・ 世界一族の居城、セレモニーホールの最下層には、洞窟のようなカモフラージュが施されたダンジョンも、アットホームな雰囲気の広がる談話室もない。
そこは、まるで研究施設の実験場だった。
部屋中に巨大な試験管のような装置が立ち並び、中の液体はボコボコと泡を立て、その他いろいろな機械が、鈍い音を立てながら稼働している。
恭子は薄れ行く意識の中、彼の名を呼んでいた。
「今から貴方には、未知の領域にある人体改造を施します。最も、成功例がない今、貴方は確実に死にますがね。」
冷酷にほくそ笑む九龍。
彼女は、冷静に、確実に、死を予感していた。
この一年半、教団に関わったのも、この男に取り入ってその実態に迫ったのも、全ては誠の父を止める為。
されど、彼女は後悔などしてはいなかった。
父は犯罪者、母は売春婦。
祖父に引き取られてからも、周りから忌まわしく思われ、ずっと友達が出来なかった自分に、彼は有らんばかりのやさしさをくれた。彼が教えてくれたのだ。
私が虐められていた時、迷わず助けてくれたのも、他ならぬ彼だった。
どんな目に遭っても、決して後悔はしない。
(だから、泣かないでね。マコト。私がいなくなっても……。)
神を語り人々を騙してきた悪党の、卑劣な注射器が彼女の柔肌を突き刺そうとした時。
「やめろぉおおお!」
部屋に飛び込んで来たのは 他でもないマコトだった。
「貴様……まだ父の野望を阻むか!」
「アンタがいくら生みの親だろうが……俺の大切なものは俺が守る!頼むから、俺から彼女を奪わないでくれ!」
「……ご子息もこう仰ってる訳だし、そろそろ腹ァ括ったらどうだい?教祖様よ。」
応援に、長巫と良人も駆け付けた。
「貴様らァ……!!」
「まもなくセレモニーにガサ入れが入ります。あなたの野望もここまでです!」
幹部に勝利し、傷ついた長巫の進言も、冷静さを欠いたエセ教祖には届かない。
「ならば……貴様らまとめて、血祭りにあげてくれる!」
九龍は、なんと自分の二の腕に改造注射を突き刺した。
「止せ!死ぬぞ!」
良人が止めるのも聞かず、劇薬は身体に浸透していく。
筋肉は異様に肥大化し、皮膚は黒く変色し、瞳孔はまっか。紛れもない化け物だった。
「素晴らしい!これが新たなる進化の力!!」
「化け物……!!」
愕然とする長巫に、良人が喝を入れた。
「ぼさっとすんじゃねー。若いカップル護れ。」
「所長は!?」
「ちょっくら……話してくっから。」
良人は、怪物と化した九龍の前に立った。
「逃げんのか?この新たなる人類を前に、勇敢だな。」
「進化の力だァ?笑わせんじゃねえよ。それは敗北の証じゃねーか。薬の魔物に、己の欲と力に負けた証だ。」
「負け惜しみを。たとえ代償を伴っても、それが強さに変わるのなら誇るべきこと!」
「違うんだよなぁ……。」
「……?」
「いくらそんな改造を体に施そうが、いくら何万の人を洗脳しようがお前は息子には勝てねーよ。 まことは立ち上がったぜ? てめえみてえな卑怯な手を使わずに、腹をかっさばくほどの覚悟で俺に頭下げたんだよ。」
「だからどうした!? この大神官九龍の息子ともあろうものが、人に頭を下げるなど軟弱な!」
「 その軟弱ものが引き金で……てめえの組織はこれから潰れるんだよ!」
「 もはや言葉で収まりはせんな。死ぬがいい!」
背中から無数の触手を発射し、良人に襲いかかる。
ズドドドドドドドドドドドド!!
室内に響く轟音。常人ならば串刺しになり、蜂の巣死体となる。当然ながら九龍は勝利を確信した。
「遅ェ……。」
「!?」
一瞬のうちに良人は敵の背後に回り、肩に鉄の剣を突きつけた。
緑色の鮮血が、噴水のように溢れでた。
「グァアアアアア!」
瞳孔が上に釣り上がり 絶叫する九龍。
負けじと触手や拳を上から畳み掛けるが、当たらない。
というより、「外されている」と言った方がいいかもしれない。
遅れてきた前川は、傍にいた長巫を見て呟いた。
「何なんですか……青葉さんって」
「……門真木政権が作り上げた、エスパーメイカードラッグ、略称EDM……所長は、国内最初の実験成功素体であり、人類初の最高浸透度7。」
「青葉さんが、門真木政権の実験体……!?」
「『元』ね。その全貌は私も知らないけれど、所長を幼少期の差別に追い込んだそれが、皮肉なことに今、所長の最大の武器になっている。」
長巫が解説を終えると同時に、勝負も終局へ向かった。
「刀が曲がっ……貴様ァ、何だその力ぁぁぁァァ!」
「『ワイザー』。手に触れたモノをあらゆる形状に変えられる。触手なら、体の幅を縮めたんだよ。楽に躱せたぜ。」
良人の刀はブレードの様に伸びあがり、黒い文様が浮き上がった。
「ば……化け物め!」
「テメエに言われんのは心外だな……これにて締めえだ。」
居合切りの構えを取り、九龍の直線状に立つ良人。
「突き殺……」
「歯ァ食いしばれ!修正してやらァ!」
抜刀『佐羅身』の炸裂と共に、九龍の全身に縦一文字の傷がつき、右手がはじけ飛ぶ。
奇怪な悲鳴と共に、九龍はその場に倒れこんだ。
「どこのカ〇ーユビタンですか所長……」
数時間後、警察によるガサ入れと、犯罪に加担したメンバーの逮捕、事情聴取が行われた。
まことは恭子の祖父母の元で暮らし、信者たちは未成年含む100人強を逮捕。
地下の施設から出たデータの山によって、また一つ、門真木政権の闇が露わになった。
「それで、すこしはあのジジイを揺すれそうかい?」
「旧座で収まってるウチは、上層部に揉み消される。オレの手で管理して、時がくりゃ、ジジイを必ず引きずり下ろすさ。」
良人は、ガサ入れの陣頭指揮をとった旧座警察署長、新見省吾と缶コーヒーを飲んでいた。
人の出入りが激しいセレモニーの前。今さっき悶着した現場からそう簡単に離れる訳にもいかず、屋根付きのみやでのお疲れさま会は、次回にお預けとなった。
「怖え怖え。」
「青葉よ、人の事言えんのか?テメエはオレと違い、ジジイを直接的に恨んでる。オレがジジイなら、テメエの様なのを一番不気味に思うがね。」
「なあに、人事を尽くして天命を待つ。時に任せて、時に動く。人間それくらいがちょうどいいさ。」
まだまだ肌寒い冬の夜。男がその心に何を思ったのか、知る者はまだ、一人もいない。