天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第02話 初陣

「さて、実戦の空気を感じるだけで良いとは言ったけど……何もしなくて良いという訳じゃない……」

 

 玉座にふんぞり返ったままで、瑠璃がバーテックスを睨みながら言う。

 

「本命は私が叩くから、あなた達は分霊(わけみたま)を片して。つまり後方支援ね」

 

「う……折角の初陣なのに……」

 

「馬鹿にしてはいけない。重要な役割よ」

 

 残念そうに唇を尖らせる銀を、瑠璃は抑揚の無い口調でたしなめた。

 

「先々代……私達の役目は分かりました。ですが……どういう作戦であのバーテックスと戦うのですか?」

 

「ふむ」

 

 須美の問いを受け、瑠璃はじっと視線をバーテックスに集中させた。こめかみを、二三度指でつつく。

 

「ヤツがどんな方法で攻撃してくるのか分からない。ひとまずは、一隊を前進させて様子を見るわ。重装歩兵隊、前へ」

 

 手を振って瑠璃が合図する。

 

『承知いたしました、閣下!!』

 

『者ども、閣下は先陣の栄誉を我らに与えられた!! 今こそ我らが勇猛さを見せる時ぞ!!』

 

 機械による合成音のような声で兵団の一角から返事がきて、全身を重厚な鎧で覆って体をすっぽり隠せる程の大盾を持った一団がバーテックスに向け、進軍を開始した。

 

「せ、先輩の軍団には意志があるんですか?」

 

「そう」

 

 驚いた銀の反応を受け、瑠璃が頷く。

 

「だから命令に従うだけのロボットとは違って、私の指示が無くても各自の判断で戦ってくれるの。尤も……その分、司令塔である私が安全な所で引きこもって指示を出しているだけだと士気が上がらなくて、軍団が機能しなくなるけどね」

 

 兵士達には聞こえないように「不便な武器よ」と須美達にささやいた。

 

「では、3人とも……あなた達には護衛の兵士300人を付けるわ。まず、先行した重装歩兵隊が第一陣、私が指揮する本隊が第二陣、あなた達は第三陣として進んでちょうだい」

 

「了解!!」「分かりました」「分かったよ~」

 

 それぞれの返事に、瑠璃は首肯を一つ。

 

「では……全軍」

 

 その後、すっと手を掲げて、

 

「前進」

 

 振り下ろす。

 

 その動作を合図として、彼女の武器である兵団が進軍を開始する。

 

 瑠璃の軍団は横から見ると、一列に並んだ数十人の兵士が一人に見える程に精緻に動き、じわじわとバーテックスに近付いていく。

 

 最前線の重装歩兵隊が、バーテックスまで数百メートルの距離にまで近付いた、その時だった。

 

 それまでは中空に浮遊して悠然と前進しているだけであったバーテックスに、動きがあった。

 

 恐らくは頭頂部に当たる部位からバスケットボールほどの大きさの水球が分泌されて、それらは勢いを付けて砲弾のように先鋒を務める重装歩兵隊に襲いかかった。

 

『うわあっ』『ぎゃあっ!!』『落ち着け、防御を固めろ!!』

 

 重装歩兵隊は手にした盾を掲げて防御するが、完全には防ぎきれなかった。最前列の数十名が吹き飛ばされて、陣構えに穴が開いた。

 

「ああっ!!」

 

「第一陣が……!!」

 

 倒された兵士達は、砂のように崩れて消えていく。

 

「ふむ……」

 

 前衛に被害が出た事など気にも留めていないかのように無表情の瑠璃はそっと左手を掲げる。シャワーに手を近づけた時のように冷たく湿った感覚が、掌に走った。

 

「これは……水ね」

 

 先程の攻撃の余波で生じたものだ。

 

 敵バーテックスは、水を操る能力を持っている。

 

「と、いう事は……」

 

 瑠璃の視線が、バーテックス本体が両脇に衛星のように従えている巨大な水球へと動いた。

 

 現在までに開示されている情報から、予想される攻撃手段は……

 

「みんな、敵の武器は水よ。散弾銃のようにバラバラと水の弾丸を撃ち出してくる以外に……あの両脇の巨大な水を鉄砲水のように文字通り発射してくるか……あるいは水圧カッターのように一点に圧力を掛けて放ってくる可能性が考えられるわ。前列、重装歩兵隊は一点に固まり、隙間を造らず防御を密に。盾に角度を付けて、受け止めるのではなく受け流し、逸らすようにして対処しなさい」

 

『ハッ!!』

 

 瑠璃の指示を受け、再び軍団がまるで一つの生き物の如く動き出す。

 

 前線の重装歩兵隊は、押しくらまんじゅうでもしているかのように一カ所にぎゅうぎゅうと集まっていく。

 

 そうして陣形の再配置が完了するのと、バーテックスが次の攻撃を繰り出してくるのはほぼ同時だった。

 

「む」

 

 注意深く見ないと分からないが二つある巨大水球の一つ、その表面にさざ波が立った。

 

 これは水が一点に集まる為に生じる動きだ。一点に集まるイコール、圧力が掛るという事。

 

「来るわね。防御態勢を」

 

『ハッ!!』

 

 指示に従い、重装歩兵隊の最前列の者達が重ね合わせるように盾を掲げて一枚の巨大な壁となし、第二列以下の者は前列の者の背中を押し、足には力を込めて踏ん張る。数百人が一カ所に固まったその姿は、まるで川を堰き止める巨岩のようである。

 

 そして、バーテックスの攻撃が始まった。瑠璃の予想通り、水に掛けた圧力に指向性を持たせて一点から放出し、濁流として重装歩兵隊に襲いかかった。

 

 しかし先程とは異なり、完全防御態勢を取っていた重装歩兵隊は襲い来る水の膨大な質量と圧力を受けてもびくともせずに、持ち堪えた。

 

「やった!! 今度は防いでるぞ!!」

 

「先々代!! 今こそ反撃の好機です!!」

 

「そうね、須美ちゃん。しかし敵の水球は、まだもう一つある。同じ攻撃を、もう一発は同時に放てると見るべきね」

 

 攻撃に転じるにはそれに対する防御の手段が必要となる。

 

「あ、それなら私が出来ます~」

 

 発言したのは園子だった。手にした槍を掲げる。

 

「これ、盾にもなるんですよ~」

 

 槍の穂先が、傘のように広がった。

 

「では園子ちゃんが前に出て二撃目を防いで。その間に、須美ちゃんと私の遠距離攻撃部隊が分霊を迎撃。無防備になった本体を銀ちゃんが叩く。これで行きましょう」

 

「よし!!」

 

「分かったよ~」

 

 園子と銀が跳躍して、やや小高い丘に上がってバーテックスから見える位置に立った(尤もバーテックスの目に当たる部位がどこだかよく分からないが)。

 

 程なくして、バーテックスも二人に気付いた。もう一方の水球から、重装歩兵軍団に放出されているのと同じ鉄砲水が発射される。

 

「展開!!」

 

 広げた槍の穂先で、水流を受け止める園子。

 

 しかしダムが決壊したかのような圧倒的な水の勢いは、勇者となって強化された肉体と武器を以てしているとは言え受け止めるには厳しいものがある。

 

「うぐぐっ……台風の凄いのみたい……」

 

「勇者の根性!! 押し返せぇっ!!」

 

 銀の手が、槍の柄を掴む。

 

 二人分の勇者の力。

 

 しかしそれでも、僅かにバーテックスの方が上回っているようだった。槍が水圧に押されてガタガタと震えている。踏ん張る足も、地面を抉って少しずつ下げられていく。

 

「いけない……!!」

 

「須美ちゃん、持ち場から離れないで」

 

 助けに行こうとする須美を、瑠璃が制した。

 

「ですが先々代、このままじゃ二人が……!!」

 

「それは問題無いわ。軍楽隊、応援歌を」

 

 ぱちん。

 

 瑠璃が指を鳴らす。それをスイッチとして最後衛に配置されていた軍楽隊が、太鼓やラッパを鳴らして朗々とした音楽を奏でた。

 

「せ、先々代……?」

 

 一体全体戦闘中に何をやっているのかと須美は眼前の人物の正気を疑うような顔になったが……しかし、変化はすぐに訪れた。

 

 今までは水圧に押し負けそうで頼りなく震えていた園子の槍が、がっしりと強い力で支えられて安定する。足も、大地に根を張る巨木のようにしっかりと踏み締める。

 

「これ……攻撃が、さっきより軽くなってる……?」

 

「違う。あなた達が強くなったのよ。勿論、一時的にだけど……」

 

 表情を変えず、棒読みで瑠璃が説明した。

 

 音が届く範囲に存在する味方の全能力をブーストする。これが瑠璃の軍団、軍楽隊の能力だった。

 

 バーテックスが引き連れている水球は二つ。そこから放たれる鉄砲水は、園子達と重装歩兵隊に、それぞれ向けられている。

 

 これで、相手の大火力は封じられた。

 

 しかしまだ、小火力が残っている。

 

 バーテックス本体から無数の水球が発射されて、4人へ向けて飛んでくる。

 

 瑠璃や須美は兎も角、攻撃を防ぐのに精一杯の重装歩兵隊や園子達が追撃を受けるのは、拙い。

 

 だが、応手はある。

 

「須美ちゃん、お願い」

 

「承知しました!!」

 

「長弓兵団、猟兵隊、狙撃隊。敵弾を撃ち落とせ。一つも通さないように」

 

『ハッ!!』『仰せのままに、閣下!!』

 

 水平に手を振った瑠璃の動きに応じて、身の丈程の和弓を持った一団、馬に騎乗しながら小型の弓を引く部隊、前二者よりは少数ながらライフル銃を持った兵士達が一斉に動き出して、得物を構える。

 

 そして、一斉射。

 

 一瞬、空が暗くなる程の矢と銃弾が発射されて水球に次々突き刺さり、破裂させていく。

 

 しかしそれでも、数発が弾幕を抜けて迫ってくる。

 

 だがそれらは、須美が放った矢が全て貫いて撃墜した。飛び散った水が、霧雨を降らせる。

 

「お見事」

 

 瑠璃が賞賛の言葉を贈る。

 

 敵の攻撃の手は、これで全て封じた。ならばここからは、反撃に転じる。

 

「砲兵隊、攻撃開始」

 

 掲げた手を、ぐっと握り締める。

 

 瑠璃のこの動きをトリガーとして、離れた位置に陣取っていた砲兵隊自慢の火砲が、空気を震わす轟音と共に一斉に火を噴いた。

 

 あらゆる生物の生存を許さない恐ろしい破壊力が滝のように殺到してバーテックスに襲い掛かった。

 

 バーテックスの巨体は完全に破壊される事こそなかったが、あちこちにヒビが入って欠け落ちて、決して少なくない損傷が見て取れる。そしてダメージを受けた事による機能不戦が生じたのだろうか、鉄砲水が止まった。

 

「今だよ、ミノさん!! うーん、どっこいしょーっ!!」

 

 園子が銀の腕をぐっと掴むと、砲丸投げの要領で放り投げた。

 

「うおおおおおーーーーーっ!!」

 

 銀の体は一個の巨大な砲弾と化してバーテックスに突貫。

 

 その勢いに任せ、乾坤一擲の一撃をバーテックスの、しかも破損した箇所にお見舞いする。

 

 交通事故のような甲高い音が鳴り響いて、バーテックスの巨体に重度の損傷が刻まれた。

 

「どうだぁ!!」

 

「先々代、とどめを……!!」

 

「いえ、必要無いわ……見て」

 

 瑠璃が天を指差すと、いつの間にか花びらが舞っていた。

 

 雪のようなそれが、樹海中に降り積もっていく。

 

「これは……」

 

「鎮火の儀、ね。教わっているとは思うけど……ある程度ダメージを与えて弱らせたバーテックスを、結界の外へ強制退去させるの……現状の技術ではバーテックスを倒す事は出来ないから……これが、限界点」

 

「綺麗……」

 

 初めて見るものに目を奪われている須美達とは対照的に、瑠璃は無表情で頬杖付いたままだ。彼女にとっては、これはもう見慣れた光景でしかないのだろう。

 

「撃退、できた……?」

 

「やった……?」

 

 ぼんやりと顔を見合わせていた銀と園子だったが、ややあって完全に脅威が排除された事を確認すると、手を合わせて喜び合う。

 

「あ……樹海が……」

 

 勇者達を取り巻く世界それ自体が揺らぎ、薄れていく。

 

 樹海はバーテックスの侵攻に合わせて、それを迎撃する為に神樹が展開する結界。バーテックスが退去して脅威が取り払われた今、結界が解除されつつあるのだ。

 

「……初陣にしては上出来だと評価するわ」

 

 と、瑠璃。そうして玉座から降りて須美達と同じ高さに立つ。

 

「よくやったわね、三人とも」

 

 無表情の棒読みで、後輩達に声を掛ける。

 

 周囲を見渡すと樹海化の解除が、もう間近に迫っているようだ。

 

「今日の所は、家に戻って休息しなさい。訓練は、明日からとするわ。安芸先生への報告は、私がやっておくから」

 

「あ、あの……先々代……?」「先輩?」「天さん?」

 

 新米勇者3人が呼び止めるのと、樹海が消滅するのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだった? あの子達は……」

 

 樹海化が解除され、再び時間が流れ出した四国。

 

 一秒前まで須美達が居た道場には、今は敵が攻めてくる前にそうしていたように正座したままの安芸先生と、壁際に立つ瑠璃だけが居る。

 

 大赦の関係者である安芸先生はすぐに何が起こったのかを察し、慌てた様子も無く瑠璃に応じた。

 

「素質は素晴らしいわ。鍛えればとても強い勇者になる」

 

 瑠璃はそう評した後に「尤も、それまで生きていればの話だけど」と付け加えた。

 

「天動さん……だからこそ、当面はあなたにフォローをお願いしたいのよ。あの子達が成長すれば、必ずあなたの助けにもなる。それはあなたにとっても、良い事の筈だけど」

 

「分かっているわ」

 

 瑠璃は頷くと、道場を横切って縁側へと出た。

 

「……ところで、例のシステムについては……実装の目処は立ったの? 提出させてもらった基礎理論には、問題は無い筈だけど」

 

「……それは……」

 

 安芸先生は言葉を濁した。その態度だけであまり自分が望む流れにはなっていないであろう事を瑠璃は察して「話して」と目で合図を送った。

 

「ん……大赦の上層部でも、まだあの二つのシステムについては、実装すべきかどうか……意見が分かれているの」

 

「何故?」

 

「……いくらお役目とは言え、あまりに勇者に多くを背負わせすぎではないかと……」

 

 安芸先生の声は、先細りするように小さくなっていく。彼女としても言い辛い事であるのだろう。

 

 瑠璃は目を伏せて首を振った。

 

「合理的ではない。私達のそれは犬死にではなく犠牲。ならばそれを以て最大の成果を挙げられるように、如何に効率良く私達を使い潰すか考えるのが大赦側の義務だと心得ていますが」

 

「……それは……確かに、そう、だけど……」

 

「私の先輩も、後輩も……今までどれほどの勇者がお役目に殉じてきたか、大赦の方々は勿論……先生、あなたとて良くご存じの筈……それを、あの子達かその次の代で最後に出来る……少なくともその数を大きく減らせる。大赦の皆様には、感情ではなく合理で動かれる事を望みます。あの子達にそれをさせるのが酷だとお考えなら、せめて私だけでも……」

 

「天動瑠璃!!」

 

「……」

 

 語気を強くした安芸先生の言葉に、瑠璃の言動は遮られた。彼女はそうなっても、顔に何の感情も浮かべなかった。

 

「……勇者の装備や新機能の実装については、大赦が決定します。あなたは……それに従いなさい」

 

「承知致しました」

 

 不満の色も見せず、瑠璃は退出していった。

 

 後には、安芸先生だけが残される。彼女の手は、白くなる程に強く握り締められていた。

 

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