天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第10話 瑠璃にしか出来ない事

 大赦の一角に与えられた瑠璃の私室。

 

 一言で言えば殺風景な部屋だった。装飾品や写真の類などは、何も無い。部屋の一角を占める本棚には大赦の歴史や過去の戦史が記された書物がぎっしりと詰まっている。

 

 部屋の中央には執務机が置かれていて、椅子に腰掛けた瑠璃は3番目の引き出しを開ける。そこには彼女の遺言状が入っていた。先の戦いに赴く前にしたためていた物だ。瑠璃はそれを握り潰すと、ゴミ箱に放り捨てた。

 

 死ぬ予定だった自分が生き延びた以上、これは無駄になった。

 

「……私の命の捨て時は、あの時だと思っていたのだけどね……」

 

 ふう、と溜息を吐く。

 

「まぁ、万事が予定通り進まないのは当然。ならば後は、この命をどう全うするかを考えなければ……」

 

 そう、呟いた時だった。ドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼するわね」

 

 入室してきたのは安芸先生だった。

 

 髪には艶が無く、顔色が悪い。泣いたのだろう、目が赤い。化粧でごまかしているが、疲れは隠し切れていない。

 

 ぺこりと頭を下げて、瑠璃は席を立つと彼女に向かい合った。

 

「あなたの申請が通ったわ」

 

 安芸先生はそう言って、手にしていたアタッシュケースを開いた。そこには調整の為に大赦へ預けていた、瑠璃の端末が入っていた。

 

「勇者システムがアップデートされ、精霊システムと満開。二つの機能が実装されたわ」

 

「良かった。最悪の事態は避けられましたか」

 

 ここで言う最悪の事態とは、銀という戦死者が出ても尚、大赦が楽観的な考えを捨てきれずに安っぽい人道主義に陶酔して、合理的な判断を見送る場合だった。そうなったら、瑠璃には打つ手が無くなっていた所だ。

 

 安芸先生にもそれが伝わったらしい。彼女の顔から表情が消えて、能面のようになった。

 

「大赦は三ノ輪さんの死を、重く受け止めているわ……それで、鷲尾さんと乃木さんには後日端末を渡す事になるけど……その前に天動さん……設計者であるあなたにシステムに不具合が無いかどうかを、確認してほしいの」

 

「承りました」

 

 瑠璃は即答すると、端末を手にする。

 

 空間に花びらが散って、姿を現したのは精霊・浄玻璃だった。ふわりと空中を動いて、寄り添うように瑠璃の傍にやって来る。

 

「では、早速試運転に行って参ります」

 

「瑠璃ちゃ……天動さん」

 

「何でしょうか? 安芸先生」

 

「……今日、これから三ノ輪さんの告別式があるわ……あなたは、出席しないの?」

 

「はい」

 

 再び、瑠璃は即答した。

 

「逝ってしまった者の為に祈り、哀悼の意を表する事は確かに生者の義務ではありますが……しかし、それは他の人でも出来る事です。私は、私にしか出来ない事をします」

 

 無感情で無感動な声で、そう言い切った。

 

 正論であるが故に、安芸先生はそれ以上何も言えずに去って行く彼女を見送った。

 

「……瑠璃ちゃん……」

 

 天動瑠璃。

 

 彼女が既に絶家となっていた天動の家名を与えられる前に、僅かな間だったが安芸先生は幼い瑠璃と一緒に暮らしていた事があった。

 

 当時10才だった彼女は事故で両親を失い、そうした子供達は引き取り手が見付かるまで一時的に大赦の関係者が面倒を見るシステムがある。その役目を与えられたのがその頃はまだ新米だった安芸先生だった。

 

 今の彼女からは想像も付かないが、昔の瑠璃は良く笑い、良く喋る快活な子供だった。

 

 瑠璃は安芸先生を姉のように慕って、安芸先生も瑠璃を妹のように思っていた。

 

 この関係は一時的だと分かっているが、しかしずっと続けば良いとどこか子供っぽい考えを、この時は二人とも持っていた。

 

 だが一緒に暮らすようになって一月が過ぎた頃に、破局が訪れた。

 

 瑠璃が、奇病を発症したのだ。

 

 夜中に悲鳴が上がって、安芸先生は飛び起きて瑠璃の寝室に駆け込んだ。

 

 顔色を蒼白にして、びっしょりと寝汗を掻いた瑠璃は布団を蹴ると安芸先生に抱きついて泣きじゃくった。

 

 きっと恐い夢を見たのだ。無理もない、両親と死別したのだ、心細くなる事だってあるだろう。安芸先生は幼い瑠璃を安心させようと抱き締め返してやった。

 

 その時は、まだ簡単に考えていた。

 

 だが瑠璃が悪夢に飛び起きるのは、それから幾度も起きるようになった。更にはそうした後には決まって、彼女の肉体面にも異常が発生するのだ。しかも奇妙な事に、その症状は毎回違っていた。

 

 ある時は、左腕が赤くただれて動かなくなった。

 

 ある時は、腹部に円形の大きな痣ができた。しかもその後には激痛が襲ってきて、瑠璃は腹を押さえて暴れ回った。

 

 ある時は、右肩から脇腹にかけて内出血が起こった。その後は人に会うのを極端に嫌がるようになり、部屋に引きこもった。

 

 それらのどの症状も二日も経過すれば消えて、瑠璃の肉体と精神は健常に戻るのだが……当然、安芸先生は瑠璃を病院に連れて行き、カウンセリングも受けさせたが原因は不明。仕方無く、瑠璃は大赦の施設に送られて専門的な検査を受ける事になり、それ以降の経過を知る事は当時新米だった安芸先生には不可能な事だった。

 

 そして4年の時間が経って……バーテックスと戦う為に新しく勇者が選ばれる。

 

 選ばれた中の一人が、瑠璃だった。

 

 再会した時の衝撃を、安芸先生は今も忘れない。実は瑠璃には双子の姉妹が居たのではないか? そんなバカな事を真剣に考えた。

 

 人懐っこくて良く笑う女の子は、仮面のように無表情で棒読み口調で話す少女に変わっていた。

 

 彼女に関する資料を閲覧したが、結局大赦は様々な検査を行ったが瑠璃の奇病の原因は掴めなかったとあった。

 

 ただし12才の頃から発作の頻度は少なくなり、13才からは1年の観察期間を経ても発作は一度も起こらなかった事から勇者としての実戦投入に問題は無しと、大赦は判断したとの事だった。

 

 それから5年間。瑠璃は最強の勇者として戦い、世界を守り続けてきた。

 

 しかし、彼女の行動は度々問題となった。

 

 先輩勇者の遺体をバーテックスの攻撃から身を守る為の盾として使った。

 

 複数の敵が攻めてきた時、傷付いた味方を放置してバーテックスと戦った事があった。当然、放置されたその勇者は死んだ。

 

 逃げ出した後輩を、処断した。

 

 それらの行為を、一緒に戦っていた他の勇者が告発したのだ。

 

 結論から言うと、瑠璃が罰せられた事は一度も無かった。

 

 遺体を盾として使ったのは、自分が生きて残り、戦わねばならないが故の緊急避難的措置であったと認められた。

 

 仲間を敵中に放置したのは、仮にすぐその勇者を助けた所で彼女はもう助からない重傷を負っていたし、そうしなかった場合、瑠璃を告発した者も含め他の勇者の生存も危ぶまれ、しかもバーテックスの撃退が遅れて樹海が侵食され、現実世界に無視出来ない被害が出ていたと考えられた。

 

 逃げ出した後輩勇者の処断については、言うまでもない。逃亡が認められるなどという前例を作ってしまえば指揮系統も規律も成り立たなくなり、今後一致団結してバーテックスと戦う事が出来なくなる。それに瑠璃はいきなり襲い掛かるのではなくまずその勇者に大赦へ戻るよう説得をしていた事が、証拠として提出された端末に残された録音から認められた。

 

 しかしそれらについて記された報告書を読んだ時、安芸先生は空恐ろしくなった。

 

 確かに筋は通っているし、合理的な判断ではあるのだろうが……しかし、所詮は中学生でしかない瑠璃に、そんな思考が出来るものだろうか? 仮に頭ではそうする事が最短かつ最善だと考えたとしても、現実に実行に移せるものなのだろうか?

 

 何度か、個人的に瑠璃と話し合いの時間を持った事もあるが詳しい事は何も分からなかった。

 

 結局、処罰はされなかったものの精神的なしこりを残しつつ、だが勇者達は戦い続け……守り続け、死んでいって。

 

 そして須美達より以前の世代で生き残っているのはもう、瑠璃一人。

 

「私の知らない4年間に……あなたに何があったの……? 瑠璃ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 大橋。

 

 ウィルスによって汚染された他の土地と、四国とを繋ぐ唯一の接点。

 

 今はウィルスの侵入を防ぐ為に、橋中に鈴や標縄で結界が施されている。

 

 瑠璃が、そこに現れた。

 

 大橋の前には大赦の制服と仮面を身に付けた男性が立っている。

 

「壁を越えます。大赦から、許可はいただいていますから」

 

「ええ、伺っています。どうぞ……」

 

 瑠璃と短いやり取りの後、男は道を空けて彼女を通した。

 

 そうして橋を渡り始める瑠璃だが……

 

「瑠璃様」

 

 背後から掛けられた声に、振り返った。

 

「どうか、お気を付けて。妹も、またあなたに会いたがっています。編み出した新しい剣の技をお見せしたいと……」

 

「ええ……夏凜ちゃんによろしく……では、行ってくるわ」

 

 アプリを起動させ、瑠璃は勇者の装束を身に纏う。

 

 強化された身体能力で大橋を渡っていき……壁が近付いてくる。

 

 瑠璃はそっと、手を伸ばした。

 

 空間に、ずぶっと手が沈んでいく。

 

 構わず歩き続けると、彼女の体が空間の中に溶け込んでいって……

 

 そうして、瑠璃の前に広がっていた景色は既に瀬戸内海と空ではなかった。

 

 赤く染まり、溶岩が蠢き、噴き上がる炎に包まれた世界。

 

 まるで煉獄。

 

 大地にも空にも、無数の小型バーテックス(星屑と呼ばれている)が蠢いている。

 

 四国。瑠璃達が世界と定義するものは、宇宙規模の結界の内側でしかなかった。かつて天の神々が人類を粛正しようと遣わしたものが、バーテックスと呼ばれる生物界の頂点たる存在。

 

 人類に味方する地の神々は力を合わせて一本の大樹と化して、四国に防御結界を張り巡らせた。その声を聞き届けたのが、現在の大赦(尤も、当時は大社と呼ばれていたが)。

 

 神樹が力の全てを防御に使った場合、人の営みを維持する為の恵みの力が枯渇してしまう。故に敢えて結界に弱い箇所を作り、バーテックスの侵攻をそこからに限定し、樹海の中で迎撃する。それが勇者システム。大橋という一直線の戦場を用意したのは、より侵攻ルートを絞り込んで迎撃を容易とする為だった。

 

 これらの情報は大赦の関係者でも一部にしか明かされていない情報だった。当然、須美達にも部分的にしか公開されていない。

 

 パチン!!

 

 瑠璃が指を鳴らす。

 

 まず背後に玉座が出現し、瑠璃は頬杖付いて足を組みそこにふんぞり返った。

 

 一拍遅れて数千の軍勢が出現し、瑠璃に最も近い近衛兵が玉座を担ぎ上げた。

 

 今まで幾度もバーテックスと戦い退けてきた瑠璃の軍勢だが、しかし今回ばかりは些か頼りなく思える。軍勢の数は多いが星屑達はそれが小さく見えるぐらい、星の数ほどという形容詞がぴったりと合う程に数が多い。

 

 しかし、兵団の中で怯えを抱く者は一人も居なかった。

 

『銀様の弔い合戦だ!! 者ども、一匹でも多く地獄に引きずり込んでやれ!!』

 

『一人十殺だ!! 最低、十匹を倒すまでやられる事は禁止だぞ、いいな!!』

 

『やっちまえ!!』

 

「全軍、突撃」

 

 瑠璃がばっと手を振ると、軍勢は一斉に星屑へと殺到した。

 

 最前列の重装歩兵は食い付いてくる星屑の攻撃を手にした盾で押しとどめ。

 

 その隙間から、長槍隊が槍を突き出して星屑を串刺しにして。

 

 長弓隊が、空が暗くなる程の矢を降らせる。

 

 軍楽隊は、戦闘音楽を奏でて軍勢全体の能力を向上させる。

 

 呪術師隊は、魔術によって逆に星屑達の能力に制限を掛ける。

 

 砲兵隊が、最速の連射速度で大砲を撃ちまくり、星屑の群れに穴を開ける。

 

 それらの攻撃によってエネルギーが充填され、瑠璃の背中のルドベキアの紋章に、輝きが宿った。

 

 準備は万端完了した。後は、自分の理論の正しさを信じるのみ。

 

 瑠璃は首肯し、そしてぼそりと呟いた。

 

「満開」

 

 蓄積されたエネルギーが開放される。

 

 そして地獄のような大地に、異様にして偉容であり威容を誇る物が姿を現した。

 

 城壁があり。

 

 本丸があり。

 

 天守閣があり。

 

 鳥居があり。

 

 本堂があり。

 

 祭壇があり。

 

 全長数キロにも渡る、古今東西のあらゆる城塞と神殿・寺社が複雑に絡み合った荘厳にして巨大な構造物が、地獄の如き世界に顕現したのだ。その周囲には、数十の鏡が浮遊している。

 

 満開によって出現した瑠璃の要塞。その内部では、彼女の兵士達が忙しく動き回っている。 

 

 瑠璃の玉座は現在、城塞の最深部に位置する王の宮に安置されている。

 

「満開の機能に、異常は無し……」

 

 呟きながら、瑠璃は頷く。

 

「では……テストを始めるとしようか」

 

 その言葉をキーとして。城塞が動き出す。

 

 数千の対空砲、多種多様の防御結界、エネルギーの転換炉。その他にも数多の設備が稼働を開始する。

 

 狛犬と虎、天守閣の鯱、仁王像の阿吽、十二神将……城や神殿に安置されていた像が、戦うべく意志を持って動き出す。

 

 数百名の兵士達を乗せて、桟橋に係留されていた天船十数隻が出港する。

 

 それらの全てを、複合構造物の最深部に居ながらにして瑠璃は把握していた。彼女の闘志に呼応して、城塞神殿それ自体が黄金の光輝を纏う。

 

「初代様らもどうかご照覧あれ。我が光、紡がれてきた縁を未来へ届ける灯火となりましょう」

 

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