・少女に旧座で生きてゆくイロハを伝授するとのたまい、良人が連れ回した先は、こともあろうにお茶目バーであった。
「良ちゃん、何だいこの坊主!?」
「悪い、ちょっと働かしてやって。」
「ふざけんじゃねええええ!珍しく金持って現れたと思ったら……そりゃ『預かってくれ』の間違いだろうが!?
どっから拾ってきたか知らねえが、慈善家ぶるならテメエで責任取りな!」
「男に戻ってるよお前……。」
「しまった!何言わせんだいアンタ……とにかく、託児なら他をあたっておくれよ。」
ごもっともな言い分で追い返そうとするお登勢。
しかし、そこは百戦錬磨の青葉良人。
「この前ジャンプ23号置いてないって突っかかってきたチンピラ……追い払ってやったの誰だっけェ?」
「ッ……!!」
顔が真っ赤になり、お茶目の脳髄がプツンと裂けた。
「あーあー分かったよ!!あずかりゃ良いんだろあずかりゃ!タケル、面倒見な!」
「えー!?オレがァ……?」
「まさか異論でも!!?」
「ィ喜んでェェェえ!」
良人に出し抜かれ、ぶち切れ寸前のお茶目の、殺意にも似たプレッシャーを感じ取ったタケルは、少女をそそくさと厨房へ案内した。
「何だよ、国に返せっつーのに雇ってんじゃんか。」
「アンタに別の依頼をしたは良いが、宿がないんだってさ。」
西海健斗もモップで床掃除を始めた。
「ま、よしなに頼むぜ安二郎。」
「アンタろくな死に方しないよ!」
唐突に本名を呼ばれ、ぶち切れるお茶目をよそに、彼はそそくさとBARを出た。
「……遅かったな青葉、わざわざ警視殿が警視庁からお越しだよ。」
「みたいだな。LINEが大量だよ。怖え怖え。」
新見に迎えられ、旧座警察署へ向かった良人。旧友である警視総監に呼び出されていたのだ。
所長室をノックし、『失礼します』と一言。
中から、甲高い返事が聞こえた。
「お久しぶりです。警視総か……。」
「良サマァァァァァァァ!」
警官服をまとった茶髪ロングの女性、風戸ユミ。良人がドアを開けるなり、彼女は良人に抱き着いた。
「警視総監だなんて~、水臭いですわ。ユミユミって呼んでくださいまし♡」
「じゃあユミ、お前良いの?こんな頻繁に旧座来て。門真木にガンつけられんぞ?」
「大丈夫です。わたくし、あのおじ様の弱みを握っておりますの。それより良サマ、今夜のご予定は?」
「怖え女だお前は。」
「総監、そろそろ。」
咳ばらいを交え、新見は彼女を制止した。
「お堅いですわね新見さんは~。ま……事態が事態ですものね。」
急に真剣な顔になるユミ。
良人は言い知れぬ不安を覚えた。
「何だよ?事態が事態って……」
彼女に代わり、新見が質問を返した。
「世界一族の頭の側近にいたガキ、覚えてるか?」
「本名聞きそびれたな。『死神』っつったっけ?」
「やはり、そう名乗ったのですね?」
「そいつがどうした?」
「彼女だけ、警察をかいくぐり行方をくらました。」
「え!??」
「それだけではありませんわ。こちら独自の捜査によると、未成年の改造成功例は、国内でたった3人。
コードネームはそれぞれ『修羅』、『天魔』、そして……。」
「死神、か……。」
門真木政権の人体実験、国内でたった三人の成功例。
長年政権の崩壊を目論んできた彼が、知らず知らずのうちに、忌まわしきその産物と戦っていた。
偶然とはとても思えぬ奇縁に、頭を掻く良人。
「問題はこっからだ。青葉お前、今日裏町に行ったか?」
「ああ、情報屋に会いに。」
「その中に、ウチと繋がってる男が一人いてな。見たんだってよ?お前が『天魔』と一緒に歩いてるのを。」
良人は一瞬混乱し、瞬時に寒気を感じた。
今日、確かに裏町を連れ歩いた少女がいたのだ。
「まさか……アイツか?」
その頃の、お茶目バー。
「ありがとうございましたー!」
定食を食って帰る客を、笑顔で見送る店員一同。
良人が連れてきた彼だけは、不愛想なままである。
「何で恵んでやったこっちが頭下げんのさ!?普通逆だろ?」
「バカをお言い!!状況がどうあれ、ココを健全に利用し金を落とす人はお客様!お客様は神様がウチのルール!
守れない奴に食わすまかないはないよ!」
食い物にありつくチャンスを逃すまいと、二階堂の清掃指導や西海に食器洗いのイロハを教わる内、彼女に変化が生まれだす。
生きる、働く、思いやる。
裏町でその日一日生き抜くのがやっとだった彼にとって、味わった事のない思いだった。
そして、ある老紳士が彼にお駄賃と手渡した飴玉を手に取り、彼女の表情に、変化が出た。
「店長さん。」
「お茶目とお呼び。」
「じゃあ……お茶目さん。」
「何だい。」
「働くって、いいな。」
「何を今更……おや、さっきの爺さん帽子をお忘れだ。あたしが届けるから、皿洗って待ってな。」
彼女は黙ってうなずき、厨房に入った。
お茶目自信、どこか不思議だった。
アレだけ手を焼いていた少女が、みるみるうちに関心を持てる。
ただそうなると、不明瞭な所が心配にもなる。
「あたしも焼きが回ったモンだ。にしても、どっから拾って来たんだろうねあの子。」
老人は、桜の散った並木どうりをゆっくり歩いていた。
「お客さーーーーん!」
お茶目の声に、ゆっくりと振り返る。
サンタの様に長いひげを蓄え、貫禄と温かさを兼ね備えた紳士である。
片目のモノクルは、RPGの賢者を彷彿させる。
「お帽子をお忘れに……。」
「ああ、これはこれは。ご親切にありがとうございます。」
頭をゆっくりと下げてから、老人はベージュのソフトハットを受け取った。
「またのご来店をお待ちしております。」
「ええ、是非とも。ああ、それから……。」
老人は間をおいてから、お茶目に耳打ちした。
「『天魔』の事、よろしく願います。」
「は?」
「ああいえ、年寄りの戯言です。最近はボケが酷くていかん。」
夕暮れの並木どうりを去ってゆく老人。
彼が何者なのか、お目が理解するのは、それから数時間後の事。