天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第18話 百花繚乱

 

「えっと……あなた達は……」

 

 突如現れた6人組に、銀はおずおずと尋ねる。

 

 身に付けている衣装は勇者装束だし、バーテックスを倒した事から敵ではなさそうだが……

 

 しかし、現在勇者は瑠璃を除けば四国に居る須美と園子だけの筈。瑠璃と一緒に四国を発ってから1年以上が経っているからその間に後任が選ばれたにしても、須美と園子が来ないのはおかしい。

 

 ある程度の警戒心を維持したまま、銀はじっと勇者達を見詰める。

 

「警戒しなくていい。私達も勇者だ。私の名は、乃木若葉」

 

「乃木……? 園子のお姉ちゃんか何かですか?」

 

 そんな話は聞いた事がなかったが……

 

 銀は首を傾げる。

 

 若葉は苦笑して首を振った。

 

「いや……遠い、先祖に当たるな」

 

「先祖……って……」

 

 集まった勇者達は、それぞれ名乗る。

 

 高嶋友奈。郡千景。土居球子。伊予島杏。白鳥歌野。

 

 そして、乃木若葉。

 

「私達は今からおよそ300年前……西暦と呼ばれた時代の勇者なのだ」

 

「300年前……って事はあなた達は幽霊!?」

 

 思わず後ずさる銀であったが、しかしすぐに「そういや今やアタシも似たようなモンか」と思い直した。死んだ人間が精霊になって蘇生するのだから、幽霊ぐらい化けて出ても不思議ではないが……

 

 しかし、どうやって300年前の人間がこの戦場にやってきたのか?

 

「それについては、私が説明しましょう」

 

 新たな声が聞こえて、またしても銀が見た事のない少女が姿を見せた。

 

 今度は、勇者ではない。巫女装束を着た、黒髪の少女だった。ぺこり、と銀に頭を下げる。銀も釣られて頭を下げた。

 

「私は上里ひなた。若葉ちゃん達と、同じ時代を生きた巫女です」

 

「上里……!! その名前は知っています。乃木家と同じぐらい、大赦では大きな力を持つお家で……」

 

 それを聞いた若葉とひなたはそれぞれ目を合わせると、苦笑し合った。二人の表情はどこか自嘲しているようでもあった。

 

「元々、構想はあったんです。神樹様の中には、歴史上の全てが記録されている。その概念記録を抽出して力とする技術は、私達の時代には既に確立されていました」

 

「精霊を、勇者自身の肉体に降ろす、という形でな」

 

「先輩が作った精霊システムとは、違うんですか?」

 

「ん……時間が無いから細かい説明は省きますが、勇者自身の中にオリジナルの精霊を降ろす方式では勇者の肉体・精神に無視出来ない負荷を掛けるので、それ以降の世代ではオミットされた機能です。天動さんが開発した精霊システムは、勇者の外にオリジナルの精霊をエミュレートした人工精霊、精霊モドキを顕現させる……扱いやすいように改良されたものですね」

 

「はぁ……」

 

「理論それ自体は私達の世代には既に形にはなっていましたけど、技術的な制約や、天の神々に気付かれないよう秘密裏に研究を進める必要があったから実用化まで300年近く掛ってしまったんですね……」

 

「そして、私達がここに来たのも、原理それ自体は精霊召喚と同じだな」

 

 神樹の中には歴史上の全てが記録されている。それはかつて西暦の時代に戦った、勇者達の記録も。それは彼女達が神樹の一部となっていると言い替えても良い。

 

 勇者に限らず、死んだ命は神樹様に還ってその力となり、大地に恵みの力を与え続ける。現在の四国では、そう教えられている。

 

 ならば精霊召喚と同じ原理で、勇者を召喚する事が可能とならぬだろうか。そうした研究は、昔から大赦の一部の研究セクションで行われてきた。

 

「私も、神樹様と一つになった友奈ちゃんと何とか交信出来ないかと色々試みてたんですが……残念ながら上手くは行かなかったんですよ」

 

「あはは……何となくは、聞こえてたんだけどね……こっちから声は届けられなかったみたいで……」

 

 友奈が申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「色々研究してみて、原因は分かりました。人工精霊や実体を持たせずに勇者の中に精霊を降ろすならいざ知らず、勇者を一個の実体としてこの世界に存在させるには、縁が薄すぎるんです。また、この世界の存在ではない勇者を存在させ続けるだけの楔となるものも存在しない……」

 

「……???」

 

 ひなたの説明を受けて、しかし銀にはチンプンカンプンだったようだ。首を傾げて、頭から湯気が出始めた。

 

「……乱暴な言い方をすれば、メールを送ろうとしたけど添付した写真とかでデータ容量が大きくなり過ぎて、送信出来ないって事です」

 

「な、なるほど!!」

 

「そこが、私達がこちらに来れた理由だ」

 

「えっ……」

 

「データ容量が重すぎてメールを送れないという事は、逆に言えばデータ容量を送信出来る環境を整えればメールを送れるという事だ」

 

「でも……そんなのどうやって……?」

 

「天動さんなら可能なんです」

 

 瑠璃は史上最高の勇者適正と史上最高の巫女適性を併せ持つ、奇蹟の如き存在。

 

 その異常な巫女適性は、夢という形で過去の勇者の人生を実体験して、夢の中で負った戦傷が霊障として現実の彼女の肉体にフィードバックされるほどだ。瑠璃の精神はひなたも含めて誰よりも、歴史上のどんな巫女よりも深く、神樹とリンクしている。

 

 だが、それでも不十分。それだけでは勇者をこちらに喚び出す事は出来ない。

 

「普通の状態なら」

 

「普通の状態なら……って……まさか……!!」

 

「そう、散華です」

 

 散華は、神の力を振るった満開の代償として肉体の機能を神樹へと捧げるシステム。

 

 今や瑠璃は度重なる満開によって、自分の構成要素の殆どを神樹へ捧げている。つまり、限り無く深く強く、神樹と結び付いている状態と言える。だからこそ、神樹へ還った勇者を現実世界へ招く縁となり、彼女達をこちらへと留める楔と成り得るのだ。

 

 異常な巫女適性を持った者が、限界近くまで散華を繰り返す事で、やっと過去の勇者達をこちらへと招く用意が整うという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

『名付けて決戦術式・勇者召喚』

 

 王の宮で、精霊・浄玻璃が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「この術の最大の欠点は……こちらに来るかどうかは召喚される側の勇者の意志に委ねられる点ですが……」

 

 つまり、瑠璃の側で無理矢理喚び出す事は出来ないのだ。

 

「そんなの、行くに決まってるだろ!! 瑠璃……だっけ。あの子がどんなに苦しんで、どんなに傷付いてたか、タマ達にずっと届いてた!! 今まで助けに来られなかったのが、悔しかったぞ!!」

 

「そうですね、タマっち先輩。私も天動さんの声を聞いて、一緒に戦う為にここへ来ました」

 

「私は勇者として、戦う為に。私が大好きだった人達はもう誰も居ないけど……でも、その人達が精一杯頑張って生きて、繋いだ世界だから。だからこそ、誰にもそれを奪わせない為に、戦うよ」

 

「私は世界の行く末なんてあまり興味は無いけど……でも、高嶋さんや乃木さんが戦うなら……うん。私も戦うわ」

 

「乃木さん達が私達の想いを四国に届けてくれて、それが今も受け継がれ続けていると……天動さんを通して、伝わってきた。それを守る為に力を振るう機会が訪れたのだから。例えその一度だけでも、私は戦うわ」

 

「そうだ。私達は皆、受け継がれた希望を守る為にここへ来た」

 

 そして、瑠璃の召喚に応えたのは若葉達だけではない。

 

「ごめんね……ごめんね……瑠璃ちゃん。たった一人で、戦わせて。でも……ここからは、私も一緒に戦うわ。本当にごめんね」

 

 バーテックスの攻撃から、幼い瑠璃を守って死んだ先輩が居た。

 

「全く……私一人だけさっさと楽にして自分だけ苦しみ続けて……バカだよ瑠璃、あんた……何でも二人で分かち合って、嬉しい事は二倍、悲しい事は半分にする。それが、親友ってものでしょうに」

 

 致命傷を負って、瑠璃の手で介錯された親友が居た。

 

「……先輩、逃げ出したりしてすいませんでした。先輩が、どんなに苦しんで戦い続けているのか……私にも伝わっていました。もう一度、もう一度……私も戦います」

 

 お役目から逃げ出して、瑠璃に粛正された後輩が居た。

 

 他にも数限りない勇者が、この地獄のような世界に顕現していた。

 

 300年の時間の中で、選ばれ続けてきた少女達。

 

 勇者システムの研究の為、一度として実戦に出なかった者も居た。

 

 バーテックスの侵攻を、命を捨てて防ぎ切った者も居た。

 

 データを次代に残す為、笑って死んだ者も居た。

 

 泣いて逃げ出したい気持ちを抑えつけて、守る為に最後まで戦い続けた者も居た。

 

 それら全ての勇者達が、時間も空間も越えてこの戦場に集結していた。全ては、自分達が先代より受け継ぎ、守り、次代に受け渡したものを、もう一度守る為に。数百人の勇者達が、一堂に会していた。それは恐らくは、もう二度とこの世界に見る事の無いであろう、奇蹟のような光景だった。

 

 と、そこに浄玻璃の声が聞こえてくる。

 

<これより、集結してくださった勇者全員のシステムを、最新版にアップデートします。これで、貴女方も須美達と同じように満開や精霊システムが使える筈です>

 

 その声を証明するように、若葉達の勇者装束が洗練されたものへと更新される。同時に源義経や一目連、七人御先などそれぞれの持ち精霊が人工精霊となって勇者達の傍に出現する。

 

「おおっ、これが精霊か!!」

 

「それに、この勇者システムも凄い……今までよりもずっと、凄い力が宿っているのが分かる……」

 

「よし……これなら、行けるぞ!!」

 

 若葉がスマホをカカオトークに設定すると、オープン回線の要領で全員に通信を繋いだ。

 

<この戦場に集いし、全ての勇者達よ!! 我らは産まれた時代も戦う理由も皆違う、本来なら出会う筈も無かった者達だ!! だが、今この一時だけは、皆の心を一つに合わせよ!! 我らが戦った意味、受け継いで受け渡したバトンを、次の世代へ託す為に!!>

 

 集いし勇者達の答えは、戦場に響く雄叫びが何よりも雄弁に返してくれた。

 

「さぁ……では征くぞ!! 満開!!!」

 

 先陣を切ったのは若葉だった。

 

 手にした剣が視界の果てまで続く長大で極太の光刃と化して、振るわれた軌跡に存在する全ての星屑を薙ぎ払う。

 

「満開!!」

 

 歌野の手にした鞭が巨大化して、周囲数キロのバーテックスを纏めて打ち据える。

 

「満開!!」

 

 球子の旋刃盤が、巨大な光の盾となって集中砲火を金城鉄壁、びくともせずに跳ね返す。

 

「満開!!」

 

 杏が放った矢が、空に巨大な氷の華を咲かせて、巻き込まれたバーテックスを凍結させて砕いていく。

 

「満開!!」

 

 千景の大鎌が、その通った軌跡に暗く不気味な雲を引いて、それに触れたバーテックスは一瞬で全身が壊死し、消滅していく。

 

「満開!!」

 

 友奈の鉄拳が巨大化して、爆発の如き拳圧が一瞬で星屑を消滅させる。

 

 彼女らに続くようにして、数百人の勇者が一斉に満開する。

 

 赤、青、黄色、緑。

 

 色とりどりの花が滅びの世界に咲き乱れ。ある者はバーテックスの軍団を一瞬にして薙ぎ払う矛として。ある者は仲間を衛る盾として。ある者は仲間を癒やす薬として。彼女達はこの時代に生きていない稀人が故に、喪うものを恐れずに神の力を惜しげも無く振るっていく。

 

 この猛攻によって、拮抗していた戦いの趨勢は一気に勇者側へと傾いた。

 

 超大型城塞神殿複合構造体の王の宮で、戦況をモニターしている精霊・浄玻璃にはそれが目に見えて分かった。

 

 モニターから、敵を示す赤の輝点がガラスに付着した水滴をワイパーで拭うようにして消えていく。

 

『残るは、親玉だけか……』

 

 スマホを操作して、リアルタイム映像を表示する。

 

 視界を遮っていたバーテックスの軍勢が掃討された為に、親玉である巨大バーテックスがはっきりと視認出来るようになっていた。

 

 たった今、満開した勇者達の連続攻撃で親玉を覆っていた星屑達が掃討されたのが見えた。バリアがパリンと割れた状態。今なら、親玉本体に攻撃が届く。

 

 瑠璃が使える満開は、後一度。今こそが、その使い時だ。

 

『……良いわね、私』

 

 浄玻璃は自分のすぐ後ろを振り返った。

 

 城塞神殿の玉座に腰掛ける、彼女の主・瑠璃を。

 

 返事は返ってこない。

 

『親玉を攻撃する。全ての勇者は、射線から離れてください』

 

 通信を入れて、10秒。モニターの青い点が、一斉に左右に分かれて主砲の射線を開けた。

 

『満開』

 

 浄玻璃は端末を操作して、画面に表示されたボタンを押した。

 

 これが勇者・天動瑠璃の最後の満開。捧げられる最後の供物をも、神樹へと捧げ。天動瑠璃という資源を、消費し切る時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 城塞神殿の、上空に浮かんでいた数百の鏡。

 

 それら全てが等間隔に並んで、一個の巨大な円を描き出す。

 

 鏡の一つ一つからは一撃にて数千の星屑を灼き尽くす光熱が迸り、それらは他の鏡に反射を繰り返し、増幅し合い、やがて一点へと収束されてこの世界の万象を灰すら残さず焼失させる、本来ならこの世界に存在し得ない恐るべき熱量・破壊の力へと収斂される。

 

 限界にまで圧縮され、物質化する寸前にまで凝縮された光熱のエネルギーは行き場を失い、針の先程も穴が開けばそこから蟻の一穴から決壊するダムのように溢れ出すだろう。

 

 そして遂に、エネルギーに指向性が与えられる。

 

 目標は前方、大型の超級バーテックス。

 

 そこへ向け、光の大瀑布が水平に流れ落ちて、バーテックスの巨体に降り注ぐ。

 

 バーテックスは小さな太陽と見まごう程の火球を放ってくるが、無駄な事。

 

 巨大な光条は炎の塊を焼失させ、そのままバーテックスの巨体を、すっぽりと呑み込んでその中へと消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 バキッ!!

 

 神樹館小学校、6年1組の教室。

 

 授業中だった安芸先生が黒板に書いていたチョークが、乾いた音と共に折れた。

 

「あっ……」

 

 視線を落とした安芸先生は、ふと、床に水滴が落ちるのに気付いた。

 

「先生、どうしたんですか?」

 

「え……いや……何でもないわ……」

 

 安芸先生はそう言って眼鏡を外すと、流れていた涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 ガタッ!!

 

 讃州中学校の、家庭科準備室。

 

 勇者部の部室として使われているそこで、週末に控えた幼稚園で行うレクリエーションの準備に取りかかっていた結城友奈は椅子を蹴って立ち上がった。

 

「ど、どうしたの友奈?」

 

「何かあったんですか?」

 

 驚いて、しかし心配そうに彼女を見るのは、部長の犬吠埼風とその妹の犬吠埼樹だ。もう一人、東郷須美も勇者部の部員なのだが彼女はここ数日、大切な用があるとの事で学校は欠席、部活にも顔を出していない。

 

「あ……いえ……」

 

 友奈の両眼から、涙が流れていた。止めどなく。

 

 ハンカチを取り出して、拭っても拭っても、涙は止まらない。

 

「あ、あれ……おっかしーな……悲しくもなんともないのに、涙が止まらない……」

 

 まるで大切なものを忘れてしまって、でもそれが大切だった事すら実感が湧かないように。

 


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