・三番倉庫の戦いは、誰からともなく火蓋を切って落とされた。
「オレは小僧を何とかする。長巫は警察呼べ。」
「待って下さい!!私は白濱を!」
「分かってんだろ?お前じゃアレは倒せねー。 俺なら上手くすればこの場を何とかしのげる。
今この事件を解決する最善は俺の指示を聞くこと。不満はあるか?」
とっくのとうに感情が沸点に達しているはずの良人。
必死の思いで指示を出している彼の気持ちが分かったからか、長巫は黙って頷いた。
「死なないで下さいね……。」
「もちコース……!」
走り去る長巫の背中を見届け、良人は 正面の敵と向かい合った。
厄介なのは白濱の方ではない。 人狼の真価を発揮している少年の方である。
前者は、やり方によっては殺しても正当防衛になるが、 後者はもうすでにバーの従業員だ。
まかり間違って殺したりしようものなら、お茶目はまず黙っていない。
そもそも良人にとって、 彼はもう『赤の他人』ではなかった。
門真木によって、 強制的にマイノリティにされてしまった彼。
よく似た境遇を持っていた彼に、同情、というよりシンパシーを感じているらしい。
「年のせいかねぇ…… どうも考えることが理屈っぽくなっていけねえや。」
「 何をぶつくさ言ってやがるんでぃ」
「 なァに……てめえぶち殺す算段つけてたんだよ!」
部下がいなくなった影響もあり、良人の沸点は再び元に戻った。
「 俺がそこまで鬼畜だと思うのか?あんたを相手に二人がかりで挑むほど……。」
「ガキを薬漬けにした奴がこいてんじゃねーよ。」
「 薬漬けにしたのは門真木だろうがよ、 俺はその能力が有効に使われるよう、再び EMDを吸収させて行っただけだ。 どの道そいつァもう醜い
ガシャァァン!
再び蹴りを入れる良人。
もし彼がガスの能力を持っていなければ、 骨まで粉々になっていただろうと思えるほど、コンクリの壁には大穴があいていた。
「 何度も言わせんじゃねーよ…… テメェら汚ねーヤクザ崩れと、そいつを一緒にすんじゃねー!!!」
「なるほど…… 面白くなってきた。」
怒り狂う良人。白濱は尚も嘲笑い、 天井の梁の上に登った。
「何のつもりだ!」
「 ゲームじゃよくある話だろ? ラスボスの一歩手前で、一番苦労する。
なんとかそいつを殺してみな。上手く行ったら相手してやるよ……!」
「テメェ……汚ェぞ!」
「その通り、オレァ……汚ェヤクザ崩れよ。」
もはや言葉で収まるものではないと判断し、向かってくる狼の相手をすることに決めた。
動きは俊敏、 肉体は強靭。
刀を抜くわけにはいかないとて、 拳を振り上げなければ良人は死んでいただろう。
『ガルル……!』
「落ち着けお前! 正気を取り戻せよ!」
『グワァァア!!』
とても言葉は通じない。
一度距離を取って冷静に分析しようとするが、如何せん相手は俊敏だった。
「くっそぉ!」
「どうしたどうしたァ!逃げてるばかりじゃ勝てねーぜ?」
「慌てんじゃねぇ!てめえも、今すぐ吠え面かかせてやるよ!」
白濱が上から煽るが、そちらにばかり反応してもいられない。
「白濱……テメェ覚悟……ぁ!」
良人が突然の足を止めたのは、 腹部に激痛が走ったからである。
日本刀のように長く鋭利な爪が、彼の腹に突き刺さっていたのだ。
「ザマァねェ! 負け犬の遠吠えじゃねえか!」
血が吹き出、意識が遠くなるが、考えていたのは『人生の思い出』などではない。
「……呼んだこと……ねぇよな。お前の名前。」
『ガゥ!?』
「 その瞳、 そして心が本当の姿になりさえすれば、 誰より人を気遣うことのできるやさしさ……。」
「何してる人狼!早くトドメをさせ!」
白濱の命令が彼に届かなかった理由は、どんな有能な科学者でも解明することができないだろう。
ただ、確かに届いていたのだ。
EMDの力によって、不確かになりかけていた彼の『心』に、良人の言葉が……。
「お前の名前は、
「貴様、何をして……!」
心無き獣の目から、あり得ないはずの涙が溢れていた。
良人の腹から爪が引き抜かれると、 人狼の体が淡い光で包まれた。
「な……何ぃ!?」
光が消えた時、彼はもう元の少年の姿に戻っていた。
「よぉ……聞こえたか?オレの声……。」
「ちゃんと、ここに響いたよ。」
胸の辺りに拳を突き立てる少年。その顔は、涙で溢れていた。
「じゃあちょっと寝てな……。ちと話付けてくる。」
彼が睨みつけた先は、白濱だった。
「 こいつはもう戦えねーぞ。 条件クリアでいいよな。それとも、オレとサシでやんのは怖えか?」
「ナメんなコラァァァァァァァ!腐っても霧島組若頭、このガストの能力を持って屈服させられねえ奴なんざ、この国にゃいねえんだよ!」
いきり立って襲いかかってくる白濱。
彼はもう、そこに冷静さを伴っていない。
確かに彼は実体がない。 普通に斬りつけても、 かすりもしないだろう。
ほんの一瞬、動きを止められればそれでよかった。
やつの特攻服の後ろには、健人と同じ神風流のマークがあった。
武器は斬撃ではなく風圧。
となれば次の一手は、この上なくわかりやすい。
『神風流……空郡撃!』
倉庫内が台風の目の中に入ったような錯覚に陥る。
大概の剣士は、この錯誤を前に、何もできずに斬撃の話をまともに食らう。
「破る方法は一つ…… 風圧が体に届く前に 中心にいる本体を切ること! てめえの能力には欠点が一つある。
上半身と下半身片方ずつしか、気化できねえんだろ?」
「だったらどうする!?この規模だ!逃げ場など、もうねえぞ!」
そう。この状況で、なんと最悪なことに気づいてしまったのだろう。
刀を、事務所に置き忘れていた。
「参ったなオイ……!」
「ッハハハ……! からっきしの正義を抱いて……死ねやァ!!」
何とかして青空だけを逃がす方法を考えるが、この状況で、とっさにそれが思いつくほど、彼の偏差値は高くない。
その時!
風の向こうから大声がした。
「青葉さん!!!これを!!」
声の主は、前川航平だった。 彼は、手に持った良人の愛刀、純切を、渾身の力を込めて投げつけた。
「テメェ! 他人の刀をぶん投げるってのァ……一体どういう了見だ!?」
「からの……!?」
「チッ!応……よくやった!テメェは正式雇用だ!」
悔しそうに、だがにんまりと笑う良人。
「待ってました! じゃあさっさとケリつけて、 今月の給料払ってくださいよ!?」
「次などねぇよ!!! 組長の命令だからよォ……!!!てめえら全員ここでぶち殺す!」
無事に彼の手に渡った愛刀は、ゆっくりと鞘から抜かれた。
「わりぃが、 もう終わってるよ。」
「!?」
『抜刀・蹴爆武!』
風をかき消し、さらに全くの逆風を巻き起こす抜刀術。
「そんなバカな……このオレがァァァァ!!!」
賽は投げられたどころか、とっくに終わっていたのだ。
断末魔が途絶えると同時に風が治り、 使い古された倉庫は静寂を取り戻した。
そこに残っていたのは、 瀕死の状態で気絶している白濱と、 戦いを終えた探偵たち。
そして、今しがた彼に救われた、一人の少年だった。
数時間後、警察の捜査が入り、 白濱をはじめとする組員達は軒並み逮捕された。
「 由美警視総監がお怒りだぜ…… てめえは自分の予想を上回って 騒ぎを起こしやがってとな。」
「 じゃあ一言言っとけ、『今夜レストランを予約しといた』と……。」
「ケッ…… そりゃあ、あの人黙るしかねえだろうなァ。 計算高ェやつだ。お前は……。」
「ほっとけ。」
だが、良人の一番の気がかりは、もっと別のところにあった。
「
「門真木は もう、見て見ぬふりするわけにゃいかねーだろうよ。 俺からの報告を受けてやつは、あの少年の能力除去の治療を命令するだろう。
無論、自身は一切実験に関わっちゃいない体でな。」
「ジジイらしいな……。」
良人はタバコに火をつけ、 遠くを見るような目をしていた。
「オレが預かるよ。」
「……は!?」
「 俺もあいつも、俺の主治医に診てもらえばいい。」
「 今回の件をもう忘れたのか!? これからますますヤクザや門真木派の連中に狙われるぞ!」
叫びすぎたせいで、新見の口からタバコが落ちた。
「かもな……けどよ、もう狙われてんのは慣れてるし、 俺にとってもうあいつは、青空は他人じゃねーよ。」
「名前まで……アホかてめーは!」
「よく知ってんな。」
ひとつため息をついてから、頭を抱えて返答した。
「どうせ何言ったって、いうこと聞きやしねえんだろ?好きにしやがれ……。」
「サンキューな。」
「彼にこの町を案内し終えたら、きちんとレストラン行けよ? 警視総監に管巻かれるのは俺だからな……。」
「わーってるよ。」
病院で目を覚ました青空は、現在の状況がよく理解できなかった。
覚えているのは、良人がそばにいた記憶だけ……。
ついに隔離施設にでも送られたかな。
それとも、ここがあの世なのかな。
「おう、目ぇ覚めたか。」
「よかった……心配したのよ。」
自分を作ってくれたらしい二人の探偵が、病室の入り口で待ち構えていた。
「青葉さん……と?」
「ハハ……長巫優奈。 青葉探偵事務所唯一の女性職員で所長の美人秘書よ。」
「ま、美人かどーかは別として……。」
ゴホンと一つ咳払いをしてから、良人の脇腹を付き、彼をキッと睨んだ。
「つれていきてー所があってよ。 一緒に行かねーか」
「……?」
町外れの県立高校の裏にある丘の上。
ここからなら、夕方の街が一望できる。
「うぉ…… 今日は晴れてるからいい眺めだなァ。」
「ええ……とてもキレイ。」
青空は、 夕焼けに染まった空を見て、 なぜか涙が溢れていた。
「何で、オレをここへ?」
尋ねると、ゆっくりと良人が振り返った。
「オレと長巫がよ、 初めて会った場所なんだ。」
「え……。」
「 あん時は右も左も知らねえ田舎娘でなァ。 それがまさかこんなに……。」
「こんなに……何ですか所長。」
「怖え怖え睨むな。まぁとにかくだ、青空……。」
夕焼けに輝く街をバックに、良人は、両手をいっぱいに広げた。
「ようこそ。オレたちの……お前の町へ!」
今日をもってここは、旧座市は、正式に彼の帰る場所となった。