サイキョーお兄さん   作:鈴木遥

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業深きもの

・ この町には、10年ほど前から ある都市伝説がある。

 

夜中に町を歩いていると、人の形をした煙が現れるというのだ。

寒い夜に現れるそいつにさらわれると、もう二度と姿を見ることはないという。

 

老人達は、眉をひそめ、 もののけの祟りだ、 魂が現れたのだと噂する。

 

……が、 その怪物が初めて目撃された年月が、 この町にある『物騒な集団』が住み着き始めた時期と一致する事には、誰一人として気付かなかった。

 

 

走った。走った。ひたすら走った。

さっきの黒スーツの連中が自分を狙っている事は、彼が子供であろうと目に見えてわかった。

 

自分は普通じゃない。

 

目が覚めたあの場所で、そんなことはよく叩き込まれていた。

 

人間じゃない化け物が、あんな気のいい人たちと一緒にいちゃいけない。

 

考えるまでもなく、そんなことはよく分かっていたはずだ。

 

なのに……。

 

頼ってしまった。すがってしまった。

 

願ってしまった。寄り添ってしまった。

 

「オレは……汚い!!」

 

怒りのこもった熱い涙が溢れてくる。

 

自らへの嫌悪、先の見えない未来への恐怖。

 

逃げ切れぬ巨大な怪物から、手足をばたつかせた事で、 余計に恐怖が増大してしまった。

 

門真木の実験兵器だった自分に、 誰かと一緒にいる資格なんてない。

 

異端の怪物なんだ、俺は。

 

「ねぇ君、大丈夫?」

 

ふと後ろから、女の声がした。

 

赤いメガネをかけた長身の女が、心配そうに 彼の顔を覗き込んでいる。

 

「何でも……ない」

 

「え?うん。でも涙が……。」

 

差し伸べられた手を振り払い、彼は突然走り出した。

 

「え!?ちょっと……君!!」

 

走った。ひたすら走った。

 

「汚い……汚い……汚い……汚い!!消えちゃえ!!!オレなんか……消えちゃえばいいんだ!」

 

待ち合わせでの川沿いの、どこのものかも解らない倉庫まで走ってしまった。

 

倉庫の中は、錆びついた部品で溢れていて、 薄暗く、鉄臭かった。

彼の、暗く荒みきった心を具象化するのに、 一役買っていた。

 

「 ここなら誰も見てないし、ちょうどいいなぁ……。

このまま死ねたら、どんなに楽かな……。」

 

「そいつはちょっと困るねェ。」

 

彼はつくづく甘かったと、自分の浅はかさを呪った。

 

後ろから何かの薬を嗅がされ、急に意識が遠くなった。

 

 

ーーー

 

ティッシュに包んだ特殊な薬品を、少年の顔から離し、男は 倒れこんだ彼を担ぎ上げた。

ヤクザの鉄砲玉だった彼は、組長からの指示で門真木を倒すためのピースを集めるのに躍起になっていた。

 

彼の尾行を始めて数日が経った昨日。

青葉良人と合流された時はさすがに肝を冷やしたが、 別動隊の襲撃が功を奏したようで、 うまく一人になってくれたのだ。

 

「 逃げ回ってくれたぜまったく。 門真木のジジイをブチ殺すのに、 テメーは最重要のピースだってのによ。」

 

「何をしているの!!?」

 

目を見開いて辺りを見回す。まさかここに人が入ってくるとは思わず、 扉を閉めるのを忘れていたのだ。

 

入り口付近に立っていたのは、赤い眼鏡をかけた、長身の女。

 

彼女の素性は既に調べてあった。

 

長巫優奈。 青葉良人の部下で、 組長からは最重要危険人物の一人と認定されている。

 

そうでなくても、 キーパーソンを確保する場面を見られてしまった以上、 彼女を生きて帰すわけにはいかない。

 

「テメェ……見たな!?」

 

その瞬間、長巫は見た。

 

男の背中から煙が吹き上がり、 顔の半分が伸び上がったのを。

 

 

 

その頃、良人は……。

 

警視総監風戸ユミからの連絡を受け、地下で拾った少年を必死に探していた。

 

「変身能力……!?」

 

『ええ、門真木おじさまの息がかかったとある研究所のデータハックに成功しましたわ。それによると……。』

 

「?なんだよ……。」

 

電話の向こうで、タイピングをしているはずのユミ。その声と手が、急に止まった。

 

動揺しているのか、はたまた言いにくいことでもあるのか、どちらにしても、普段ハキハキしている彼女にしては、らしくないリアクションだ。

 

『良様、彼は……。』

 

「?」

 

何かを決断でもしたかのように、ゆっくりと言葉を絞り出すユミ。それは、良人が予想だにしなかった返事だった。

 

『彼は……人狼です』

 

「!?」

 

 

 

数分後、そのままバーに駆けつけると、状況は思った以上に悪化していた。

 

「こりゃ、どういうこった!?」

 

店は荒れに荒れ、警察の捜査が入っていた。

 

黒スーツの男たちがふら付く足取りのまま警察に連行され、ウェイターの二階堂と支配人のお茶目が事情聴取を受

けている。

 

 

 

「あ!!青葉山さん」

 

「誰だ青葉山って。青葉だオレは。」

 

「 バーが襲撃にあって……反門真木派のヤクザ共らしいっす!」

 

「 だとすると、俺に用があるとみるべきか……?オイ、アイツは!?」

 

「アイツ?」

 

「俺が引っ張ってきたあのガキだよ!どこいった!?」

 

「あれ……そういやさっきから見ないよーな……。」

 

やられた!!

 

良人はとっさにその場から走り去った。

 

由美から聞いていた情報が、もう一つあったからだ。

 

『おじ様を陥落させようとしている指定暴力団があるという噂で、 彼らはすでに生物兵器のいくつかを所有しているとか……。

噂に過ぎませんけれど、念の為警戒した方が良さそうですわね。』

 

彼女の『念の為』は、最悪の形で的中したらしい。

あるいは自分を狙う暴力団等が バーを襲ったのを見て逃げ出したか……どちらにしても、こちらにはあまり旨くない状況だ。

 

「おう西海、オレだ。」

 

『ああ、青葉さん。どうしました?』

 

電話をかけたのは、西海健人の元だった。 彼はとある貴金属店にもともと就職が決まっていたらしい。

とはいっても、少なくともこちらの町に来て最初の日は

青葉家にいた為、 おそらくご厚意で雇われたのだろう。

 

「 神風剣術の極意 簡単に言えるか?」

 

『 藪から棒にどうしたんです?』

 

「テメェが 今の腕まで上達する為に、 何を意識してたかって聞いてんだ。」

 

『師範から口を酸っぱくして『剣を軽くしろ』とは言われましたけど……何か?』

 

「いや何でもねー。ありがとよ……。」

 

電話を切った良人は、 LINE アプリを起動した。

 

彼のもとに電話をかけたのには、理由があった。

 

数分前のこと。長巫優奈のアカウントから、 彼女自身が鎖で手足を縛られている画像が送られてきた。

 

「 あいつに そんな Mっ気はねえし、 俺にそんな画像は送らねぇしな。

だとすりゃ…… 誰かが拘束してるってこった。」

 

『部下のカワイコちゃんと生物兵器の命は俺の掌の上。 処分されたくなきゃすぐに三番倉庫へ来い。』

 

今さっき来た LINE である。

 

「今日は嫌な予感ばっか当たる日だぜ。めざましテレビめ、何が今日の蟹座は1位だバカヤロー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三番倉庫の中は真っ暗だった。

 

 

 

 

もう半年近く使われていないらしく、壁も天井も床もあちこち錆び付いている。

 

良人は中から生暖かい風に身震いした。

 

いくら彼であっても、昼間でなければ入りたがらなかっただろう。

 

「オイ、どこにいんだよ! 要求通り来てやったぜコノヤロー!」

 

奥の方に向かってぶっきらぼうに言い放つが、反応が返ってこない。

 

「まさか、置いて帰ったなんて事ァ……。」

 

ふと、右奥の柱に目を向ける。

 

目と口を布で塞がれた長巫が、 呼吸を荒げながら鎖で縛り付けられていた。

 

「ったく……世話焼かせやがる……。」

 

ぶつくさ言いながらも一安心したようで、 まず最初に彼女の元へ駆け寄る。

 

「っぷは……死ぬかと思った!」

 

「オイ、ガキは?」

 

「それです所長! 私はいいですから、早くあの子を……。」

 

長巫が何かを言おうとした時。

 

奥の方からしわがれた声がした。

 

「あれれェ?もう来ちゃったァ?」

 

紫色のモヒカンヘアーの男が、 腰を曲げた状態でゆっくりと歩いてくる。

白い特攻服を着ており、 ズボンの股上は極めて浅い。

 

ヤクザの一味だと聞いていたが、これではいいとこ暴走族崩れだ。

 

「 何だよ〜!これから、楽しい楽しいパーティーだったってェのに……。」

 

まるで遊びの途中で親に呼び出された子供のように、さも被害者のような声で言った。

 

「テメェか? 俺の部下を、 契約者をこんな目に遭わせやがったのは……。」

 

良人は至って冷静であった。

 

だが彼は、目の前にいる探偵に対して挑発的な態度を崩さない。

 

「霧島組若頭、白濱(しらはま)です。お見知りおきを。

先にこのオネーチャンの身体から味見したかったんだけどさ〜。組長(オヤジ)がガキの方から試せってうるせーのよ……。」

 

「 まさか、あの幼気なガキを相手に手荒な真似を!?」

 

「 悪いけど俺ショタは興味ねーから。 つが何マジになってんの? あんな化け物一匹相手に。」

 

「は?」

 

「お兄さん知ってんでしょ。 あいつは門真木のくそじじいに作られた実験兵器。

大人のくだらない研究熱心のために生み出された哀れな怪物だ。

表社会に出たところで結局は弾かれるんだから、 ならせめて自分を怪物にした大人達に復讐させてやるのが、『愛』ってモンじゃね……」

 

男が口を閉じる前に、良人は 右横ストレートキックを放った。

 

男は頬の形を歪め、 口を切って後ろに弾け飛ぶ。

 

「テメェ…… 2度とそのクセェ口開くな。」

 

 

 

「殺すぞ」

 

ヤクザの世界に入り、はったりと上下関係を見極める力を備えていた男。

 

先ほどまでの冷静かつ合理的な彼の表情は消え、怒りに任せて簡単に人を殺す、一匹の怪物がそこにいるように見えた。

 

「ぃいのがよ!オレに手ぇだしたら、 組長が黙ってねーぞ!」

 

「 てことはテメーブチ殺してその首引っこ抜いてきゃ、 堂々とヤクザ共と喧嘩ができるってことか?」

 

「所長!それは……」

 

「黙ってろ長巫!!こりゃオレの話だ!」

 

この探偵に頭を垂れ、うわべだけでも言うことを聞いていれば、今度の仕事がどんなに楽だっただろうかと、男は後悔した。

 

「 仕方ねぇな。 親父には怒られちまうが……ここで切り札を出すか。」

 

奥の扉が開き、そこからコツコツと足音がする。

 

「新手かよ。」

 

「いや……?」

 

中から現れたのは、一匹の狼。

 

それが二足歩行で歩いており、 青いズボンと空色の瞳をしている時点でただのオオカミでないことは明白だった。

 

それどころか それが誰かの変身による産物であると、 それが誰であるかも、すぐに分かった。

 

「テメェ……アイツに何しやがった!!」

 

「何も……?」

 

「あァ!?」

 

「 ただ EDM を大量に飲み込んで、吐き出しただけよ。この姿(・・・)でなァ……!」

 

突然男の皮膚がゆがんだと思えば、 煙のように黙々と膨れ上がり出した。

 

「 EDM の犠牲者、そのレアケースであって自慢だったか? そりゃ残念。お互い様さ。

名は『ガスト』。浸透度は6だが、 おまえより特異な能力だろう?」

 

「地下で流れていた『煙男』の噂……テメェだったか。 そういや、霧島組がここにシマ持ち始めたときと重なるな。 テメーは組長に拾われたクチか。」

 

「いかにも。 国内での成功例はたった3人ってのはデマさ。 浸透度7が片手で足りるぐらいしかいねえだけ。

あのジジイによって体を汚された能力者は、この国にはごまんといるんだよ!」

 

「 御託は結構。俺はオレの契約者に何したんだって聞いてんだよ!」

 

声を荒げないよう必死に制御しているが、 目の前の変わり果てた少年を見て、良人はもう、怒りの我慢の限界だった。

 

「 聞きたかったら俺と勝負しな、探偵さんよォ……」

 

こうなったらもう、とことん彼らを手こずらせて帰る気らしい。

 

「 上等だ。地獄で吠えづらかきやがれ。」

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