変わらず、俺は速水奏にからかわれる。   作:花道

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♯9 LINE①

 

 

 

 

 

 文字を打ち込んでは消していく。

 何度も書いては消してを繰り返す。

 普段使い慣れているはずのLINEにこんなにも苦戦する日が来るなんて思ってなかった。同じクラスの女子を遊びに誘うのがこんなに難しいなんて思わなかった。

 スマートフォンをベッドに投げて机に置かれているチケットを手にとる。これは野球の観戦チケットだ。座席は外野指定席。値段は1枚2200円。2枚合わせて4400円。中学生の俺にとっては決して安くない値段だ。一ヶ月の小遣いより1400円も高い。三ヶ月かけて貯めた。

 2枚ある理由は速水を誘いたかったからだ。

 だけど、その事を正直に言うのは恥ずかしかった。なにか適当な理由をつけて誘おうと決めて、文章を考えてもうどれくらい経っただろう。ちらりと時計を見上げる。気づけば俺はこの問題に直面して、1時間も戦っていたらしい。

 普通にいつも通り誘えば良いと姉には言われたが、それが恥ずかしいから聞いたんだよ。少しは分かってほしかったが、怖かったので、なにも言い返さなかった。

 それに速水のやつは多分普通に誘ったら、俺をからかう筈だ。絶対あいつはからかってくる。そうに決まってる。あいつはそう言うやつだ。それもあって正直に言いたくない。

 投げたスマートフォンに手を伸ばして、もう一度文章を考える。

 どう書けば普通に見えるのか。どう書けば恥ずかしくないのか。

 思いつく限りの文章を書いていくも、全てに納得できず全部消す。

 難しい。

 頭を抱えて文章をひねり出そうとするも、いい文章は全く思い浮かばない。

 ……いっその事デートだと開き直るのはどうだ。

 いや、駄目だそれじゃあ俺が恥ずかしすぎる。女子をデートに誘うなんて無理だ。絶対無理だ。

 速水と二人で出かけてるところをクラスの誰かに見られたら恥ずかしくて俺は死ぬ。最悪速水奏ファンクラブにバレて殺される。どっちにしろ死んでしまう。

 そういや俺……女子と遊んだ事ってあんまないな。

 ずっと野球をやってきたから当然と言えば当然かもしれない。

 ベッドに頭を傾けて天井を見つめる。

 結局、速水がどこの高校に行くのか聞けなかったな。

 東京からは、まあ、あいつは離れないよな。俺が大阪に行ったら、もう逢えないのかな。桐英の野球部は確かスマートフォン持つの禁止にしてた筈だし、逢えても一年に数回逢えるかどうかだ。もしかしたらもう逢えないかもしれない。

 それはちょっと寂しいかな。

 俺には夢があって、速水は自分には夢がないと言った。

 俺がプロ野球選手になりたいって思ったのもつい最近の事だ。それまではただ楽しくて野球を続けてた。でも、桐英や他の高校からもスカウトが来て、遊びから本気に変わった。

 二年になって三年を抑えてエースと四番をやらせてもらっているって事も知ってる。その事に対して納得がいってない先輩がいるのも知ってる。だからプレーで引っ張って納得させろって言ってた監督のことも理解できる。

 だけど、それはそれでまた難しい。

 ピッチャーやってて今まで一度も負けた事がない奴なんていないし、運が悪ければ大量失点してしまう事もある。こっちが抑えても打線の援護がなければ勝てないし、運の要素が大きい。3点取ってくれたら死ぬ気で抑えるんだけどな。

 まぁ、結果は次の練習試合で分かる。

 たかが一試合程度で認められるなんて思ってないけど、第一歩ならそれで十分だろ。

 

 それより今はこのLINEだ。

 スマートフォンを掲げる。

 浮かんでは消える文章を追っていく。

 書き込んでは何度も消していく。何回この作業を繰り返すんだろう俺は。

 出てこない言葉を無理矢理引き出そうとする。

 国語ちゃんとやっとけば良かったな。

 もっと勉強しよう。

 そう決心して俺は再び文章を打ち込んでいく。

 

 

 翔平

 『7月8日って暇?』

 

 結局打ち込んだ文章は普通の言葉。カッコつけても良いの思い浮かばないんだから、もう普通で良い。

 そう思いながら、速水からの返信を待つ。

 待っている間に、テレビをつける。

 テレビには今季3勝目を挙げた、岩浪俊太郎がヒーローインタビューを受けていた。その様子を眺めながら、返信を待つ。

 俺と違って身長もあって、ずっと注目され続けた男。

 春夏連覇という偉業を成し遂げてプロ入りした怪物。

 俺に、同じ事が出来るだろうか。

 

 

 ……いや、俺にはーーー。

 

 

 

 ーーー♪

 

 

 思考はLINE通知によって遮られる。

 頭を振る。伸びた髪の毛を見て、そろそろまた坊主にしないとな、と思いながら返ってきたLINEを確認する。

 

 

 奏

 『どうしたの?

  なにかあるの?』

 

 

 返ってきたLINEを見て、また文章を打ち込んでいく。

 

 

 翔平

 『野球のチケット買ったからーーー』

 

 とまで打ち込んで止まる。

 このまま打って送るのは恥ずかしいな。

 文章少し変えるか。

 

 

 翔平

 『チケット貰ったから、野球観に行こうぜ』

 

 そう打ってまた返信。

 他にも何か送っとくか。

 俺が誘いたいっていうのさえバレなけりゃ良い。

 そう、これは必要な嘘だ。

 自分に言い聞かせ、また文章を打ち込んでいく。

 

 

 翔平

 『なんかみんなその日は予定あって行けないって言われたからさ、それて速水はその日暇?』

 

 

 これくらいで良いだろ。うん。

 

 

 ーーー♪

 

 

 奏

 『いいわよ、一緒に観に行きましょうか』

 

 

 

 その返信を見て、俺は静かにガッツポーズした。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  変わらず、俺は速水奏にからかわれる。

 

 

 

 

  ♯9 LINE①

 

 

 


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