・数時間前、新興宗教団体『世界一族』の集会に潜入した良人と長巫だったが、潜り込むなり、その異常さに唖然としていた。
「目覚めろ!オレの
「来い!来い!オレの
ノースリーブの白シャツを着た若者たちが、珍妙なポーズを決めながら、口々に懐かしいジャンプ用語を唱えている。
警戒は十分だった長巫だが、さすがに動揺した。
「あの、この『修行』は一体……。」
受付嬢は、まるで子供に朗読を聞かせる様に話し始めた。
「はるかな昔この世界を創造した、『ゴッド・ナガノ』に祈りを捧げ、永遠の平和と安泰を願うものです。教典の教えは絶対であり、破れば神の使いである神官『九龍』様より神罰が下ります。
世界を尊び、神と神官を敬い、他者を慈しむ者のみが、新たなる世界へ招かれるでしょう。」
「なるほど~……。」
(バカヤロー、お前もうちょっと漫画読め!)
(漫画……ですか?)
(スタンドにコスモと来てナガノといやぁ、言わずと知れた少年漫画誌の初代編集長じゃねえか!)
(ええ!?)
(野郎、とんでもねえとこから引用しやがって!教典つってもきっとろくなモンじゃねえ!ジャンプのイメージダウンになる前に止めねえと!!)
「何か?」
「い……いえ!アハハハハハハ!」
勘のいい受付嬢を何とかごまかし、二人は大広間へやってきた。
壁も天井もまるで洞窟をえぐったような岩肌のカモフラージュが施されている。
(なぜかここだけRPG臭ェ……。)
奥の玉座には、神官『九龍』と呼ばれた男が座っていた。
年齢は50前後、乱れたソバージュヘアに、異様な程やせ細った体。目は白く、弱々しい印象にもかかわらず、凛とした姿勢から漏れ出る神々しさは、異様な程に迫力がある。
玉座の横には、彼によく似た美少年が控えている。
「皆さん、今日もお疲れ様です。」
ごく自然な挨拶に始まり、しばらく説教を始めた。
「では皆さん、教典を取り出して……ああ、新入りの方は受付から
(
嫌な予感は当たるもので、『九龍』の手にはジャンプ最新号が握られていた。
(オイィィィィィ!臭いどころかジャンプそのものじゃねえか!いい年こいて何やってんだこの爺!一番やっちゃいけねえおふざけだよ!)
おふざけとは言ったが、ジャンプ最新号を呪文の様に音読する若者は真剣そのものだ。
「それは……それはクリリンの事かァァァァァァァァァ!!!」
(お前もか、
思ってるそばからハマりかける部下に落胆する良人。
やがて休憩時間になると、良人は天然の部下を引き連れ、ある少女の元に向かった。
ここ最近立て続けに増えた、世界一族の依頼。
その最初の依頼人であるじいさんの、今年女子大生になる孫娘だ。
「
「弁護士なら……帰ってくれる?」
初っ端から敵意むき出しの彼女に、長巫は若干の苦手意識を持った。そんな彼女とは対照的に、良人は酷く馴れ馴れしく攻める。
「いやー、残念。それがですね、我々こういうモンで……。」
青葉探偵事務所の名刺を差し出すが、しかめっ面は緩まない。
「弁護士の次は探偵?あの人も飽きないわね。」
「まあ待ちな。おじーさんはな、君が本気でココの方針に従って慈善活動する気なら、止めねえってよ。でも、見た感じそうじゃねえよな?」
「どうして分かるの?」
「男の勘。」
「なんてアバウトな……。」
呆れ返りながらも、目の前の探偵への敵意は緩んだようで、二人に外へ出る様促した。
「始めに言っておくけど、教団を抜ける気はないわ……。」
あまりにも単刀直入に言う恭子に、長巫が反論した。
「なんで?おじいちゃんはあなたを心配して……。」
「九龍教祖の息子、か?」
今度は恭子の顔色が変わった。
「どうして分かったの?」
「ロビーにあの親子の写真が飾ってあったよ。説教や修行の間も、しょっちゅう目があってたもんな。恐らく既に付き合っ……むぐっ!?」
ヤバい核心に触れそうになった良人の口を、恭子が慌てて覆った。
「ええそうよ。二年前から付き合ってるわ。アイツは御父上の客寄せパンダにされてるの。子供の頃からマジックが得意でね。あの親子の奇術に乗せられた信者は後を絶たないわ。」
「恭子……!?」
背後からか細い声がした。事もあろうに、教祖の息子、鳩羽誠に見られたのだ。
「あなた達は!?」
「悪いな兄ちゃん。これはその……。」
「良いんです。何となく察しはつく。父を調べに来たのでしょう。」
あわよくば手荒な行動に出る覚悟を決めた良人は、少年から一切感じられない敵意に驚きながらも、ひとまず腰を下ろし、たばこをつかんだ。
誠の父、『九龍』こと鳩羽浩一が『世界一族』を発足したのは数年前。
その頃から、父は息子に虐待を働くようになったらしい。
かれは、父に脅され、言われるままマジックを『ゴッド・ナガノの奇跡』として人々を引き寄せ、いつの間にか旧座の中心部にでかでかと事務所を構える用になっていたという。
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「そこまでして、あなたの父上は一体何を……!?」
「決まってんだろ長巫。行き届いた洗脳、士気の上がった若者、いたずらに膨らむ資金と、この社会を『悪』とする思想……その先に待ってんのは、大方テロの片棒担がされる未来だろうよ。」
「そうなる前に、僕が父を止めます!」
「決意は固いんだな。じゃ、
勇ましい彼氏と対照的に、恭子はどこか顔色が悪い。
若干気になった長巫だが、特に問い詰めはしなかった。
誠に案内され、地下室に移動。教団のものたちにバレない様に、裏口から出るらしい。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありません。」
「何言ってんの。人生の先輩として、当然のことをしたまでだよ。彼女しっかり守れよ。」
「はい。」
「歯ァ磨けよ。」
「はい。」
「なんかあったら、ちょくちょく連絡しろよ?」
出口を目の前にして、誠の返事と足音が止まった。
「残念ながら、それは出来ません。」
「……?」
「あなた達には、もう会うことはないでしょうから……。」
その瞬間、彼らの前にあったのは青空ではなく、武器を持った信者たちの姿だった。
「……んで、長巫の機転で逃げ切れたけど、かなりギリギリだったな。」
「何してんのよバカ兄貴。長巫さんがいなかったら死んでたわよ?」
「いやホント、失敗失敗……当分教団にマークされるだろーけど、まっ、すぐ収まんだろ。」
呆れてため息をつく妹を無視し、食器を片す良人。
そんな彼に、 最初に話しかけたのは前川だった。
「あの……青葉さん!」
「 そうだ!さっきからずっと気になってたんだけどさぁ…… お前ら誰?」
「酒場でお会いしました、前川とその一味です!」
『一味』のタグ付けに 少々疑問を感じながらも、3人一斉に頭を下げた。
「依頼のことなら聞いてるが、聞いての通り教団への処置に手間取っててな。君らのことは後回しになりそうだ
なァ……。」
「ボクは……その……青葉さんの弟子に……!」
「わり、断る。」
勇気を振り絞ってようやく放った一言は、今の一瞬であっさりはねのけられた。
「オレァ弟子とらねー主義なんだ。 ただでさえこんな時代に、こんな危ない街で、何も探偵なんぞの弟子になることはねー。剣を持ってるって事は、俺が
冷めた大人のマイナス発言。
でもそれには、あまりの重みと生々しさがあった。
どう答えていいのか、若く、経験の浅い前川にはわからなかった。
とその時。青葉家の玄関の扉を叩くものがあった。
バーの店長お茶目と彼(彼女?)に連れられた泥だらけの誠だった。
「 道で倒れてたんだよ。金が入った袋持ってね。 あんたの名前を言うからここに連れてきたんだけども、まずかったかね?」
「 いや、その判断は英断だ。悪かったな茶目、もう帰っていいから……。」
おそらく守らないであろう『今度つけ払う』の約束をして、お茶目とバイトの二階堂は帰っていった。
リビングに通された誠は、テーブルの、良人の向かい席に座り、分厚い札束の入った茶封筒を差し出した。
「 仕留め損ねた俺を今度こそ殺しに来たのかと思ったら、何の真似だ?」
青年は俯いたまま、無愛想に言った。
「 今日の一件で 俺の父親が少々 乱心してな。
あんたたちとのやり取りを見られたらしい。
オレを誑かした反乱因子として、恭子を処刑する気なんだ。もう言葉は届かない。無理矢理かっさらうにも戦力は0。このままじゃ恭子は死ぬ 間違いなくだ。」
「それで……?」
「 200 万ある これで俺に雇われてくれ。」
「イヤだね。オレァもう
「なぜだ!今度は金を持ってきちんと依頼に来てる!
あの場では仕方なかったんだ。
変な行動を起こせば、俺も恭子も無事じゃすまない!
今度はあんたの腕を買ってるんだぞ!金に困ってるってのも知ってる!受けて損はないはずだ!」
苛立ちからか語気を強める青年にも、良人は全く動じなかった。
「 お前さー、それで大人の取引してるつもりか?」
「……!?」
「結局お前は、あそこで俺たちを出し抜かなきゃ彼女を守りきれなかったんじゃねーか。自分を何様と思ってんのか知らねえが、俺から見りゃお前なんぞ、ペテン師親父の施しで生きてる醜い害虫さ。」
「ちょっと所長!そこまで言わなくても!」
「黙れ長巫! 今俺と誠で話してんだよ。」
彼にブレーキをかけようとする部下の叫びも、怒りが頂点に達している彼には届かない。
いや、それは怒りというより目の前の青年に対する危うさなのかもしれない。
「オレだって……害虫だよ?」
「!?」
良人の意外な言葉に、目を丸くする誠。
「 腰に差してるこの剣で、傷つけるだけ傷つけて、結局妹や仲間たちがいないと何もできない害虫だ。
よく覚えとけ、お前は俺と同類なんだよ。腐った大人の手ぇ借りなきゃ誰も守れない 。
自分を軟弱だという仲間たちがいなきゃ、依頼人一人守れない。
害虫が害虫を金や顎で使うなんて、調子に乗ってんじゃねー。
そういう時、思いやりの民族日本人は何て言うか知ってるか?」
最初は 憎々しげに彼を睨んでいた誠だが、ようやく危機感に気付いたらしい。
自分の危うさに、おごりに、今ここで断ち切らなければならない自分の悪い部分に。
そして今、何より救わなければならない大切なものに。
不安と恥ずかしさがこみ上げ、気がつけば泣いていた。 そこに後悔が相まって彼は思いきり、目の前の探偵に頭を下げた。
「お願いします!助けてください!オレは無力だ! 自分の父親すら満足に制御できない!でも恭子には何の罪もない! どうしても助けたいんだ!お願いします!助けてください!」
良人は黙ったまま立ち上がり、部下の方に手を置いた。
「わりー、 ちと残業に付き合ってくれや。」
「了解。 少しでいいので手当出してくださいよ?」
「ちょっと兄貴!乗り込む気!?」
「 日付が変わるまでに帰ってくらァ…… 夜食に二人分の茶漬け作って待ってろ。それから青年三人組、俺の通帳から金抜いて 適当に宿とって国に帰れ。明日までに。」
「もう。ホント勝手なんだから……。」
愚かで不器用な、しかし誰よりも強い兄の背中を見送りながら、彼女はしぶしぶ台所に立ち、夜食作りを開始した。