速水奏の部屋には一枚の写真がある。
それは特に意味のない写真だ。
奏が中学一年の時の写真。何故か引きつった笑顔をしている奏の後ろをユニフォーム姿の大河翔平が歩いている姿が写っていた
部屋着でベッドに倒れていた奏は天井を見つめていた。
今日、奏は初めて授業をサボった。屋上にも初めて侵入した。それらは奏にとって初めての経験で、少し楽しかった。
スマートフォンを操作して、さっきダウンロードしたばかりの最新曲を流す。
長い髪の毛をいじる。最近髪の毛が邪魔だと感じる事が多くなってきた。伸ばし続けて腰を超えるほどの長さになっていたが、もうそろそろ短くしようかと考える。
考えるだけで、いつも実行はしない。
だけど。
今回はやってみようかな、と奏は思っている。
いきなり髪の毛を切って登校したら、君は……翔平はどんな反応をしてくれるのか。そんな事を考えると自然に笑みがこぼれる。
毎日は楽しい。
それなりに刺激もある。
仲の良い友達だっている。
勉強も運動も程々に頑張っている。
来年からは受験勉強が始まる。
全員が同じ高校を受けるわけじゃ無いので、今の友達のほとんどが必然的に離れる事になる。それは寂しい事だ。少なくとも奏はそう思う。
ーーー翔平とも離れるのかな。
翔平と奏には学力での決定的な差がある。二人が同じ高校に通う為には奏がランクを落とさなければならない。もちろん、そんな事を先生達が許すとは思えない。
それに、
ーーーもしかしたら翔平は東京以外の高校に行くかもしれない。
野球をやっている翔平は全国大会にも出場出来るくらい強いチームにいる。エースで四番でそのチームを引っ張っている。
普段の翔平からはそんな姿全く想像できないが、試合では別人みたいになる。
東京以外の高校からスカウトが来たって噂が流れた事だってある。
もしも、翔平が野球を続けて甲子園を目指すのだったら、もしかしたら、翔平とは本当にもう逢えないかもしれない。逢えても観客席かテレビから見る姿かもしれない。
それは少し嫌だ。
胸元を強く握る。
心の奥底にあるこの気持ちの正体には興味が無い。
ただ、翔平と離ればなれになるのは寂しい。
特別な事なんて、特別な気持ちなんて無い。
今のこの日常が気に入ってるから、多分、この現実が受け入れられないだけ。
それは多分、子供のわがままなのだろう。
誰もが通る道なのだろう。
それでも受け入れられない現実だってある。
自分の本当の気持ちなんて、とうの昔に気づいてる。
それでもその答えに辿り着かないように、心の奥底に深く沈めた。誰にも触らないように。誰にも気づかれないように。
ーーーーー
変わらず、俺は速水奏にからかわれる。
ーーーーー
ーーー♪
一通のLINEが届く。
翔平
『お願い助けて』
そのLINEを見て、奏は笑みをこぼす。
奏
『どうしたの?』
答えなんて解っているのに、LINEを返す。
翔平
『数学教えて下さい』
やっぱり、と奏は思う。
奏
『いいわよ』
続けてLINEを送る。
『キスしてくれたらね』
♯4 自宅では 速水奏①