とりあえず、ヒトガミとの話し合いは終わった。
思っていたよりも穏便な話ですんでほっとしている。
あいつとの取引に応じるかどうかも、好きな時に決めていい様だし、
それに甘えてとりあえずは棚上げさせて貰うとしよう。
それより先に考えたいことがある。
ヒトガミとの交渉の副産物と言って良いのか、図らずも未来の知識を手に入れてしまったことについてだ。
遅ればせながら、これも神様転生特典と言っていいのだろうか。
しかし良いことばかりではない。
少なくとも夢で事前に知っている相手に対して、初対面の時と同じように接することはむずかしいだろう。
特に、関係の深かった相手には。
それが必ずしも良いことだとは思えない。
むしろ悪影響の方が心配だ。
ロキシーであれば、既に親交を結んでいることもあるし大丈夫だろう。
将来彼女と結ばれるかも知れないと言う話は気にしてしまうだろうが、そもそも俺が成長した状態で彼女と会えば、未来知識なんて無くてもどうせ異性として彼女を意識するだろうしな。
でも、まだ出会ったことの無い筈の相手。
シルフィやエリス、ザノバやクリフであればどうだ?
未来の俺が彼らと良い関係を築けたのは、俺なりに精一杯考えて真摯に彼らと向き合っていたからだろう。
それを最初から妻になる相手、友達になる相手だと気を緩めて……悪く言えば舐めてかかった言動をすれば、
それが良い結果を生むとはとても思えない。
そもそも俺の妻は彼女たちで、友人は彼らだという固定観念自体が良くない。
未来の俺と今の俺はあくまで別人だ。
彼ら彼女らとは出会わないで一生を終える可能性だってある。
そして全く別の、夢に出てこなかった相手と関係を深めて友情や愛情を育む可能性だってある筈だ。
未来の夢にでてこなかったから自分にとって重要な相手ではない。
そんな先入観を持っていたら、きっと周りと良い関係を結ぶことはできないだろう。
夢の知識はあくまで知識であってそれ以上のものではない。
少なくとも人間関係においては、それに振り回されないようにしたい。
例えば……そう、リーリャだ。
確か、この後すぐリーリャの妊娠が発覚するんだよな。
……いや、すぐっていう感覚はおかしいな。
時間にしたらまだ1年以上先のことだ。
未来の夢はあくまでダイジェストのようなもので、重要なイベントだけが抜き出されたものだ。
だからといって俺の人生から日常がなくなるわけじゃないし、そういう意味でも夢の記憶に振り回されないようにしないとな……。
まぁそれは横に置いて、リーリャのことだ。
未来の俺は彼女を助けた。
とっさの事態にうまくアドリブをきかせて、ゼニスの怒りを宥めて彼女を家族の一員として受け入れられるようにした。
素晴らしいことだ。
我ながら未来の俺を賞賛したい。
だけど俺に同じことができるか?
夢で見たとは言え、細かいセリフや状況なんて覚えていない。
いや、そもそも完璧な台本があったとしても、それをなぞれば同じ結果になるとは思えない。
あれは未来の俺が、その時の自分なりに頑張って話を丸く収めようと努力したからできたことだ。
ただ台本をなぞればいい、なんて気持ちで同じように人の気持を動かせるとはとても思えない。
まぁゼニスはなんだかんだで心根の優しい人間だし、リーリャとも仲が良いから、俺が何もしなくても最終的にはリーリャを追い出すなんてことはせずに彼女を許していた可能性もあるけど。
でもゼニスがリーリャを許したのは、彼女の妊娠が発覚していて家を追い出すことはあまりに酷い仕打ちだったからと言う面もあるだろう。
俺はパウロが浮気することを知ってしまっている。
仮にその俺の言動から、妊娠前にゼニスに浮気がばれてしまったら?
リーリャは足を怪我しているとは言え、普通に旅をすることぐらいはできる。
身重や子連れでなければ、家を追い出されても新しい仕事を探すことだってできるだろう。
その場合、ゼニスはリーリャを許さないかもしれない。
そもそもリーリャ自身が、浮気がばれて気まずい状況だったら職を辞して自分から出ていこうとするかもしれない。
もしそんなことになってしまったら……俺は自分のせいだと思うだろう。
普通に考えたら、そうなってもそこまで悪い話ってわけじゃない。
リーリャだって、次の職場でまた別の幸せを見つけるかもしれない。
俺が自責の念を持ってしまうのは、
未来を知っていて、それを自分が変化させてしまったと思うからだ。
常識的に考えればそうなったとしても悪いのはパウロでしかありえないのだが……やはり未来を知っているというのは重荷だ。
まるで変化した状況の全ての責任が自分にあるように感じてしまう。
パウロも、ゼニスも、リーリャも、皆それぞれの思惑や意図があって行動している。
そしてその行動でどんな結果が起きても、彼らそれぞれに背負うべき責任がある。
自分が皆をコントロールする立場で全ての責任は自分に在るという様な思考は、彼らを蔑ろにする考え方だ。
自重しなければならない。
とは言えこれから先未来が変化したことで何か悪いことが起これば、
俺が苦い思いをするのは避けられないだろう。
それは未来知識を持ってしまった代償だと飲み込むしかない。
はぁ……想像すると憂鬱だ。
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「ルディ、悩みはまだ続いているみたいだが、今日の稽古はどうするんだ?」
俺が朝食の時も難しい顔をしていると、パウロにそんな風に声をかけられた。
気を使って貰ったのだろうか。
「そうですね。もう少し考えたいと思うので、今日も稽古はおやすみしてもよろしいでしょうか?」
俺はパウロの気遣いに甘えることにした。
「あまり良くはないんだが、仕方ない。
どうやらよっぽどの悩みみたいだからな。
でも父さん達はいつでも相談にのるからな」
「そうよルディ。いつでも母さんに相談してね?」
「ありがとうございます、父さま、母さま」
俺は二人に礼を言って、今日も考え事に集中させて貰うことにした。
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人間関係のことを考えるのは、一旦終わりにする。
一つ、なるべく先入観を持たずに真摯に対応する。
一つ、変化を受け入れる。過剰に自分の責任だと思わない。
一つ、未来の台本ではなく、目の前の相手と向き合うようにする。
とりあえずこれを指針として行くことにする。
完全にはできないだろうけれど、自分への戒めとして意識しておきたい。
具体的な人生設計について考えてみよう。
未来の俺は、それについてはかなり無計画だった。
と言ってもこの世界のことが全然わからなかったし、情報の流通のない社会だからしょうがないんだが。
今の俺は世界のことも自分の状況のことも、ある程度はわかっている。
なら、将来どうするかということを考えるのに早すぎるということはないだろう。
とりあえず時系列で夢の記憶を思い出してみるか。
細かい所は覚えきれていないが、大まかな流れはわかるはずだ。
えっと、今の俺はロキシーと別れた直後か。
……つい一昨日のことなのに、なんだかかなり前の事のように感じる。
あんな夢を見たせいで時間の感覚がおかしくなっているな。
まぁそれはいいや。
えーっとこの後は……家の外に遊びに行って、シルフィと出会ったのか。
シルフィ……シルフィエットか。
まぁ彼女の事に関してもさっきあげた方針の通り、
事前にあれこれ考えるより実際に出会ったら、目の前の相手に向き合ってどうするか決めたい。
けど、彼女は村の子供に虐められていたんだよな。
正直他人事とは思えない。
引きこもりを継続するつもりはないし、どうせ家の外に出ていればどこかで彼女とは接触することになるだろう。
それなら、もし今も虐められているならなるべく早く力になってやりたい。
それで……えっと、その後にリーリャの妊娠騒動があって……で、またしばらく後にエリスのところに家庭教師に行ったんだよな。
なんでそうなったんだっけ?
えーっと……あれはパウロに無理やり送り出されたからで……そうなったのは……シルフィと一緒に魔法大学に行きたいって話をしたからか。
きっかけは、伸び悩みを感じてた時にロキシーから手紙がきたからか。
ロキシーはシーローンに行くんだったよな。
シーローン……ザノバがいる国か。
ロキシーはザノバの弟のパックスの家庭教師をしてたんだっけか。
……パックスか。
夢であいつの事を見た時、正直に言うと俺はあいつに共感した。
夢の中の自分。
成長し、成功し、仲間や妻に恵まれて、困難に立ち向かう自分よりも。
努力が空回りし、自制が効かなくて、周りにも認められず、失意のなかで命を絶ったパックス。
防げることなら防ぎたい。
ただ、どうしたらいいのかわからない。
そもそもパックスがああなったのはヒトガミとオルステッドの争いの結果と言う面もある。
未来の俺も、ヒトガミに誘導されてシーローンに影響を及ぼしている。
今回は、それがないからあんなことにはならないのか?
……だめだな、また未来の知識に振り回されそうになっている。
関係ないのにあれこれ干渉するのも余計なお世話って気もする。
ただ、ロキシーが今のままパックスの家庭教師をやるのはよくないみたいだよな。
これは間接的に俺の影響もあるみたいだし、それだけでも何かすべきかもしれない。
ちょっと考えておこう。
魔法大学のことに戻ろう。
行く必要があるのかどうか。
意味はあるよな。
独力で魔術を勉強していくのは難しい。
未来の自分と同じように、俺もそのうち伸び悩むことになる筈だ。
確かに未来の夢によって色々な事を知ることはできた。
それをヒントにして魔術の鍛錬に活かしたり、未来の成果を先取りすることもある程度はできるだろう。
でもそれだけだ。
夢で未来の自分を見たからって、俺自身が成長したわけじゃない。
例えるならノーベル賞科学者の半生を追った長編ドキュメンタリーを見た感じか。
当然、それを見たからっていきなり科学者になれたりはしない。
ただその後で自分も研究者の道に行ったなら、そのドキュメンタリーが未来のものだったなら自分の研究へのヒントにはなるだろう。
つまるところ魔術師として成長するなら、やはり基礎的な鍛錬や知識の勉強はかかせないし、そのためには魔法学校へ行くという選択は十分に有効だ。
個人的にも行ってみたい。
それで、学費がないんだよな。
それをパウロに相談して、結果として家庭教師の仕事を斡旋されると。
でも、学費の事はなんとかなるかもしれないな。
今の俺は五歳にして水聖級魔術師となった。
それも無詠唱技術のおまけ付きだ。
未来の俺は当時それがどのぐらいの凄さなのかはわかっていなかったが、今の俺にはその意味がある程度理解できる。
師匠のロキシーが大学出という縁もある。
ジーナス等に掛け合って特待生として迎えてもらえないか交渉することも可能だろう。
そうすれば学費の心配はない。
第一、エリスのところで家庭教師をやっても結局大学には行けな……い……のか。
…………そうか。
大事な事を考えていなかった。
転移事件だ。
あれを無視するわけにはいかない。
大災害だからな。
人道的にも感情的にもそうだし、そもそも家にもこの村にも取り返しのつかない被害がでる。
なんとかしなくちゃならない。
でも、どうしたらいいんだ。
そもそも今回もあれはおこるのか?
くそ、ヒトガミに聞いておけばよかったな。
あいつも、それぐらい言っておいてくれればいいのに。
……いや、それは甘えか。
あいつに頼るなら、それこそをあいつと取引すればいいのだ。
それをしないのに助言だけはして欲しいなんてのは、だめだろう。
だからあいつも何も言わなかったに違いない。
取引のために必要な説明はするとしても、それ以上のことをすれば公平さを欠くことになる。
無償の善意なんて疑いの元だからな。
あいつがやれば特にそうだ。
……未来の話だと、ヒトガミが俺に干渉を始めたのは転移事件の後って事だったよな。
ってことはそれまでは俺が行動を変えない限り同じことがおこる可能性が高い。
転移事件は起こる。
そう思っておいたほうがいいだろう。
ナナホシがあれについて色々と考察していたが、あれはおこった現象に対する考察であってどうやったら防げるかと言うようなものじゃあない。
第一、この世界にはまだナナホシはいない。
彼女には頼れない。
そもそも、あの転移事件で彼女がこの世界に現れるのか。
じゃああれを防いでしまうと、彼女の存在が消えてしまったりするのか?
……ダメだ、頭が混乱してきた。
余計な事を考えている。
ナナホシのことはどうあれ、あの事件は放置できない。
できることを探すべきだ。
しかしとっかかりがなさすぎるし、独力ではほとんど何もできそうにない。
精々、家族を避難させるぐらいか。
それ以上となると、信じてもらうのは難しい。
俺が何をどう言っても子供の戯言としか受け取って貰えなさそうだ。
詐術的な手段をとったとしても、この村の人達ぐらいが限界だろう。
誰か協力者が必要だ。
あんな超常現象に対して力になれそうな人物。
そうなると、思いつくのはオルステッドとペルギウスか。
しかしオルステッドはどこに居るかわからないし、ペルギウスにも接触できる伝手がない。
それに、オルステッドにはそこまで頼れない気がする。
彼はあらゆる技術や知識に通じているが、それらは戦うために身につけたものだ。
未来の夢で見ていてもそうだが、既存の技術については教えてくれるが何か新しいものを生み出す時にはあまり力になってくれない。
本質的に彼は戦士であり研究者では無いという事なのだろう。
未知の現象である転移災害について、どこまで力になるかは怪しいところだ。
ペルギウスならまだ可能性はある。
彼は優れた文化人であると同時に、知識の探求者を称する優れた研究者でもある。
ナナホシと共に異世界転移魔法陣の研究もしていた。
……なんとか、ペルギウスに接触できないか。
居城があの空中要塞では、直接訪ねるという事は不可能だろう。
何か正規の訪問ルートが必要だ。
しかし、ペルギウスと関係の深いアスラ王国の王女であったアリエルですら、ペルギウスに会うにはナナホシを通じなくてはならなかった。
そうなると俺の知る限りオルステッドを通じてしか、ペルギウスに接触できるコネは無いということになる。
もしかしたら現アスラ王、もしくは王室であれば何かペルギウスに対する連絡手段があるのかもしれないが……その為には国を動かすような力が必要になる。
それが無いからペルギウスの助力が欲しいのに、これじゃ堂々巡りだ。
……わかっている。
俺にはもう一つ選択肢がある。
ヒトガミに頼ることだ。
あいつは未来を見ることが出来る。
そして俺の提示した目的に対して、どうすれば最高の結果が得られるか助言してくれると言っていた。
転移事件の被害を減らすことだけを考えるなら、おそらく最も頼れる手段だろう。
それでも無理なら俺にはどうしようもないということだ。
くそっ、何がいつでも良いからゆっくり考えてくれだ。
あいつは俺がこのことに気付いて悩むのがわかっていたんだな。
だから俺に未来の夢を見せたのかもしれない。
自分の力が一番頼れるとわかっているからだ。
嫌な奴だ。
……落ち着け。
ヒトガミが悪いわけじゃあない。
転移事件はあいつのせいで起こるわけじゃないし、俺も取引を強制されているわけじゃない。
事前にあの事件の危険性に気付いて、どうするか悩めるだけ贅沢な話だ。
むしろ感謝すべきだ。
しかし、ヒトガミの性格が悪いことには変わりはない。
どうすべきなんだ。
ヒトガミに頼らなくても、なんとかなるかもしれない。
ペルギウスらと協力して対処することはできるのかもしれない。
でもそのために時間をかけて、なんとかペルギウスと接触して、それからあの赤い珠について研究したとして……。
結果、転移事件は止められないなんて結論がでたらどうしよう。
そうなってからヒトガミを頼っても間に合わないかもしれない。
対処を始めるなら、当然だが早い方がいい。
ヒトガミを頼るのだとしたら、一番良いのは今夜すぐに助力を求めることだ。
……しかし踏ん切りがつかない。
転移事件がおこる、と言うのはあくまで予想にすぎない。
ヒトガミに聞いた結果、そんな事件はおきないから心配いらない、が一つ目の助言ではやりきれない。
せめてあの赤い珠があるのかどうかだけでも確認したい。
だけど、いきなりロアに行きたいと行ってもどう理由を説明したらいいか。
……いや、そのぐらいなら説得は無理ではないはずだ。
けどあれはボレアス家の館の中庭の上空にあるんだよな。
館の外からでは確認できないかもしれない。
そうなるとボレアス家を訪問するなり、忍び込むなりしなければならない。
それもなんとかできたとして、結局珠があったらどうするんだ。
ヒトガミを頼るのか。
それとも頼らずになんとか頑張ってみるのか。
くそっ、なんでいきなりこんな決断を迫られているんだ。
ヒトガミとの交渉を乗り切って、しばらくゆっくり出来ると思っていたのに。
やっぱりアイツは性格が悪い。
邪神に違いない。