気づけば、白い場所にいた。
真っ白い空間。
何もない空間。
何かいい手がないか夜遅くまで頭を捻っていた所までは覚えているんだが、
いつのまにか眠ってしまったのか。
結局、特に良い手は思いつかなかったな。
まぁ最後の方はただの逃避みたいなものだった。
ここに来るのが嫌で寝るのを先延ばしにしていたが、結局耐えきれなかったな。
二度目だが、ここにくると本当に嫌な気分になる。
昔の体。
前世の体。
結局自分の本当の姿はこうなのだと、突きつけられた様な気持ちになる。
この体に染み付いた後悔や葛藤、甘えや醜さが俺を責め立てる。
「やぁ」
俺が苦虫を噛み潰したような心地でいると、いつのまにかそいつが現れていた。
ヒトガミだ。
相変わらずのモザイク顔。
「随分、悩ませてしまったみたいだね」
悩ませてしまった、だって?
あぁそりゃ悩んださ。
勘弁してくれよ、本当。
「そんなつもりはなかったんだけどね」
へぇ。
そんなつもりはなかったか。
じゃあどういうつもりだったんだ?
「現状を理解してもらうためには、あれが一番だと思っただけだよ」
理解してもらうために、ね。
そりゃあ自分の現状は嫌って言うほどわかったけどな。
それで、俺は何をしたら良いんだ。
とりあえずロキシーと子供を作るなって言われれば従うつもりはあるぞ。
「おいおい、僕は君にそんなことを言うつもりはないよ?」
ちっ。
やっぱり駄目か。
じゃあやっぱりお前の使徒になってオルステッドを殺せってことか?
そりゃやれと言われればやるしかないが、これから真面目に修行したとしても勝てる保証なんかないんだ。
俺が負けてもその時に文句をいわないでくれよ?
「いやいや、待ってくれよ。
そんな風に強制されてしかたなく従ってますみたいな事は言わないで欲しいな。
僕は君と交渉がしたくてこうして話しているんだよ?」
交渉ね……脅迫の間違いじゃないのか?
「だからそんなつもりはないって……。
誓って言うけど僕は君を脅すような事をするつもりはないよ」
でも、お前に従わなかったら俺はお前の敵になってしまうんだろ?
今お前と敵対したら、俺にはどうすることもできない。
だったらその気があろうとなかろうと、脅迫と一緒じゃないか。
「……いや、たとえ頼みを断られたとしても、
僕は君に危害を加えたりするつもりはないよ」
……なんだって?
でもそれじゃあお前が困るんじゃあないのか?
俺の子供がオルステッドに協力して、お前を倒してしまうんだろ?
「そうだよ」
それなのに、俺を自由にさせていいのか?
「あぁ……無駄だからね」
そう言ってヒトガミはため息をついた。
随分と覇気がない。
思えば最初からそうだった。
人を小馬鹿にするような態度の未来の俺と会っていたこいつと違って、
今俺の目の前にいるヒトガミはまるでブラック企業のサラリーマンのような諦観した空気を纏っている。
しかし無駄だからって……。
それも、運命ってやつか?
「……まぁ、そうだね」
それはおかしくないか?
お前はその運命を変えたくて俺に接触してきたんだろ。
なのに運命が変えられないから諦めるんだったら、
こうして話すこと事態、意味がないってことにならないか?
「うーん……どうも運命という言葉に対して語弊があるみたいだね」
……どういうことだ?
「世間一般で言う運命ってやつはただの泣き言だろう?
不本意におわった結果に対して、そういう運命だったんだって自分を慰めるためのさ」
随分穿った見方だな。
「だからなのか、僕みたいに未来視を持った存在から運命だって言われると、
それがまるで自分たちを支配する強制的な流れの様な物だと思ってしまうみたいだね」
違うのか?
「違うよ。
確かにそういう面が無いとは言えないけど、
そもそもその流れって言うのは個々人の意思によって出来ていく物なんだから」
運命を作っているのは俺たち自身みたいな話しか。
……でも結局、自分の結婚相手すら選べないんだろ?
「あぁ、未来の君にどうやってもロキシーと結ばれると僕が言ったことを気にしているのかい?」
そうだよ。
「なるほどね、でもそれは誤解だよ。
君は相手を選べないんじゃあない。
君が強い意思で相手を定めているから、それを覆せないんだ」
でも俺はロキシーのことは避けるつもりになっていたが。
「それは、彼女と結ばれると僕が敵に回ると思ったからだろ?」
それはそうだが……。
「君は本音では彼女と結ばれたいと思っている」
……いや、そんなことはない。
ロキシーはかわいいと思うし尊敬はしているけれど、そこまで深刻に懸想してるわけじゃないぞ?
「今はそうだね」
…………。
「けれど将来そういう選択の場面が訪れたなら、
君は彼女と結ばれたいと思うはずさ」
でも、そういう場面そのものを避けることはできないのか?
「出来ないよ。
君が避けようとしても彼女の方から迫ろうとするからね」
ロキシーが?
「うん……ロキシー・ミグルディアは強い結婚願望を持っている。
しかも恋愛に対して理想が高く、そのくせ相手には恵まれない」
ロキシーって結婚願望強かったのか。
「どうも君の家にしばらく滞在していたことで、
夫婦生活や家庭に憧れをもったみたいだね」
そうだったのか。
それにしても相手に恵まれないと断言されるとは。
「殆どの場合、彼女が好意を持った相手は彼女に靡かないし、
逆に彼女に好意を寄せる人間は、彼女自身が良いと思わない」
……なんというか、不憫だ。
その変な間の悪さがロキシーらしいが。
「その少ない例外が君だ。
君が真っ当に成長すれば、彼女は君に惹かれる事になる」
それは……嬉しいな。
「そうだろう?
だから彼女にもそれが気付かれる」
なんだって?
「脈がある、と思えばロキシー・ミグルディアは躊躇わない。
すぐに君にアタックをかけるだろう」
でもそれを俺が避ければ……。
「意味がないね。
君は彼女を嫌うわけじゃなく、避けるだけだろ?」
そりゃそうだが。
「彼女は聡いよ。
君がそんな風に振る舞えばすぐに何か事情があると気付かれる」
……そうかもな。
「彼女はそんなことじゃ身を引いたりはしない。
事情があるならそれを話して欲しいと、話すまでは納得しないと言うだろう」
それなら、俺と一緒になればお互いに危険になるって事を伝えれば良いんじゃ?
「そんなことで彼女は諦めたりはしない。
それどころか、逆に君を勇気付けるだろう」
俺を?
「それでも構わない。
自分も精一杯頑張るから、二人でその危険に立ち向かおう。
もしそれで駄目だったとしても自分は後悔しない。
だから自分と一緒になって欲しい。
そんな風なことをロキシーに言われたら、君、断れるのかい?」
それは……。
もしロキシーにそんな事を言われたら、難しいかもしれない。
と言うか想像すると顔があかくなりそうだ。
この場に居ないのに口説かれたような気分になるとは……恐ろしい師匠だ。
「結局、君と彼女が結ばれるのは君たち自身がそう望む先にある結果だ。
運命に強制されているわけじゃあないし、
もし君が彼女を嫌うなら、その未来を回避するのは容易い」
でも、どうやっても変えられないって言ったじゃないか。
「僕には変えられない。
結局、僕が言う運命って言うのは、あくまで僕の視点でのものにすぎないんだよ」
どういうことだ?
「個々人の持った意思や環境、時の運などが相互に影響を及ぼし合って未来は形作られていく。
僕はその流れを大まかに読み取って、任意に影響を及ぼして望むように改変することができる。
けれど元々の強いながれを変化させるのは難しい」
未来の俺にも、そんなような説明をしてたな。
「それが僕にとって干渉が容易な事柄なら弱い運命と表現してきたし、
むずかしければ運命が強いと表現してきた。
僕の言う運命っていうのは、だたそれだけのものさ」
えっと……つまり、それが本人の意思によるものかどうかもお前には関係ないってことか?
「そうだよ。
例えば君が誰か強敵……オルステッドと戦って殺されるとしよう」
嫌な事言うなよ。
「君がどうやっても勝てないし、僕が干渉してもそれを覆せない場合、
僕はそれを運命だと表現する。
これは、君にとってもそうなんじゃないか?」
まぁ、まさに俺の考える嫌な運命そのものだな。
「それとは別に、君の目の前で家族に何か不幸が迫るとする。
その場合、君はそれを助けようとするよね」
そうだな。
それができる人間でありたいとは思っているよ。
「君のその意思は強い。
そうなった場合、その行動を翻させるのは僕にとっても困難で、
だから僕にとって、君が家族の不幸を助けようとするのは運命だ。
でも、君にとっては違うだろう?」
そう、だな。
それは運命とかじゃなく俺がそうしたいからってだけだ。
なるほどね、なんとなく言いたいことはわかったよ。
「そして君の運命は強い。
それをどうにかしようとあれこれ頑張った場合、
僕は負けることになるのさ」
そうなのか。
なんだか自分が特別な人間だと勘違いしてしまいそうだ。
「なりふりかまわず君自身を始末することは出来るさ。
そのために無謀な手をうってオルステッドに負けることを許容するならね」
ああ、そうか。
お前の敵は結局オルステッドだもんな。
俺に手が出せないっていうのは、単にその余力がないってことか。
「そう。
例えるなら君は盤上遊戯で相手に置かれた布石だ。
取り除くのは難しく、そのために無理をすれば結局負ける。
かと言って無視すればいずれ致命的なことになるのもわかってる」
なるほどね。
俺はチェスとか将棋とかにそれほど詳しいわけじゃあないが、
ヒトガミが言いたいことはなんとなくわかる。
でも、それならなんで俺に何をさせたいんだ?
オルステッドとの戦いなんて、俺がやりたいことじゃないぞ。
「でも逆にあいつの味方をしたいわけでもないだろう?
僕にとって致命的なことになるのは君の間接的な影響であって、
君自身は僕にもオルステッドにも味方でも敵でもない存在だ」
まぁ、そうだな。
未来の俺だって、もしヒトガミから干渉されなかったなら、
二人の戦いに関わることもなく、ただ家族と平和に過ごして一生を終えて居たかも知れない。
でもそうすると、俺の子孫がオルステッドに手を貸してお前は負けるんだろう?
「そうだよ。
あれこれ試した結果、その流れをくい止めて僕が勝つのは無理だと判断した」
じゃあどうするんだ?
まさか諦めるってわけじゃあないだろう。
「当たり前だろ……あんな未来、認められるもんか。
だから、こうして君に接触してるんだ」
どういうことだ?
「君は優れた魔術師になる。そして世界に大きな影響を与える。
友と家族を大切にして、愛した妻と子供をつくる。
それを僕の干渉によって覆すのは困難だ」
へぇ……。
たとえ相手がヒトガミでも、
仮にも神様から未来の保証をして貰えると、ほっとするな。
なんだか気が抜けて鍛錬とかをサボってしまいそうだ。
「それはやめてくれよ?
とにかく僕はその流れに逆らわない、むしろ逆に助長するんだ」
ほう。
そうするとどうなるんだ。
「君に力を貸し、君をより優れた魔術師にしよう。
君と君の周囲にかかる不幸を妨げ、君の幸福を守ろう」
ちょっと待ってくれ。
俺はお前にそこまで施しをされる謂れはないぞ?
「もちろんこれは取引さ。
君が僕を助けてくれるなら、対価として僕は君に三度助力しよう。
それを適切に使えれば、君はより幸福に生きていくことができる」
そういうことか。
でもそれでオルステッドとの戦いに駆り出されるなら、
トータルで考えるとどう考えてもマイナスの方が大きい気がするが。
「いや、その心配はいらないよ。
何しろ僕が力を貸してほしいのは、君の人生が終わった後だからね」
……なんだって?
「人族の寿命は短い。
君は大きな影響を世に与えるけれど、君自身はたった80年程で亡くなることになる」
享年80前後か。
まだ10歳にもなってないのに死期を予告されるなんて妙な気分だな。
まぁそこまで幸せに生きることができれば十分かも知れないが。
「だけど僕なら、その死を先送りに出来る。
人族の老化を緩やかにして、寿命を伸ばすことが出来る秘薬のありかを知っているからね」
そんなものがあるのか。
「君にお願いしたいことは簡単さ。
その秘薬を飲んで、寿命を伸ばして欲しい。
その後は僕は干渉しない。好きに生きて好きに子供だって作ればいい。
そして本来の寿命を迎える頃に、表舞台からは引退してその後……
時が来たら、僕に力を貸して欲しい」
……なるほどね。
本当ならとっくに死んだ後のはずの、
おまけの寿命で冥土の土産に一度だけ戦ってくれってことか。
確かにそれなら抵抗はすくない気はするが。
「どうだい?
僕としては精一杯いい取引を用意したつもりだよ」
まぁな。
けどそれだと、俺は自分の子供や孫と戦うことにならないか?
「それは申し訳ないけど飲み込んで欲しいね。
それに君は子供が小さい間は守ろうとするけれど、
成長した後に自分で兵士や騎士なんかの道を選ぶなら、止めたりはしないだろ?
それで君自身と敵対することになる可能性があったとしてもね」
わからないよ、そんなこと。
子供とか孫とか、その将来とか……今の俺にとっては実感がなさすぎる。
でもまぁ、そうかもしれないな。
親元を離れて独り立ちしたら、その後はどんな風に生きるかは自由であって欲しい。
「君と君の子孫が、僕とオルステッドの陣営に別れても、
そういう風にわりきってくれないかい?」
それは……わからないよ。
そうするつもりでも実際にそうなってみたら、やっぱり子供は手にかけられないかも知れない。
「そうだね……そうかもしれない。
けれどいいさ、割り切るつもりで契約してくれるなら、
結果はどうなっても文句は言わないよ」
……やけに優しいな。
そもそも俺に色々情報を与えたり、聞いたこともスラスラ説明してくれたり、
色々と親切すぎないか?
お前ってそういうキャラじゃないだろ。
「まぁね……でもそうじゃないと取引としてフェアじゃないだろ?」
フェアって……。
「うるさいな。
ガラじゃないのはわかってるよ。
僕だってこんな事するのははじめてなんだ」
フェアな取引が始めてって……酷い話だな。
「だからうるさいよ。
君との取引は誠実にするつもりなんだから、それでいいだろ?」
そりゃまぁ、俺にとってはそれでいいけど。
でもなんでだ?
お前なら、いつもやってるみたいに俺を騙して誘導することもできたんじゃないのか?
「僕の力が及ぶ範囲であれば、そうしたよ」
……?
「だってそうだろう?
信用とか信頼とか、それは相手を自分にとって都合よく動かすためにあるものじゃないか
商売でも駆け引きでも、信用があったほうが結局うまくいくだろうからね」
まぁ、そうだな。
それで?
「でも僕には未来が視える。
信用されるためにあれこれ話して、そのせいで結局取引が成立しないことがわかってたら
信用を得ようとする事自体が無意味じゃないか」
……確かに。
未来が視えると、そう言うこともあるのか。
だからといって相手を騙して良いってことにはならない気はするが。
「いいんだよそんなこと。
僕が視える範囲のことなら、そのなかで僕にとって一番良い結果になる手段を取るのは当たり前だろ。
……でも君との取引ではそうはいかないんだ。
僕の力の及ばないところで、君に動いて貰いたいんだからね」
どういうことだ?
「君に戦って欲しいのは……僕がオルステッドに負けて、封印された後だからさ。
僕は力を失うから、その先の未来を見ることはできないんだ」
なんだって?
てっきり、俺が先に一人で挑んでオルステッドの力を削るか、
そうじゃなくてもお前が戦う時に一緒に戦うとかだと思ってたんだが。
「それじゃあだめなんだ。
仮にそれでオルステッドに勝てるとしても……意味がない」
……オルステッドが時間をループしているから、か?
「そう。
あの術がある限り、僕に勝ち目は無い」
そうなのか?
オルステッドは今までずっとお前に負けてたみたいだし、
今回もそうすることはできないのか?
「できないよ。
あの術はオルステッドの主観では時間をループしているように見えるかもしてないけど、
僕等にとってはそうじゃあないんだ。
だから僕がアイツを倒したらアイツは次のループへ行って、
僕はその後アイツのいない世界で好きなように……って言う風にはならないのさ」
そういうものなのか。
「そうだよ。
詳しい原理も聞きたいかい?」
いや、それはいいや。
話を続けてくれ。
「ま、だから僕はオルステッドに勝てない。
因果は収束し、どんな手を打ったとしても最終的に僕は敗北する」
…………。
「けどね、あの術の効果はそこまでさ。
僕が敗れ、封印された時点であの術はその力を失う。
それはオルステッド自身にも止められない……だったら、僕はその先に手を打つことにしたのさ」
それで俺なのか。
「そうさ。
僕が全力で抗えば、たとえ勝てたとしてもあいつらだって無事じゃすまない。
そこに君が襲いかかれば、勝機は在るはずさ」
なるほどな。
だから、取引なのか。
「僕だって本当はそんな不確実なものに頼りたくなんかないさ。
でも、もうこれしかないんだ……」
……でもなんで俺なんだ?
今の話なら、その役目は俺じゃなくてもよさそうだ。
例えばバーディガーディとかさ。
「そもそも、別に君だけじゃあないよ。
君に断られても、受けて貰えても、他にも動かせる相手は探すつもりさ」
なんだ。
他にも使徒を用意する予定で、俺はそのなかの一人ってことか。
それは気が楽だな。
「けど、できれば君には引き受けて貰いたいね」
その理由は?
「まず実力の問題がある。
僕とオルステッドの決戦の場に乱入するためには、
たとえオルステッドが龍族の秘宝で結界を緩めている間で、僕が助力したとしても、
かなりの魔力量と、魔術師としての力量が必要になる。
その条件を満たせる存在は世界でもごく僅かだ」
ふむ。
「それに加えて、契約を遵守してくれるかどうかの問題がある。
動いてほしいのは僕が封印された後だからね
対価だけ受け取って、そこで裏切ったとしても何のリスクもないんだ」
それは……そうかもしれないけど、
だからといって契約を蔑ろにするやつばっかりじゃあないだろ?
お前なら、人格的にも信用できそうな相手だって見繕えるんじゃないか。
「そうは言ってもなかなか難しいのさ。
性格だけなら良いけど、実力と併せ持ってなきゃならないんだ。
そうなるとそもそも選択肢が少なすぎる」
そうか。
最低でも七大列強に準じた強さは必要になるもんな。
「それに……僕はこの世界で人間とされる存在には無条件で信用される呪いを持っている。
この呪いは僕の意思で効果を止めたりすることはできないんだ」
そういえば、そんな話もあったな。
どっちも俺には実感できないんだろうけど、オルステッドの呪いとは逆なんだな。
「そう、君にはこの呪いが効かない。
君を騙して操ろうとするなら、厄介な性質さ。
でも今回はそれが逆になる」
逆?
「僕が封印された時、この呪いも効力を失う。
そうなると、それまで僕に従っていた相手がどう動くのか予想ができないんだ」
そうか。
たしかにそれはどうなるかわからないな。
「たとえ僕が騙すようなことをしなかったとしても、
この呪いが在る限りどうしても相手を強制的に操っている要素は生まれてしまう。
だからこの呪いが効く相手とは、完全に公平な取引はそもそもできないんだよ」
そうだな。
それまで自分の意志で取引をしていたつもりだったとしても、
最初から呪いで無条件に信用させられていたんなら、
それが無くなったらそんな取引は無効だと言われても仕方ない。
「だからこのお願いには、君が一番適任なんだよ」
俺が裏切る心配とかはしてないのか?
「してるよ!
だからこうやって裏切られないように、
できるだけ君に対してよくしてるんだろ!」
あぁ……そういうことか。
結局こいつは徹頭徹尾、自分のためなんだな。
信義とか誠実とか、こいつにとっては道具にすぎないんだ。
今回はそれが必要だからそうしてるだけで、いらなくなればそれも投げ出すに違いない。
「それが悪いのかい?」
悪くはない。
俺が騙されたりするるんじゃなければ。
「だったらどうでもいいだろ?
それより僕と取引してくれるかどうかを考えて欲しいね」
そうは言ってもな。
こんな風に誠実に話を持ちかけてくれた事に感じ入るものはあるけど、
事が大きすぎてすぐには決められないよ。
「だろうね。
僕も今すぐに決めろとは言わないよ。
10年でも20年でも、君が決めるまでいくらでも待つさ」
そんなんでいいのか?
「良くはない。
でも僕は、君に何も強制しないと決めたからね」
そっか。
まぁ、なんだ……真剣に考えはするよ。
受けるにしろ断るにしろ、ないがしろにはしない。
「僕はないがしろでも良いから受けてほしいけどね」
そんな軽い考えで受けたら、
土壇場で投げ出すかもしれない。
「それは困るな。
じゃあゆっくり考えてくれ」
そうするよ。
「契約する気になったなら、寝る前に心のなかで僕を呼ぶんだ。
それで僕には通じるからね」
お前と心が通じているだなんて、なんか嫌だな。
「変な言い方はやめてくれ。
……良いかい、忘れないでくれよ。
三度、君に力を貸す。
それが僕が君に払う対価だ」
ああ、わかってる。
「僕の力は大きい……大抵の事はできる。
君だって、この先何もかも順風満帆に生きていけるわけじゃない。
きっと僕の力を借りたくなる時が来る筈さ」
確かに、そうかもしれないな。
「それでも、僕に頼らずなんとかするっていうならそれでいいさ。
でも、僕はいつでも契約を受け付ける。
そして対価を受け取ったなら、君にはその時が来たら戦って貰いたい」
……わかったよ。
俺だって報酬を踏み倒したりはしないさ。
お前の力を借りたなら、俺もお前のために戦うよ。
「うん。
それじゃあ次に会うとしたら、君が僕を呼んだ時。
君が僕との契約を望んだ時だ」
ああ。
「それじゃあ、またね」
その言葉を聞くと同時に、俺の意識は薄れていった。
朝起きた俺は、思わずベッドの上でため息をついた。
「……とりあえず、人生設計をやり直さないとな」