天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第17話 明日の勇者へ

 超大型城塞神殿複合構造体。

 

 神樹の結界の、唯一の「穴」たる防御の弱い箇所を防ぐ出城のように配置され、1年半の時間に渡って展開され続けている難攻不落の瑠璃の満開。

 

 その内部、最深部の王の宮へと続く回廊では、言い争う声が聞こえていた。

 

「……だから、一度四国へと戻るべきだよ!! これ以上は先輩が……」

 

『……残念だけど銀、その意見は却下するわ』

 

 話しているのは銀と浄玻璃。瑠璃の精霊達の中では、特別な立場にある両名だった。

 

 浄玻璃は瑠璃が自分の右目を捧げる事で彼女の記憶を転写されており、銀も精霊・巴御前が彼女の記憶を受け継いでいて、故にどちらも人工精霊としてのプログラムではなく自由意志を持ち、通常の精霊とは一線を画す存在だと言えた。

 

「理由は!? 納得の行く説明をしてもらえるんだろうね!?」

 

『1年と5ヶ月前、十二体のゾディアックと8000の上級個体、そして500万もの星屑が全て攻めてきた大攻勢……あれは当然、銀、あなたも記憶しているわよね?』

 

「そりゃあ……勿論」

 

『あれ以降、バーテックスの攻撃は頻度・規模の双方を劇的に減らしている』

 

「それは……良い事なんじゃ?」

 

 しかし浄玻璃は、30センチほどの小さな体を使って人間で言う首を横に振る仕草を見せた。

 

『違う。だからこそ危険なのよ』

 

「……? どういう事? 詳しく説明してよ」

 

 今度は浄玻璃は頷く仕草を見せた。

 

『これまでの戦闘データから、バーテックスは無限に湧き出てくる存在なのは確実……』

 

「うん、それは知ってる」

 

『だが、一時的に戦力を削る事は可能。それは、単位時間当たりに生産される数には限界があるからだと推測されるわ』

 

「……? どういう事?」

 

『……例えば、この地球のどこかにバーテックスの巣があって、そこからは無限・無尽蔵にバーテックスが産まれ出てくるとする。でも、仮に1時間に生まれるバーテックスの数が100体だとすれば、こちらが1時間に200体のペースで倒していけば一時的にバーテックスが居なくなる状況が発生する計算になる』

 

「確かに……そこまでは分かるよ」

 

『そして、あの大攻勢を以てしても、敵は私の満開を抜く事は出来なかった。つまりは、この満開を落とすには最低限あれ以上の戦力を用意しなければならないという事が証明されたという事……』

 

「……!! ま、まさか……?」

 

 ここまで聞いて、銀も何となく浄玻璃の言いたい事を察したらしい。顔が青ざめた。

 

「この1年5ヶ月……敵が攻めてこなかったのは……戦力の補充を行う為だったって事……?」

 

『可能性の問題ではあるけど、備えは必要だと思う』

 

 そう、浄玻璃がオリジナルである瑠璃と同じ棒読み口調で語った、その時だった。

 

 ヴィーッ!! ヴィーッ!!

 

「『!!』」

 

 けたたましい警報音が鳴り響いて、空間にディスプレイが出現する。

 

<報告です!! こ、こちら旧アメリカ西海岸の監視班です!! バーテックスの軍団が、四国へ向かっております!!>

 

『敵の数はどれぐらい?』

 

<わ、分かりません!!>

 

 おかしな報告が入ってくる。実際に、その場で見ているにも関わらず敵の数が分からないとはどういう事だ?

 

「分からないって事はないでしょ!! 大体で良いから、どれぐらいの数があるか報告してよ!!」

 

<だから、分からないんです!! とても数え切れない!! 敵が多すぎて、空が黒く見えない!! 敵の白が七分、空の黒が三分です!! 良いですか!? 敵が7、空が3です!! う、うわああっ!!>

 

 偵察兵の悲鳴と共に、画像が砂嵐となって通信が途絶えた。

 

「『……』」

 

 砂嵐だけが映るディスプレイを、浄玻璃と銀はどちらも数秒だけ呆然と見ていたが……すぐに我に返って動き始めた。

 

『銀、すぐに四国に連絡を』

 

 浄玻璃が、持っていた瑠璃のスマホを銀へと差し出す。

 

「分かった!! ……大変です。バーテックスが、過去最大の大攻勢に入るべく戦力を集中させています。こっちはすぐに迎撃態勢を整えます。四国の勇者も、すぐに臨戦態勢に入ってください……送信、っと……よし、出来たよ。返すね」

 

 銀から返却されたスマホを受け取ると、浄玻璃は通話機能を作動させ、城塞神殿全体へと通話を繋ぐ。

 

『我が満開の、全ての兵士に告げる。先程、バーテックスの軍勢が四国へ向かってくる事が確認された。敵の規模は過去最大級である。これより我が軍は第一級戦闘態勢へと移行する。総員、速やかに戦闘準備にかかれ。以上』

 

 通信が終わると同時に、瑠璃の城塞神殿、そこに詰める数百万の兵士達、駐留する天舟艦隊数千隻、神獣兵団、動く守護巨神像。全てが慌ただしく動き始めた。

 

 その様をやや遠巻きに眺めながら、浄玻璃と銀は顔を見合わせる。

 

「勝てるかな」

 

『それは問題無い』

 

 瑠璃がそうであるように彼女の記憶を受け継いでいる浄玻璃も、即答した。

 

「でも……先輩の力は今も弱くなり続けてるんでしょ?」

 

『確かに……私が全盛期なら、敵が百億だろうが一兆だろうが物の数ではないのだけど……今は神樹様との適合率も落ちる一方だし、更には戦闘指揮をわたしが代行している形だから、そこでも効率が落ちる……しかも私本人は戦えない……発揮出来る総合的な戦闘力は全盛期の5分の1以下。今のままなら、勝率は50パーセント強という所でしょうね』

 

 ほぼ五分五分。それを高いと見るか低いと見るかは、意見の分かれる所だろう。

 

 銀は、後者と考えたようだった。苛立ちを隠せない声で、怒鳴るように尋ね返してくる。

 

「じゃあ、どうするの? 負けて死ぬのがアタシ達だけなら丁半どちらが出るかの賭けをするのも良いけど、先輩の満開が抜かれたら敵はそのまま四国に雪崩れ込んで、神樹様を破壊して、世界が終わる!! 何か手を打たなきゃ……!!」

 

『援軍を手配する』

 

 浄玻璃のコメントを受け、銀は「そうか!!」」と手を叩いた。

 

「須美と園子に来てもらうんだな!! よし、それなら千人力だ!! アタシも準備してくる!!」

 

 銀は、そう言って走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 四国、大橋跡地。

 

「くっ……これは……」

 

 変身した須美と園子が、しかしそこで立ち往生していた。

 

 瑠璃からの臨時連絡でバーテックスの大軍団が四国に迫っている事を知った二人は、すぐさま援軍に向かうべく大橋方面へと向かったのだが……しかし、そこで足が止まってしまった。

 

 進もうにも二人の前方には不可視の壁が立ちはだかっていて、それ以上先へ行く事が出来なかった。

 

「これ、天さんのバリアだよね……こんな所まで……」

 

 以前の戦いで見せた、瑠璃の満開が発生させる防御障壁。これは結界の外から瀬戸大橋の長さを超えて、四国本土にまで届いていたのだ。

 

 園子は何とか破壊してでも進もうと槍を振るうが、弾き返された。

 

「先々代……一人で戦うつもりですか……?」

 

「わっしー、どうする……?」

 

 園子が、不安げな目を向けてくる。

 

 須美とて、どうすれば良いか分からないが……一つだけ、確信できることがある。

 

「そのっち……先々代を信じよう」

 

「わっしー……」

 

「あの人は、勝算の無い戦いをする人じゃない。瑠璃さんが、私達の助けは必要無いと言ってるんだから……それを、信じよう」

 

 

 

 

 

 

 

 敵集団が姿を見せたのは、偵察兵の報告から30時間後だった。

 

<来ました。凄い数です!!>

 

 城塞神殿・王の宮では兵士からの報告を受け、大型の空間モニターが展開される。

 

『成る程……これは、凄い……』

 

 瑠璃と同じ記憶を持つ浄玻璃をして、思わず溜息が出る程の大軍勢だった。

 

 モニターの端から端まで使っても全体を表示しきれない。闇色の空が、蠢く星屑の白色に塗り潰されている。

 

 数は、百万単位では数え切れないだろう。一千万単位か、あるいは億の大台に達するかも知れない。

 

 瑠璃の超大型城塞神殿複合構造体の大きさは勿論、駐留している艦隊も大規模だが、バーテックスの軍勢はそれが小さく見える程に数が多い。神樹の結界を一呑みにしてしまうほどの数だ。

 

<浄玻璃、来るぞ!! 第一波、およそ500万!!>

 

 前線の銀から、連絡が入った。

 

『分かっているわ』

 

 既に別のディスプレイには地図が表示されていて、画面の半分を占める敵の赤色が、一ブロックだけ総体から離れて向かってきていた。

 

 モニター上では全体の20分の1にも満たないが、実際には無数の星屑によって構成される大軍勢である。これだけでも、過去最大の攻撃に動員された星屑の総数に匹敵する大兵力だった。

 

『では、始めるわよ、私』

 

 返事は無かった。

 

 浄玻璃は構わず、スマホを操作する。

 

『満開』

 

 蓄積されたエネルギーが開放され、城塞神殿が最大稼働を開始する。

 

 神殿上空に浮遊していた鏡が、8枚一組に等間隔に円形に並ぶ。

 

『主砲、1番から3番まで、斉射』

 

 浄玻璃の命令を受け、反射・増幅・収束した光熱のエネルギーが巨大な光の柱となって、バーテックスへと襲い掛かった。

 

 一瞬で、焼け火箸が障子を突き破るように全く抵抗感無く、光線の軌道上に存在していた数十万のバーテックスが消し飛んだ。光線はそのまま照射され続け、サーチライトのように動いて光に照らされたバーテックスを悉く消滅させていく。

 

 十数秒が経過して、突出していた赤色はモニターから全て消滅した。

 

<敵第一波、全滅!! しかし第二波、第三波!! 続けてきます!!>

 

『主砲、4番から6番まで発射。続いて7番から9番まで、発射準備急げ』

 

 10数分ほどの時間を置いて、第一波と同じ攻防(と、言うよりは一方的な殲滅)が2度繰り広げられた。

 

 第二波、第三波共に、城塞神殿から発射された熱戦によって跡形も無く蒸発、モニターから溶けた。

 

<浄玻璃、どういう事かな、これは……どうして、敵は戦力を小出しにしてくるんだろう?>

 

『この程度の攻撃で、私の満開が落とせるとはバーテックス側も思ってはいないでしょう。星屑を捨て石に使って、可能な限り満開のエネルギーを削るつもりなのよ』

 

<……!!>

 

『……とは言え、放置してもおけない。放っておいて城塞神殿に近付かれ、近過ぎて主砲の射程外に入った所で次々共食いを初めて上級バーテックスが出現するなんて事になったら面倒だからね。銀、あなたにも働いてもらうわ』

 

<分かった、こっちは任せて!!>

 

 通信が切れる。

 

 モニターの中で、味方を示す青色の点が赤色に向かって動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 度重なる満開によって力を増して、現在では数千隻にまで規模を拡大した要塞駐留空中艦隊。

 

 銀はその中で最も大きな旗艦に座乗して、指揮を執っていた。

 

「艦隊全艦、敵の真っ只中に突撃!! その後は全門一斉発射!! 量を惜しまず撃ちまくって!!」

 

『ハッ、銀様!!』

 

 旗艦を先頭にした艦隊は紡錘陣形を取って、バーテックスで埋め尽くされた空へと飛び込んだ。

 

 瑠璃の天舟は一隻一隻が旧世紀の戦艦以上の大きさを持ち、それらが一糸乱れず精緻な艦隊行動を取る様は、本来ならば頼もしさ以外の何も感じるものではないのだが、しかし今回に限っては不安の方が取って代わるというものだった。

 

 バーテックスの数は、空がすっぽりと星屑の体色である白に染まる程に多くしかも厚い。

 

 艦隊全艦から熱戦や冷凍光線が発射されて、それが走った一帯は鉛筆で薄く書いた線の上に消しゴムを滑らせるようにバーテックスが消滅して、一瞬だけ空が見えるようになる。しかしその「穴」は、すぐに新手の星屑が姿を見せて塞いでしまう。

 

 数分ごとに十数万から数十万ほどの星屑が次々消滅している筈なのだが、全体を見渡すとその数はとても減じているようには思えなかった。攻めてきたバーテックスの数は、それほど多い。

 

 やがて艦隊の攻撃力を、バーテックスの数が上回った。

 

 陣形の外周に配置されていた数十隻の艦が、星屑に取り付かれて爆沈した。

 

 城塞神殿からの援護射撃もあったが、それでもバーテックスは次々攻めてくる。銀曰く、化け物には気合いも魂も根性も無いが、その分恐怖も躊躇も無いので撃っても撃ってもやられてもやられても、少しも怯まず攻めてくる。

 

 包囲網が、狭まりつつある。

 

『銀様、ここは一度引いて体勢を立て直されては。このままでは我々は袋のネズミです』

 

「うん……」

 

 瑠璃の兵士、艦長格にある者からの進言を受けて銀は少し考えた。

 

 園子や瑠璃ならこういう時、どうするだろうか。

 

 確かにこのまま戦い続けていては、先細りするように戦力を削られていずれは全滅してしまうだろう。

 

 しかし、引くというのも考えものだ。後退するのでは、前進するほど速くは進めないから安全圏に離脱する前にバーテックスの攻撃を受けてやられてしまう。この場で180度回頭してから離脱するなど論外。その為に動きが止まった所を狙い撃たれて全滅させられる。

 

 ならば取るべき道は、唯一つ。

 

「全艦、前方に火力を集中して全速前進して!!」

 

『銀様、無茶です!!』

 

「他に手は無い!! このまま中央突破して包囲網を抜け、その後で敵の外側を大きく迂回して先輩の満開に戻る、これしかない!! 急いで!!」

 

『ハッ、銀様!! 全艦、このまま全速前進!! 全ての砲を前に向けろ!! 横や後ろから襲い掛かってくる敵は、速度で振り切れ!!』

 

 銀の指示に従い、数千隻から成る艦隊は一個の巨大な槍の穂先となって、最高速度で敵集団のど真ん中に向けて突貫した。

 

 同時に、これまでは上下左右前後の全方位に向けられていた全ての火力が、全て前方へと集中した。単純に考えて、一カ所にはこれまでの6倍の破壊力が叩き込まれる計算になる。その、火力の滝によって穿たれた穴ははさしものバーテックスの数を以てしても容易に塞ぎ切れるものではなかった。

 

 ドリルが岩盤を砕くように、ついに分厚いバーテックスの陣容に大穴が開いた。そのトンネルを通り抜けて、天舟艦隊が突破する。

 

「よし、抜けた!!」

 

『やったーっ!!』

 

 艦隊にも数百隻の被害が生じたが、しかし結果的にはこれは最小の犠牲だと言えた。

 

「うっ!!」

 

 だが銀は包囲網を突破して安心するよりも早く、驚愕が彼女の顔を走った。

 

 バーテックスの雲を抜けたそこには、巨大なバーテックス、いや、単に巨大などという表現では到底追い付かない、小型天体という言葉が適切に思える程の巨体を持つ、バーテックスがそこに居た。全体的なフォルムは十二宮クラスの獅子座と共通点がある。その総体を無数の星屑が蠢いていた。

 

 そのバーテックスはあまりに巨大である為に、微弱ながら引力を発生させているようだった。大地を走るマグマが、重力に逆らってバーテックスへと引き寄せられていた。

 

 巨大バーテックスは城塞神殿ひいては四国へ向け、ゆっくりと前進を続けている。

 

 思わず、銀は自失した。瑠璃の兵士達も同じようだった。

 

 だがそれも長くはない。銀は、城塞神殿に通信を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

<浄玻璃、大変だ!! バーテックスの親玉を見付けた!! 敵の軍団の向こう側に居る!!>

 

『良くやったわ、銀。座標を転送して』

 

<了解>

 

 銀から送られてきたデータが、空間に浮遊するモニターに輝点として表示された。

 

 城塞神殿からは見えないが、巨大バーテックスはそこに居る。

 

 浄玻璃が、スマホを操作して神殿内部に放送を掛けた。

 

『主砲を斉射する。動力炉、出力ヒトコトヌシ級からタケミナカタ級まで安定させよ!!』

 

<了解!!>

 

「満開」

 

 命令の後、再び端末を操作する。

 

 瑠璃の肉体を供物として、蓄積されたエネルギーが回されて城塞神殿が加速する。

 

 収束・増幅された熱戦が一斉射。

 

 20本もの光の滝がバーテックスの雲霞を貫いて、見えない敵の親玉へと殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 要塞からの砲撃は、一発も外れずに巨大バーテックスへと命中した。

 

 しかし、被害は皆無だった。

 

 砲撃のエネルギーが、巨大バーテックスの本体にまで届いていない。

 

 かつて地球を包んで紫外線を防いでいたオゾン層のように巨大バーテックスの全身を蠢いていた星屑が、本体の代わりにその攻撃を受けて蒸発し、エネルギーを打ち消してしまうのだ。

 

 星屑を利用した、生きたバリアという訳だ。

 

「なんて奴だ……!!」

 

 銀が吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

<駄目だ浄玻璃、親玉の周りには星屑が固まって壁を作ってる!! 要塞の砲撃が届かない!!>

 

『……了解、少し待って』

 

 浄玻璃が端末を弄ると、空中に無数のモニターが出現して全体の戦況や被害状況が膨大な数字やアルファベットととして表示される。

 

 地上軍は半壊状態、神獣兵団と守護巨神像の軍団は6割まで損耗、銀の空中艦隊は7割が健在。

 

『ここまでで、敵の損耗率は39パーセント、こちらは41パーセント……』

 

 両軍共に、近代の軍事上の常識で言えば全滅と言って良い被害が生じている。

 

 だが、どちらも攻め手を緩める気配は微塵も無かった。この戦いは、どちらかが最後の一兵だけでも残っていればそれで勝利と言えるからだ。

 

 しかし損耗率に大差は無くても、瑠璃の軍団の方が絶対数が少ないからこのまま消耗戦を続けていれば段々と不利となる。

 

『そして……』

 

 浄玻璃は、自分のすぐ後ろの玉座を振り返った。

 

『……』

 

 再び、手にした端末へと視線を向ける。

 

『後、使える満開は……一回』

 

 ふん、と鼻を鳴らす音が聞こえたようだった。

 

『勝った』

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ、早めに何とかしないとヤバいかも……!!」

 

 天舟旗艦の甲板。

 

 艦隊の指揮を執りつつ、眼前に現れるバーテックスは紙のように切り裂きながら銀がひとりごちた。

 

 今の彼女の肉体は精霊・巴御前のもの。幾多の戦場を駆け抜けた女武者の乱戦の心得が、告げている。何かしらの破極点を以て状況を変えない限り、この戦いは負けると。

 

 どうする? いっそ艦隊丸ごと敵の親玉に体当たりでもしてみるか?

 

 馬鹿な考えが頭をよぎったその時だった。

 

 上級バーテックスが放ってきた光の矢が、彼女に向けて殺到してくる。

 

「ヤバっ……!!」

 

 咄嗟に精霊バリアを張ろうとする。

 

 間に合わない。直撃。

 

 襲ってくる痛みを覚悟して、銀は体を硬直させる。

 

 が、そこに。

 

「ここかああああああーーーーーっ!!!!」

 

 雄叫びと共に、何者かの影が風のように現れた。

 

 その影は、手にした旋刃盤を盾として使い、降り注ぐ矢を全て防ぎ切った。

 

「大丈夫か、後輩!! ここからはタマ達に任せタマえ!!」

 

「え……あなたは……?」

 

 思いも寄らぬ相手の出現に、銀の目が丸くなった。オレンジ色の装束に身を包んだ勇者が、そこに居た。

 

 話している間にも、先程攻撃を掛けてきた上級個体が再度の攻撃を仕掛けようと動くが……

 

 後方から飛来した金色に光り輝く矢が、正確な射撃でバーテックスを撃ち貫いた。

 

 銀が振り返ると、クロスボウを手にして白い勇者装束を纏った少女が甲板に立っていた。

 

「サンキュー、杏!!」

 

「油断しすぎですよ、タマっち先輩」

 

 と、バーテックス側が次の動きに出た。

 

 遠距離攻撃が防がれたのならば、次は直接攻撃を以てしようと考えたらしい。一際大きく頑丈そうな個体が、こっちへ向かって突っ込んでくる。

 

 しかし。

 

「勇者ああああああっ、パーーーーーンチ!!」

 

 桃色の光が飛んできて、それは恐るべき威力を孕んだ巨大な砲弾となって、バーテックスの巨体へ炸裂した。

 

 その、桃色の勇者装束を纏った少女はくるりと宙返りを打って甲板に着地した。

 

「こっちに来たばかりで良くは分からないけど……これは世界を守る戦いなんでしょ? 私達の……みんなが守ってきた世界を。じゃあ、私も一緒に戦うよ。だって、私は、勇者だから」

 

 今の攻撃を受けたバーテックスは、しかし完全に倒されてはいなかった。体勢を立て直して、再び体当たり攻撃を敢行しようとしてくる。

 

 だが、それより早く。

 

「私は正直、今更世界を守る為に戦う気には……なれないのだけどね……」

 

 飛来した7つの影が一糸乱れぬ動きで手にした大鎌を振り回し、バーテックスをバラバラに切り刻んだ。

 

 甲板に着地した7つの影は、6つまでが消えて一人の少女へと戻る。その少女も、勇者だった。暗めの紅い装束を纏った、大鎌を手にした勇者。

 

「でも、友達の為なら……良いよ。私も一緒に戦うわ」

 

「ぐんちゃん!! 来てくれるって、信じてたよ!!」

 

「た、高嶋さん……」

 

 桃色の装束を纏った勇者が、感極まったように大鎌を持った勇者に抱きついた。抱き付かれた方は戸惑いつつも満更ではなさそうだった、殊更に引っぺがそうなどとはしなかった。

 

「そう、戦う理由は人それぞれ」

 

 無数の星屑が、突貫してくる。

 

 その前に立つのは、いつの間に現れたのか金糸梅を思わせる黄色を基調とした装束を纏った勇者だった。

 

 彼女は手にした鞭を振るって、向かってくる星屑を打ち据え、切り裂き、縛り上げて放り投げた。バーテックスが次々消滅していくその様は、見ていて気持ちが良いほどだ。

 

「今、戦っている勇者……天動さんだったっけ……彼女を通して、分かるよ。伝わってる。私達が居なくなった後に、乃木さん達が四国に持ち帰ってくれた野菜や蕎麦の種は、ずっと受け継がれて……今でも沢山の人を幸せにし続けてるんだって。その、受け継いだ想い、託された願いを守る為に。私ももう一度戦うよ」

 

「その通りだ」

 

 一同の頭上を、青い影が通り過ぎる。

 

 その影は、空中艦隊の甲板を足場にして跳び回る。源平時代、壇ノ浦の合戦に語られる、源義経の伝説のように。

 

 そのまま、手にしていた白刃を一閃。

 

 数千のバーテックスが、その一太刀にて消滅した。

 

 舟の舳先に降り立ったその勇者は、巨大バーテックへと手にした太刀の切っ先を向け、宣戦布告のように高らかに謳い上げる。

 

「繋がれてきた想い、希望のバトンは途切れさせん!!」

 

 

 

 

 

 勇者は傷付いても傷付いても、決して諦めませんでした。

 

 全ての人が諦めてしまったら、それこそこの世が闇に閉ざされてしまうからです。

 

 勇者は自分が挫けない事が、みんなを励ますのだと信じていました。

 

 そんな勇者を馬鹿にする者も居ましたが、勇者は明るく笑っていました。

 

 意味が無い事だと言う者も居ました。

 

 それでも勇者は、へこたれませんでした。

 

 みんなが次々と魔王に屈し、気が付けば、勇者はひとりぼっちでした。

 

 勇者がひとりぼっちである事を、誰も知りませんでした。

 

 ひとりぼっちになっても、それでも勇者は戦う事を諦めませんでした。

 

 諦めない限り、希望が終わる事はないからです。

 

 何を喪っても、それでも。

 

 何より、勇者は知っていたからです。

 

 自分が、本当はひとりぼっちなどでは、決してないと。

 


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