・ 洞窟を抉ったようなカムフラージュのかかった大広間で、世界一族の教祖、神官九龍は、 若い信者たちを使い 拷問を働いていた。
彼女は、彼の息子の恋人であったが、教団に反旗を翻したと見なされ、今まさに処罰されていた。
「皆さん、なぜ私がこんな残酷な事をするか、疑問ですか!?」
十字架に縛り付けられたまま 若い娘が熱湯を浴びせられているというのに 皆無機質な目で傍観するばかり。
何も言わず、首を振りもしない。
「 答えは簡単です!彼女が教団に仇なす背徳者であるからです!
皆さんは雑菌だらけのキッチンで料理をしたいと思いますか?思いませんよね? 組織もそれと同じ。 規律を乱し 団結を穢すウイルスは、私の手を持って排除せねば。
異論がある人、手を挙げなさい。」
目の前で死刑宣告をされているというのに、彼女は虚ろな目をしたまま、うめき声すらあげない。数時間に及ぶ拷問の末、声を出す気力すらなくなってしまったのだ。 いっそ殺してくれとすら思っているかもしれない。
「では、この『神罰』は受理されたということで。」
九龍がやりを持った男に視線を移し、彼が九龍の指示により、彼女をタコ殴りにしようとしたその時。
大広間の扉が乱暴に開き、轟音が鳴った。
九龍は焦った。
部下に始末させたはずの二人のヘボ探偵が、自分の息子を連れたって、講義に乗り込んで来たのだから。
「ちょっと待ってくだせぇ神官様ァ!」
大広間はざわつき出し、視線は一気に探偵たちにそそがれる。
「これはこれは探偵諸君…… 集団リンチの報復に来たのなら警察にでもなんでも行けばよかったのに、また二人で戻ってくるなど ここまで来ると感心しますな。」
「 その余裕は俺たちをここで口封じする自信があるからか? それとも門真木のジジィの後ろ盾のせいか?」
九龍の顔色はますます悪くなった。どうやら 野党有力議員とのパイプなど、信者達にはあまり知られたくなかったようだ。
「 皆さん!愚かなる者達は、邪神フリーザーに取り憑かれているようです。耳に貸してはなりません。向こうの世界へと引き込まれますよ!」
「 大変だな教祖様ァ……ボロが出そうになるたびに新しいシナリオ考えなきゃならねえんだ?
その図太さ、尊敬するぜ?」
今日その指示通りみんなが耳を塞ぎ始めるが、今度は誠が前に出た。
「 僕の話を聞いてくれ、みんな!」
「マコト様……マコト様だ!」
「いや、しかしマコト様!奴らに操られているのではないか?神官様のご子息が、神官様に逆らうなど……。」
「僕はいたって正気だ!今からそれを証明してみせる!いや、 もうすでに証明している!」
真が天井に手をかざすと同時に、ランプに突然明かりが灯った。
「おお!見ろ!マコト様が、また奇跡を!」
「 いやこんなものは奇跡なんかじゃない!あのランプには、特殊なセンサーがついている。
僕の指紋だけを感知して、明かりがつくようになっている。
だから僕が手を外さないと広間の電気はつかなかったんだ!何も特別なことなんてない!」
「嘘です!そんなハズは……。」
「そう思った者たち、皆今天井に手をかけてほしい!
ランプの設定を変更した!今なら僕でなくても、明かりを灯せるはずだ。」
彼の言った通り、天井につけられていた無数のランプは広間にいた者たちの指紋を感知し、あっという間に全てが点灯した。
「 これまでの奇跡だって全てがそんなからくりだ。
徹底的に法則を見つけ出し、精巧な準備と精密な講義の後それをさも奇跡に見せるかのような演出を施し、僕は……そして父九龍は 諸君を騙していたんだ。」
落胆するもの、膝をつくもの、絶叫するもの、様々だ。教えに陶酔していた者たちは、それが崩れたときとこうなってしまうのだ。そのリアルな現場を、良人は初めて自分の目で見た。
「誠……お前なんのマネだ!」
「 勘違いしないでくださいお父さん。あなたの味方じゃない。ましてこの教団の味方でもない。未来永劫僕は……恭子の味方だ!」
「つーわけだ、神官。いい加減に年貢を納め……。」
良人の言葉は、突如彼の真横に飛んできた弓矢の衝撃よりによってかき消された。
放ったのは二人の探偵を案内した受付嬢だった。
「ミカサ君……。」
「なぜ、私から夢を奪うのですマコト様!」
「聞いただろう!?父の奇跡はまがい物で……。」
「そんな事、どうでも良い! 身寄りなかったところを引き取ってくれた あなたの父親に奉仕することが私の生きがいであり夢だったのに…… なぜ実の息子たるあなたがそれを奪うのですか!?」
「誠……。 お前は詰めが甘いな 私のインチキを証明したところで 全ての信者の洗脳が解かれるとでも?
彼女のような信者があと100人、私の見方についているようだが?」
「父さん!あなたはどこまで……!」
「 人となしとでも言うつもりか?
ならばお前も同じことだろう。自分を助けるためにわざわざ探偵を二人、死にに来させたのだから……。」
反論できなくなり、その場で膝を崩す 誠の前に、良人が立ちふさがった。
「 じゃあ、俺らが目的を達成して生還すれば、問題ねーんだな?」
「それはできないと言ったつもりだったが?
まあいい、口に出すより体現させた方が早そうだ。」
槍を持った信者達が十数人、3人を取り囲み、今にも襲ってきそうな危機迫る表情をしている。
と、 同時に恭子を縛り付けたままの十字架は、別の信者達によって奥の階段から地下へと運ばれたようだ。
「処刑は地下でかよ……。」
「貴様らが奪還できるチャンスを、残しておく理由があるまい。これは見せしめだ。信者達が二度と私に逆らわない為のな……。」
一斉に逃げ出そうとする信者たちを 洗脳が解けていない者たちが塞ぐ。が、そちらは 武器を持った長巫によって 押さえ込まれている。
女の身で巨漢をも吹き飛ばす、 凛として美しくも、彼女に『か弱い』などという言葉は似合わない。
「所長! 通報してありますけど、全員逃しちゃっていいんですよね!?」
「頼んだ!オレはどうにか九龍を追う!」
「そうはさせんぞ!背徳者め!」
「 生憎、こちとらすでに背徳者どころか、人殺してね 。神もエンマもどんと来いと言った始末よ……ツーわけでさぁ……。」
「!?」
「ガチでいくぜ? 聖者の皆様 ……こちとら100の神様より、依頼人一人を優先する主義でね。」
「か……掛れェ!」
突如危機迫る表情に変わった良人に、臆することなく猪突猛進する数十人の信者たち。だが……。
約10秒後、悠然と立っていたのは良人の方だった。
まわりの信者たちは、軒並み気絶している。
「刀抜くまでもねー。行くか、地下室。」
「行かせない!あの人は、神でなければならないの!」
受付嬢は髪をゆい、弓矢から脇差しに持ち替えた。
(チッ……!まずこっちかよ!)
と、一瞬の隙を突き、突撃してきた彼女の刃を弾いたのは、突然割って入った前川だった。
「青年……えっと、前田だっけ?」
「前川です!行って下さい青葉さん! 確かに俺は若くて青臭い あなたが信じることの半分も知らないでしょう!
だからこそ、同じ剣士には分かる!
あなたが過去にどんな十字架を背負っていようと、 あなたの剣に淀みはない!
あの事件から8年…… 俺が追ってきたあなたの背中に、間違いはなかったんだ!」
「だからお前は、その剣一本で乗り込んできたのか?」
「 バカとでも言ってください。あなたとて、同じ穴の狢でしょう!?」
「ちげぇねぇ。気に入った、お前仮採用!」
「……!?」
「ここを任せるから、このお姉さん何とかしろ。 そんで行って帰れたら、ちゃんと面接してやるよ。」
「了解です、所長!」
「まだ気ィ早いって。」
と、 地下の廊下にさしかかったとき。
彼の横を何かがものすごい速さで横切った。
突如右ほほから血が出たということは 小さな刃か何かだろうか。
後方を見ると、いつのまにか 小さな戦士が立っていた 。黒いローブを身にまとい 、てからはまるでサイボーグのように、無数の銀色のコードが伸びている。
その顔を覆っている銀の狐のような仮面は、その表情を隠すことでむしろそいつの殺意を演出するのに一役買っていた。
「つくづく退屈しねぇなこの館は。 何のためにお姉ちゃんの相手を前島に任せてきたんだか……。」
今度は髪の毛が銀色に変色し、無数の針となって良人に襲いかかる。彼はその全てを見事に避け切り、体勢を立て直した。
「 針の先には猛毒がある。当たれば即死よ。」
「 てことは、今のは全部ハズレ……っ!?」
突如右肩に走る激痛。銀色の毛束の一部が、右肩に深く食い込んでいたのだ。
彼が即死しなかったのは
アナフィラキシーショックが起こることもなく、だが視覚と聴覚が徐々に機能しなくなっていく。
(ちとやべぇかもな……。景色が歪んできやがった。)
そうこうしているうちに、彼女は第二の髪の毛針を良人に仕向ける。
だが次の瞬間そのすべては弾かれた。それどころか、毛束を弾いた斬撃の波は彼女に直撃し、 銀狐の仮面を砕き破った。
仮面の裏からは、色白の少女の童顔が現れる。
瞳は透き通った紫水晶色で、 表面からでは喜怒哀楽が読み取れない。
無機質なその表情が、不気味ながら返って美しく魅せていた。
「お嬢さん、そこ、退いちゃくれねーか?」
「あなたは門真木先生に相反する者、ここは通せない」
「じゃ、ちょっと無理すんぞ?」
良人が刀を抜くより速く、彼女は身体をひねり、鉄のウィップを振り回した。先端には、ギラリと光る刃が付いている。
「うぉっ!」
良人が避けたが為に、後ろの岩肌がスプーンでほじくり返したアイスクリームの様に抉れた。
(チッ!なんだあのあの切れ味……!)
ぐるぐる回りながらウィップを掻い潜るが、当然、ウィップの機動力は良人の足を上回る。
その時、足首に刃が突き刺さり、一気に出血した。
「痛っ……!」
「足首、持ってけなかった……。」
まるで雑草を刈るような、涼しい顔で行った。
探偵業の情報屋の一人に、街のホームレスの元締めがいる。
その男が昔、門真木政権によって生み出された人間兵器がいるという話をしていた。人間兵器、通称『死神』。
銀狐の仮面に、華奢な身体。何より……。
青白い童顔に痕る、 群青色に光る網目状の改造痕。
「まさかこんなとこに、『死神』がいるとは……いよいよ持って、
「人体実験は神の奇跡。あなたとて水を差すのは許されない。」
「キミは『洗脳』まで行ったな。あのジジイにそこまで心酔するたぁ。」
「バカにしないで……!」
改組痕が妖しく光り、右腕から脇差しを取り出した。
鋭利な刃が良人に迫る。
「避けんのはもうキツイな……!」
それは、彼としては、もう二度と使いたくない手段だった。地面に踏ん張りをきかせ、体のある部分に力を込める。 すると、手の甲や首筋、顔一面などに緑の改造痕が現れ、怪しく光った。
「今さら本領発揮とでも言いたいの?目障りね貴方。
もういいわ、死んで?」
髪の毛は一度良人の真上に伸び上がり、天井で屈折して、刃が良人めがけて降り注ぐ。 彼が天井にでも這い上がってこない限り、逃げ場はないように思われた。
だが、その全ては回避された。 というより、 刃が地面を突き刺した時すでに、良人の姿はそこになかった。
「……!?」
死神が異変を察知した時にはもう、良人は目前に迫り、いや、もう既に居合い抜きを決め、彼女の後ろ髪を切り落としていた。
彼女の髪の毛は 銀から黒に戻り、金属のような光沢を徐々に失っていく。たった今から彼女の体は兵器ではなくなったのだ。
「んじゃオレ、行くから……。」
立ち去ろうとした良人の背中にすがる様に、死神はぼそっと言った。
「なぜ……とどめを刺してくれないの……!?」
「改造人間の効力を失うには、 改造された機関部を切り落とすか、改造痕がある部分を傷つけるかだが、俺にはお嬢ちゃんの顔を傷つける度胸はねーからな。」
「なぜ!?殺してよ!私がどうなろうと、貴方の知った事じゃないでしょう!?」
余裕を崩さない良人を相手に、徐々にヒステリックになる死神。
「なぜ、そこまで死に急ぐ?」
なぜ……。その問いに、死神は自分の半生を振り返る。
幼い頃、母親の虐待で右腕を失い、児童相談所に保護され施設に入園するも、右腕がないことで周りの子供たちから異端の化け物として恐れられ、門真木に拾われ彼の下僕となる。
「だから、門真木先生のお役に立てない私は、生きていても意味がない……分かったら早く殺して。」
「お断りだ。悪いがオレァ悪党でな。自殺願望を叶えてやる様な善人じゃねー。それに……。」
何か言いたげな死神が何か言う前に、良人は持っていた飴玉を彼女の手の中に放り投げた。
「事情はどうあれ、テメェの命はテメェのモンだ。
他の誰の、まして門真木のモンでもねー、
ついでに彼女の額に名刺を貼り付け、ゆっくりとその場を立ち去った。
未来を闇で覆われた彼女が、いつか輝かしい人生を歩める様に、そして……。
(君をこんな目に合わせて利用し続けた門真木を、オレが必ず叩き潰す……!!)
怒りに燃える良人の炎は、幾人もの若者を陥れた神官をも、奈落の底に突き落とさんばかりだった……。