・旧座町の門真木政権における欠陥は 一つではない。
その一つが街の影の部分にあたる、 ホームレスの地下街『
ここに住むホームレスたちは数知れず、文字通りの無法地帯。全国最大クラスのその規模もさることながら、 その独自の統率力も推して知るべしと言える。
探偵、青葉良人は、 この地下街にいくつかのコミュニティを築いている。
1日分の酒と食料と引き換えに、仕事に必要な情報を得ている。
無気力な公務員に代わり、ホームレス達に勤め先を紹介したりもしているが、 殆どが手続きを面倒がり、地下から出てこない。
この日、良人は、 ホームレスの中で最も長い付き合い、
『カミサマ』と呼ばれるまとめ役に会っていた。
「アーメン。」
地の底から響くような彼の声に合わせ、良人はうつろに唱える。
「アーメン。 あんたも変わらねえなじーさん。」
暖かそうな、しかし汚れたダウンコートの上に、ハロウィンと見まごう王冠をかぶり、 髭はもじゃもじゃ、しかし髪は手入れされている。 ふざけているのか、それとも本当に 貧しいのかよくわからない。
「それで? 今日は何の用だ? 今日こそ政権崩壊の吉報と俺の王政復古の吉報くれに来たのか?」
「 残念ながらまだ道のりは遠いよ。 弟子を取った、一気に3人だ。」
「やっぱお前に弟子入りなんざ、物好きもいるもんだな。」
「うるせージジイ、 この3人の人探し、 ちゃんと済ませといてくれよな。」
良人からカップ酒を受け取り、満足げに 頭を垂れた。
事務所に帰ろうとした時。トンネルの奥から騒いでいる声が聞こえた。
「……ん?」
ホームレスの下っ端、安村が財布を取られたと叫んでいるらしい。
「良さん! そのガキ捕まえてくれ!」
「何やってんだ!」
良人が 追いかけると 小さな少年が一人、トンネルの出口に向けて 全速力で走っていた。
「待てやー!」
( 誰が待つかよ…… これだけありゃ、今月余裕で暮らせるぜ……。)
「 あ、やっぱ待たなくていいよそのまま進んで。」
「!?」
一本道を歩いていたはずなのに、気が付くと良人が先回りしていた。
「 ハーイ坊ちゃん。 血気盛んな年頃だ。元気なのはいいが、盗みにて染めるにはまだ早えーよ。」
良人が言い終わる前に、彼は良人の金玉を蹴り上げた。
「ごふぁ!」
「誰が坊ちゃんだ!」
その場で悶絶して倒れこむ良人。
「化け物め! しばらくそこで寝てな!」
トンネルから出て市街地に到着した時、よりによって 前方で待っていたのは良人だった。
「 化け物はお前さんの方だよ…… オレズボンの中に今週号のジャンプしまってたんだよ?
それを蹴り上げて『痛い』っておかしいだろ。」
周りに見えない程度にズボンを下げる良人。
確かに今週号のジャンプと、 派手なアロハ柄のパンツが露わになる。
と同時に、彼のフードが取れる。
血色は悪く、土埃がついていたりはするが、顔立ちはよく、長髪と瞳は綺麗な純黒をしている。
バツが悪そうに黙りこくる少年。
パァン!!
クラッカーのような轟音と共に、彼はゆきひとの右ほほひっぱたいた。
門真木機関開発の肉体改造を受けている彼が、 ひっぱたかれて頬に傷跡を作るなど、めったにないことだ。
「お前一体……。」
「 あんたの勝ちだよ!盗んだ財布は返す。警察に突き出すでも……。」
「そうか。それじゃ……。」
良人は、なぜかゲスな微笑みを浮かべ、彼女の手を引き始めた。
「……で、何でこうなるわけ?」
財布を盗んだ美少女を引き連れ、あろうことか旧座の メダルゲームセンターや、岩盤浴、健康ランドなど、あらゆる娯楽施設に連れ回していた。
「 まず体から洗わねえとな。 この温泉は芯から癒えるからよ。」
「 意味分かんないんだけど。」
「え何?、 混浴の銭湯が良かった? 大胆だね君……ごふぁ!」
今度は 首元に思いっきり蹴りを入れた。
「何でこんな事すんだって聞いてんの!」
「…… 別にいいじゃねえか。怪しい風俗に売り飛ばすわけじゃあるまいし。」
「 だからキモいの! おじさんにこんなことされる道理ないし…… それとも何!?オレを助けて あしながおじさん振りたいワケ!?」
「違うな。 慈善家ぶって面倒な仕事をサボる相手が欲しいワケよ。」
全く弁解になっていないヘボ探偵。
だが彼の警戒はガチであった。
これまで、彼女に何か サービスを働こうとする人間は、皆、本心では彼を利用しようとしていたからだ。
「なんなのさ! マジキモい!」
「お前……宿ねぇだろ?」
「今更?」
「名前は?」
「今更?……親の顔知らないし。」
「 お前に、この街で生きていくためのイロハを伝授してやるよ。この先は、俺がくれてやる情けのすべては出世払い。それなら納得がいくか?」
少年は数秒間リアクションしなかった。
彼が脱衣所に置いていった、ビニールに入った名刺を見て、何も根拠はないが、彼について行ってみることにした。
この地を這うヒルのような暮らしから、1日でも早く抜け出すために……。