変わらず、俺は速水奏にからかわれる。   作:花道

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 宿題は何一つ終わっていない。
 夏休みは始まったばかりだし、まだしなくてもいいか。



♯16 後悔しないように。

 

 

 

 

 

 

 速水奏は毎年夏休みの宿題を1週間以内に終わらせているのだが、今年は5日と経たずに終わらせてしまった。残っているのは読書感想文と美術の宿題と自由研究だけだ。今年は思ったよりも早く終わったなと、感想を抱きながら両腕をグッと大きく天井に向かって伸ばす。

 充電していたスマートフォンを拾い上げ、そのままベッドに仰向けに倒れる。

 スポーツニュースでは大阪タイガースのドラフト1位投手、岩浪俊太郎が5勝目を挙げてニュースに取り上げられていた。これで確か今シーズンの成績が防御率2.40、5勝2敗、奪三振が61だっと思う。新人にしては驚異的なペースじゃないだろうか。個人成績のランキングにも上位で載っているし、今年の新人王はもしかしたら岩波が取るかもそれない。

 奏はあらかた野球のニュースを読み終えると今度はLINEを開き、来ていたメッセージを確認する。

 LINEは数件友達から来ていたが、どれも急ぎで返信するような内容ではなかったから、ゆっくりと文章を考えてから返信した。

 翔平からは1通もLINEは来ていなかった。奏からも夏休みに入ってからはまだ一通も送っていない。

 奏は悩んでいた。

 翔平と遊びに行くかどうか。

 正直な話をすれば、遊びに行きたい。

 遊びに行けるのなら海でも、プールでも、夏祭りでも、隣町の映画館でもなんでもよかった。

 ただ誘うきっかけがなかった。

 奏から遊びに誘った事は、記憶を振り返っても片手で数えるほどしかない。逆に翔平からはたった1回しかないから、ここは自分から誘わなかったら、多分誘いはずっと来ないと思った方がいいだろう。

 さて、どうやって翔平を誘うか。それを考えるのが1番難しい。

 この夏休みは翔平といっぱい遊んで、馬鹿みたいに騒いで、たくさん思い出を作りたい。

 そして夢を見つける。

 終業式で宣言した通り、翔平と同じ高校に行き野球部のマネージャーになることは夢とは違う気がする。あれは奏が翔平と一緒にいたいだけだ。翔平が立ち上がれない時に頼ってほしいだけだ。

 夢とはなにか。努力しても叶えられないことを夢と呼ぶのか。それとも叶えられた事を夢と呼ぶのか。そんな難しい話は奏にはまだわからない。多分この答えは大人になってもわからない。

 机にはまだあの写真がある。

 大きな入道雲が窓から見える。

 呼吸するたびに胸が痛い。

 胸の高鳴りはいまだ鳴り止まない。

 胸元を強く掴み、瞼を下ろす。

 後悔だけはしたくない。それだけは絶対にしたくない。

 じゃあ答えなんてもう決まっている。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

  変わらず、俺は速水奏にからかわれる。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 リビングで麦茶を飲みながら野球を見ていたら、姉が帰宅してきた。いつも部活が終わったらまっすぐ帰ってくるのに、珍しく20時を過ぎての帰宅。まあだいたい予想はつく。部活の人たちとマックにでも食べに行ってたのだろう。俺も連れて行け。

 タンクトップにショートパンツというラフな格好でリビングに戻ってきた姉は1人で遅めの晩飯を食べていた。どんだけご飯食べるんだよ。マックじゃなかったのかな。

 スマートフォンを操作しながら飯を食べていた姉が不意に俺に声をかけてきた。

 

「ねぇ翔平」

「なに?」

「あたし見たい番組あるんだけど」

「今いいところだからちょっと待って」

「あんた昨日も野球見てたじゃない。今日はあたしに譲りなさいよ」

「自分の部屋で見ればいいじゃん」

「ご飯食べてるでしょ。それにでっかいテレビで見たいのよ。あんたこそ部屋に戻りなさいよ」

「俺だってでかいテレビで見たいっつーの」

「あ?」

 

 あ、やばい。これ以上は俺の命が危ない。ここは素直に譲ろう。

 

「チャンネルは?」

「6」

 

 素直にチャンネルを変える。

 歌番組か。出ていたのは最近アイドルデビューしたばかりの高垣楓だった。この人は知ってる。めっちゃ綺麗だし、歌も上手いからなんか記憶に残っていた。今歌っているのはデビューシングルのこいかぜという歌。

 このまま部屋に戻って野球を見てもいいけど、この人の歌は聞きたい。

 

「ところで翔平」

「ん?」

「例の子とは付き合えたの?」

「ぶは!?」

 

 いきなりなんて事聞いてくるんだ。思わず麦茶を吹き出してしまった。

 

「デートに誘ったんでしょ? キスくらいしたんでしょうね?」

「するわけねえだろ!」

「え、してないの?」

「なんですること前提なんだよ!」

「はぁ、つまんないわね」

 

 こぼれた麦茶を拭く。

 くそ、好き放題言いやがって。

 

「彼氏できた事1回もねぇクセに」

「あ? 今なんつった? もう一回言ってみろ? 逃げ腰の翔平ちゃん?」

「あ? 誰が逃げ腰だって? バレー馬鹿」

「お前だよ、野球馬鹿」

 

 お互いに睨み合うが、怖い。めちゃくちゃ怖い。俺が姉と喧嘩して勝った事は一回もない。だから怖い。

 

「ごめん、言い過ぎだわ」

 

 そう姉は呟いて食事を再開した。

 俺は立ち上がって部屋に戻る。

 

「ねぇ」

 

 ドアノブに手を差し出したタイミングで、姉から声をかけられる。

 俺は何も言わずに、振り向く。

 

「後悔だけはしちゃダメだよ」

 

 姉貴は自分の()に手を置きながら、俺にそう言った。

 

「……」

「それだけは絶対にしないでね」

「……、」

「返事は?」

「うん。頑張るよ」

「うん、頑張れ」

 

 

 

 

  ♯16 後悔しないように。

 

 

 

 

 部屋に戻り、スマートフォンを払い上げると、1通のLINEが来ていた。奏からだ。

 文面は至ってシンプル。

 

 

 奏

 『明日遊ぼ』

 

 翔平

 『いいよ』

 

 

 

 夏が始まる。

 一年間で最も暑く、少し短い1ヶ月が始まる。

 

 

 

 






 小さくガッツポーズをして、頬を少し赤らめて、はにかんで、ベットの上で奏は悶えた。


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