……捧げられても困るわ(笑)
この前書き忘れてましたが、前回の舞台は『メタぺ湿密林』でした。旧密林ってやつです。
新しい方の密林との違いを出すため、「淀んだ空気」とか「湿った地面」など、若干じめじめ感を強調しています。ゲームでやってる限りだと、なんか旧密林の方が湿気があるイメージがあるんですよね。
空気が揺らいでるっていうか。……画質が悪かっただけ?
今回ちょっと長めですが、お楽しみいただけたら幸いです。
雲一つない青空だ。
照りつける日差しの下では、植物たちが生き生きと輝いている。
真っ赤に咲き、青空の下で輝く南国の花に、そよ風になびき、大きな葉を自慢げに揺らす若木。
それらを脇に見ながら、竜車はゆったりとした速度で進んでいる。
謎めいた霧とともに、太古の息吹が渦巻くかの魔境――メタぺ湿密林を抜け出してから、すでに一日が過ぎていた。
遠くの丘では、アプトノスたちが日向ぼっこをしている。
近くの木陰では、何が面白いのかブルファンゴが熱心に木の根をほじくり返していた。
「あんた、顔くせーぞ」
オトモアイルーのコショーは座席にふんぞり返り、葉巻に火をつけている。
「メタペタットに着いたら、石鹸つけてよく洗うんだな」
「はははは……」
その向かいの席では、男がぎこちなく笑っていた。
ファッションなのか、額に巻いたゼブラ調のバンダナが特徴的な青年だ。
逆に言えば、他に印象に残るものがない。顔立ちが平凡というか、モブ顔だ。
行商人と名乗っていたが、向いてないんじゃないか。
その手の仕事は、どれだけ顔を覚えてもらえるかがキモだ。
「さっき川でメチャクチャ洗ったんだけど……落ちないか」
心なしか彼の視線からは、少しばかり殺気が感じられた。
コショーは面倒くさそうに肩をすくめる。
「悪かったよ。んな目で見んなって」
「いやいや、怒ってるわけじゃないんだよ」
男は表情を変えずに言う。
「ただ……さ、落ちないんだよ。いくら洗っても」
「だから悪かったって言ってんだろが」
面倒くせえ野郎だな。コショーは無意識に舌打ちしていた。
助けてやったってのに、土下座までさせようってのか。
「今度同じことが起きたら、こやし玉にしといてやるよ」
「ねえ、コショー」
不穏な空気を感知したのか、隣にいた少年が話しかけてくる。
「メタペタトって、何?」
「メタペタットな」
目を細め、訂正するコショー。
そのとき、竜車の手綱を握っていたアイルーが口を挟んできた。
「メタペタットは、ハンターたちが切り開いた村だニャ。アルコリス地方の陸路での移動では欠かせない、交通の要所としてじわじわ栄えてるニャ。ジォ・クルーク海に面した港もあって、つい最近、東シュレイドへの定期便が大幅に……」
「誰がてめえに話しかけた?」
この一言で、コショーは御者を黙らせた。
竜車を引くアプトノスが鼻を鳴らしたのが、やけに大きく響く。
「黙って前見てろ、マヌケ」
「……酷いニャ」
御者アイルーはそれきり黙ってしまった。
コショーは葉巻を口から離し、細く煙を吐き出す。
「俺や、俺の仲間のハンターどもの拠点だ。つい最近、ギルドの支部ができたんだ」
「へえ、そうなんだ」
少年は空色の瞳を輝かせ、コショーにすがった。
「そこでハンターになれる?」
「そのつもりでここまで来てんだろ」
葉巻の灰を外に落としながら、彼は小さく頷いた。
「俺が紹介状を書いてやる。もしかしたら、めんどくせえ手続きとかすっ飛ばせるかもな」
「やった!ありがとう、コショー!」
あまりに嬉しかったのか、少年はコショーに抱きついてしまった。
「今すぐ離れろ、小僧」
額に皺を寄せ、コショーは静かに、しかしドスのきいた声で言う。
「そのきめ細やかな肌に、根性焼きを刻まれたくなきゃあな」
「あ、ゴメン」
慌てて彼から離れ、席に座りなおす少年。
石にでも引っかかったのか、竜車が大きく跳ね上がった。
「気ぃ引き締めろ」
バランスを崩しかけた少年の腕を、コショーは強く掴んで支える。
「甘ったるい覚悟で、ハンターになんかさせねえからな」
彼の言葉に、少年ははにかむように笑った。
「えへへ、肝に銘じます」
「そうしろ」
「坊やは、ハンターになりたいのかい?」
先ほどまで一人と一匹をぼんやり眺めていた男が、首を傾げて言う。
「……もしかして、さっきのイャンクックとの戦いは、初めて?」
「うん」
「すごいねそれは」
男はあごに手をやり、少年を真っ直ぐ見た。
「君にはハンターの素質があるよ」
「本当?」
「バカ言え。あんまり乗せんなよ」
コショーは腕を組み、男を睨みつける。
手にしていた葉巻は、とうに道に投げ捨てていた。
「こいつのは曲芸だ。棒高跳びを見ただろ?」
「いやいや、ハンターにだって立体的な動きは必要だ」
男は得意げに話しだした。
「新大陸には、『操虫棍』という武器があってね……」
「知るかそんなこと」
コショーは溜め息を吐いた。
「俺が言いたいのは、トーシロに調子こかせても、ろくなことがねえってことだ」
「それは……まあ、確かに」
「俺はむしろ、あんたに才能があるように思うがな」
コショーは男を睨むように見る。
「ギャアギャアわめいて逃げてたくせに、あのシビレ罠の絶妙な配置。見事だぜ」
「いやあ、たまたまさ」
男は頭をかいて笑ってみせる。
「商品の扱いには慣れてるけどね。命がけだったよ」
「助けられて良かった」
少年はにこにこ笑って言う。
「ずっとやってみたかったんだ、ヒト助けって」
「最後は逆に助けられたけどな。完遂じゃねえぞ」
「それでもいいんだ」
彼はへこたれずに、明るく言いきった。
「『ヒト助け』っていう行為がしたかったんだよ。結果はどっちでもいいんだ」
「……ああ、そう」
そう返事をしながら、内心コショーは訝しんだ。
こいつ今、さりげなく酷いこと言ってなかったか?
どっちでもって……。
「それは何だい?」
少年の言葉の他意など気づかず、男は少年の耳を指さした。
「え?」
一瞬ドキッとしたような表情をし、すぐに真顔に戻る少年。
「ああ、これ?」
彼が指でつまんだのは、貝殻のようなもので作られたピアスだった。
大きさはイチゴ程度だが、耳たぶの下をプラプラしているその様子は、なんだか見ていて邪魔くさい。
「見せよっか?」
そう言いながら彼が耳元に手をやった瞬間、男の目が丸くなる。
「あ、あれ?」
男はそう洩らし、席から腰を浮かせた。
「君の耳……尖ってる?」
指でどかした髪の間から、竜人特有の耳が露わになっていた。
「座れボンクラ。竜人族なんて、珍しくもなんともねえだろ」
「いや、まあ……ね」
コショーの低い声に、男は煮え切らない言葉を返す。
「行商でずいぶん遠くまで来て、竜人とは何度か会ったけど……子供は珍しいかなあ」
「いつバレるかな、って思ってたけど、わりと早かったね」
少年は無邪気に笑うと、手の平をパッと広げ、掲げて見せる。
親指がない。指が四本しかないのだ。一度気づけば目が釘づけになる、人間との決定的な違いだった。
「この耳飾りは、一人前の証なんだ」
少年は、自慢げにピアスを揺らして見せた。
貝殻の表面が太陽に照らされ、虹色に光っている。
その光沢は光の加減によって、様々な紋様が浮かび上がっては消えを繰り返しているように見えた。
「ヒトの住みかから離れた場所に、竜人族の集落があるんだ。僕はそこの生まれなんだよ」
「人里離れた場所に集落かい?」
「うん」
「隠れ里ってやつか。噂には聞いていたけど、本当なんだね」
「どんな噂?」
「それほどぶっ飛んだ話じゃないよ。若い竜人族たちが暮らす、隠れ里が何処かにあるってね」
「へえ、知られてるんだ」
「いや、まあ、竜人っていうと、不思議と小さなお年寄りのイメージがあるからね。みんな不思議に思うわけだよ。若い竜人は、どこにいるんだってね」
コショーは内心ひやひやしながら二人の会話を見守っていた。
自分のこと、アホみたいにペラペラ喋りやがって。
アレのこと訊かれたら、どうするつもりだよ。
「ところで、一つ気になってるんだけど」
男はあごを触りながら言った。
「イャンクックの反対側から聞こえた、飛竜の咆哮……。あれ、君だよね。どうやったの?」
ほら来たよ。
コショーは黙って肩をすくめる。
行商人の好奇心なんざ、ろくなもんじゃねえ。こいつらが早死にする理由は、これに尽きる。
「……ああ。あれはね、簡単だよ」
少年は自分の喉を指さした。
少し力を入れてみせると、その表面が著しく隆起し、幾重にも筋が走る。
喉の裏に潜んでいた、常人にはあるはずのない筋肉のかたまりが顔を出していた。
「単純な声マネなんだ。小さいときから訓練すれば、誰だってできるようになるよ」
……なるほど、そうきたか。
コショーは小さく笑った。
6割話して、4割は隠す。詐欺師とチンピラの常套手段だ。
実際、何一つ嘘はついちゃいない。声マネ。ただそれだけのことだ。
「な、なるほど……」
呆気にとられた様子の男は、適当に頷いた。突如出現したグロテスクなコブに、若干引き気味だ。
「いや、すごいよ。誰にでもできることじゃない」
「そう?ありがとう」
少年は機嫌よく頭を下げる。
顔を上げたときには、コブは跡形もなく消えていた。
「おい、お客さんたち。ちょっといいかニャ?」
突然響いた御者ネコの言葉。全員が振り返り、彼の方を見る。
「何だぁ?道でランポスどもが通せんぼでもしてるか?」
コショーの問いに、御者は黙って首を横に振る。
彼が指さすその先には、見渡す限りの大海原が広がっていた。
微かな潮風に揺られ、波打ち、日の光を受けて艶やかに輝く、巨大な宝石。
波は穏やかに、時に強く、黄金色の砂を奪い取らんと浜を抉る。
贅沢な輩だ。
その群青はあまりに満ち足りているというのに、まだ何かを奪おうとしている。
いつの間にか、竜車は雑木林を抜けていたのだった。
「ジォ・クルーク海だニャ」
御者ネコは、何の感慨もなさそうな目で前方を眺めて言う。
見慣れすぎて、鬱陶しくさえあるのだろう。
「ここから南に二時間も走らせれば、すぐにメタペタットだニャ」
「そいつはけっこう。急ぎで頼むぜ」
コショーの声に、御者は「あいニャ」と返事し、手綱を弾く。
コショーが視線を戻すと、少年は無言で目を細めていた。
「眩しいね」
彼の視線に気づくと、そう一言呟いた。
「意外だな。もっと喜ぶと思ったぜ」
新しい葉巻を咥えたコショーの言葉に、少年は小さく肩をすくめる。
「海は初めてじゃないんだ」
「なんだ、そうだったのかよ」
どこか拍子抜けしたようなコショーを見つめ、彼は小さく笑った。
「わあーい!すごーい!海だー!……これでどう?」
「別にてめえのリアクションを楽しみにしてたわけじゃねえよ!」
顔を歪めて怒鳴るコショー。
ちらりと横を見れば、彼らを微笑ましげに見ている男がいた。
「なにニヤニヤしてやがるんだ、このウンコ野郎!」
「な、なんだって?」
虚をつかれた男は、裏返った声で叫んだ。
「ウンコ被ったのは君のせいだろ!」
「騒々しい客だニャ……」
御者のアイルーは呆れ顔で、手綱を巧みに操っている。
海を遥か下に見下ろす断崖の上を、彼らの竜車は進んでいた。
その者は大地を揺らし、山を崩し、街を薙ぐ。
かつて、山脈にも匹敵する巨体を持て余した龍が、突如この地に現れた。
龍は岩を突き破り、山を崩し、何処へと消えたという。
現在、そこには街があった。龍が岩盤を抉り、突き進んだ道は、そのまま街道となっている。
竜車が十台以上横に並んで、ようやく塞がる大通り。竜車の通行数は、西シュレイド一といわれる。
巨竜が残した災厄の痕跡は、皮肉なことに、アルコリス地方発展の要となっていた。
メタペタット。この街の名前だ。
「君たちと一緒にいられて楽しかったよ。ありがとう」
額にバンダナを巻いた男が、一人と一匹に手を伸ばす。
「また会えるといいね」
少年は差し出された手を、穴があくほど見つめた。
「……握手だよ、バカ」
「あ、そっかそっか」
コショーの声にハッとした少年は、慌ててその手を握る。
まったく、このガキはなんなんだ。
コショーは眼帯に手を触れながら低く唸った。
「外の世界の教育は最低限受けている」とか豪語していたが、今になって疑わしい。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね」
男は自分を親指でさした。
「僕はルナーク。夢は世界を股にかける大商人さ」
へっ、おめでたいこった。コショーは腹のなかで呟く。
……もっとも、本気で言ってるんだとしたらの話だが。
「君の名前は?」
男の問いに、少年は意味ありげに微笑んだ。
その笑顔は喜びや不安よりも、何か根源的な感情が潜んでいるように見えた。
「僕の部族ではね、ルナーク。名前は特別な意味を持つんだ」
「うん?そうなのかい?」
首を傾げたルナークの言葉に、少年は「そうだよ」と返す。
「だから簡単には教えられない。名前は人の『個』を縛り、支配してしまうから」
「そうなのか……」
肩を落とすルナークを横目に、少年は肩をすくめる。
空色の瞳が、面白そうに笑っているようだった。
「でもいいよ。教えてあげる」
「あ?いいの?」
「うん。ルナークにならしょうがない」
少年はにっこり笑って、自分の名前を囁いた。
「……そうか、いい名前だね」
行商人ルナークは、胸の前でギュッと拳を握った。
「誓うよ。君の名前は他言しない」
「本当?約束だよ」
無邪気に笑う少年に、「約束する」と真面目な顔で返すルナーク。
「それじゃあ、またいつか!」
荷物を背負い、片手を振りながら遠ざかっていく行商人。
少年は彼が人混みに消えるまで、ずっと手を振り続けていた。
メタペタットのハンター集会所は、大通りを挟んで見下ろす街の高台に位置していた。
抉られずに残った岩盤の、大通りとの標高差は約20メートル。高台と呼ぶには十分な高さだ。
そこに建つ住居や商店は、どれも豪奢なものが多い。
この街に住む富裕層にとって、高台に家を持つことこそが最高のステイタスだからだ。
並び立つ建物はどれも品があり、あるいは成金趣味であるが、かの建物は例外だった。
巨大な岩を掘り、削り、そのまま建物の形に見立てたそれは、ギルドの赤い天幕がなければ、原始人の家そのものだろう。
一人と一匹は、集会所の大きな扉の前に並んで立っていた。
「入る前に確認だ、小僧。ハンターになるための鉄則」
コショーは少年の方に振り返り、厳しい表情で言った。
「喧嘩は買うな。いいな」
「……?」
少年は首を傾げた。
「よく意味が分からないんだけど……」
「言葉通りだ」
コショーは不機嫌そうに言った。それ以上説明する気はなかった。
向き直ると、どっしりとしたギルドの扉を軽々と押し開けた。
熱気。
中に立ち込めていた熱っぽい臭気が、蒸気のように吹き出してくる。
コショーは顔を歪ませ、少年は小さく息を呑んだ。
次に飛び出てきたのは、怒声だった。
誰かが怒鳴り、わめき、笑い、罵り、それらが混ざり合い、混沌のハーモニーを奏でている。
「耳が……」
少年は苦痛に顔を歪め、耳を抑えていた。
「我慢しろ。慣れろ」
コショーはそれだけ言うと、扉の奥へずんずん進んでいく。
相変わらずひどい臭いだ。
彼は髭をピクピクと動かし、鼻の頭にしわを寄せた。
集会所というのは大概の場所で、酒場としての機能も果たしていることがほとんどだ。
いつ死ぬとも分からないハンターたちにとって、酒は最良の友となりうる。
粋なはからい、と言えないこともないが、正直失策だと俺は思う。
中は惨劇だった。
床には酒ビンや食器の破片、その他よく分からないものが散乱しており、足の踏み場もない。
視界に入る限り、テーブルには必ず何かしら突き刺さっており、壊れたタルからは酒が滝のように流れ落ちている。
だが人々はそんなこと気にもせず、狂喜乱舞のお祭り騒ぎに興じていた。
まるで子供向けの物語に出てくる、不思議の国のような有様だった。
「すごい所だね」
後ろに立つ少年の声には答えず、コショーは真っ直ぐ奥に歩いていく。
何人かの男たちは彼を見るなり、耳を塞ぎたくなるような罵声を吐いたが、全て無視していた。
普段の彼なら嬉々として殴りかかるところだが、少年の手前、手本を示すべきだと決めていた。
「ハーイ、坊や。かわいいわねぇ」
妖艶な雰囲気を纏った一人の女が立ち上がり、おぼつかない足取りで少年に近づいていった。
やたらと露出の多い、ビキニのような鎧を着ている。
一歩踏み出すたびに、そのたわわな胸がぷるんぷるんと揺れた。
「ここは初めて?」
「うん、そうだよ」
「そぉ……。綺麗な顔をしてるわねぇ」
少年の頬に手を添え、色っぽく溜め息を吐く美女。
ウェーブのかかった金髪がランタンの明かりを受け、官能的に輝いている。
きょとんとしている少年に顔を近づけ、悩ましげな声で言った。
「わたしと楽しいこと…………オエエエッ!」
飲み過ぎが祟ったのか、言い切らないうちに彼女の口からゲロが舞う。
少年は並外れた反射神経で、それを完璧にかわしていた。
「おい、クライシア。ほどほどにしとけ」
コショーは振り返り、青白い顔で床にうずくまる彼女にそれだけ言った。
「あのヒト大丈夫?」
心配そうに振り返る少年に、コショーはフンッと鼻を鳴らす。
「大丈夫じゃねえよ」
「ここのヒトたちは、みんなハンター?」
「いや、街のチンピラもいるぜ」
コショーは石造りの床の上を、倒れた椅子、テーブル、人などの障害物を避けながら進んでいく。
床に飛び散った血痕が生々しかった。誰のかなんて知りたくもない。
「お祭り騒ぎが好きな連中は、みんなここに集まってる」
「ギルドはどこでもこんな感じ?」
「まあな。だが、ここは特別ひでえ」
額にしわを寄せ、コショーは鼻をつまんだ。
近くの席で、とても口に出しては言えないものをまき散らしている男がいたからだ。
その目は血走り、白目を剥き、とても正気とは思えない。
「ここ数年で、この街は海運利権目当てのやくざ者で溢れかえった。品のねえ連中の巣窟ってわけさ」
「ふーん」
頷く少年を尻目に、コショーは大きく溜め息をついた。
数年前、ここは街とはとても呼べないような、人の少ない場所だった。
しかしゴミクズ連中が、怪しい交易品とともにミナガルデから大量に流れてきて、全てが変わった。
メタペタットは、奴らが大きくした街なのだ。
言うまでもなく、ハンターの拠点としては底辺だ。田舎ではあるが、隣のココット村の方がずっとましだ。
なるべくならドンドルマに連れていってやりたかったが、仕方ない。
近年、ハンターの『質』の低下が問題視され、大都市を筆頭にハンター認定時の見直しが行われた。
増えすぎた犯罪者紛いのハンターたちに、ギルドがとうとう対処しきれなくなった結果だった。
出身も身分も経歴もうやむやに、どさくさ紛れでハンターになれるのは、俺の知ってる限り、もうここしかない。
ある程度奥まで来ると、目当てのものが見えてくる。
床や壁同様、灰色の岩を削りあげて作られたカウンター。
そこではギルドの制服に身を包んだ少女が、ぼんやりと頬杖をついていた。
エプロンとワンピースを併せたような、可愛らしいデザインだ。
彼女は物憂げな表情で、何をするでもなくただ静かに座っていた。
「おい、ナヅナ」
コショーが声をかけると、少女はハッと我に返る。
短く切り揃えられた黒髪のおかっぱが、さらさらと涼しげに揺れた。
「はい!ここはハンターズギルド、メタペタット支部です!」
「んなこと知ってんだよ、バカが」
悪態をつくコショー。
少女は首を傾げると、カウンター越しに彼を見下ろし、あっと声をあげた。
「コショーさんじゃないですか!」
「よう、しばらくぶりだな。地獄の底から舞い戻ってきたぜ」
彼はそう言いながら、カウンターに飛び乗った。
「ババアと話がしたい。奥にいるか?」
「もうっ、心配してたんですよ!」
黒髪の少女、ナヅナは頬を膨らませて言った。
「討伐失敗の報告を受けて、ミシーさんは大ケガしてたし、あなたは帰ってこないし……!」
言いながら、彼女の黒い瞳がうるうると光り、顔は赤みを帯びてくる。
「ぼんどうにじんばいしたんでずからねっ!」
「はいはい、悪かったな」
コショーはハエでも払うように、ひらひらと片手を振った。
「そいつはともかく、ババアはいるか?」
「ぐすっ、ぐすっ……、ひっく!じんじゃったと思ったじゃないれすかぁ……」
「ババアはいるかって聞いてんだよ、このアマ!」
すすり泣く彼女に、思わず声を荒げるコショー。
彼らの背後の席では「うわ~泣かせた~」「いーけないんだーいけないんだー」と囃し立てる者たちまでいる。
黙ってろこのチンピラども。コショーはそう怒鳴りそうになった。
「コショー、謝りなよ」
珍しく厳しい表情で、少年はコショーを睨んで言った。
「こんなに心配してくれてた人を、そんなぞんざいに扱っちゃいけない」
「てめえは黙ってろ」
くっそ面倒くせえな。コショーは舌打ちした。
こちとら人間じゃねえ。ネコだぞ。そう簡単に死ぬかい。
たかが一週間やそこら留守にしてたくらいで、大げさなんだよ。
……やむを得ぬ事情があったとはいえ、報告が遅れたことに関してはこちらに非があるが。
「……怒鳴って悪かったよ。泣きやんでくれ」
ナヅナのおかっぱ頭を、ぎこちない手つきで撫でるコショー。
後ろでニヤニヤ笑うチンピラたちの視線にさらされながら、何気なく振る舞うのに必死だった。
「好きで心配かけたわけじゃねえ。戻るに戻れなかっただけなんだ」
「ゴジョーずあぁぁん!」
キラキラ光る涙を飛ばしながら、ナヅナがコショーをきつく抱きしめる。
彼の身体に頬をこすりつけながら、思いっきり泣きだしてしまった。
「コジョーざんのがらだ、ぬいぐるみみだいにふわふわじでるぅぅ~~!」
「放せ、コラ!」と言って暴れるコショーを見て、爆笑するチンピラたち。
「うらやましいなぁ。俺が行方不明になったってあの娘、あんな心配してくれねえぜ?」
「飼い猫がいなくなったときを思い出せよ。無事に帰ってきたら、誰でもああなるさ」
「おお~コショーちゃ~ん!心配ちてたんでちゅよ~~!ギャッハッハッハッハ!!」
チンピラたちと一緒になって、少年もクスクスと笑いだす。
こうなることを予期していたような笑い方だった。
ようしお前ら、覚悟できてんな。コショーは肉球を握りしめる。
全員切り刻んで、プーギーのエサにしてやるぜ。
「ぐすっ、くすん。……いえ、すびばせん。ちょっと取り乱しまじた」
コショーを解放し、彼女は目元をゴシゴシと拭う。
何事もなかったかのような真顔に戻り、奥の扉に向かって声を張り上げた。
「おばさーん!コジョーさんが用事があるぞうでーす!」
「はいよ~」
間延びした声が響き、ゆっくりと近づいてくる足音。
カウンターの奥にある扉が開かれ、中から中年の女性が顔を出した。
太り気味の、小言の多い近所のおばさん。
そのイメージを余すところなく具現化したような、そんな外見をしている。
ただ一つ、その頬から首筋にかけて走る一本の刀傷だけが、女性がカタギでないことを主張していた。
彼女はタルのようにずんぐりとした体格を引きずり、コショーの前までやってくる。
「なんか用?ん?」
「新しいハンター志望者を連れてきたぜ」
「あ?そうなん?」
彼女は尻をボリボリ掻きながら、懐から紙とペンを取り出した。
従来の羽ペンとは違い、振るだけで内側からインクが滲む、優れものの高級品だ。
「んで、誰?」
「はい!僕です」
手をあげた少年をいちべつし、女性は「あ、そう」と言った。
ペンをクルクル回しながら、目を細めて紙を凝視する。
「よそ者ね。出身はどこ?」
「…………」
「なんでそこで黙るの?」
女性は少年を睨みつけた。溜め息を吐くと、手元の紙に視線を戻す。
「性別は?」
「男!」
少年は元気に答えた。女性はペンを動かしながら、次々に質問を投げかける。
「身長は?」
「140センチ……くらい」
「体重は?」
「60キロくらい、です」
随分自分の身体情報を把握してるな。コショーは首を傾げた。
奴の集落でも、身体測定みたいなものがあったのだろうか。
「見た目より重いね。年齢は?」
「13?14?……12?」
年に関してはアバウトだな。口頭筆記だけで済ませようとするババアもそうだが。
「それくらいね。で、出身は?」
「…………」
「だから何でそこで黙るの?」
女性がどんなに睨みつけても、少年は口を引き結んだままだった。
彼女はコショーに視線を移し、片方の眉を上げる。
「コショー、このガキ何?」
「お察しの通りだ。とっくに情報は来てるだろ?」
コショーの言葉に、女性は黙って腕を組んだ。機嫌の悪いモスのような顔をしていた。
「頼むぜばあさん。借りを返してくれ」
コショーは鋭い笑みを浮かべている。
「綱渡りはお手のもんだろ?」
「はいはいはい。やりゃあいいんでしょー」
女性は悪態をつきながら、紙をナヅナに手渡した。
紙が油に濡れて光っている。奥で何か食べていたのだろう。
「これ。あんた、書いといて」
「え?」
彼女は目をぱちくりさせる。
「おばさんは?」
「あ?あたしゃね、他に書くものあんの」
それだけ言うと、彼女はどかどかと足音を響かせ、扉の奥に戻っていく。
ドアは開けっ放しだった。
「ちゃんと閉めなきゃダメですよ!」
奥にいる女性に向かって大声を出しながら、ナヅナは足を高く上げ、扉を蹴って閉める。
はしたない奴だ。コショーは顔をしかめた。
向こうから見たら、パンツが丸見えだろうに。
「さて、と」
ナヅナはペンを手にとると、少年に視線を移した。
彼が年下だからだろうか。やけにお姉さんぶった、優しげな微笑みを浮かべる。
「ハンターとして登録するから、名前を教えてもらえるかな?」
「はい!」
少年は堂々と自分の名前を名乗った。
商人に名乗ったときとは違い、こういう場合は仕方がないと割り切っているのだろう。
「僕はアステル。アステル・エインガナです!」
竜の牙と焔が支配する世界。
荒々しくも荘厳なる聖域を侵し、大地を駆ける者たちがいた。
彼らの携える刃は牙。鎧は鱗。
纏いし竜の片鱗を武器に、強者たちは試練に挑む。
彼らは狩人。
竜を狩り、その力を糧とし生きる、一匹の獣だ。
ある者は栄誉を求め、ある者は血肉を求め、またある者は、虚無を求める。
人は彼らを、こう呼んだ。
-- MONSTER HUNTER --
The Forbidden Sky Play
二話目を完読していただき、ありがとうございました。
ウケるかどうか、限りなく微妙なギャグを連呼するのが好きなんですよね。どうかご理解ください。
感想や疑問など、喜んで受け付けいたします。
文法的な間違いなど、指摘してもらえたら嬉しいです。
……「受け付けいたします」って、文法的にあってる?