天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第1章 鷲尾須美の章
第01話 先々代勇者・天動瑠璃


 

 神世紀298年、四国。

 

 大赦が所有する道場の一角にて3人の少女と、一人の女性が向かい合っている。

 

 少女達の内、二人は緊張しているのか神妙で引き締まった表情で、もう一人はぽよぽよとしている。

 

 鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子。

 

 少女達の前の床には、それぞれスマートフォンが置かれている。

 

 十歩ばかりの距離を隔てて少女達と向かい合っている女性、安芸先生が軽い咳払いと共に口を開いた。

 

「さて、今更言うまでもありませんが……あなた達は、神樹様に選ばれた勇者となり……世界を守るというお役目を果たす、大役を担う事となりました」

 

 須美と銀の表情は真剣さを増して、園子も先程までののんびりとした様子からは一転、ぴしっと背筋を伸ばした。

 

「あなた達は今までの基礎訓練では、優秀な成績を修めてきたけど……これからは連携も含めた、より高度な訓練に入る事になるわ……そこで、あなた達に紹介したい人が居るの」

 

「「……?」」

 

 須美と銀は顔を見合わせる。

 

「誰ですか~?」

 

 園子が好奇心に任せて挙手した。

 

「入ってきて」

 

 安芸先生が道場の出入り口へと声を掛ける。するとあらかじめそこに控えていたのだろう。すうっと滑らかに引き戸が開いて、巫女装束に身を包んだ少女がしずしず入室してきた。

 

 年の頃は三人よりはずっと上だろう、すらりとした長身で、明らかに未成年にも関わらず彼女は安芸先生よりも年上にさえ見えた。

 

 大人びて見える、というのは違うように思えた。

 

 老けて見える。そういう表現が適切だった。

 

 眉目は整っていて、美少女という評価も決して過大ではあるまい。しかし肌は血色が悪く、青白いと言うよりは土気色に近い。健康的な銀とは対照的だ。腰まで伸びている黒髪には、あちこちに白い線が走っている。それは彼女の年には似つかわしくない白髪だった。黒髪と白髪の割合はおよそ8対2といった所だ。

 

 そして顔の半面が長く伸びた前髪で隠れていて、右目が見えなかった。

 

 少女は、露わになっている細長い左目で3人を観察するように視線を動かした。

 

「……この子達が、次の?」

 

 そう言って少女から視線を向けられて、安芸先生は頷いた。

 

「……代替わりする度、だんだん若返っていくわね。本当に大丈夫なの?」

 

「適正値は基準をクリアしており、既に基礎訓練も修了しているわ。それでこれからの訓練の為に、あなたに来てもらったの」

 

「ふぅ、ん……?」

 

 少女は、もう一度3人へと視線を戻した。

 

 すると今度は、須美が挙手した。

 

「あの……先生、この方は……?」

 

「そうね……紹介を」

 

 安芸先生に言われて、少女が頷いた。

 

「私の名は、瑠璃(るり)。天動(てんどう)瑠璃(るり)……一応……あなた達の先輩という事になるわ」

 

「先輩?」

 

「という事は、勇者の……」

 

「ええ……天動さんは先々代……つまり、あなた達の2代前にお役目に選ばれた勇者であり……他の勇者がお役目を終えた後も、未だ第一線で戦っている現役の勇者。今後の合同訓練の為に、来てもらったの」

 

「先輩勇者……!! よ、よろしくお願いします!!」

 

 銀は元気よく挨拶して、

 

「せ、先々代……ご指導ご鞭撻のほど、お願いします!!」

 

 須美は姿勢を正して深々と頭を下げた。

 

「お願いしまーす……」

 

 園子は、普段通りの調子で応じる。

 

 大先輩相手に不敬だと須美が目で注意するが、瑠璃は気にした様子も無く表情は仮面のように動かない。

 

「良いわよ。畏まった態度など面倒なだけだから……私に対しては好きな話し方で、呼びやすいように呼べば良い。そんなのは些末事……大切なのはあなた達がこれからの戦いで使い物になるかどうか……それだけだから」

 

 素人が舞台演劇の台本をそのまま読み上げているような抑揚の無い声と調子で、瑠璃が語る。須美はこれが歴戦の勇者かとごくりと喉を鳴らして、銀は少しだけ苦笑いして居心地悪そうに体を揺すった。園子は「えーと」と、言葉に迷ったように困った笑顔を見せた。

 

 そんな三人の様子には頓着せずに、瑠璃は話を続けていく。

 

「早速、今日から訓練を始めるわ……私は厳しいので、覚悟は、しておくように。差し当たっては……」

 

 やる気を感じさせない棒読みで語っていた瑠璃の言葉が、前触れ無く途切れた。

 

「……!!」

 

 瑠璃が、3人から視線を外して明後日の方向へと目を向ける。

 

 須美達は突然の瑠璃の行動に戸惑っているようで……安芸先生は察しが付いたのだろう、はっとした表情になった。

 

「……思ったより、早かったわね」

 

「え……」

 

「それって……」

 

「3人とも、スマホを持って、手放さないように」

 

 抑揚無くそう瑠璃が言った瞬間、異常が起きた。

 

 全てが、止まっていた。

 

 空に流れていた雲も、風に翻弄される落葉も、今まさに庭木の枝から飛び立とうとしている鳥も。

 

 道場の中では、安芸先生も何かを言い掛けたように口をぽかんと開けたままになっていた。

 

「これって……」

 

 チリン、チリン……

 

 鈴の音が、聞こえてくる。

 

 大橋の方向からだ。

 

「……敵が、来た」

 

 瑠璃が変わらぬ抑揚の無さでそう言ったのと、4人の視界が閃光に包まれるのは同時だった。

 

 僅かな時間を置いて光の洪水が治まった時、少女達を取り巻く光景は、一変していた。

 

 辺り一面が極彩色に彩られた植物によって覆われた、異空間へと変質していた。

 

「これが、樹海……!!」

 

「神樹様が創った、結界の世界?」

 

「……あ、あれが大橋!?」

 

「そう……3人とも、それは安芸先生から教わっているわね? あの大橋が、壁の内と外とを繋ぐものであり……私達の敵……バーテックスは、あれを渡ってやって来る……」

 

「それを私達勇者がやっつけるって訳ですよね!! 興奮するぅ!!」

 

「三ノ輪さん、遊びじゃないのよ」

 

 須美が少し声を強くして咎めた。

 

「あ、あれ!! あれ見て!!」

 

 園子の指を追うと大橋を渡って、前衛的なオブジェのような形状をした物体がこちらへ移動してくるのが見えた。

 

「来たわ」

 

「あれが、敵か……」

 

 瑠璃が頷いた。銀は、取り出したスマホでバーテックスの姿を写真撮影した。それを見た須美が、今度は何も言わないものの厳しい視線を向ける。

 

「あれが神樹様に辿り着いた時、世界が終わる……」

 

「それを防ぐのが、私達のお役目……!!」

 

 再び、瑠璃が頷く。

 

「では……3人とも、変身を」

 

 先輩に促された須美達は頷くと、取り出したスマホの専用アプリを立ち上げる。瑠璃も同じように、朗々と祝詞を唱えながらアプリを立ち上げた。

 

 スマホからあふれ出した光が、それぞれ4人を包み……僅かな時間を置いて、少女達の体にはそれぞれ実在するどんな材質とも違った戦装束が装着されて、専用の武器をそれぞれ手にしていた。

 

 須美は弓、園子は槍、銀は双斧。

 

 そして瑠璃は、太陽のように黄金色に輝く装束を身に纏っていた。その背には、ルドベキアの花をモチーフとした紋章が刻まれている。そして豪奢な造りの玉座の如き椅子がすぐ後ろに出現して、彼女はそれにどっかりと腰掛けると、頬杖付いて足を組んだ。

 

「さて、ここで言っておくわ」

 

 変身前と変わらない棒読み口調で、ふんぞり返った瑠璃が3人に言った。

 

「あなた達は初陣。戦いは私がやるから……今回は、実戦の空気を感じるだけでいい」

 

「えっ、そんな……先輩!!」

 

「私達もお役目に選ばれた勇者です!! 腕は未熟かも知れませんが、やってみせます!!」

 

「実戦に勝る訓練は無い。今回のあなた達のレッスンは、実戦の空気を感じる事だと言っているの」

 

 瑠璃の口調は相も変わらず、感情を感じさせない。顔も、表情筋が全く動いていなかった。

 

「でも……じゃあ天さん、一人であの敵と戦うんですか?」

 

「それは、問題無いわ」

 

 園子の問いに瑠璃はそう応じると、パチンと指を鳴らす。

 

 瞬間、辺り一帯に花吹雪が吹き荒れて、視界が塞がれる。

 

 数秒で視界がクリアになったその時、樹海に存在しているのは既に4人の勇者と、一体の敵だけではなかった。

 

 ザッ、ザッ、ザッ……

 

 踏み締める無数の足音は、整然としていて大きな一つの足音のように聞こえた。

 

 巨大な軍勢が、何処からともなく出現していた。

 

 その数、目算でおよそ数千。

 

 重装備で巨大な盾を手にした装甲兵がいる。

 

 6メートル以上もある長槍を携えた槍兵がいる。

 

 馬に乗った騎兵がいる。

 

 身の丈よりも大きな弓を携えた弓兵がいる。

 

 杖を手にしてローブを纏った魔術師がいる。

 

 大砲と、その周囲でせわしなく動き回る砲兵がいる。

 

 太鼓やラッパ、法螺貝など、思い思いの楽器を手にした軍楽隊がいる。

 

 他にも様々な武器を手にした兵士達が一糸乱れぬ動きで樹海を横断し、バーテックスへ向けて行軍を開始する。

 

 謎の兵団の中で最も精強さを感じさせる一隊が勇者達に近付いてくる。3人は警戒して得物を構えるが、瑠璃が手を振って制した。

 

 兵士達は新米勇者3人が目に入っていないかのように瑠璃が座る椅子に近付くと、神輿のように担いで持ち上げた。そうして彼等もまた、バーテックスに向けて進軍を開始する。

 

 頬杖を突いて足を組み、ふんぞり返って自分は指一本も動かさぬまま前進する瑠璃の姿は無数の兵士達と相まって、まるで大名行列のようである。

 

「あ、あの……先輩、これは……」

 

「別におかしな事ではないでしょう? 勇者にはそれぞれ固有の武器がある。須美ちゃんの弓、銀ちゃんの斧、園子ちゃんの槍……同じように、私の武器は軍隊だというだけよ」

 

 感情が読み取れない声で、瑠璃が応じる。そうして彼女は、覇気の無い目でバーテックスを見据えた。

 

「……では、始めましょうか」

 

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