サイキョーお兄さん   作:鈴木遥

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潜在的な悪魔

・いつも通りだが、いつも通りではない学校。

 

「 突然だが、 ご自宅から連絡があってな。花井と真島が休みだそうだ。」

 

「風邪ー!?」

 

クラスがざわつき出すと、担任は急いで制止した。

 

「 ハイハイ静かに!真島はご両親ではなく本人から連絡があってな……どういうことかよく分からないんだが、 とにかく急いで電話を切ってしまってな。先生も放課後行くが…… 誰かプリントを届けてもらえないか?」

 

「はい!」

 

「 じゃあ青葉、よろしく頼んだぞ。」

 

青空が手をあげたのには、二つ理由があった。

昨夜眠った後に、晩酌している大人たちの声が聞こえてきたのだ。

 

きららの伯母が、自分の父親にストーカーの相談をしていた事。そしてもう一つは、ホームルームに入ってから なぜかリョウの様子がおかしかったのだ。

 

「……なんか隠してるでしょ?」」

 

放課後、職員室でプリントを受け取った青空は、 何やら浮かない顔で校門の前をうろうろしているリョウを問い詰めた。

 

「なんもねーよ〜!」

 

「うそ! じゃあこっち向きなよ。」

 

この前父が、酔っ払いながら話してくれたことがある。

人間は嘘をついていると、人と目を合わせて喋ることができないらしい。

 

「 何隠してんの?花井さんと ケンスケが休んでるのと何か関係あるの?」

 

「オレは止めたんだよ! だけどケンちゃんがいくって言って聞かないから!」

 

「 さっきから一体何の話をしてんのさ!」

 

要領を得ないリョウの話し方に、青空が痺れを切らしたのがわかったのか、 彼はゆっくりと順を追って説明し始めた。

 

おそらく弟の件で、大分疲れているだろうと気を回した健介。

 

弟自体とも仲が良かったので、弟の友達として尋ねるには何も不自然なことはない。

ところが……。

 

「 チャイムを何回押して、扉を叩いても 誰かが出てくるどころが物音ひとつしない。

僕は帰ろうって言ったんだけど ケンちゃんが様子を見るって言うから裏に回って窓を覗こうと思ったら……。」

 

その先に何か言おうとして、再びリョウが口を噤んでしまった。

バケモノのように恐ろしい何かに出会ったかのように、ガタガタ震えている。

 

「 2階の窓からさ……カーテンが空いてて……お……、おじさんが睨んでたんだ!」

 

「 おじさん?」

 

「俺の父ちゃんよりずっと若い男だったけど……とにかく鬼みたいな怖い顔してて!」

 

語り出すリョウの声は、今にも泣き出しそうだ。

 

一体どんな恐ろしい顔で睨まれたのだろう。

 

「 ありゃ絶対悪人の顔だった…… 顎をあさっての方向に向けたんだよ?出てけって言ってたんだ……。」

 

ところが、もっと状況が悪化したのはここからだった。

 

 

 

※※※

 

「 なあ!ケンちゃん帰ろう!きっとあいつは、悪魔の生まれ変わりかなんかだよ! 花井と母ちゃんも、きっとひどい目にあわされたんじゃないか!?」

 

「バカヤロー!だったらなおさら帰るわけにいくか!!それに……。」

 

木製バットを片手に意気込む彼の目を見て、リョウは嫌な予感がした。

 

「 あの男な、どうも 見るのは今日が初めてじゃねー気がするんだ。」

 

「 何、どういうこと?」

 

「 どこで会ったのかは思い出せねーが、見覚えがある。

そうだリョウ、 お前今日はこのまま帰れ!」

 

嫌な予感はますます膨れ上がる。

 

「 帰れって……ケンちゃんはどうするんだよ!」

 

「 このまま丸腰で行ってもどうにもならない。

もしかしたら、何か事情があってあの男が家にいるのかもしれないけど『そうでなかった時』に備えて、一旦家に帰って準備する。

明日は学校をズル休みするけど、みんなに上手く行っとけ。」

 

嫌な予感は最悪の形で、ぴったりに的中した。

 

「駄目だケンちゃん、危ないよ! そういうのはホラ……

警察に任せるとかさ」

 

「 警察は証拠がないと動いてくれないんだぞ!

もし警察が来たら、あいつはうまい事ごまかせる!そしたら警察は、花井達が死ぬまで動いてくれない!そんなのごめんだ!」

 

時々忘れがちになるが、ケンスケは、割と本気できららのことを好いているのだ。

その熱意に押されてしまっては、もう彼を置いて黙って帰るしかない。

 

その日は、花井の家自体に恐怖を感じており、無我夢中で家まで走った。

 

どこをどう通って家まで帰ったのか、よく覚えていないが、昨晩は到底眠れるはずもなかった。

 

 

※※※

 

 

嫌な予感というのは、やはり連続して当たるもので、 朝いい加減な欠席連絡をしたきり、ケンスケと連絡がつかなくなっている。

 

事の顛末を聞いた青空は、脳内で様々な思考を巡らせた。

 

今朝良人の電話に「もう心配ない」とかけてきたのは、きらら本人であった。

依頼人は彼女の伯母であるはずなのだが、 彼女本人が電話をかけてきたのだ。

 

「 何者かがいて、おばさんが連絡が取れなくなっている可能性……。」

 

「青空……?」

 

思考を張り巡らせる青空の表情に、昨夜と同じく嫌な予感を覚える。

 

「 乗り込むか、花井さん家」

 

リョウは 目を丸くした。

 

先ほどまでの話を聞いていたとは思えない発言である。

 

「 何考えてんだよ!?現にケンちゃんが連絡取れなくなってんだぞ!」

 

「乗り込むのは俺一人でいい。リョウは警察に言って。 細かいことは抜きで、あの家に悪い奴がいるって……。」

 

「 勘違いだったらどうすんだよ!」

 

「 あそこの親にも、うちの親にも、リョウの親にもしこたま怒られるだろうね。 だけど 無事は確認できるならオーライでしょ」

 

彼の表情は伊達や酔狂ではない。至って正気である。

 

「転校して間もなくて、よく知らないだろ?なんであいつの為にそこまで……。」

 

「 友達が命賭けるほど大事な相手。友達の大事な人守るのに、理屈が必要?」

 

「……!!」

 

「 それから自慢じゃないけど、うちの父さんは出会って1日で俺を引き取る決意をしてくれた。

だから俺は、今救えるものを救うことに全力を尽くす」

 

何を言っても揺るがない、そういう目だった。

 

 

 

 

 

※※※※※

 

「 所長、どうかなさったんですか?」

 

「今もう一度花井家に電話をかけたら、知らねえ男が出た……。」

 

良人の 顔はこわばり、声は焦りが滲み出ていた。

 

「 誰なんでしょう……」

 

「前川にスピーカーモードにして声を聞かせたらよ。どうも声が似てるらしい。度々尋ねてきた例の男にな」

 

長巫は悪寒を覚えた。

 

「 その電話の人は何て……?」

 

「妻は寝込んでいるから後日掛け直す。って、強引に切っちまったよ。」

 

そのやり取りが本当であるなら……あれ?と長巫は首を傾げる。

「 依頼人は確か……。」

 

「 奥さんじゃなくて奥さんの妹なんだが…… 妹さんの旦那は、海外出張だとよ。依頼に来た時に聞いた番号に電話したら ちゃんと今日は出勤してるってんだ。」

 

話を聞いた長巫の頭が混乱するとともに、一つ嫌な予感が脳を通過した。

 

「 じゃあ電話に出たのは!?……まさか!!」

 

「何者か知らねえが……いい予感は全然しねぇな……! 支度しな。すぐ花井家に出かける」

 

※※※※

 

「 どうだい光、そろそろ僕と二人で……。」

 

「 お断りします。 私一人ならあなたの自殺願望になら付き合いますから……娘達と妹は逃してちょうだい。」

 

「そうか。 また明日食事を運びに来る。」

 

隣でガタガタ震える彼女の一人娘を睨みつけ 男は部屋を出て行った。

 

 

 

強情な女だ。

決して堕落することのない、強い力に屈することもない。 汚れなく強き魂。

 

憎たらしくも美しく、何より愛しい。

 

「 また振られたのかよ、だっせーな!」

 

玄関の柱に縛りつけた少年の顔を、怒りに任せて蹴り上げる。

 

「何が分かる!!お前に何が!!」

 

 

 

この家を占拠してもう2日になる。とんだことになった、と男は息を荒くした。

初めは軽い気持ちで、彼女と接触できていればそれでよかった。

 

ところが、たまたま彼女の妹がいない日に、 彼女が今で着替えているのが通りかかったところ見えてしまった。

 

魔が差してそれを撮影していると、 それを近所の主婦に注意されたのだ。

たちどころに彼女の妹の耳に入り、 姉に極力近寄らないことを条件に警察への通報は免れていた。

 

だが男は、我慢が出来なくなったのだ。 彼女から離れれば離れるほど、彼女を求める欲求で心が壊れかける。

 

時々見舞いの品の中に盗聴器を入れたり、 庭の鉢植えにカメラを仕込んだり 彼女はうすうすそれに気づいていたのだろうか?

 

よりによって彼女の妹が、探偵を呼んでしまったのだ。

 

行動はより慎重にしなければならなくなり、 この家に近づく際は辺りを気にしなければならなくなった。

 

ある男に出会うまでは……。

 

つい先日の事、いつものように遠くから眺めていた彼の前に、 モノクルをした老人が現れた。

 

「遠くから眺めているだけで、本当によろしいのかね」

 

まるで男の心を見透かしたように、老人が囁いた。

 

「 この球体を飲み込みなさい。あなたの恐怖を取り除き願いを叶えてくれるでしょう。」

 

 

毒々しい群青色の球体を飲んだ瞬間全身に痛みが走り、その夜は自宅で地獄のような思いをしながら寝込んだ。

 

ところがどうだろう。夜が明けてみると、 体にもう一つ新しいパーツがついたような感覚に陥り、

すぐにその能力に気付いた。

 

能力を駆使することができると知った途端、訳の分からない高揚感が湧いてきた。

 

自分に手に入らないものは何もない。

 

彼女も自分の思い通りになる。

 

学生時代の 優越感に満ちた日々のようだった。

自分以外は全てカス同然。

社会に出てから何の役にも立たないゴミどもばかり。

 

だから利用できるやつは利用してやり、 気に入らない奴は人脈を駆使して排除した。

これからもそうできると思っていたのに……。

当時からの憧れだった彼女を、 クラス1パッとしなかった男に取られた。

 

目つきは鋭く 親は傭兵という話だったが 特段勉強ができるわけでも、運動ができるわけでもない。

 

授業を適当に受けてのうのうと生きているような不良どもとつるんでいる、男だった。

とはいえ、そういう連中との付き合いも随分と適当だった記憶がある。

 

自分を狼とするなら、やつはさしずめ詰め汚いドブネズミ。

 

ードブネズミに憧れの白鳥を奪われた僕の気持ちが奴にわかっただろうか?いやわかるまい!

 

得体の知れない高揚感に飲み込まれ、再びこの家にやってきた。そこまでは良かったのだ。

 

運の悪いことに、その夜はまだ娘が起きていたのだ。

 

仕方なく娘と長男を拘束し、 翌朝何も知らずにやって来た妹を 同じように縛り上げた。

 

後は彼女が自分と共にどこかへ高飛びすると誓ってくれればそれでよかった。

 

にもかかわらず今度は娘の友達とやらが来た。

 

学生時代に彼女を奪っていったあのドブネズミより、数段質が悪そうなタイプだった。

 

水没させてやろうかと思ったが、さすがに騒がれてはまずい。どうするか考えていたら、今日は一人で来やがった。

 

同じように拘束して部屋に閉じ込めておいた。

今日の夕方もう一度彼女に問い詰め、もし僕と一緒に生きる気がないと言われたら、この家の家族もろとも死のう。

 

「あいつの母ちゃんはてめーみてーな奴に靡かねえよ。 俺の500円玉かけてもいいぜ!」

 

せいぜい吠えてろ、ボロボロの負けるが 縛り上げられて身動きも取れないお前に何ができる?

 

この能力がある限り、科学的には説明がつかないこの事件は迷宮入り。作戦は何もかも完璧だ……と、その時。

 

玄関のチャイムが鳴った。またもや嫌な予感がした。

 

 

 

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