天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第14話 最後の日

 瑠璃の自宅の、チャイムが鳴った。

 

「はい、どなたですか?」

 

「私です、友奈です、瑠璃さん!!」

 

「あぁ、友奈ちゃん。いらっしゃい」

 

 ドアを開けると、赤い髪をした快活そうな少女が立っていた。友奈は、ぺこりと頭を下げる。

 

「いらっしゃい。良く来たわね」

 

「お邪魔します、瑠璃さん」

 

 きちんと靴を揃えると、家の中に通される。初めての瑠璃の自宅で、友奈は少し緊張した様子だった。

 

 今日は休日で、瑠璃は友奈を昼食に招待していたのだ。

 

「もう用意はしてあるの。すぐに出来るから、そこに座って待っていて」

 

「はい、瑠璃さん」

 

 用意されていたテーブルに腰掛ける友奈。

 

 キッチンに引っ込んだ瑠璃は、5分ほどした後で再びダイニングに戻ってきた。

 

「さぁどうぞ、召し上がれ」

 

「これは……」

 

 テーブルに置かれた料理に、友奈は少し面食らった表情になる。

 

「見ての通り、お蕎麦よ」

 

「蕎麦……」

 

『……蕎麦……』

 

 棚の上に身動きしないで、ぬいぐるみのフリをしている精霊・巴御前こと銀はじっとそのやり取りを観察していた。

 

 四国人のうどん好きは、瑠璃とて百も承知の筈。それを昼食に招いて、敢えてメニューに蕎麦をチョイスする意図とは? 瑠璃の狙いが読めずに、銀は心中で首を捻った。

 

「まぁ、食べてみて。友奈ちゃん」

 

「はい」

 

 言われた友奈は箸を取ると、つゆに入れた蕎麦をたぐる。

 

「!!」

 

 そして、すぐに表情が変わった。

 

 ズル、ズル、ズバ!!

 

 どんどんと、皿の上から蕎麦が消えていく。

 

 ものの数分で、皿が空になった。

 

「お、美味しいです!! 香り、喉越し……今まで食べた事がないぐらい美味しいですよ瑠璃さん!!」

 

「そうでしょう? 何しろこれは……まだ世界にウィルスが蔓延する前に……諏訪という所から、この四国に持ち込まれた由緒正しい蕎麦なのよ」

 

 意外なルーツを聞いた友奈は、ぱちくりと目をしばたいた。

 

「そんな、凄いお蕎麦なんですか?」

 

「ええ……」

 

 瑠璃は、頷いた。

 

「昔……300年ぐらい前に、諏訪に住んでいた人達がウィルス……から、蕎麦やいくつかの作物の種を守り抜いて……それが、調査隊の手によって四国に持ち帰られたの。それ以来、大赦の一角には菜園が作られて、そこでは代々その作物が作られているのよ。私は大赦には少し顔が利くから、そこからこのお蕎麦を分けてもらったの」

 

「……瑠璃さんって、凄い人なんですね……」

 

 瑠璃は静かに首を振った。

 

「私など少しも凄くはないわ。凄いのは、ウィルスから蕎麦の種を守り抜いた人よ」

 

「……そう、なんですか?」

 

「そうよ。その人は、私が一番尊敬している御方なの。その人こそ……本当の勇者と言えるでしょうね」

 

「勇者……」

 

 その言葉は、友奈にとって特別な意味を持っているようだった。きらきらと、目が輝く。

 

「瑠璃さん……勇者に一番大切な事って何だと思いますか?」

 

 問いを受けて、瑠璃は彼女にしては珍しく即答を避けて「ふむ」と顎に手をやった。

 

「……質問を質問で返してすまないけど、友奈ちゃんは何だと思う?」

 

「……えっと……強い事……とか……?」

 

「それは構成要素の一つにしか過ぎないわね。それだけなら、馬鹿力の極悪人だって勇者になれるわね」

 

「む……」

 

「私の持論だけど……本当の勇者とは……命を守る事が出来る人の事を言うのよ」

 

「命……それは、人を守れる人って事ですか?」

 

 瑠璃は今度は頷いた。

 

「……勿論、それもあるけど。でも、ここで私が言う命とはもっと広い意味を持ったものなの」

 

 言葉の意味を察しかねたようで、友奈は首を傾げた。

 

「例えば今、友奈ちゃんが食べたお蕎麦だって、命なのよ」

 

「はぁ……?」

 

 食育で、食べ物は命だから「いただきます」と言うのは「あなたの命を頂きます」という意味で感謝して食べなさいと教わった事があるが、今瑠璃が言っているのはもう少し違った意味を持つようだった。

 

「命は一人につき一つ。誰にだって寿命があるし、事故や病気で失ってしまったらそれで終わり……でもね。命の中に在ったものは残し、伝える事が出来るの」

 

「命の、中に在るもの……ですか?」

 

「そう、昔の諏訪に住んでいた人達が、決して諦めずに戦い続けたから蕎麦の種がこの四国に伝わって、今、私達が食べる事が出来ている……それが何でも構わない、自分の大切なものを守り抜いて、そして自分が死ぬ時には、それを誰かに託して……リレーのバトンのように、命で繋がった想いは決して消える事は無く、永遠に残っていく。そうして繋がっていくものがきっと、本当の命なのよ……」

 

「むぅ……」

 

「少し難しかったかしらね」

 

 腕組みして考え込んでしまった友奈を見て、瑠璃はふぅ、と一息吐いて、くしゃっと頭を撫でた。

 

「じゃあ……これだけは覚えておいて、友奈ちゃん」

 

「瑠璃さん?」

 

「これから……あなたの人生には大変な事が沢山あると思うけど、どうか、諦めないで」

 

「諦めない……ですか……?」

 

「そんなに、難しい事ではないでしょう? 何があっても諦めない強さを、私はあなたに教えた……できるわよね?」

 

「……はい!!」

 

 花が咲いたような笑顔を見せる友奈。それを見た瑠璃が、ふっと微笑する。

 

「……良い子ね」

 

 もう一度、友奈の頭を瑠璃は撫でた。

 

『……せ、先輩が……笑った!?』

 

 棚の上ではぬいぐるみのフリをしている銀が、ブッ魂消ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 友奈をバス停まで送っていった後、瑠璃は町をぶらりと歩いていた。

 

 300年前と違って、徹底的な情報管理によって勇者の存在は秘匿されている。道行く人達は、勇者の存在など知りもしない。

 

 少し目を遠くに向けると、様々なものが目に入った。

 

 赤ん坊を抱いた母親。

 

 子供達に手を引かれる父親。

 

 のんびりとひなたぼっこする老夫婦。

 

 部活帰りなのだろうか、ユニホーム姿で歩く少年達。

 

 誰も、自分達の命を懸けた戦いの事など、知らない。

 

 誰にも知られないから、愛される事も無い。

 

 でも、それでも構わない。

 

 瑠璃のモチベーションは愛してくれるから守るとか、賞賛されるから戦うとか、そんな刹那的なものではない。それは愛してくれなくなったら守らない、賞賛してくれないならば戦わないという事と同義だからだ。そんな些末なものの為に戦っているのでは、断じてない。

 

『私は……』

 

 考え事をしながら歩いていると、すぐ傍に大赦で使われている車が止まった。

 

「瑠璃ちゃん?」

 

「……先生」

 

 パワーウィンドゥが開いて、顔を出したのは安芸先生だった。

 

 二人はすぐ近くの喫茶店に入ると、外からは死角になっているスペースの席に着いた。

 

「……そうですか……乃木家と鷲尾家に、満開と散華の秘密を……」

 

「ええ……」

 

 運ばれてきたコーヒーを一息で空にしてしまうと、瑠璃は目を伏せている恩師を見る。

 

「……お辛いお役目でしょう……心中、お察し致します……」

 

「……ええ……でも、あなたほどじゃないわ」

 

 持っていたティーカップを置くと、安芸先生は瑠璃と視線を合わせた。

 

「あなたには……辛い想いばかりさせるわね……先輩も、仲間も、後輩も全て失って……たった一人で戦い続けて……そしてまた、三ノ輪さんを失って、乃木さんと鷲尾さんを……これから死ぬよりも辛い目に遭わせる……そしてあなた自身も……」

 

 安芸先生の手が、ぎゅっとスカートを強く握り締めた。

 

「せめて、私達が戦えれば……こんな事には……」

 

 そう、安芸先生が言い掛けた時だった。

 

 ぽん、と瑠璃の精霊・巴御前が現れて、安芸先生の肩に小さな手を置いた。

 

「……この子は……」

 

「……先生のせいではないと、巴も言っています」

 

 瑠璃はそう言って、左目を細める。

 

「……先生、どうか……嘆かないで。きっと須美も、園子も……銀だって、あなたや大赦を恨みはしません……私もそうです。戦う事が使命であり義務なのだから、お役目を果たす事に恐れはありません。私達が戦う事で、未来を繋ぐ事が出来るのなら……それで、十分です」

 

「……」

 

 ぽかん、と安芸先生は瑠璃を見ている。瑠璃はそれを見て首を傾げた。

 

「? どうしました? 私の顔に何か付いていますか?」

 

「いえ……瑠璃ちゃん……少し、変わったように思えて……」

 

「……そう、でしょうか?」

 

 ここで、安芸先生が微笑した。

 

「ええ……少しだけど……昔に戻ったみたいで……」

 

「……そう、ですか」

 

 一呼吸置いて天井を見た瑠璃は、真っ直ぐに安芸先生を見据える。

 

「……先生、私は……ん!!」

 

 言い掛けた所で、瑠璃はぴくりと体を跳ねさせた。何かを察知したような動きだ。

 

「……瑠璃ちゃん?」

 

「残念、時間切れですね」

 

 瑠璃が言い終わったのと同じタイミングで、時間が止まった。

 

 樹海化の前触れ。バーテックスの侵攻だ。

 

「来ましたね」

 

 巴御前が、銀の姿に変身する。

 

「ええ……」

 

 瑠璃は立ち上がると、虚空を見据えて固まってしまっている安芸先生の前に、懐から取り出した白い封筒を置いた。彼女の遺言状だ。

 

「……もう、無駄にはならないでしょうから……どうか、遺漏無く執行してください」

 

「先生、今まで、お世話になりました!!」

 

 銀が、ばっと頭を下げる。

 

 瑠璃も同じように、相棒の精霊よりはずっとゆっくり、深々と頭を下げた。

 

 そして、顔を上げる。

 

「……行ってきます。安芸お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、先輩……一つ聞いて良いですか?」

 

 時間の止まった町並みを歩きながら、傍らの銀が尋ねてくる。

 

「何かしら、銀……」

 

「先輩は、言いましたよね。神樹様から、戦えば四国にはもう帰れないってお告げがあって、でもそれが良いお告げだって……どうして、そんな事が言えるんです?」

 

 もう四国の土を踏む事は無い。帰れない、それはつまり……死ぬという事だ。

 

 なのに何故、それを良い知らせだと言えるのか。

 

 瑠璃は、僅かに笑って銀を振り返った。

 

「四国が滅びるとは言われなかった。私が戦うのは無駄だとも言われなかった」

 

「!」

 

「私が帰れなくても、戦う意味はある。私の戦いは、私や須美達の後に続く者を守る事が出来る……それなら、戦える。初代様達や、この300年間、あらゆる勇者と巫女が、そうしてきたように。私はいつだって、そう思って戦ってきた」

 

「……先輩」

 

「あなたなら分かるんじゃないかしら、銀……」

 

「ん……」

 

 今言われた事を、心中で反復する。そうして、自分に置き換えて考えてみた。

 

 戦えば、自分はもう帰れないと言われて……でも、自分が戦う事で、両親や弟たち。須美や園子を守れるのなら。

 

 だったら、自分はどうするだろう。そう考えて……結論は、すぐに出た。

 

 命は惜しいし、帰りたいけど。でも、やらなければならない事がある。命を失うよりも、恐い事がある。

 

「……うん、アタシにも分かります。分かるように思います、先輩の気持ちが」

 

 それを聞いてぐしゃぐしゃっと、伸びてきた瑠璃の手が銀の頭を撫でた。今の瑠璃は、また少し笑っていた。

 

「……じゃあ、征きましょうか」

 

「お供しますよ、マイマスター!!」

 

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