空の狭間に唄う   作:HOT PEPPER

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 前回が三ヶ月空けて、今回は六ヶ月空けて……。
きっと次の更新は半年後ですね(ドヤッ

しかし時間をかけただけあって、今回は俺の全力が出し切れたと思います。
俺の全力っぷりをどうぞご覧あれ!!


五 腐臭の街

 

 

 「その腕はどうした?」

コショーの質問に、アステルは目を丸くする。

振り向くと、彼は眉間にしわを寄せていた。

 「……何のこと?」

 「とぼけんじゃねえ。こいつだよ」

コショーはアステルの右腕を掴み、持ち上げてみせる。

 「見ろ。こんなに真っ赤じゃねえか」

さすがコショー、めざといな。アステルは思わず微笑んだ。

メタペタットに戻るまでの間にすっかり腫れは引いたが、それでも彼の目は誤魔化せない。

 「ちょっと岩にぶつけただけだよ。折れたりしてない」

 「……本当か?」

 「ウソじゃないもん」

 「ならいいけどよ」

コショーは葉巻片手に、長い溜め息を吐く。

 「外傷もほとんどなく戻れたってのは、奇跡だな」

 「言ったでしょ?大丈夫だって」

ニコニコ笑うアステルを見て、コショーは肩をすくめた。

 「たかがドスランポス一匹くらいで、調子こくなよ。軍じゃ『初陣で活躍するヤツほど早死にする』って言われがあるんだぜ」

 「こかないよ」

アステルは首を振り、テーブルに肘をつく。

オーク材の冷たさが、未だ熱の引かない右腕に心地良かった。

 「もっと強いヤツと戦ったから」

 「強いヤツ……?」

訝しげに眉をひそめるコショー。

何やら思い当たったらしく、ガラリと表情を変える。

 「まさか、飛竜種か?」

 「違うよ」

 「じゃあ何だ?」

コショーの問いに、アステルは肩をすくめた。

 「ヒミツ」

 「……なんだそりゃ。キメエな」

額にしわを寄せるコショーを見て、アステルはただ悪戯っぽく笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れた椅子やテーブルが、腐り落ちた屍のように散乱している。

夕暮れ時も近いが、集会所の喧騒は相変わらずである。

窓から射し込む光が酒場全体を染め上げ、赤と黒の奇妙な陰影を刻んでいた。

 「いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

奇声を上げながらテーブルの上に仁王立ちし、とても口に出しては言えないものを撒き散らす男。

周囲の男たちが群がり、彼を床に引きずり降ろし、殴りつける。

荒くれ者どもの日常だった。

 「コショーさーーんッ!」

眼帯アイルー、コショーは目を白黒させた。

突如死角から現れた、小柄な少女が彼にすがりつき、すすり泣いている。

色の薄い金髪をおさげにした、線の細い少女だった。

目元には可愛らしい顔立ちに似合わぬ、黒々としたくまが浮かんでいる。

 「無事だったんですね……!良かった……良かった……!」

 「また泣かれてる。二人目だ」

隣の席に座るアステルは、ワケ知り顔で頷いた。

 「罪な男だね、コショーは」

 「黙ってろ。ブン殴るぞ」

威圧的な目で少年を黙らせ、コショーは華奢な少女に向き直る。

 「離れてくれ。俺はこの通り、五体満足だ」

 「……本当ですか……?」

かすれた声でそう言うと、彼の身体をあちこちペタペタと触りだす少女。

「ええい、やめねえか!」と振り払われるまで、約三十秒のラグがあった。

 「いつまで撫でまわしてんだ、このハゲ!」

 「ご、ごめんなさい……」

尻餅をついたまま縮こまる少女を一睨みすると、コショーは大きな溜め息を吐いた。

精神面はともかく、肉体面は健康そのものらしい。

最後に別れたときに見たケガは、そこまでひどくなかったようだ。

とりあえずは一安心か。

 「小僧、この女はミシェル。ミシーって呼んでやれ」

 「よろしくね、ミシー」

差し出されたアステルの片手を、「ど、どうも」と言って握るミシー。

慌てて立ち上がると、気まずそうに笑った。

 「よろしく。なんだか、恥ずかしいところお見せしちゃったみたいで……」

 「気にしないで。コショーが大好きだってこと、よく分かったから」

アステルの言葉に、ミシーはますます恥ずかしそうに縮こまる。

コショーは鼻を鳴らすと、アステルを横目で睨んだ。

 「……で、どうする」

 「何が?」

 「名前だよ。こいつに教えるのか?」

 「もちろん。コショーの友達なんでしょ?」

 「……ああ。まあな」

ミシーに小声で自分の名前を教えるアステルを見て、コショーは小さくうなった。

どうにも理解し難いヤツだ。

名前を教えたら個が支配するとか、されるとか言ってたくせに。

名前を教えてもいい基準があやふやだ。民族宗教ってのは、大体そんなもんなのか?

……そもそも、竜人族には信仰がないってのが通説なんだが。

 「……う、うん、分かった」

ミシーは青い顔で、しきりに頷いている。

額から冷や汗を流し、ブルブル身体を震わせていた。

 「きき、君の名前は誰にも言わない。や、約束するから」

……一体何を言ったんだ、あの小僧は。

コショーは呆れ顔で肩をすくめる。

そのときだった。

 「よおよお、コショーさんよお?」

耳にひどく残る、不快なだみ声。

コショーがそちらを向くと、一人の男が歩いてくるのが目に止まった。

夕日を鮮やかに反射する、ツルツルのスキンヘッド。

そして眉の上下を貫通したピアスが特徴的な、悪人面の男だった。

汚い歯を剥き出しにした、邪悪な笑みを浮かべている。

 「ちょっとツラ貸せよお?なぁ?」

 「用事があるなら、ここで言え」

 「あぁ?ツレねえなぁ、おい!」

冷たく言い切ったコショーに対し、男はゲラゲラと笑う。

 「まあ用事を言うとよぉ?俺がバイトしてる工房の、看板ネコやってくれって話なんだよぉ」

またその話か……。

コショーは舌打ちすると、苛立ちを隠そうともせずに言った。

 「前に断わったろ。客に媚びるなんざ、趣味じゃねえんだよ」

 「いいじゃねえか、おぉ?テメエはかわいいから女子にウケんだよぉ」

な……に……

切れた。彼の中で、決定的な何かが。一瞬で頭に血が昇り、全ての思考が飛んだ。

彼はその瞬間、全てから自由だった。

 「誰がかわいいだ、このアホンダラぁ!!」

鬼のような形相で、コショーはスキンヘッドの男を殴り飛ばす。

彼は大の字で床に倒れ、白目を剥いて伸びてしまった。

 「永遠に眠ってろ、クソッパゲ!」

怒鳴り散らしながら、コショーは男に唾を吐いた。

 「コショー、乱暴じゃない?」

少年は立ち上がり、倒れたままのスキンヘッドの呼吸と脈を確かめる。

 「このヒトが一体何をしたの?かわいいって言われたくらいで……」

 「言うな」

コショーが穏やかな声で呟く。

しかし目だけが爛々と光り、控える地獄の悪鬼のようだった。

 「次言ったら、たとえ誰であろうと……殺す」

アステルは無言でコショーを見つめ、ぶるっと身体を震わせる。

ミシーは倒れたテーブル越しに、彼を震えながら見つめていた。

 「禁句なの?」

少年が小声で尋ねると、ミシーはこくりと頷いた。

 「わたしも何かの拍子で言っちゃったことがあって……酷い目に……」

 「女の子にも容赦ないんだ。コショー、鬼だね」

 「悪魔って言ってほしいね」

少年の呆れ声に、コショーは鼻を鳴らした。

 「ここいらじゃあ、そっちの呼び名で通ってる」

 「よおよお、悪魔猫さんよぉ」

 「……?」

後ろから響くだみ声に、コショーは訝しげに振り返る。

汚い歯を剥き出しにして笑うスキンヘッドが、そこに立っていた。

 「早えな!もう起き上がんのかよ!寝てろよ!」

あまりの復活の早さに、コショーは思わず叫ぶ。

あごに決まっていた。普通なら、あと一時間は昏睡しているところだ。

 「いや、実はもう一つ用事があってよぉ」

男はギラついた目をコショーに向けた。

思わせぶりに、ゆっくりと懐に手を入れる。

 「……言っとくけどな」

コショーは背中の青い剣に手をかけて言った。

 「そんなもんで俺を殺せるとは思うなよ」

 「あ?……いやいや、銃とかじゃねえよ」

彼が懐から取り出したのは、一枚の紙だった。

細かく文字や数字が記されているのが見て取れる。

 「……ビビらせやがって」

コショーは悪態をつきつつ、武器から手を離した。

片手でその紙を受け取り、気だるげに目を通していく。

預けていた武器の、修理代金の請求書だった。

 「アレができたか」

 「おうよぉ。んで親方が、おめえに取りに来いってんだよ。おぉコラ?」

 「そうか」

彼は小さく頷くと、ちょこちょこと急ぎ足で出口に向かい始めた。

 「どこに行くの?」

 「鍛冶屋だ」

アステルの問いに、コショーは振り返って言った。

 「すぐ戻るから、大人しくしてろ」

 「うん、わかった」

少年は素直に頷いたが、ミシーは怯えた子犬のような目でコショーを見返していた。

緑色の瞳が、うるうると光っている。何か漠然とした不安を訴えていた。

んな目で見んじゃねえよ。

出口の扉に手をかけ、コショーは小さく呟いた。

年頃の娘だろうがなんだろうが関係ない。お前もハンターなら、いい加減この街にも慣れろ。

留守番一つこなせないようじゃ、この先ここでやっていく資格はない。

 「後輩の面倒を頼んだぜ、ミシー」

肩越しにそう言うと、コショーは集会所の外に出た。

沈みかけの夕日が、眼下の大通りを鮮やかに染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってらんねえなあ。

ローランは心のなかで悪態をついた。

メタペタットの集会所は、他所の大半と同じように、二つの区画に分かれている。

一つはハンター御用達のクエスト受注エリア。もう一つは、バカがよく群れる酒場だ。

ギルドと酒場の経営は独立しているわけではないので、明確な区切りがあるわけではない。

だがどちらにも一つずつ石造りの、というより、ただ石を四角く削っただけのカウンターがある。

その酒場の方のカウンター席に、ローランは一人で座っていた。

短めに切られ、無造作にまとまった茶髪。形の整った眉に、気だるげな灰色の瞳。

カウンターに立てかけられた、安物の鉄槍と盾。

手入れを怠け、赤錆と泥で薄汚れたディアブロスの黒鎧。

ローランはワイングラスを傾けつつ、チラリと横を見る。

カウンター近くのテーブルには、椅子に太刀を突き立て、バカ騒ぎしているゴロツキたちがいた。

やかましい連中だ。騒ぐにしても、もっと上品な騒ぎ方があるはずなのに。

ここは酒を飲むところであって、ケンカをするところではない。

ましてや椅子は、座るものであり、武器をブッ刺して遊ぶものではない。

ワインだってそう。

本来なら芳醇な香りを楽しむためにあるそれは、ここでは床に散った血を隠すために使われる。

彼は溜め息をつくと、グラスに新しいワインを注いだ。

ここに住み着いて既に半年。

都会育ちの洗練された感性を持つ俺には、連中のノリはどうにも理解しづらい。

いつになっても慣れる気がしなかった。勝手に離れられないと思えば、尚更である。

 「オーイ。兄ちゃんよぉ?」

ほら、またこれだ。

ローランはうんざりして顔を上げる。

目の前に、目も覚めるような色彩のモヒカンヘアーの男が立っていた。

 「さっきから僕たちにガンつけてっけど、何かご用ですかあぁ?」

狂気に顔を歪め、指をパキポキ鳴らすモヒカン男。

背後には彼の取り巻きが数人で辺りを囲み、逃げ道を塞いでいた。

さっきまでグラスを磨いていたバーテンは分をわきまえ、カウンターの陰に身をひそめている。

この辺りの飲食店のマニュアルには必ず載っている、トラブル回避法だ。

刃物や流れ弾から、ひとまずは身を守れる。

ローランは舌打ちしたい気分だった。

目の前で騒がれれば、誰だってそっちを気にするだろうに。

俺は食後の運動にもってこいと判断されたらしい。

見た目から察するに、ハンター崩れのチンピラといったところか。

ここのギルドがあと少しだけ仕事熱心だったなら、帽子に羽を付けた素敵なお兄さんたちの討伐対象になりうる連中だろう。

 「オイオーイ兄ちゃん、何とか言えよぉ?あーん?おーん?」

顔を近づけ、息を吐きかけてくるモヒカン男。

そのあまりの臭さにむせかえりそうになりながらも、ローランははっきりとした口調で返した。

 「すいません。貴殿方があまりにも男前なもので、つい」

 「……おぉ……?」

呆れたような、さもすると困ったような表情でローランを見返す男たち。

 「ふざけてんのか?オイオイオーイ!なめてんじゃねえぞ!」

 「いやいや、全然マジっすよ。マジマジ」

ローランは爽やかな笑顔を浮かべながら、相手のモヒカンを指さした。

 「特にそのハードモヒカン。ガチでキテますよね~」

 「……おぉ」

モヒカン男は、振り上げていた拳を下ろした。

 「オイオイオイオーイ……。お前、なかなか見る目があるじゃねえか」

頬を紅く染め、恥ずかしそうに頭をかくモヒカン男。

キモイ。

 「この間ドンドルマに行ったとき、カリスマ美容師ネコに一発キメてもらったのよ」

男は素敵すぎる髪型の経緯を、身振り手振りを交えて熱く語りだす。

ローランは力なく息を吐いた。

女もこれだけチョロければ、俺はメタペタットでモテモテになれただろう。

しかし現実はどうだ。

バカで単純なのは男ばかりで、ここの女は一部のラリったヤツを除き、異常にガードが堅い。

しつこい男のあしらい方をマスターしている、無粋な連中ばかりなのだ。

あ~あ、ヤリてえなぁ。

一回でいい。一回でも生身の女の子とヤれれば、すっきりするのに。

すっきりすれば、ここでの不満なんて忘れられるだろう。

でも変な病気とか移されたくないから、ビッチはパスで。

ローランは物思いに沈みながら、モヒカン男の自慢話に耳を傾けるフリを続けていた。

そのときだった。

 「いいじゃんいいじゃん。俺と遊び行こうよ~」

彼らのいるカウンターから少し離れたところで、男がナンパをしていた。

軽薄な雰囲気の男で、それなりに遊び慣れてるように見える。

 「一時間くらいで済むから。ね?フツーに楽しいからさ?」

見かけない顔だった。

若い男だ。俺より歳は下かもしれない。

恐らく染めているであろう、目も覚めるような青色の髪を刈り上げ、前髪はサイドに流していた。

流行りの『ネオ七三分け』というやつだ。髪を原色に染めること自体は、それほど珍しいことじゃない。

特にハンターの間では、モンスターへの威圧になると一時期本気で信じられていた。

しかしこの男は、ハンターではない。

優男風の顔立ちだが、その耳にはいかついピアスがされている。

大きく開けたアロハシャツの胸元には、シンプルなシルバーアクセサリーが光っていた。

ローランは背筋を固くする。あれは間違いなく、そっちの筋の人間だ。

人懐っこい笑みを浮かべてこそいるが、よく見ればその瞳の奥からは、底の知れない闇が覗いている。

この街にチンピラは沢山いるが、こいつは正真正銘ガチモンだ。

そういう類のヤツは身なりよりも、目で分かる。殺しを屁とも思っていない。

しかしバカだな。彼は鼻で笑った。そんな下手な誘いでオトせるわけがない。

この街の女を知らないとは、恐らく来たばかりのよそ者だろう。

相手の女は誰かな、と何気なく視線を移したとき、ローランは硬直した。

 「あ、あの……その……」

ミシーは恥ずかしさと困惑が入り混じったような表情で縮こまっている。

何てこった。彼女か。ローランは片手で、顔の上半分を覆った。

よりによって知り合いがあんな目に遭っているなんて。

いつもあの娘のそばにいるナイト、もといヤクザの用心棒のようなコショーさんもいない。

彼女たちとはよくパーティを組む仲だ。もっとも、簡単なクエストに限るが。

ミシーは清楚でおしとやかだ。おまけに若いし、顔もそこそこいい。

自分にないものに引かれる人の性か、彼女のここでの人気は高かった。

ボディガードがいないとくれば、誰かが食いつくのも不思議ではない。

しかし、まさかよそ者とは。それもあんなヤバそうな。

 「……」

ローランは無言で彼女から目を逸らし、グラスに視線を落とした。

自分の身は最優先。

それがライフスタンスの俺としては、こういったトラブルは極力避けるに限る。

焦ることはない。カツアゲでもレイプでもなく、ただのナンパだ。

そのうちきっと、親切な誰かが助けてくれるだろう。

ローランが見ないフリを決め込んだころ、彼の思惑通り、ミシーとナンパ野郎の間に割り込む人影が現れた。

 「オイオイオイオイオーイ、そこまでにしとけやコラ」

いつの間に動いていたのだろうか。ハードモヒカン男が、ナンパ野郎の前に立つ。

調子づいたよそ者の前に、ローランに絡んでいたことなどすっかり忘れてしまったらしい。

 「誰に許可得て女漁ってんだ、おぉん?この街の女は、みんな俺様のもんなんだよ」

いつお前のものになったんだ。

 「……ん~?」

優男は相変わらず、人懐っこい笑みを浮かべたままだ。

軽く首を傾げ、モヒカンに視線を移す。

黄色い瞳が、悪戯っぽく光っていた。

 「おたく誰?」

 「オイオイオイオイオイオーイ!俺を知らねえのか!よく聞けモグリ。俺はこの街を支配する……」

モヒカン男は、最後まで言うことができなかった。

何かが視界を煌めいた。稲妻のような、一瞬の輝きだった。

 「ギャアアアア!」

悲鳴をあげ、モヒカン男が地面に倒れ伏す。

その左手の指が二本ほど、根元からすっぱりなくなっていた。

 「オイオイオイオイオイオイオーイィッ!ぉ俺の指がああああぁぁぁ!!」

泣きわめき、よだれを垂らしながら床を這いずるモヒカン男。

傷口から血が飛び散り、ランタンの明かりを受けて深紅に輝く。

 「ごめんねぇ。俺ってほら、人見知りだからさあ」

右手でナイフをくるくると回しながら、優男はモヒカンを見下ろして笑った。

 「知らない人に話しかけられるとパニクってさ、わっけわかんなくなるんだよねぇ」

酒場の沈黙は、そう長くは続かなかった。

 「おどれぁ!何すんじゃいワレェ!」

 「よくも兄貴を!覚悟しろやオラァ!」

飛び交う怒声。数人の男たちが立ち上がり、次々に武器を抜いた。

狩猟用の、対モンスター用の太刀だ。

対人戦、しかも人であふれた酒場で振り回すには、いささか長すぎる。

ハンターの武器を人様に向けるのはご法度、なんて咎める優等生は、もちろんこの街にはいなかった。

われ関せずといった感じの者もいれば、血の臭いに息巻き、興奮する者もいる。

野次馬たちは彼らをぐるりと取り囲み、応援や罵声を浴びせ始めた。

 「あ~あ、邪魔が入っちゃったよ」

優男は物臭そうに辺りを見渡したあと、ミシーに向かってウインクする。

 「ちょっと待っててね彼女。すぐ終わるからさ」

余裕淡々とした言葉にミシーは答えることができず、ただ青白い顔で彫像のように立ち尽くしていた。目の前で起きたことを、脳が処理しきれていないようだ。

それはこっちも同じだが。

 「……へえ?」

突然、酒場の隅の椅子から立ち上がった人影があった。

その顔には大小数十本の傷あとが走っており、興奮気味の高い声で優男に話しかける。

 「なかなかイケるねえ、お兄さん」

顔の半分を覆う黒い髪は長めで、腰のあたりまで伸びている。

一見すると男か女か分からない。中性的な顔つきだ。それがかえって不気味だった。

ヤク漬けにでもなったような恍惚とした瞳も、それに拍車をかけている。

 「大したナイフ捌きだね?あの目にも止まらぬ速さ、シビレるよぉ」

耳元で囁くような声で語りかけながら、彼は優男に近づいていく。

群衆は我先にと道を開けた。興味半分、気味悪さ半分といった調子で。

 「何?あんたもこいつの仲間?」

床をのたうつモヒカン男を指さした優男の言葉に、彼は「いいやぁ?」と首を横に振る。

 「でもねぇ、君とヤリたくなっちゃったの。ねえ、ヤろうよぉ?このメタペタット在住の殺人鬼、八つ裂きベティとさあぁ?」

言うや否や、八つ裂きベティは背中に背負った、赤褐色の双剣を引き抜く。

そして天井をふり仰ぎ、白目を剥いてガタガタと震えだした。

 「ホラアァ!もう興奮してきちゃったのお!いいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

のっぴきならない状況だ。ローランは逃げる準備を始めていた。

最早、ただのケンカでは収まりそうもない。

現代社会において暴力とは、単なる交渉手段の一つに過ぎない。

だがこの奇妙な興奮に満ちた空間では、そんなルールは、野暮なカカシだ。

おまけに、おかしな勘違い野郎まで乱入してしまった。

次は間違いなく死人が出る。巻き込まれるのはご免だ。

 「はいはい、そこまで!」

ハキハキとした口調で、彼らの間に受付嬢の少女、ナヅナが割って入った。

ヒラヒラした制服姿で腰に手を当て、厳しい表情で男たちを睨みつける。

 「続きがしたいなら、外出てやりなさい!」

頭は足りないが、度胸は十分だ。

 「あぁ!?黙ってろ、このビチグソがぁ!」

 「ケガしたくなかったら引っ込んでろ、ジャリぃ!」

 「お呼びじゃねえぞ、Aカップ!」

 「なんですって~~?!」

モヒカン男の子分たち、そして野次馬たちの罵りを受け、ナヅナは頬を膨らませる。

拳を振り上げて何かを叫ぼうとした、そのとき。

 「あった!」

酒場全体に、場違いな少年の声が響きわたった。

テーブルがガタゴトと音をたて、下から褐色の肌の少年が顔を出す。

こいつもよそ者か。ローランは眉をひそめて少年を見た。

歳は十代前半に見える。サイドが長めな白髪に、耳の下で揺れる大きめのピアスが目立っていた。

この子供は……確か、この前の。

 「見つけたよ、ほら」

少年はモヒカンの子分たちに近づくと、手の中のものを見せる。

訝しげにそれをちらりと覗き、彼らはギョッとした。

少年の手の中にあるものは、ここからだとよく見えない。

しかし男たちのリアクションから察するに、恐らくモヒカン男の指だろう。

 「ガキがっ!ビックリさせんじゃねえ!」

 「この状況で、指が何だってんだ!」

やっぱり指か。

しかしわざわざテーブルの下にもぐっておきながら、このタイミングでのこのこ出てくる理由にはならない。何を考えているんだ。

 「もう一本あったはずなんだけど、見つからないんだ」

 「知らねえよ!人食い人種かてめえは!」

 「食べないよ」

何か含んだような笑みを浮かべ、少年はそう返した。

 「ただ、斬られた指を持って医者に行けば、繋いでもらえると思って」

 「ええぇ……?」

子分たちはあんぐりと口を開けた。

 「つ、繋がんの?くっつくの?」

 「うん。切断面はきれいだし。あんまり時間も経ってないから。……急いだ方がいいよ」

少年の言葉は、子分たちに大きな衝撃を与えたらしい。

ここ数年の医学の発達は、彼らの想像をはるかに上回っていたということだ。

 「さ、探せ!残りの指も急いで探せ!」

 「おうどこいったコラ。ここか?」

 「おいベティ!てめえも探せ!」

優男を除き、その場の全員が床に這いつくばり、もう一本の指を探し始めた。

薄暗く、散らかった酒場の中での捜索は困難を極めたが、「あったよぉ」と言って八つ裂きベティがそれを掲げたとき、辺りは歓声に包まれていた。

やはりこいつらのノリは理解しかねる。ローランはあらためてそう感じた。

そしてしばらくしてから気づいた。

あの大人しい少女と白髪の少年が、いなくなっていることに。

 

 

 

 

 

 

 「災難だったね」

酒場の出口を背に、アステルは小声でミシーに言った。

中は相変わらずバカ騒ぎが続いていたが、それが功を奏した。

二人はどさくさに紛れ、簡単に抜け出すことができた。

 「あの……ありがとう」

ミシーはかすれた声でお礼を言った。

 「ゴメンね。年上なんだから、私がしっかりするべきなのに……」

 「気にしないで」

アステルは微笑みつつ、扉を後ろ手に閉めた。

 「女のヒトって大変だね」

 「え……?」

 「ミシー、モテモテじゃん」

 「いや……そんな……」

ミシーは小さく首を振った。

普段の彼女なら、もっと全力で否定するところだ。だが今は、そんな気力すら湧かなかった。

 「あんなこと誰にでも……あることだから」

 「ふうん」

アステルは彼女の前に出ると、そっとその手を取った。

 「行こう」

 「……へっ?」

とっさのことだったので、ミシーは間抜けな声を出してしまった。

 「休める場所、探そう?」

 「う、うん……」

人混みをかき分け、アステルは彼女の手を引いて前を歩く。

先刻の出来事に、動揺している様子が全くない。自分を気遣う余裕すら見せている。

不思議な子。

彼の背中を見つめ、ミシーはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 ヒゲが重い。湿気が多いせいだ。

コショーは鼻をピクピクと動かした。

天井の低い部屋の中は、ボイラーの蒸気で満ちている。

ねじれた花瓶のような形をした、琥珀色に光る溶鉄炉。

口から漏れる橙色の光が、渦巻き立ち昇る煙を鮮やかな色に染めていた。

燃えるような夕焼けの色から、くすんだ紫、血のような赤。

その微細な火加減によって、様々な色を投げかけている。

 「あちーんだよ、ハゲ」

コショーはヒゲを震わせて言った。

 「俺が蒸し焼きになるまで、ここで干しとくつもりか?」

 「まあまあ、ちょっと待てよコショーさんよぉ」

立ち込めるもやの向こう側で、人影が机に向かっている。

カチンッと、なにかをはめこむような音が響いた。

 「よし、できたぞワレェ」

人影はそう呟き、コショーに近づいてくる。

もやの向こうから現れたのは、凶悪なツラのスキンヘッドの男だった。

きめの細かい布でくるまれた細長い何かを、コショーの元まで運んでくる。

 「お待たせしましただコラァ、おぉ?」

 「ご苦労だったな」

コショーはそれを受け取ると、その場で包みを乱雑にほどく。

中から現れたのは、艶のない黒い銃身だった。

見た目はボウガンというより、対人戦のライフルに近い。地味で特徴のないフォルムだ。

構造も--少なくとも外観においては--単純で、大きさはアイルーが取り回せる程度に小型だった。

それでも銃身の先からグリップまで含めると、コショーの身長の倍近く長さがある。

コショーはそれを手に取ると、クルッとバトンのように回転させた。

次にグリップを握り、構える。架空の獲物を睨みつけ、引き金に指をかける。

獲物は飛び回っているらしい。その銃口が目まぐるしく動く。

重さやバランスを苦にする様子もなく、さも体の一部であるかのように扱っていた。

しかし彼は眉間にしわを寄せ、愛銃の状態を隅から隅まで、舐めるように調べ始めた。

 「直ってるなあ」

数分が経過したとき、コショーはぽつりと呟いた。

 「……外装だけはな」

 「言ったろ?古代文明の機構までは、手が出せねえのよ」

スキンヘッドはバツが悪そうに頭を掻いた。

 「ドンドルマとかよぉ、技術も知識もそろってるような都会に行かねえと」

 「ま、仕方ねえな」

コショーは肩をすくめると、愛銃を二つに分解し、大きなケースに入れた。

そのときになって、コショーは目を細めて辺りを見渡す。

工房の様子の違和感に気づいた。

 「親方とかはどうしたんだ?てめえ以外、誰もいねえじゃねえか」

 「ああ、それはよぉ」

スキンヘッドの男は頭を掻く。

 「さっき熱中症で倒れてよぉ。病院送りなんだよ、おぉ?」

 「またかよ」

コショーは顔をしかめて言った。

 「つい先週もそうだったじゃねえか」

 「先週は脱水症状で倒れたんだよぉ」

 「……同じことだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしよう。

ミシーはアステルの陰で縮こまった。

大通りから外れた、すすだらけの狭い脇道。

立ち並ぶ石造りの住居から、好き勝手に突き出たパイプの煙突。噴き出す煙が空を覆うように、頭上で渦を巻いている。

彼ら二人は、数人の男たちに囲まれていた。

 「探したんだぜ、お嬢さん」

前と後ろに二人ずつ。ファッション誌から抜け出してきたような風貌の男たちが、道を塞いでいる。

ガラの悪そうな雰囲気を持っているが、この街の人間ではなさそうだ。

この街の悪い人たちは、あんなにオシャレじゃない。

そのうちの一人、ストローハットをかぶった男が、薄ら笑いを浮かべて言った。

 「こいつは確かに上玉だな」

 「君カワウィーねぇ~~っ!」

マッシュボブヘアーの男が片目をつぶって叫ぶ。

 「俺らと5Pしなぁい?」

 「5、5P……?」

ミシーは困惑気味に訊き返す。

すると、舌にピアスをした男がヒュッと口笛を吹いた。

 「おぉい!5Pの意味が分からねえってよ!」

 「ガチで?そぉ~そられるねぇ~!」

 「教えてやんよお嬢さん。大人の階段、のぉ~ぼっちゃう~?」

 「そっちのキミもカワイイじゃん?一緒にDo~?」

 「……バカ。そっちは野郎だろ」

 「まさかのぉ~~!?」

口々にわめき立て、爆笑する男たち。

とても通してくれそうにない。

今日は厄日なのか。ミシーは頭を抱えた。

助けを呼びたいところだが、ここには人気がなく、また、そんな大声を出す勇気も出ない。

彼女は恐怖で、卒倒寸前だった。

辛うじて倒れずにすんでいるのは、隣で手を離さずにいてくれる、少年のおかげだ。

ミシーは彼の横顔をチラッと見る。

アステルは不思議そうな表情で、男たちを見つめていた。

 「おい、ガキ」

舌ピアスの男が、あごを上げて少年を睨む。

本性を露わにした、威圧的な瞳だった。

 「いつまでそこにいんだよ。さっさと消えろ」

どうやら、彼のことは無傷で返してくれるらしい。ミシーは安堵の溜め息を吐いた。

しかし同時に、頭の中が真っ白になった。

でも私はどうなる。私がピンチだ。

私は私を守れるのか。

 「大丈夫だよ」

彼女の不安を感じ取ったのか。アステルは彼女に顔を近づけ、囁いた。

 「ミシーを置いていったりしないから」

 「……アステル……君」

ミシーの心は感動で震えた。なんて心優しい子なんだろう。

その瞳は天使のように純粋なのに、芯はとても強い。

危うく惚れてしまいそうだ。

 「おいガキ。聞こえてっぞ」

ストローハットをかぶった長身の男が、自身の耳を指さして言う。

恐ろしく耳が良い人だ。

 「ここに残るってこったな。どういう意味か分かってんのか?」

 「分からない。どうなるの?」

何の混じり気のない瞳で、アステルが訊き返す。

ストローハットの男は舌打ちすると、無言でハットを目深にかぶった。

 「俺たちと喧嘩するってことだよねぇ~~!」

その隣に立つ真っ赤な長髪の男が、歯を剥き出しにして言った。

懐から取り出した刀身が孤を描くナイフを、指先で自在に操ってみせる。

それは指から指へ、くるくると回りながら、目にも止まらぬ速さで動いた。

 「頑張ってみるかぁ?ヒーロー気取りの坊ちゃんよぉ!おぉ!?」

男の言葉に、アステルは困った顔になった。

喧嘩に自信がないのだろうか。

それはそうだ。ミシーは一人頷いた。

こんなに優しい目をしているのだ。きっと虫だって殺せないのだろう。

 「さっさと家帰れや」

ストローハットの男が諭すように言った。

 「俺たちチンピラは喧嘩慣れしてんだ。いわば喧嘩のプロさ。意地張ったって、いいことねえぜ」

 「やさしぃーねージミー君は」

舌ピアスの男が卑しい笑みを浮かべる。

 「けどチンピラっておかしくね?俺ら全然フツーだろ」

 「フツーなヤツは、ナイフ振り回したりしねえんだよ。舌にピアスもしねえし」

 「そりゃそうだ!あんちゃんカッコイィ~!」

 「フツーだぜフツー!だから怖がんなくていいぜ彼女ォ~」

男たちのよく通る声が通りに木霊する。

ミシーは今更ながら、自分たちを置いていったコショーのことを恨めしく思い始めた。

 「一つ提案があるんだけど」

突然、アステルが片手を上げて言った。

大きくはないが、よく響く声だ。

 「僕は友達から、喧嘩はするなって言われてるんだ」

 「そうなの~ボク?そりゃ良識ある良い友達だ!大事にしなよ~!」

 「黙れ」

マッシュボブの男の声を遮り、赤髪の男がアステルに向き直る。

眉間に筋が走り、威圧感に拍車がかかっていた。

 「何が言いたいのかなあ……?」

 「喧嘩はやめて、ゲームしようよ」

 「……はいぃ?」

赤髪の男は眉をひそめた。

 「悪いんだけど、もういっぺん言ってみてくんない?」

 「ゲームしようよ」

 「何で君とゲームしないといけないのかなぁ?!」

赤髪の男は片方の眉を上げる。

血走った目でアステルに近づいていき、胸ぐらをグイと掴み上げる。

 「そこんとこ……お兄さんに教えてくんなぁい?」

 「みんなが通してくれないけど、僕は喧嘩ができない。だから、ゲームしよう?」

 「そこがよく分からないんだよねぇ~~!」

赤髪の男は、少年の顔に唾を吐きかけるように怒鳴った。

 「何で君とのゲームにさぁ、俺らが付き合わないといけないわけ?」

 「僕が喧嘩できないから」

 「こんのクソダラァ!」

男が拳を振り上げた。

 「やめてっ!」

ミシーは悲鳴をあげ、思わず目をつぶる。

しかし、それが振り下ろされることはなかった。

誰かが彼の腕を、後ろから掴んで止めていた。

 「落ち着けよ、ルド君」

その腕を掴んでいたのは、青い髪の男だった。

 「面白そうじゃん、ゲームとか。俺ら好きだろ?」

 「ッ……!」

ミシーは思わず息をのんだ。

あの人だ。あの悪戯っぽく光る瞳。見間違いようもない。

確かジャックと言っていたか。私に声をかけたとき、そう名乗っていた。

ここまで追ってきたというのか。

 「ジャック君、チャ~ッス!」

舌ピアスの男が嬉しそうに言った。

 「言われた通り、女捕まえといたよ」

 「ああ。ありがとな、ヤー君」

青い髪の男--ジャックも笑って答える。

さきほど酒場で暴れた人とは思えない、爽やかな笑顔だった。

彼はミシーに視線を移すと、悲しそうに顔を歪める。

 「ヒドイじゃん彼女ォ。俺を置いていくなんてさぁ」

絡みつくようなその声に、ミシーはたじろいだ。

彼の目は、ちっとも悲しそうじゃない。

むしろ何かこれから起こる楽しいことに、心を弾ませているかのようだった。

 「わ、私たちに……」

ミシーはせいいっぱい勇気を振り絞り、かすれた声を出す。

 「私たちに……構わないでください……」

 「あ~~?」

赤髪の男は耳に手を当てて、首を傾げた。

 「ゴッメ~ン。全然聞こえないわ~!」

 「ギャッハハハハハ!」

男たちの間に、再び爆笑の渦が起こる。

ストローハットの男を除き、全員が腹を抱えて笑った。

ミシーはその間、顔を真っ赤に染め、必死に涙をこらえていた。

 「悪いね、彼女。あんまりカワイイもんだから、ついね」

笑いの虫が収まったころ、ジャックが機嫌を取るように言った。

少年の方に向き直り、鋭い笑みを浮かべる。

 「……で?ゲームだったっけ、坊や?」

 「うん」

アステルが無表情に言った。

 「僕が勝ったら、黙って行かせてくれる?」

 「オーケーオーケー」

青い髪の男は、面白そうに目を細める。

 「でも俺が勝ったら?」

 「ミシーを好きにしていいよ」

 「ちょッ……!」

冗談じゃない。ミシーは慌てて両手を振り回す。

この子今、さらっと自分を売り渡してしまった。

 「まさかのぉ~?!」

叫び声をあげ、その場でクルクルと踊り出すマッシュボブ。アゲアゲだ。

 「坊やが負けたら、俺が彼女をパックンする」

青い髪の男が静かに言った。

 「そんなカンジでいい?」

 「うん、いいよ」

少年はキッパリと言い切った。

ミシーは口をパクパク動かしたが、まるで言葉にならない。

もはや自分にとって誰が敵か味方か、分からなくなっていた。

 「か~らのぉ~?か~らのぉ~?」

マッシュボブの男はまだ踊っている。

ジャックはアステルに、ゆっくりと歩み寄った。

 「ゲームの内容は、こっちで決めていいわけ?」

 「うん」

 「そう?いいんだ」

彼はアステルの目の前まで近づいた。

少年は目を細め、向かいに立つ男を見上げる。

 「じゃあさぁ、坊ちゃん。二人で楽しく……」

仰々しく腕を広げ、ジャックは言った。

 「刺しっこしようぜ……」

一瞬だった。いつの間にか彼の両手には、大振りのナイフが握られていた。

まさか、少年をここで殺す気なのか。

そう思って真っ青になったが、よく見ればその二本とも、しっかり鞘を被っている。

あんなものをどこから取り出したのか。早すぎて、全く見えなかった。

 「刺しっこ……」

アステルは首を傾げた。「……って、何?」

 「いい質問だねえ」

ジャックはナイフを手玉に説明を始める。

 「プレイヤーは二人。お互いナイフを手に向かい合う。あらかじめ決めた枠のなかで……」

一旦言葉を切り、彼は笑った。

ミシーは思わず身震いした。

子供のように無垢でありながら、残酷な死神のような笑みだった。

 「刺しあうのよぉ、坊ちゃん。気ィ持ちいいぜぇ~……?」

その笑みを向けられた当人は、困惑したような表情をしていた。

 「それって……喧嘩よりもタチ悪くない?」

 「全くだぜ。ブッ飛んでやがる」

ストローハットの男が吐き捨てる。

 「やめとけジャック。相手はガキだ」

 「やめるかどうかは、俺の決めることじゃないっしょ」

ジャックはふんぞり返って言った。

 「ただ、賭けてもいいぜジミー。こいつは絶対降りないね」

振り返ると、アステルを真っ直ぐに見下ろす。

 「そうだろ、坊ちゃん?」

 「うん」

アステルはあっさり頷く。

ミシーはとても黙っていられなかった。

 「ダメだよアステル君!」

彼女は必死に彼の腕を掴む。意識せず、泣き叫ぶような声を出していた。

 「絶対ダメ!殺されちゃう!」

 「ミシーがそう言うなら降りるけど」

振り返ったアステルの顔には、何か含んだような笑みが浮かんでいた。

 「いいの?ミシーが食べられちゃうんだよ?」

 「そんなことはいいの!」

ミシーは怒ってもいないのに、怒っているかのように怒鳴った。

さっきまで声がかすれていたのが、嘘のようだ。

 「君が大ケガするより、百倍マシだよ!」

しばしアステルは、放心したように彼女を見ていた。

 「ゴメン、ミシー」

アステルは申し訳なさそうに言った。

 「でも、もう返事しちゃったから」

彼はミシーの手をやんわりと払う。

「ケガで済めばいいけどな」というストローハットの呟きが、やけにはっきり耳に届いた。

 「質問!」

アステルが片手をあげる。

 「枠内から出たら、その場で負け?」

 「負けだね。あと、ジャンプも禁止」

ジャックはナイフの一つを彼に投げて渡した。

 「必ずどちらかの足は、地面についていなくてはならない。ルールなわけよ」

 「いろいろうるさいね」

 「ゲームってのはそういうもんさ。それにこれは、救済措置でもあるんだぜ」

ジャックが指をパチンと弾く。すると彼の後ろで、地面に石灰が引かれ始めた。

 「逃げるのもアリってことよ。負けはするが、命は助かる」

 「やめんなら今だと思うね」

ストローハットがアステルの後ろで、囁くように言う。

彼の背後に、石灰でラインを引いている最中だった。

 「腕にどれだけ自信があるのか知らんが、殺されやしねえって考えてるなら、甘いぜ」

 「やめないよ」

そう一言返したアステルは優しげに微笑んでいた。

 「心配してくれてありがとう」

 「……ぺッ」

ストローハットの男は唾を吐き、黙ってその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全力かけるベクトルがおかしいと思う。モンスターが一匹も出ねえ。
変なチンピラとケンカしかフューチャーしてねえよ。
だがしかし、これぞモンハンだとも思います。

いいですか皆さん。チンピラはケンカするものです。それは自然の摂理です。
自然の摂理と言えば即ち、モンハンなのです。
だからチンピラのケンカこそ、モンハンの真骨頂なのです!


クック先生「……??」







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