ボレアスの館の上空に、赤い珠が浮いていた。
まぁ確認はしに来たがあれが無いという可能性は低かったんだ。
むしろ見つかって良かった。
何しろ、ここであれが見つからなくても転移事件が起きないという保証にはならない。
赤い珠の発生地点がちょっとずれただけ、という可能性は残る。
その場合、いつか災害が起こるかもしれないという疑いをずっと抱え続けることになる。
そうなるよりははっきりと予兆を捕まえられたのは良かったと言える。
そんな風に考えてみたものの、流石に落胆する。
表面上の安心でもなんでもいいから、あんなもの無い方が良かった。
俺がいる世界では、何かの要因で転移事件は起きず何事も起こらない。
そんな都合のいい可能性を心の何処かで期待していた。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
見てしまったからには、対処を考えなければならない。
朝から憂鬱な気分になってしまった。
部屋に戻る前に、顔を洗って少しでもリフレッシュしておこう。
流石に今日、明日に転移事件が起こるということはないだろうしな。
---
朝食の後、庭でエリスやギレーヌと剣の稽古をする。
ついでにパウロもついて来た。
ギレーヌの指導。
と言っても、特別なことはしない。
相変わらずの基礎訓練だ。
しかしギレーヌはそこに説明や指摘を添えてくれる。
型や打ち込み、足運びや体重移動。
その意味を明確にしてくれるのだ。
「……ルーデウス、それではダメだ」
「何故ですか?」
「この足運びは、右側面からの攻撃を避けつつ体の正面に相手を捉えて有利な態勢を作り出すためのものだ。
その為に右足から踏み込む……こんな感じだ」
そう言ってギレーヌは目の前で足運びを実践してくれる。
指導のためゆっくりとした動きでやってくれているのに、実際以上に素早く感じる。
無駄のない流麗な動きだ。
動きが終わった時、正面にいたギレーヌが俺の右側に回り込んでいた。
しかも、上中段に剣を持って斬りかかるための態勢がきっちりと整えられている。
「だから、ただ踏み込みの順番だけを気にしていてはだめだ。
一歩目から相手の攻撃を外しに行くつもりで、終わりにはそのまま正面の敵に斬りかかるつもりでやるといい」
「わかりました」
基礎の訓練でも、一つ一つに意味がある。
勿論パウロもそれなりに説明はしてくれていたのだが、ギレーヌはその理解が深く明確だ。
適当に済ませている部分が全くない。
動きの一つ一つに、何のためにそう動くのかという自覚がある感じだ。
流石に剣王の称号を持っている人間は違う。
自分が水王級の魔術を会得しても、こんな指導が出来るようになるとはとても思えない。
エリスと模擬戦とかはしない。
まだ俺はそういうことをする段階ではないそうだ。
その代わり型の合わせはする。
これが結構大変だった。
型の合わせとは、攻める型と守る型に分かれて交互にそれをこなすものだ。
例えば前者が踏み込んで上段だからの振り下ろし、後者はそれに対して頭上で剣を斜めに構えて正面からの振り下ろしを受け流す。
どう攻めてどう受けるかは決まっているので、きちんとこなせば危険はない。
だがそれはつまり、きちんとこなさなければ危険なのだ。
ましてや相手はこのエリスである。
「ハッ!!」
エリスが剣を振り下ろしてくる。
「ッ!」
俺は必死でそれを受け流す。
その打ち込みの強さに、手が痺れて剣を取り落としそうになった。
エリスは全力だ。
俺が守りの型に失敗した時に怪我をさせないように、なんて考えは微塵もない。
むしろ俺の防御ごと叩き潰そうという気迫が感じられる。
いくら事前に攻撃の型がわかっているとはいえ、これは怖い。
「ルーデウス、手がしびれるのは受け流しが上手く行っていないせいだ。
原因は体に余計な力が入り、動き出しがスムーズに行かずに守りの型が綺麗に作れていないからだろう。
もっと余裕をもって対処しろ」
そう思っているとギレーヌにダメ出しをされた。
「すみません。
エリス姉様の打ち込みが鋭くて……」
「ふふん。
ルーデウスはまだまだね!」
「それは理由にならん。
今のお前でも、きちんと合理に従って動けばこなせるからこの型稽古をやらせているんだ」
「はい。
頑張ります」
難しいが、慣れるように頑張ろう。
ギレーヌの指導は的確だ。
「お嬢様は受け流されるのを嫌って力が斜めに入っているが、それではダメだ。
実戦では相手がどう守るかはわからない。
後ろに退くか、横に躱すか、力で押し返してくる場合もある。
だから打ち込む段階では余計な事は考えず、自分の一撃を最高のものにすることに集中せねばならない」
「でも、防がれるのがわかってるとどうしてもムキになっちゃうのよ……」
エリスがそう言うと、ギレーヌは言葉を続けた。
「だが最強の一撃を最速で放ち、全てを両断する、それが剣神流の目指すものだ。
まずは一撃の速さと強さに力を集中することを学ぶ。
それが完璧にできれば、結果的に相手の防御ごと断ち切る一撃を放つ事ができるようになる」
「わかったわ!」
断ち切られちゃ困るんですがね?
ギレーヌは守りも教えてくれるが、攻め側にも指導してくれるので結局楽にならない。
しかもエリスの方が上達が早そうだ。
これはきつい。
頑張らねば。
パウロとギレーヌの模擬戦も見せて貰った。
こっちは型の合わせのような約束稽古ではない。
使うのは木刀で防具も付けているが、なんでもありのガチンコだ。
負傷したら、俺が治癒魔術で治す。
「シィッ!」
パウロの動きは変幻自在。
自分から果敢に攻め掛かる。
かと思いきや守りを固めカウンターを狙う。
攻撃がこなければトリッキーな動きで相手を惑わす。
対してギレーヌは動かない。
静かに剣を構え、相手の攻撃を捌きながら鋭い目でパウロを捉え続けている。
「ちっ!」
業を煮やしたパウロがまた攻めへと転じる瞬間、ギレーヌの剣が奔った。
「ぐあっ!?」
どんな攻撃をしたのかは早すぎて見えないが、パウロが苦悶の声を上げながら吹っ飛ぶ。
決まった。
そう思ったがギレーヌは構えをとかず、更に滑るように間合いを詰めた。
「あっ!?」
エリスが驚きの声をあげる。
パウロが地面を転がりながら、剣を投げたのだ。
破れかぶれではない。
ふっ飛ばされた勢いに対して受け身をとりながら体を回し、その動きをそのまま剣を投げる動作に繋げている。
以前聞いた、北神流の技だろう。
だがギレーヌはその攻撃を予測していたのか、投げられた剣を綺麗に弾いた。
そして倒れ無手になったパウロに剣先を突きつける。
「参った」
パウロが両手を上げて降参する。
俺はパウロに駆け寄った。
「父様、治療は必要ですか?」
「あぁ、頼む。」
パウロはそう言って防具を外し、上着をまくり上げた。
脇腹に一筋、赤黒く線が走っている。
俺は患部にさわって怪我の具合を確かめた。
「いちち」
この感じだと折れてはいないが、ヒビぐらいは入っているかもしれない。
俺は中級の治癒魔術を使うことにした。
「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん『エクスヒーリング』」
淡い光がパウロの脇腹を覆っていき、赤黒く走っていた内出血が綺麗な肌色に戻っていく。
「おー、治った治った。
サンキューな、ルディ」
「いえいえ」
治療が終わった所で、パウロはギレーヌを見てため息をついた。
「ったく……相変わらず容赦ねーな」
「当然だ。
無意味に容赦などしていては稽古にならん」
「ギレーヌも実戦からだいぶ遠ざかってるだろうし、意表を突けば勝てるかと思ったんだがな」
「そんなわけがあるか。
アタシはそう簡単に剣を鈍らせるつもりはない。
パウロ、お前の方こそ動きが悪くなっているぞ。
きちんと稽古をしているのか?」
ギレーヌにそんな心配までされてしまっている。
哀れパウロ。
「ゲッ!? マジかよ……こっちは駐在騎士で一応今でも魔物狩りの仕事はしてるんだがな」
「魔物と言ってもこの辺りに出る相手ではたかが知れているだろう。
そんな相手に勝てれば十分という気持ちでいれば、剣も鈍る」
「はぁ……ちょっと鍛え直さないとダメだな。
くそ、ベッドの上でなら負けねーんだがな」
ナチュラルに屑発言をしていくパウロ。
「父様、その言葉は母様にお伝えして良いのですか?」
「うおっ!? 待て待てルディ、冗談だ冗談。
だからゼニスに伝えるのは止めてくれ」
「まったく相変わらずだな……」
ギレーヌが呆れたようにつぶやく。
そこにエリスが声をかけた。
「ギレーヌ、凄かったわね!
パウロ……さんも。
でも、剣を投げるなんて卑怯じゃないかしら?
それも勝負がついた後なのに!」
エリスの言葉にパウロが苦笑を浮かべる。
「パウロで良いよ。
あー、剣を投げたのはだな、その、なんつーか……」
パウロが受け答えに悩んでいると、ギレーヌがその言葉を引き継いだ。
「お嬢様、それは違う。
さっきのアタシの一撃は真剣でも致命傷にはならなかった。
それにたとえ致命傷を負わせても最後の力で反撃してくる奴も居る。
決着がついていたとは言えない」
「でも、これは稽古でしょ?」
「稽古だからこそ、実戦の心構えでいなければならない。
さっきの型稽古と同じだ。
どうせ相手が受け流しをしてくるから、そうされないようにしよう。
どうせ一撃をあてたら終わりだから、その後は何も気にしなくていい。
そういう考えで稽古をする者は、実戦の時だけ気を引き締めることなど出来はしない」
「むぅ……そうかもしれないけど……」
エリスはそれでも納得いかなげにしている。
「それにパウロも試合でああ言うことは偶にしかしない。
奇襲、騙し討ちも鍛錬は必要だが、そればかり鍛えていると真っ当な立ち会いの強さが疎かになるからな」
確かに、暗殺者とかであればそれだけ鍛えれば良いのかもしれないが、
剣士なら地力をつけなきゃならないからな。
パウロも普段は北神流の技は余り使わないようにしているみたいだし。
「今のは技の鍛錬と言うだけではなく、お嬢様やルーデウスに見せる意味もあったのだろう。
稽古での油断を戒めるのと、北神流を相手にした時はああ言う技にも気を付けろとな」
「へぇ……そうだったんだ」
ギレーヌの説明で、エリスが感心したようにパウロを見た。
「そ、そうそう。
北神流だけじゃなく、魔物とかもそうだぞ。
あいつらだって、動けるうちに諦めたりはしないからな。
模擬戦や型稽古でも、いつでも相手が予想外の反撃をしてくるってつもりでやるんだよ」
「そうね、わかったわ!」
「はい、わかりました」
エリスに習って俺も返事をする。
しかしパウロはそれっぽいことを言っているが、本当にそんなつもりでやったのだろうか?
ただたんにギレーヌに一泡吹かせたかっただけのような気もするが。
……でもまぁ言ってることが間違っているわけではない。
俺も稽古だからと気楽にならず、これからはもっと実戦のつもりを心がけるようにしよう。
練習は本番のように。
本番は練習のように。ってやつだな。
そうこうしているうちに、昼食の時間が近付いてきたので今日の剣の鍛錬は終わりとなった。
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剣の鍛錬の後。
一旦解散し、各自で汗を拭いたり流したりした後でまた食事の時に集まることになった。
俺も部屋で汗を拭うための布を頼んだのだが、それを持ってきたメイドさんが―――
「よろしければお体をお拭きいたしましょうか?」
「あ、はい。
お願いします」
こんな事を言われたので、思わず反射的にお願いしてしまった。
魔術でお湯を出し、メイドさんが持ってきたタオルを湿らせてから軽く絞る。
その後、上着を脱がせてもらい、そのままメイドさんに体を拭いて貰った。
若いメイドさんだ。
獣族で、猫耳と尻尾がついている。
結構かわいい。
こう言うのって、割りと夢のシチュエーションかもしれないな。
……そう言えば、獣族は嗅覚が鋭くて人間の発情の匂いとかもわかるんだったか。
まだオトコノコの日が来ていないので助かった。
もしその日を過ぎていたら今頃冷たい視線を浴びていたかもしれない。
体を拭いてもらったら、メイドさんにお礼を言って部屋を出る。
もうすぐ昼食だが、俺は先に一度庭へでた。
そして館との位置関係を確かめながら庭をうろうろと歩いていく。
……このあたりか。
真上を見上げる。
特に何も見えないが、ここはあの赤い珠があった場所の真下あたりのはずだ。
横に立っている塔を見る。
高さが目算だが30mはありそうだ。
マンションで言えば10階ぐらいか。
赤い玉は野球の球より少し大きいぐらいに見えたから、あの高さだと地上からは見えないか。
「ふぅー」
俺は上を見上げていた首を元にもどし、ゆっくりと息を吐いた。
足元に両手を向ける。
集中。
魔力を両手に集めていく。
俺は魔術で足元に岩塊を生み出した。
更に魔力を込めていき、それなりの丈夫さを確保しながらどんどんと大きくしていく。
自分の体が持ち上げられていく。
横に倒れないよう裾を広げながら、それなりの太さの岩山を高く伸ばしていく。
横の塔より少し低いぐらいの高さで魔術を止めて、あたりを見渡す。
あった。
あの赤い珠だ。
魔術で更に岩山を成形し、赤い珠の目の前に立てるようにする。
眼前で見るそれは、なんとも奇妙な代物だった。
赤い光を放っている。
だがそれそのものが赤いわけではない。
赤い魔力光を発する複雑な文様が、複雑に絡み合みあいながらうねっている……そんな感じだ。
物質ではない。
未来の夢でナナホシとペルギウスが立体型の巨大な魔法陣を作っていたが、あれの発動時の光を離れてみたらこんな感じかもしれない。
それとも単に俺がそれと関連付けて連想してしまっただけだろうか。
ただ、これは魔法陣とは言えない。
発する光は時折一部が意味のある図形を描くように見える時もあるが、全体としては酷く歪んでいて意味をなしていない。
まるで魔法陣を力任せに小さく圧縮したようにも見える。
しかも、魔力光の様な光を発しているくせに近くに来ても魔力を全く感じない。
むしろ魔力が少しずつ吸われていくような感覚がする。
寒気にも似たその感触に俺は身震いをした。
思わず露出した肌を掌でさする。
なんだか鳥肌が立ちそうだ。
しかし間近で見てみてもやはり訳がわからない。
やはり俺の知識ではこれ以上観察してもどうすることもできなさそうだ。
そう思って珠の観察を打ち切り下を見ると、
庭師の人や使用人の人などが集まってこちらを見上げていた。
俺は魔力制御で足元の岩山をゆっくりと消失させる。
目線の高さがどんどんと下がっていく。
地面まで降りきると、周りで戸惑っている使用人の人達に声をかけた。
「お騒がせして済みません。
上空に少し奇妙なものを見つけたので、近くで観察するために魔術で足場を作っていたんです」
俺がそう説明すると、彼らは戸惑いながらもそうなんですか、と頷いていた。
「見つけた物については俺からフィリップさん達に説明しておこうと思います。
もしかしたらまた足場を作ることがあるかもしれませんが、何か不都合があるでしょうか?」
そう聞いてみると、彼らはお互いの顔を見合わせて困った顔をしている。
自分では判断ができない、と言う様子だ。
「すみません、許可自体はフィリップさんたちに取るつもりです。
今みなさんが特に不都合があるという事がないのであれば、気にしないでください」
彼らはそういうことなら……と一応の納得を見せてくれた。
「それではお騒がせして失礼しました」
俺は軽く一礼をしてその場を立ち去った。
---
皆で昼食を済ませる。
皆と言ってもフィリップとサウロスは居ない。
何やら職務上の用事で外出しているらしい。
一緒に食事をとったのはヒルダ、エリス、パウロ、ゼニス、俺、それからギレーヌだ。
ギレーヌは普段食卓は一緒ではないらしいが、パウロとゼニスの友人と言う事で俺達が滞在中はお客さん枠で食事に同席するらしい。
食事の後はパウロ、ゼニスと一緒に再度冒険者ギルドを訪ねて、ロキシーが戻っていないかどうか確認をする予定だ。
俺達がそんな話をしていると、エリスが自分もついて行きたいと言い出した。
良いとも悪いとも言えないので、両親がヒルダにお伺いを立てる。
彼女は仕方ないとため息をつきながらも、おねだりをするエリスを見て微笑み、許可を出してくれた。
「でも、ギレーヌの側を離れないようにするのですよ。
いいわねエリス」
「はい、お母様!」
そう言うわけで食後、喜色満面のエリスと一緒に街にでることになった。
「待ってて! すぐ用意してくるから! トーマス! トーマスー!」
エリスが大声で執事のトーマスを呼びつける。
……トーマスか。
そう言えば未来の夢の中で、彼はエリスの誘拐事件の首謀者だった。
どうにかしたほうが良い気もするが、さりとてどうしたものか。
現時点では彼は何もしておらず、ただの執事でしかない。
変態貴族……ダリウスとの繋がりが既にあるのかどうかも謎だし、仮にあったとしてもそれが罪と言えるかは微妙だ。
何しろ特に実行に移した行動がないのだから。
エリスの誘拐事件にしてもな……。
あれは未来の俺の提案した偽の誘拐事件が引き金となっている。
それが無くてもトーマスがエリスの誘拐を企てたのかどうかはわからない。
外出時、エリスは常にギレーヌが護衛しているからな。
案外あれがなければトーマスは何事もおこさずおとなしく執事を続けていたのかもしれない。
例えば日本では、犯罪捜査において囮捜査は基本的に無効とされていた。
それは囮捜査そのものが犯罪を誘発する要素をもっているからだろう。
わざわざ誰もいない所に財布を放置して隠れて監視する。
そしてそれを盗んだら逮捕する。
これじゃあ捕まった人は納得しないだろう。
俺だって、前世で美少女に向こうから迫られて、良いことしない? って誘われたらホイホイついていっただろう。
それで手を出したら条例違反で捕まるのだ。
これは酷い。
やばいと思ったが、性欲を抑えきれなかったって奴だ……まぁこの場合は囮捜査ではなく普通に有罪になってしまうのだが。
……それはともかく。
トーマスは、簡単にエリスを誘拐できそうな状況を目の前にぶらさげられていた。
だから魔が差した、と言う面はあるだろう。
そう考えると、まだ何もしていない内に問答無用で始末したりする気にはなれない。
かと言って穏便に辞めてもらうのもむずかしい。
フィリップやサウロスに言うとしても、説明できる理由がない。
予知夢で見たので、では流石に信じてもらう自信がないしな。
俺は少し考えて、結局、彼の事は一旦放置することにした。
収まりの悪い気持ちにはなるが、緊急性も低いし他に考えなきゃいけないこともある。
少なくとも夢ではこの先2年間は何もしなかったのだ。
ギレーヌがエリスをきちんと護衛して居る限りは大丈夫だろう。
とは言っても、余裕ができたらなんとかしたいところだ。
---
そうして、皆で連れ立って冒険者ギルドを訪ねた。
受付で話を聞いてみるが、残念ながらロキシーはまだ戻ってきていないそうだ。
しかし、じゃあこれで帰りましょう、では流石にエリスが可愛そうだ。
急いで戻らなければならない理由も無いのでロアの街を観光することにする。
冒険者ギルドで依頼の張り紙なんかを見て回ったり、
武器屋や防具屋であれやこれやと見繕ってみたり。
元冒険者の大人三人組があれやこれやと解説をしてくれて、興味深い。
しかしそう言った冒険者エリアを抜けて、商業区の雑多なエリアに入ってくると解説も言葉を濁すことが多くなってきた。
現在は雑貨屋で旅道具のあれこれについてエリスが質問をしているのだが―――
「へ~、外で作るご飯ってこういうので作るんだ。
ねぇギレーヌ、これでどんな食事をつくるの?
それって美味しい?」
「う……む……、美味しくできることもあるし、そうでないこともあるな……」
飯盒炊爨セットのような……いや、形が違うな。
まぁ米を炊くわけじゃないもんな、野外用の調理鍋セットか。
それをみてみたり。
「天幕? これで外で屋根を張るの?
でも寒そうね、寝心地も悪そうだわ」
「そうだな。
まぁちゃんと野営地を選んで寝具をうまくつかえば、それなりになる筈なんだが……」
とか。
「これが松明?」
「そうだ。
迷宮の中や月の無い夜の戦いなんかは、こいつを片手で持つことになる」
「……片手が塞がれるのは、イヤね」
「そうだな。
あたし達剣神流にとっては特にそうだ。
だから代わりに松明を持ってくれる仲間がいると、とても助かる」
「へぇ……ギレーヌがそんな事を言うなんてね」
ギレーヌのその発言にゼニスが感心したように口を挟んだ。
横ではパウロも同じような様子だ。
「ああ、そうだな。
昔のあたしにはその有り難さがわかっていなかった。
一人になった後、それがわかった」
「ふふ、あのギレーヌがね……」
ゼニスはなにやら嬉しそうにしている。
その横でパウロは松明を持ってエリスに話しかけた。
「そうそうエリス嬢ちゃん。
松明ってのは良し悪しも激しくてな。
出来の悪いやつだと明るくないしすぐ燃え尽きちまうし最悪なんだ。
だから冒険者になったらちゃんとしたやつを買うんだぜ」
「そうなんだ!
じゃあ、ここに売ってるのは良いの? 悪いの?」
「えっ!?
えーっと、そいつは……まぁ、普通なんじゃないか?」
「なによそれ。
はっきりしないわね……」
こんな風に歯切れが悪くなったりするのだ。
この状況に俺はピンと来るものがあった。
たぶん、あれだ……。
「父様、冒険者をしていた頃は誰がこういうアイテムの仕入れをしていたんですか?」
「それはあいつが……」
言いかけてパウロが苦虫を噛み潰したような顔になった。
そして大きくため息をつく。
「そうだな。
ギレーヌに余り偉そうな事は言えねえや。
こういう事は俺もあいつに任せっきりだったな」
「そうだな。
あいつはなんでも出来たからな」
項垂れたパウロにギレーヌが同意する。
「ギレーヌ、あいつって?」
「あたしらパーティーにいたシーフだ。
戦うことは出来ないヤツだったが、それ以外の大体の事は任せて間違いはなかった」
「ふぅん……でも戦えないやつが仲間にいるなんて足手まといじゃないの?」
「普通のパーティーなら、そうかも知れない。
そう、普通は雑事は全員で分担してやるのだろうな。
でもあたしらは皆そういう事は苦手だった。
そう云うのが得意なのはあいつとエリナリーゼぐらいだった」
ギレーヌが記憶を振り返るように遠くを見てそう言うと、
ゼニスがそこに言葉を重ねる。
「そうね……二人共、今どこでどうしているのかしら?」
「さぁな。
どちらもそう簡単に死ぬやつでは無いと思うが」
猿人の盗賊ギースと、エルフの戦士エリナリーゼか。
それにドワーフの魔術師タルハンドを加えた6人がパウロ達のパーティーだったな。
「お嬢様ももし将来冒険者になるなら、
こう言う物の良し悪しの見極めや金の管理も出来たほうが良いと思う」
「えぇ……物の善し悪しはともかく、お金の管理ってさんじゅつのお勉強ってことでしょう?
もしそうなったら、私もギレーヌみたいに誰かにやってもらうから良いわよ」
「そうだな。
誰かに頼れるならそれでも良い。
けれどそれに甘えていた私は、一人になって苦労することになったからな」
「うっ……。
ル、ルーデウスは私と別れたりしないわよね?
任せていいでしょ?」
「エリス姉様、それは約束できませんよ。
僕だって父様みたいに誰かと結婚するかも知れないんですから」
「そんなぁ……」
エリスがショックを受ける横で、
パウロ達は過去を思い出してちょっとしんみりした様子だった。
---
夕食の席の後。
俺はフィリップに声をかけられた。
「君、なんでも昼間に庭で妙なことをしていたんだって?」
「……ああ。
はい、そうですね。
妙な事というかなんというか」
「中庭で巨大な石柱のようなものをだしていたそうだが、
いったいどうしてそんなことをしていたんだい?」
フィリップの問いに、俺は少し考えをまとめてから口をひらく。
「ご質問を返すようで申し訳ないのですが、中庭の上空に……館にある塔の最上階のちょうど真横あたりですね。
そこに妙な赤い珠が浮いているのを、ご存知でしょうか?」
俺がそう問いかけると、フィリップは怪訝そうな顔をした。
「赤い珠?
なんだいそれは」
「ふむ……それなら儂が知っておる」
そこへサウロスが口を挟んでくる。
「お父様?
ルーデウスの言う赤い珠とは、一体なんですか?」
「知らぬ!」
「…………えっと」
サウロスの答えに、フィリップは頭痛を堪えるように頭に手をやった。
「あれが何なのかは儂にはわからぬ。
だがそれがあることは知っておる。
つい一昨日だったか、あの塔からふと窓の外を見た時、あれが中に浮いておるのを見かけたのだ……」
「ふむ……」
その説明に、フィリップもそれについて考え始めたようだ。
「ルーデウスよ。
お前はあれがなんであるか知っているのか?」
サウロスが俺を見て問いかけてくる。
「いえ、わかりません。
魔力的な何らかの現象だとは思うのですが……。
興味を引かれて魔術で足場をだし、近寄って観察してみたのですが、それ以上のことは」
俺がそう言うと、フィリップが苦い顔をした。
「うちの上空にそんなものが……。
当家に敵対する何者かの魔術的な攻撃か何かかと思うかい?」
まぁ、そんなわけのわからないものが自分の頭上にあったらそりゃ不安だよな。
「はっきりとは言えませんが、人為的な魔術ではなく自然発生した魔力現象のように思えます」
「ふむ……」
フィリップは、俺の言葉に逡巡を見せた。
……押して見るか。
「僕もあれには興味をひかれます。
どうもすぐに何が起きるという様子ではないようでしたし、
僕にあれを調査させて貰えないでしょうか?
そうすれば、少なくとも何かが起きそうなら事前にわかると思います」
僕の言葉に、横で聞いていたパウロやゼニスがぎょっとした顔をした。
「おいルディ!?」
驚くパウロ達を見ながら、フィリップが俺を見る。
「君の提案はありがたいが……君がここに滞在するのは長くて後数日だろう?
それとも、すぐにその調査というのは終わるものなのかね?」
「いえ、終わらないと思います」
「では、どうするつもりだい?」
「はい。
ブエナ村からここまでは、馬なら数時間で着く距離ですので、誰か付き添いがいれば気軽に来ることが出来ると思います。
なので、今後もちょくちょく遊びに来させて貰えたら嬉しいです。
エリス姉様と遊んだり、ギレーヌにまた鍛錬を付けて貰ったりもしたいですし」
俺がそう言うとエリスが反応した。
「ッ……お父様!」
彼女は興奮した面持ちでフィリップに期待の目線を向ける。
「そうだね。
こちらとしては君が遊びに来る分には全く構わないよ。
エリスも喜ぶしね。」
その言葉を聞いて、エリスはぐっとガッツポーズを見せた。
「でもパウロ達は良いのかい?
付き添いといっても君たちの方はそこまで暇じゃあないだろう?」
そうフィリップが問いかけると、パウロとゼニスは困った様子を見せた。
「そうね……ルディがここに遊びに行きたいなら、叶えてあげたいけど……」
「あのなルディ。
今回の事は特別なんだ。
俺もゼニスも、そんなに頻繁に村を離れるわけには……」
二人の言葉に、エリスがはらはらとした様子だ。
俺はそんな彼女を横目に、二人の言葉を遮った。
「父様、母様、僕はそんなに考えなしじゃありません」
「じゃあ、どうするつもりだ?」
「付き添いはロキシー先生にお願いするつもりです」
俺が彼女の名前を出すと、二人は得心がいったようだった。
「なるほど……だがまだ彼女を雇い直せたわけではないぞ?」
「はい、頑張って説得します。
もしそれがダメだったら一旦ここに遊びに来ることは考え直しますし」
「そうだな……そういう事なら良いだろう。
ゼニスもそれでいいよな?」
「ええ、そうね。
ロキシーちゃんなら私も安心だわ」
そんな二人を見てフィリップが俺に問いかける。
「そのロキシーと言うのは誰だい?」
「僕の魔術の師匠で、家庭教師です。
一旦卒業したのですが、まだ学ぶことがあるのでこれから雇い直す予定なんです」
「……なるほどね。
そういうことなら問題はないか」
「それじゃあ、赤い珠の調査に関してはどうでしょうか?」
「ああ、私は問題ないと思う。
父上はいかがですか?」
フィリップが、そう言ってサウロスにお伺いをたてた。
「儂はそれで構わん!」
「はい……じゃあ、その珠の調査も君にお願いするよ」
「はい、わかりました」
フィリップに対して頷く。
「ただ、危険がありそうであればすぐに教えてくれ。
その場合はこちらでも調査する人員を用意するからね」
「はい、勿論です」
と言うのは嘘だが。
既に核爆弾級に危険なのだが、今それを言うことはできない。
とは言え他に手がなさそうならフィリップに相談することも考えよう。
とりあえず赤い珠を調査することと、
ロアを気軽に訪れる許可を得ることはできた。
転移事件の対処に一歩前進したと思いたい。
そんな考えを知らずに、俺がまた遊びにくることを無邪気に喜んでいるエリスが眩しかった。
---
その日の夜。
借りている寝室のドアがノックされた。
「ん、なんだ?」
パウロがドア越しに問いかけると、相手はメイドのミーチャと名乗った。
「夜分遅くに失礼します。
グレイラット家の皆様に、お客人が訪ねに来ておられますが如何なさいますか?」
その言葉に思わず俺達は顔を見合わせた。
思わず、パウロに代わって俺が問いを発する。
「あの、その人のお名前は?」
どきどきする。
「ロキシー・ミグルディア様でございます」
「すぐに会います!」
やっとロキシーに会える。
俺は自分の唇の端が緩んでいくのを感じたのだった。