変わらず、俺は速水奏にからかわれる。   作:花道

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♯7 キャッチボール①

 

 

 

 

 

 ピッチングフォームを確認しながら、壁に向かってボールを投げる。セットポジションの構えから右足を上げて、ゆっくりと下ろしていき、右手で壁を作るイメージで、タメを作ってから左腕を振り抜く。

 壁に当たり、跳ね返ったボールを拾い上げ、もう一度動作を確認しながら投げる。

 跳ね返ったボールは左方向へ飛んでいく。

 流れていったボールを追いかけると、先には右手で流れてきたボールを受け取った速水がいた。

 

「教室にいないと思ったら……お昼休みも練習してるのね」

 

 そう言って山なりの軌道でボールを返す速水。グローブで飛んできたボールをがっしり握る。

 

「おう、試合近いからな」

 

 俺は汗を軽くタオルで拭いてそう返す。

 もう一度同じ動作でボールを投げる。

 速水はその様子を眺めていた。

 何度か繰り返して俺は速水を見る。

 

「?」

 

 俺の視線に速水は首を傾げる。

 

「キャッチボールしようぜ」

 

「え?」

 

 突然の提案に速水は目を少し開いた。腕を組んで数秒考え、

 

「いいわよ」

 

 と微笑みながら言った。本当はグローブを貸したいんだけど、俺が使ってるのは左利き用だから貸す事は出来ない。貸したとしても上手く左手で投げれないだろうし。

 二人で五メートルくらいの位置に立ち、速水の胸元目掛けボールを投げる。

 素手でのキャッチボールは結構痛いんだが、速水は痛そうなそぶりを見せず、綺麗な山なりの軌道でボールを返した。

 受け取ったボールをまた投げる。

 ボールはすぐに俺の元に返ってくる。

 俺はボールを投げながら速水に話しかける。

 

「なぁ」

 

「なに?」

 

 ボールを受け取りながら、速水は返事をする。

 

「高校ってさ、どこ行くの?」

 

 その質問には特に意味がない。ただ速水がどこの高校に進学するのかずっと気になっていただけだ。そんな質問を速水にする。

 ボールを受け取り、また投げ返す。

 

「翔平はどこに行くの?」

 

 逆に質問を返してきやがった。

 

「まだ分かんねえよ。速水は?」

 

「わたしも翔平と同じよ。まだ分からない。これからどうしたいのかもまだわたしは決めてないわ」

 

 返ってきたボールを受け取って、また投げ返す。

 

「翔平はどうなの? 東京から出て行くの?」

 

 ボールを握り、速水はそんな事を言ってきた。

 東京から出て行くって俺が東京以外の高校からもスカウトが来てるの知ってるって事だよな。なんで速水がそんな事知ってるんだ? 速水にその事を話した記憶はない。誰が言った。

 

「去年、大阪の(とう)(えい)高校が甲子園春夏連覇したわね」

 

「そうだな」

 

「そこからも来てるんでしょ?」

 

 その言葉を聞いて少し驚いたが、多分俺と同じチームに所属している誰かが話してるところでもたまたま聞いたんだろう。

 

「翔平は行くの? 桐英に」

 

 その質問に対して俺は頷けず、視線を逸らした。

 

「どうだろ」

 

 手を構えてボールを要求する。

 返ってきたボールを両手で受け取り、下を向いて唇を軽く噛んだ。

 正直まだ決めていない。桐英出身のプロ野球選手が多い事も知ってる。最近は必ずと言っていいほど甲子園に出てるし、そこに行けば高い確率で甲子園には出場出来る。

 誘いは確かに来たが、まだそれだけだ。「行く」とは一言も言っていない。「考えさせてください」とは言った。

 

「嬉しくないの?」

 

「嬉しいよ」

 

 俺は言葉を続ける。

 

「去年全国に行って二回戦で負けたのに、桐英の監督から声をかけてもらえるなんて思ってなかったし、めちゃくちゃ行きたいって思った」

 

「……」

 

「でも、東京を離れるのはちょっと怖いんだ」

 

「怖い?」

 

「あぁ。強豪校に行って俺はレギュラーになれるのか。一軍に上がれるのか。スタンドから応援するだけで終わってしまうじゃないか。そんな事で不安だった。強豪校に行ったらそんな事当たり前なのにな。全国からすごい奴らが集まってくるのに、そんな事で不安になって馬鹿みたいだよな」

 

 もう一度ボールを速水目掛けて投げる。

 

「そんなことないわよ」

 

 ボールを受け取りながら速水は言葉を紡いでいく。

 

「誰もが行けるところじゃないところから声が来てるんでしょ。それだけで翔平は充分すごいわよ」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 変わらず、俺は速水奏にからかわれる。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 奏はそう言って言葉を続ける。

 

「ねぇ、翔平」

 

 受け取ったボールを投げながら奏は翔平に言葉のキャッチボールを続ける。

 

「わたしはね、夢がないの」

 

 奏は続ける。

 その発言は翔平にとって驚きだった。

 だって奏は勉強も運動も出来て綺麗で、悩む事なんてないと思っていたから。

 

「だから、夢がある翔平のことがいつも羨ましいって思ってた」

 

 ボールを受け取る翔平。

 

「わたしも〝なにか燃えるような夢〟が欲しいわ」

 

 青空に重なるボールを見つめる。

 夢はまだ見つからない。

 小さなボールほどの夢すら出てこない。

 憧れがあるとすればそれはーーー。

 

「わたしにもいつか見つかるのかしら」

 

 掌でしっかりとボールを受け取りながら奏は言う。

 

「将来の夢が」

 

 今まで一番高くボールは投げられた。

 翔平は取るのに失敗して、ボールを落とす。

 転がって行くボールを追いかけて拾い上げて、ボールを見つめる。

 

「俺さ、速水に出逢えて良かったって思ってる」

 

 いきなりの発言に奏は驚く。

 

「なんか、一緒にいて楽しいし、そんな事まで話してくれて……なんだろ。……嬉しいって言うのかな」

 

 見つめたまま、翔平は続ける。

 

「去年さ、まだあんまり仲良くない時さ、全国大会の応援に来てくれたじゃん」

 

「そうね。行ったわね」

 

 友達に無理矢理連れていかれたのは言えない。

 

「その時さ、マウンドから速水の姿を見つけた時スゲー嬉しかった。ほかの奴らも一緒に来てたけど速水がいたのが一番嬉しかったんだ」

 

「そ、そう」

 

 少し頬を赤くした奏は目を背ける。

 

「まあ結局負けたんだけどな」

 

「一失点で負けたのよね」

 

「あぁ。でも負けて良かったって思ってるよ俺」

 

「なんで?」

 

「だってーーー」

 

 なにかを言おうとした翔平だったが、ここで予鈴が鳴り響き会話は無理矢理終わらされる。

 二人の間に風が通る。

 

「やっぱいい。何でも無い」

 

 最後に翔平は白球を奏で目掛けて投げた。

 

「ボールやるよ。またキャッチボールやろうぜ」

 

 そう言って同じクラスなのに翔平は走り去っていった。

 夢はまだ無い。

 でも、いつか見つかると信じている。

 それがいつになるのかはまだ解らない。

 受け取った白球を高く掲げる。

 胸元を強く握る。

 決意はまだ出来ない。

 溢れ出した想い。

 この心は誰のものでもない。

 

 

 いつか、いつか自分にも必ず見つかると信じている。

 燃えるような将来の夢というやつが。

 

 

 

 

 

 ♯7 キャッチボール①

 

 

 




大阪桐英高校
史上7校目の春夏連覇を達成した大阪の強豪校。
毎年多くのプロ野球選手を誕生させ、ほとんどの選手が活躍している。
昨年もピッチャー、岩浪駿太郎がドラフトで4球団から一位指名され抽選の結果、大阪タイガースに入団する。
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