メイドのミーチャさんによると、ロキシーは外門で止められて待たされているそうだ。
それを聞いて、俺は思わず立ち上がった。
「ロキシーを説得してきます」
パウロ達にそう声をかけ、部屋を出る。
そのまま足早に玄関へと足を進めた。
館を出ると、外は真っ暗だった。
この世界は基本的に夜が暗い。
燃料である薪や油は貴重だし、火を使うので誰かが番をしていなければ火災の危険があるからだ。
魔道具の明かりとなると更に貴重で高価だしな。
もちろんこの館には魔道具の明かりもあるが、ランニングコストが魔石か使用者の魔力になるので通常利用はできない。
俺は魔術で明るさを重視した炎を掌に生み出して照明代わりにして中庭を進むことにした。
しかし温度はそれほど高くしていないとは言え、あくまでも炎なので制御に気を使う。
こういう事があるなら、純粋に光だけを発する魔術も習得しておきたくなるな。
火魔術の制御に神経を使いながら暗い中庭を歩いていると、ふとロキシーとの会話を思い出す。
あれは彼女が俺の先生になってまだ間もなかった頃のことだ。
ロキシーに戦闘用ではない魔術は存在しないのかと尋ねた時、彼女は生活用の魔術が発展しないのは明かりが必要ならロウソクやカンテラを使えばいいからだと言っていた。
しかし、こうしてみるとそれには疑問を感じる。
もちろん今はちょっと館に戻って誰かに頼めばカンテラを借りてくることは出来る。
だがそれが出来ない時だってあるだろう。
迷宮の探索中とかに灯りを失ったりとかな。
そう考えると純粋な照明用の魔術があったら便利じゃないだろうか。
少なくともあって困る事はない。
現にと言うと未来なので変だが、夢ではナナホシが作った灯の精霊の召喚魔法陣はヒット商品になっていたしな。
いや、作ったのはペルギウスだっけか?
……まぁそれはどっちでもいい。
ともかく魔術による照明には需要があるということだ。
他にも俺は小さく水やお湯を出したり、皿や鍋、椅子など道具や家具をつくったり何かと魔術を活用している。
でもそれは無詠唱で出力等を調整している俺だから出来ることで、皿を作る魔術なんてものは正式には存在しないから詠唱も存在しない。
あったら便利だと思うんだが……魔力消費の問題なのだろうか。
確かに、規模や精度の細かい魔術は魔力消費が大きい。
俺は気にならないが、普通の魔術師にとっては辛いだろうか。
しかしやはり出来て損になる事は無いはずだ。
それに魔力を使うかどうかの選択肢すら無いと言うのは不便じゃないだろうか。
そんな事を考えている内に、外門の内側へとたどり着いていた。
ここには灯りが付けられているので、火魔術は一旦停止させる。
備え付けられた燭台の灯りに照らされた門は、当然のように閉まっている。
基本的にこの館は夜になると外門を閉じ、朝になるまで開門はしないらしい。
ただ夜の間は外部と連絡不能になると言うわけではなく、門の横には小さな小窓があり緊急の連絡などはそこを通して番兵の耳に入るようになっているんだとか。
ロキシーはそこで来訪を告げて、こちらに連絡が行くようにして貰ったのだろう。
俺は門の内側の城壁に作られている守衛室のような部屋を訪ねた。
「すいません、ロキシー・ミグルディアと言う方が訪ねてこられたとお聞きしたのですが」
俺がそう声をかけると、中にいた門番の人が驚いたような表情でこちらをみた。
「あんたは……パウロ様のところのルーデウス坊っちゃんじゃねえですか。
何故お一人でこんな時間にここへ?」
「それは、ロキシー先生は僕のお客だからです。
彼女が訪ねて来たと聞いて来たのですが?」
俺がそう言うと、門番の人は慌てたように奥の小窓へと腕を向けた。
「あ、あぁ、そうですかい。
わかりやした、お客さんとはその小窓越しに話せますぜ。
それと、先に断っておきやすが門を開けるのは旦那様か大旦那様のご指示がないと無理ですぜ」
「わかりました」
融通がきかない、とも思ったが警備上の決まりなら彼を責めるのは理不尽だ。
それに彼がここで詰めてくれていたから、ロキシーの来訪がわかったのだから感謝すべきだ。
それにしても彼一人の仕事ではないのだろうが、毎夜誰かがこうして門に詰めているわけか。
機械やコンピューターなんか無いこの世界では、なんでも人力だ。
頭が下がるな。
俺は彼に一礼してから壁に開いた小窓へと近寄った。
覗き込んでみたが、向こう側が暗くて何も見えないな。
なのでこのまま声をかけてみることにする。
「先生、ロキシー先生、いらっしゃいますか?」
「えっ!?」
壁の向こうから驚いた声が聞こえてくる。
「今のはまさかルディ?
貴方がそこに来たのでしょうか?」
「はい、そうです」
「そうですか……驚きました。
緊急の用事の可能性も考えて、念のためこうして訪ねては見ましたが、
てっきり明日また来るように返事がくるものかと思っていました」
「先生が夜遅くにわざわざ来てくれたのに、そんなこと出来ませんよ」
「いえ、別に明日またくるぐらいはなんでもないので、気にしなくてよいのですが……。
この小窓越しでは会話も大変ですし」
「あ、そうでしたね。
今そっちに行くのでちょっと待っていてください」
「えっ!?」
ロキシーの驚き声を背に守衛室を出ようとすると、門番の人に呼び止められた。
「おいおい、坊っちゃん、どうするつもりなんです。
門は開けられませんぜ?」
「わかっています。
魔術で足場を作って壁を乗り越えるだけです。
すぐに崩すので問題はないと思いますが構いませんね?」
「は、はぁ……魔術で足場ですかい?」
門番の人はぽかんとした様子だったが、問題は無いということにして俺は部屋を出た。
軽く息を吐いて、城壁を見上げる。
館の外壁は都市そのものを囲う物より少し低く、高さは5~6m程だろうか。
生身で乗り越えるには十分困難だが、昼間に作った足場と比べればなんてことはない。
俺は土魔術で階段状に足場をつくり、城壁の上に上がる。
そして内側の階段を崩し、同じように向こう側へ階段を生成して外へと降りた。
そこには水色の三つ編みの上にとんがり帽子を被り、杖とカンテラを持った少女が立っていた。
我が愛しの師匠、ロキシー・ミグルディアだ。
相変わらずとても可愛い。
「先生、お久しぶりです」
俺は彼女に軽く一礼した。
「久しぶりという程時間は経っていないと思いますが。
はい、こんばんは、ルディ」
そう言って彼女は俺をみて微笑んでくれた。
いかん、胸にじんわりくる。
言われてみれば彼女の言うとおり、別れてからまだ一週間も経っていないのだが
あんな夢を見たりそのせいで色々あったせいで、こうして彼女と再会できるとほっとするな。
「それで、どうしたのでしょうか?
態々三人でロアまで来て……私が何か村に問題を残してきたりしてしまいましたか?」
「あぁ、いえ、そういう事は全然ないです」
「あ、そうですか」
ロキシーはそれを聞いてほっとした様子だった。
確かに、無事に仕事が終わったはずなのにこうして追いかけられたら不安にもなるか。
ロキシーが旅立った後、何かがなくなったりして盗難を疑われているかも……とか。
ギルドにした伝言は事情を何も説明していなかったので、ちょっと申し訳ないことをした。
「実はこうして先生を追いかけてきたのは、もう一度僕の教師をお願いしたいと思いまして」
「え……またですか?
貴方は既に卒業としたはずですが」
俺の言葉に彼女は眉をひそめた。
「魔術の種類で言えばそうなのですが、
僕は他にまだまだ先生に教わるべきことはある、と思っています」
「そうでしょうか……」
そう言って見たものの、ロキシーは訝しげだ。
「確かに僕は水聖級までの魔術を会得しましたが、それはただ使えるようになっただけです。
それを実際に活用する方法を僕はまだ知らないままですから」
「それは、それぞれが自分で考えるべきことですよ。
私だって覚えただけで実際には殆ど使っていないと言う魔術はいくつもあります」
「でも、ロキシーは既に魔術の活用を実践しているでしょう?
それなら、僕にそのやり方を教えて欲しいです」
そう言って彼女を見つめる。
ロキシーは少しの間視線を下げて思考していたが、やがてこちらを見つめ口を開いた。
「いえ、それは私には教えられません」
その彼女から出てきたのは、断りの言葉だった。
しかしそれくらいの事で落ち込みはしない。
断られるのは想定内だ。
ロキシーだって色々考えた上で俺の卒業を決めたんだからな。
それをそう簡単に覆すはずがない。
「何故でしょうか?」
まずは理由を聞いてみる。
俺がそう尋ねると、ロキシーは少しだけ微笑んだ。
そして持っていたランタンに火を付けて、暗くなっている道を照らした。
「少し歩きながら話しましょう」
ランタンの灯りに照らされたロキシーの横顔を見つめながら、俺は頷いた。
「……はい」
石畳の上に、俺とロキシーの足音が響いている。
館の門についていた灯りから離れ、
ロキシーがもった小さなランタンの光だけを頼りに俺達は緩やかな坂道を登っていた。
暗い道のさなか、ロキシーは口をひらく。
「まず前提として、魔術と言うのは基本的に戦闘のためのものです。
日常での用途はブエナ村で私がやっていたような小遣い稼ぎぐらいは出来ますが、それだけで食べて行くことは難しいですし」
「はい」
「なので魔術師の主な仕事は兵士、冒険者、傭兵、護衛などになります。
更に実力や名声があれば、軍事顧問や研究者、家庭教師等を兼ねる宮廷魔術師として国に仕えることも望めます」
「……なるほど」
とりあえず才能があったからと深く考えずに魔術を鍛えていたが、就職先は想像以上に物騒なものしかないんだな。
この中だと研究者が一番平和そうだが、国に雇われると結局軍事用の魔法研究をすることになるんだろうし。
まぁ魔術が基本的に戦闘用のものしかない時点で察するべきだったな。
「私であれば、冒険者の魔術師という事になります。
その私の魔術の活用法を教えるとなれば、それは冒険者としてルディを鍛えるという事です」
「いけませんか?」
「はい。
主な理由は……四つ程でしょうか」
「理由が四つ、ですか」
俺は彼女に話の続きを促した。
「まずは、ルディの年齢です。
冒険者としての鍛錬を始めるには、ルディはまだ幼すぎます。
魔力は十分でも、体力が足りていませんから今から冒険者として動くのは無理があります」
「……はい」
反射的に対案を出したくなるが、まずは話を全部聞こう。
「二つ目は危険性です。
冒険者として、戦闘を含む活動を行えば安全は保証できません。
ルディに何かあれば私では責任がとれませんし、また私自身も未熟な相手に戦い方を教えながら冒険者をやる、と言うことには身の危険を感じます」
「はい」
俺は再度頷く。
「三つ目はその有効性への疑問です。
冒険者をやる魔術師の戦闘スタイルと言うのは千差万別で、個々人が自分に合ったやりかたを試行錯誤して作っていくものです。
魔力量や得意な魔術も人によって違いますし、特にルディは無詠唱の使い手ですから私のやりかたがどこまで参考になるかは疑問ですよ」
「……なるほど」
確かに夢の事を思い返しても、
剣士であれば流派が同じだと似通った部分があったが、魔術師は共通してこれというスタイルはなかった。
未来の俺の戦い方も特殊だと言われていたし、列強クラスの戦いになると魔術のみではついていけない感じもしたしな。
それでも、ロキシーの戦闘スタイルからも学べることは十分にあるとは思うが。
「最後は、私自身の都合です。
前述の二つの理由だけであればそれを踏まえた上で危険度のごく低い簡単な討伐依頼などで、ルディの年齢に合わせてゆっくりと経験を積ませていくと言うことは出来ます。
それなら仕事としては楽ですし、お給金も悪くないです。
私が教えたスタイルが結果的に役にたたなくても、それは私の責任じゃないですし……」
「それでは駄目ですか?」
安全に楽して儲かるなら、とてもいい仕事だと思うのだが。
「はい、それでは私自身が成長できませんから」
ロキシーは俺の目を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。
「私はルディに魔術を教えたことで、自分の未熟さ、思い上がりを知りました。
ですが、創意工夫を重ね、更に努力をしていけば、自分もより優れた魔術師になれるのではないかとも思いました。
その為に私はもっと自分を鍛える環境に身を置きたいのです」
言葉とともに、彼女の足音が止まる。
左右にあった木々と壁が曲がり、道の先に開けた空間があった。
ロキシーはランタンを持ち上げて、その中を進む。
彼女について後を進むと、その先にはロアの街の夜景が広がっていた。
たぶんここはボレアスの館の裏手にある、丘になっている場所だろう。
夜景を見下ろす、と言っても前世であったような綺羅びやかなものではない。
灯りはごく限られた場所、大通りや城壁の一部、それから歓楽街にしかなく、全体としては夜の暗さに包まれている。
しかしいつの間にか晴れていた空から月明かりが差し込んで、青白く浮かび上がった街の輪郭は、とても綺麗だった。
「世界は広いです、ルディ。
長く旅をして来ましたが、慣れたつもりになる度に新しい出会いにそれを思い知らされます。
一番新しいのは、貴方と出会って鼻っ柱を折られたことですね」
「先生は、僕なんかよりずっと立派な人ですよ」
「ルディにそう言って貰えるのはむず痒いですが、嬉しいですよ。
……でも、ルディももっと広い世界に目を向けて見るのはどうでしょうか。
更に何かを学ぶなら、私ではなく新しい師匠を探すべきです。
以前話した様にラノア魔法大学の門をたたくのが私としてはおすすめですが、誰か高名な魔術師を探して弟子入りするのも良いでしょう。
そう言った人は大抵気難しいですが、ルディの才能と実力があれば無碍にはされない筈です」
ロキシーはその一見眠そうな瞳に、しかし確かな熱気を込めてそう語ってくれる。
月明かりの下、ロアの街を一望する長めを背に語る彼女はとても綺麗だった。
「……わかりました」
俺がそういうとロキシーは静かに微笑んだ。
そんな彼女の笑顔を見て、俺は口を開いた。
「やっぱりロキシー師匠は素晴らしい人なので、もう一度先生になってください」
「…………え?」
俺の言葉にロキシーの笑顔が固まる。
「あの、ルディ……今なんと?」
聞こえなかったのであれば何度でも言おう。
「やっぱりロキシー師匠は素晴らしい人なので、もう一度先生になってください」
俺はもう一度繰り返した。
「いやいやいや……。
あの、ここは私の言葉に感動して、ルディは師の導きに従い新しい道を行く決心を固める。
そう言う場面ではないでしょうか」
「先生……あんなに師匠と呼ばれるのを嫌がっていたのに、都合のいい時だけ偉大な師、みたいな振る舞いをしようとするのはやめてください」
「うぐ、しかしですね……」
「大丈夫です。
さっき先生が上げていた問題点は全部解決できるプランは立ててありますから」
「えぇっ……でも、その……私なりの決意がですね……?」
「それはわかりましたが、だからと言って良い話風にまとめて終わらせようとしないでください。
大事なことだからこそ、きちんと話し合って決めましょう」
「そ、そうですね……それは、その通りですが……」
ロキシーはバツの悪そうな表情で、帽子の裾をひっぱって自分の顔を隠そうとする。
俺が雰囲気に流されなかったことで、今更ながら自分のした演出が恥ずかしくなったらしい。
「それに、さっきの理由は嘘ではないですけど表向きの理由です。
それとは別に、あまり吹聴できないけど重要な理由で先生の助けがどうしても必要なんです」
「え……重要な理由、ですか?」
「はい、それは今から説明します。
ちょっと荒唐無稽な話なんですが誓って嘘は言いませんので、
まずは話を聞いて貰えないでしょうか?」
俺はそう言ってロキシーの顔を伺った。
彼女は帽子を引っ張るのはやめて、戸惑った様な表情でこちらを見ていたが、俺を見てやがて静かに頷いてくれた。
「わかりました。
元よりルディが無意味に嘘や作り話をするとは思っていません。
何か事情があるのなら、まずは話を聞きましょう」
そう言ってくれたロキシーに感謝を抱きながら、俺は大きく深呼吸をした。
どう話したら伝わるだろうか。
あれもこれも全てを話すのでは時間がかかりすぎるし、話が脇道にそれすぎるだろう。
とにかくなるべくわかりやすく、俺の事情をわかってもらえるように……。
俺は頭のなかで言葉を選びながら、口を開いた。
「まず、そうですね。
先生は人神と龍神について、何かご存知ですか?」
「人神と龍神……太古の七神ですか?
それとも、現代でそう名乗っている者たちのことでしょうか」
「どちらとも言えますね。
先生は、後者のことはどれくらい?」
「どちらとも然程詳しくはありません。
そうですね、龍神であれば魔人殺しの三英傑の一人龍神ウルペンが有名でしょうか。
七大列強にも数えられていますね。
彼はもう亡くなった人物の筈ですが、誰かが龍神の称号を襲名しているのでしょうか?」
「……そうですね、俺の話に関わるのは主に今代の龍神です」
「はぁ……ルディが龍神と関わりが?
えっと、人神についてはそう名乗っていると言う人は聞いたことはありませんね」
「……わかりました。
実は先生が旅立った夜、夢で人神を名乗る相手に出会ったんです」
このあと滅茶苦茶説得した。