あと大阪タイガースはなにかいい名前が思いついてから変更するので、しばらくはこのまま行きます。
放課後になり、誰も居なくなった教室で翔平から受け取った白球を高く掲げる。白球は思ったよりも軽い。完全下校時間まであと少し。
「……」
白球を掲げたまま奏は考える。
中学生で将来の夢を持っている人が一体どれだけいるのだろう。将来プロ野球選手になりたいだとか、漫画家になりたいだとか、アイドルになりたいだとか、そんな夢を奏は今まで一度も抱いてこなかった。その事に対して何も思わなかったし、それが普通だと思っていた。逆に将来の夢を持ってる人の方が珍しいとさえ思っていた。
子供の時の夢を叶えられた人が一体どれだけいるのだろうか。
夢というのは大きければ大きいほど難しい。低過ぎるパーセンテージ。どれだけ努力しても壊せない壁があり、才能という残酷な差がある。
夢なんて叶わない。
なのに、大人達は夢を見つけろと言う。
努力をしろと言う。
勉強をしろと言う。
奏には解らない。
勉強して将来何の役に立つのか。
どうしたら夢を見つけられるのか。
自分は一体何をすればいいのか。
掲げていた腕を下ろして瞼を下ろす。
昨日と似たような繰り返しの毎日が嫌なわけじゃ無い。
翔平と一緒に居るのは楽しい。
嫌なのは夢が無いという事。
将来自分が一体なにをしているのか想像さえ出来ない未来が見てみたいだけ。
歩くのは下手じゃない。
勉強も運動も先生達の期待以上の結果は出しているつもりだ。
なのに、燃えるような夢が見つからない。
焦る必要は無いのに、勝手に焦ってしまう。
友達に夢があるから、自分も持たなくてはいけない。
そんなルールなんてどこにも存在しないのに、奏は夢を求める。
ーーーーー
変わらず、俺は速水奏にからかわれる。
ーーーーー
テレビには去年桐英高校からドラフト一位で大阪タイガースにプロ入りした岩浪駿太郎が3勝目をあげ、ヒーローインタビューを受けていた。身長198センチの長身だから隣に立っている人とは随分と身長差がある。
この人はいつから夢を持っていたのか。
小学生の時からプロ野球選手になりたいと思い続けた人なのか。
この人は夢を叶えた人なんだ、とそんな事を思いながら奏はテレビをぼんやりと眺めていた。
濡れた髪の毛をかきあげる。髪の毛を乾かさないといけないのに、そのままベッドに倒れる。
天井を見つめる。
瞼を下ろす。
去年、奏は生まれて初めて野球の試合を観に行った。
友達に誘われてついて行った試合だったが、これが思ったよりも面白かった。三振を量産する翔平。ピンチを凌いだ時のガッツポーズが印象に残っている。ホームランを打たれてベンチに下がっていく翔平の後ろ姿が瞼の裏に焼き付いている。試合は1対0で翔平達が負けた。それでも桐英高校という大阪の強豪校の監督から声をかけられた。翔平は自分の夢に一歩近づけたんだ。
胸元を強く握る。
奥底に沈めた筈の感情が這い上がろうとしている。
どうしてこんなにも翔平の事を考えてしまうのか。
翔平は夢を持ってる。奏には無いものを持っている。そんな理由で惹かれた理由にはならない。なにか、特別ななにかがある筈だ。
鼓動は早い。
翔平は言った。
「負けて良かった」と。
本当はそんな事思ってないくせに、強がりでそんな事を言ったとわかってる。
言いかけていた言葉の先もなんとなく分かる。
だって、それがきっかけで二人は仲良くなれたから。
ーーー♪
体を起こして、スマートフォンを取り、届いたLINEを確認する。
翔平
『7月8日って暇?』
奏
『どうしたの?
なにかあるの?』
翔平
『チケット貰ったから野球観に行こうぜ』
ーーーえ、もしかしてデート?
勝手にそう思い、みるみるうちに赤く染まっていく奏。
夢について悩んでいたのに、一瞬で吹き飛んでしまった。
ーーーいや、でも……え?
口元を押さえ、文字を打とうとしたら、丁度翔平からLINEが届いた。
翔平
『なんかみんなその日は予定あって行けないっていわれたからさ、それで速水はその日暇?』
ーーーあれ。わたし最後に誘われたの?
勝手な思い込み。
真顔になりながらも奏はすぐに笑みを浮かべる。
翔平がデートに誘う度胸が無い事なんてとっくに知ってる。
二人で遊んだ事なんて数えるくらいしかないし、基本夜は野球の練習してるか寝てるかのどっちかだし、お互いの都合が合う日なんてテスト期間くらいしかない。
ため息ひとつはいて、奏はLINEを送る。
奏
『いいわよ。一緒に観に行きましょうか』
見つからないものを求めてもしょうがない。
焦る必要は無い。
自分に出来る事を一つずつやって夢を見つけよう。
この心は自分のものだ。誰の指図も受ける必要は無い。
ただ今は、この時間が愛おしい。
♯8 いつか見つかる夢へ①