
まだ緊張してる。
何度も経験してる筈なのに、胸が痛いな。
空気を吐く。
空気を吸う。
空を見る。
大丈夫だ。
俺たちは負けない。
♯14 現実。
軽い投球練習を終えて、主審が「プレイボール!!」と叫ぶ。
1番バッターが頭を軽く下げてバッターボックスに入り、構える。キャッチャーのサインを見て、頷き、足をゆっくり上げていく。右手で壁を作り、ギリギリまで力を溜めて、一気に振り抜く。コースはインロー。全力のストレートにバットは動く事無く、俺の球を見つめていた。
『はえー』
『いくら出た?』
『137キロ』
『去年より速いな』
……。
初球から振ってこないか。
帰ってきたボールを受け取り、捕手のサインを待つ。って言っても俺の場合三種類しかないけど。
キャッチャーはバッターを少しだけ見て、カーブのサインを出す。
俺は頷きカープを投げるが、カーン! とバットに簡単に当てられるもファールゾーンに転がっていった。これで2ストライク。
遊び球は要らないとアウトローを要求。サイン通りストレートを投げると、迷わずフルスイングしてきた。だが、バットは空を切る。キャッチャーミットにボールか収まり、『ットライク!! バッターアウト!』と主審が叫ぶ。
よし、まず一人だな。先頭バッターを抑えれたのは大きい。次も集中しないと。
2番バッターがバッターボックスに入る。左か。
キャッチャーのサインは高めのストレート。今日はストレート主体で行く気みたいだな。
全力で投げる。
カァアン!! と初球からフルスイングされて、ボールは見事に跳ね返された。幸いな事にそこまで力が無かったのか、ボールに勢いはなく、センターフライだった。
続く3番バッターも初球から思い切り振ってきたが、これも詰まってセンターフライでスリーアウトになった。
スタメンと軽くハイタッチしながらベンチに戻る。
取り敢えず1回が終わった。7回までは投げたいな。
さっきのイニングは5球か。70球超えたら監督に強制的に降ろされるから、出来るだけ球数は抑えたい。
「翔平」
バッテリーを組んでる晋太郎が俺に声をかけながら隣に座る。
俺は水を飲む。
「チェンジアップも今日は投げるのか?」
チェンジアップは今練習してる変化球の中で一番自信がある球種だ。まだ試合では一球も投げてないが、あの時からずっと練習してきた。
「まだ実戦で投げてねーからな。自信はあるけど、ピンチに使えるかどうかは分かんねぇぞ」
そんな俺の言葉に晋太郎は、
「自信はあるんだろ? じゃあ十分だ。使うぞ」
と言ってきた。
俺はその言葉に頷く。
俺たちが話してる間に一番バッターは初球から狙っていってセンターの頭を超え、塁に出ていた。続く2番バッターは送りバンドをきっちり決め、先輩を二塁に進める3番バッターはフルカウントまで粘るも見逃し三振。
これで2アウトか。
相手ピッチャー球速はそんなに出てないけどコントロール良いな。変化球はスライダーとカーブか?
俺はバットを持ってネクストバッターサークルから左のバッターボックスに入り、構える。初球はなんだ。相手ピッチャーは頷き投球フォームに入る。足を高く上げるダイナミックなフォームから投じられた全力のストレートにタイミングを合わせてフルスイング。カァアン!! と甲高い音を響かすも、センターの足が速く、この打球に簡単に追いつきアウト。
やっぱり簡単には取らせてくれないか。
塁から戻ってきた先輩の隣に立つ。
「すいません、返せなかったです」
そう言うと先輩は俺の背中を叩いて、
「気にすんな。次点取るぞ。お前は抑える事だけ考えろ。点は俺たちが絶対取ってやるから」
と言った。
「うす」
先輩はショートにつく。
俺は受け取ったボールをグローブの中で転がす。
次は4番か。注意しないと。
サインはストレート。コースはインハイ。俺は頷き、構えて投げる。ガッキィィン!! と快音を残して、白球をライトが追えず、まさかのホームラン。マジかよ。先制点奪われた。腕を高らかに上げてダイヤモンドを一周する4番。
続く5番、6番、7番は、3人とも三球三振に倒れ、ここで攻守交代となった。
その後、先輩達が一点を返して試合は再び同点となった。
均衡は5回まで続いたが、一番のピンチこの回に来た、
5回、ツーアウト、満塁。
もう点はやれねえ。キャッチャーのサインはチェンジアップ。俺は頷き、チェンジアップを投げる。
カアァン!! と甲高い音が響く。
振り返り、打球を探す。
高い。
頼む。先輩、取ってくれ。
やめろ。
やめろ。
やめてくれ!!
そのボールは一段と高く伸びていき、ライトを置き去りにして、ミットの頭上を通過した。
転々と転がる白球を急いでセンターが拾い上げてショートに投げる。ショートが受け取り、振り返り、キャッチャーに投げるが、もうすでに2人帰ってる。1塁ランナーもホーム目指して走ってる。だが、キャッチャーへの返球は間に合わず、この回一気に3点も奪われた。
俺はここで代えられた。
結局俺たちは3点の点差をひっくり返せず、点差はさらに広がり9対2で負けた。
「ごめん」
試合後、俺はメンバー全員に頭を下げだ。
誰も何も言わなかった。
いっそボロクソに文句を言われた方が楽だった。
現実は非情だ。
どれだけ努力をしても届かない結果がある。
誰にも負けるつもりはなかった。
〝あいつ〟と再戦して去年の借りを返すつもりだった。
それだけの練習も、努力も皆してきた筈だった。
全国大会の結果はまさかの予選負け。
受け止められない現実にショックを隠せなかった。
全国でもそれなりに名前を知られるようになって、いろんな強豪校から声をかけられて、俺は調子に乗っていたのか?
予選なんかで負ける筈がない。
心のどこかでそんな事を思っていた。
絶対なんてどこにもないのに、負けないと思っていた。
生まれて初めて涙が止まらなかった。