「瑠璃さん、待って下さい!!」
三好夏凜が天動瑠璃と出会ったのは夏凜が9才、瑠璃が16才の時だった。
夏凜はその頃から勇者となる為の訓練を受けていて、一方の瑠璃は既に2年間の実戦を経た歴戦の勇者として、その名前は大赦関係者の中では知らない者が居ない程になっていた。
当時、バーテックスの侵攻が一時的に沈静化していた事に伴い、瑠璃は後進の指導に当たっていた。
実戦経験者である瑠璃の指導は非常に厳しく、彼女が担当した候補生達は次々に脱落していった。
その中で、最後まで残ったのが夏凜だった。
訓練の度に泣かされたが、それでも彼女は決して弱音は吐かずに瑠璃の訓練に食らい付いていった。
そして、再び神樹からの神託が下り、瑠璃は前線に戻る時が来る。
自分の訓練に最後まで耐えた夏凜を賞賛し、今後も弛まぬ修練を続けるようにと言い残して道場を去る瑠璃を、夏凜が追い掛けてきた。
「どうしたのかしら、夏凜ちゃん」
「最後に、もう一つだけ教えて下さい」
「……何かしら?」
「良い勇者の素質って何ですか? 私は、誰よりも完璧な勇者になりたいんです!!」
「……ふむ」
少し考える瑠璃。
言われてみれば、これは彼女にとって初めて直面する命題だった。
勇者とは何か?
それについては瑠璃の中で確かな答えがある。
勇者とは「命」を衛る者。ここで言う命とは人それぞれが一生の中で一つだけしか持てないものだけではなく、人から人へと託され、受け継がれていくものの事をも指している。
では、良い勇者とは何か?
これはあまり考えていなかった。
しばらく思考を回して……そして「うん」と頷きを一つ。
「それは……夏凜ちゃん。きっと、どんな命も衛る事が出来るのが、良い勇者という事でしょうね」
「どんな命も……ですか?」
「ええ」
瑠璃は頷いた。
「一緒に戦う勇者の命も、サポートしてくれる大赦の人達の命も、何も知らずに日々を平穏に生きている人の命も……それらには同じように価値がある筈」
ならば、そのどの命も衛れるぐらいに強いのが本当の力で、それを持っているのが完璧な勇者なのだろう。
「……そう考えると、私は良い勇者には程遠いわね」
「えっ……そんな!! 瑠璃さんは私達の規範です!!」
夏凜はとんでもないと否定の言葉を述べる。瑠璃の同期だった勇者は、選ばれてから半年を待たずして彼女を残して全員がお役目に殉じたと聞く。それからは瑠璃はたった一人で戦い続けて、バーテックスの侵攻から人類を守り続けているのだ。そんな彼女が良い勇者でなければ、誰に勇者の資格があるのかと。
瑠璃は無表情のまま、どこか自嘲するように首を振った。
「とんでもない、私は勇者としては完全に失格者よ」
本当に自分が良い勇者であるのなら、先輩が自分を庇って命を落とす事も、親友が死ぬ事も無かった筈だ。
そしてこの先、世界を守る為に必要とあれば、守るべき人達だって犠牲にするのだろう。
「だから、夏凜ちゃん……」
そっと伸ばした瑠璃の手が、夏凜の頭をくしゃっと撫でた。
「私にはなれなかったけど……あなたなら、なれるかも知れないわね。全てを衛る事の出来る……本物の、完成された勇者に……」
「……瑠璃さん……」
「夏凜ちゃん、最後に一つ教えおくわ。勇者は、まず自分を守らなくてはならない」
「はい」
それは道理だ。自分が死んでしまったら、どうやっても人を守る事など出来ない。
「でも、その為に仲間を犠牲にする事は許されない」
だから瑠璃は、勇者としては失格なのだ。少なくとも一度、自分が生き残る為に先輩を死なせている。
「自分と、仲間と、そして世界を守りたいのなら……それだけの修練を積み、精進を続け、節制を重ねなさい」
「……瑠璃さん。はい!!」
「良い返事ね」
もう一度夏凜の頭をくしゃっと撫でると、瑠璃は踵を返して道場を去ろうとする。
「瑠璃さん!!」
「!」
「私は必ず、完璧な勇者になって瑠璃さんに会いに行きます。そして必ず、あなたの隣に立って、一緒に世界を守る為に働きます!!」
「……期待しているわ。夏凜ちゃん」
振り返った瑠璃の鉄のような顔には、今は微笑が浮かんでいた。殆どマンツーマンだった訓練の中で、夏凜が一度として見た事のないものだった。
これが、今から5年ほど前の出来事。
今となっては誰も覚えていない、忘れられた物語だった。
現在。
深夜の大赦の道場では、武器と武器のぶつかり合う音が響いていた。
「だっ、はっ、やあっ!!」
裂帛の気合いと共に繰り出されるのは、夏凜の二刀流だ。
しかし彼女の対手である国防仮面は、片手に持った剣で連続攻撃を全て捌き切ってしまった。
「でやっ!!」
二刀を同時に叩き付けるが、しかしこの攻撃をやはり国防仮面は片手持ちの剣で受け止めると、夏凜よりも小さな体躯からは信じられない程の力を発揮して夏凜を押し退けてしまった。
「うあっ……!!」
尻餅付いた夏凜だったが、すぐに後ろに転がると体勢を立て直して構える。
この時に気付いたが、すでに十数合打ち合っているが、まだ夏凜の攻撃は国防仮面を最初の立ち位置から動かす事すら出来ていなかった。
「くっ……!!」
夏凜は攻め方を変えた。
独楽のように体を回すと、両手の剣だけではなく足まで使った体術を織り交ぜてコンビネーションアタックを繰り出す。
しかし、完全に初見のこの攻撃にも国防仮面は完璧に反応した。
僅かなバックステップで蹴りの間合いぎりぎり数センチ外に逃れると、夏凜の動きに同期するように体を回して、二本の木刀による打撃を受け流してしまう。そのまま剣を夏凜の木刀に沿わせるようにして動かすと、手首を回して左手の木刀を巻き取ってしまった。
一刀になってしまった夏凜は、しかし前蹴りを入れるとその反動で何とか国防仮面と間合いを離して構え直した。
ごくっ。
思わず、唾を呑んだ。
『勝てる気がしない……!!』
訓練の中で、自分よりも強い相手と戦う事は今まで幾度もあった。
しかし、今眼前に立っている国防仮面はその誰とも比べられない。ふざけた外見とは裏腹に信じられない程の実戦を経てきたであろうベテランの戦士だった。今までの攻防から更に何パターンかの攻め手を考えてみたが、どれも跳ね返される未来しか見えない。
その時だった。
「一つ、聞いて良いかな?」
国防仮面が、構えを解いて話し掛けてくる。
「……何よ」
荒れた息を整えつつ、構えを崩さずに夏凜が応じた。
「三好夏凜ちゃん……だったよね。あなたは何の為に、勇者を目指す? 勇者になって、何をするつもりなの?」
「……っ、それは……」
「もし、ただの憧れとか意地とか、そういうのなら……止めておくべきだね。勇者として生きるのは、本当に大変な事だよ。掛け値無しに……自分の全てを賭した、お役目なんだから……」
「……私は……」
夏凜は自問する。
自分は何の為に、勇者を目指すのか。
そう在るべく育てられたから?
それが義務だから?
ずっと憧れていたから?
何かが違う。どれもしっくり来ない。
『そうだ……』
一つだけ、覚えている事がある。
「私は……誓ったのよ!!」」
もう、誰に誓ったかも覚えていないが、その時の想いは未だに残っている。
「必ず誰より強く、誰より完璧な勇者になって、全てを守れるようになる!! その為には……こんな所で、足踏みしている暇は無いのよ!!」
「!!」
国防仮面が、剣を両手に持ち直した。
今の夏凜が先程までとは違う事を敏感に感じ取って、警戒値を引き上げたのだ。
「いいだろう……じゃあ、その覚悟をアタシに見せてよ」
「言われなくても!!」」
床を蹴り、夏凜が突進する。
すると国防仮面が手にした剣から炎が迸って、夏凜の視界を塞いだ。
熱と光で目が眩む。だが、無駄な事。
「そんな目眩まし……気配で見えてんのよ!!」
「!!」
くるっと振り返る夏凜。宙返りしてすぐ背後に回っていた国防仮面が、少しだけ驚いて目を見開くのが見えた。
そのまま、両者が交錯する。
「はあっ!!」
「でいっ!!」
すれ違いざま、木刀と炎を纏う剣とがぶつかり合った。
「ぐはっ!!」
攻撃に全力を費やしていた為、姿勢制御が疎かになった夏凜が倒れて道場の床に転がった。手にした木刀は、根元から折れていた。
「ふむ……」
一方、何事もなく立ったままの国防仮面は、手にした剣をじっと見ていた。
炎を纏う刀身には、一筋の亀裂が走っていた。夏凜はそれを、何の力も宿っていない木刀で成し遂げたのだ。
「ふふっ」
口元に笑みが浮かぶ。
「良いだろう、合格だよ」
国防仮面は手を振ると、手にしていた剣を消す。そして代わりに、その手には一台のスマホが握られていた。
「三好夏凜、君を次代の勇者……受け継ぐ者として認めるよ。その証として、この端末は君の物だ」
「これが……」
国防仮面の手から夏凜へと、スマホが受け渡される。
夏凜のすぐ傍に鎧武者のような精霊・義輝が姿を見せた。
「これからの活躍に……期待してるよ」
ここでやるべき事は全て終えたと、そう言うかのように国防仮面の体がふわりと宙に浮く。
「ま、待ちなさい!! あんたは一体……!?」
夏凜のその問いには答えずに、国防仮面は月へ向かって飛び去っていった。
『諸行無常』
夏凜の傍で微妙に空気が読めているようで読めていないような、義輝がそんな言葉を発した。
乃木家。
初代勇者である乃木若葉の代から続く大赦の中では名門中の名門で、現在でも大赦の中で重要なお役目を果たす一門である。
その権勢を示すように、家の敷地はサッカーと野球の試合が同時に開けるぐらいに広い。
そんな広大な庭の縁側で、今は須美と園子が座ってお茶していた。
「あ!! わっしー、あれを!!」
園子が指差す先を見ると、月に小さな影がぽつんと落ちていた。
その影は、段々と大きくなってきている。何かがこちらへと降りてきて近付いてきているのだ。
距離が詰まって、全体像が把握出来るようになる。
翼のように外套を広げたその影は、先程まで夏凜と打ち合っていた国防仮面だった。二人は縁側から立ち上がると、降下してきた国防仮面を出迎えるように庭に立った。
「お帰り、銀」
「ミノさん、お疲れ様」
「ただいま、二人とも」
国防仮面が帽子と覆面を取っ払う。
その下から現れたのは、やはりと言うべきか銀の顔だった。国防仮面の正体は銀だったのだ。
「しかし、先輩が組んだシステムの抜け道が、まさかこんなんで良いとは……」
少しだけ、呆れたような銀がコメントした。
精霊である銀は、正体がバレる事を防ぐ為に勇者以外の前では強制的にマスコットモードに変身させられてしまう。
ならばと園子が考えたのが「正体がバレなければマスコットモードになる必要は無い」という逆転の発想で、以前に一年生相手のレクリエーションで使った国防仮面の変装をさせるというものだったのだが……
「……瑠璃さんの組んだプログラムも結構ガバガバな気がする……」
微妙な頭痛を堪えつつ、頭に手を当てた須美が言った。
「それで、どうだったの銀? 三好さんの最終試験は」
「あぁ、それなら文句無く合格さ。三好夏凜……あの子は、必ず強い勇者になるよ」
「にぼっしーは真面目に頑張る子だからね~」
夏凜の最終試験の内容は、現役の勇者であり乃木家の跡取りである園子に一任されていた。今回、園子はそれを自分の代行として銀に任せていたのだ。
満開などを考慮しない純粋な基礎能力や戦闘技術に於いては、一年半も壁の外で瑠璃と一緒に戦い続け、文字通り常在戦場であった銀が三人の中でも頭二つか三つは抜けている。自分達の中で試験官役としては最適任だろうという園子の判断だったのだ。
そしてこの時期に、夏凜の最終試験が行われたのには理由がある。
「……もうすぐ、バーテックスの次の侵攻が始まるんだよね……」
「……もう、瑠璃さんは居られないけど……」
少しだけ、不安そうに須美が言った。
今まではずっと、最強の勇者である瑠璃が一緒に戦って的確に自分達を指揮してくれたから、必ず勝てるという確信めいた思いがあった。そして実際に、全ての戦いに勝ってきた。でも、その瑠璃はもう居ない。
「大丈夫だよ、わっしー」
僅かに震えていた須美の手を、園子が掴んだ。
「この一年半、私達はずっと天さんと一緒に戦えるように頑張ってきた。そして、あの頃よりもずっと強くなったんだから。だから、大丈夫だよ」
「そうだな。それに、アタシらの次の代も確実に育ってるし」
「……っ、そう……ね」
少しだけ苦しそうに、須美は同意する。脳裏に浮かぶのは大親友の、屈託のない笑顔だった。
神樹様の勇者として選ばれるのは誰かは分からないというのが建前だが……実際にはほぼ確実に、最高の適性を持っている友奈及び讃州中学勇者部の面々が選ばれるのだろう。だからこそ、自分も東郷の家に戻された後には結城家の隣に引っ越す事になったのだ。
友達を戦いに巻き込む事が分かっていて、それを告げられないのは……辛い。
だが、それでもやらなければならないのだろう。
瑠璃や、彼女の前の勇者達がずっと、それこそ初代勇者である乃木若葉の代から守ってきたものを、今度は自分達が守る為に。
「なぁ、ちょっと古臭いかも知れないけど……ここで改めて、アタシ達で誓わないか? また三人一緒に世界を守っていくって」
そんな須美の心中を知ってか知らずか、そう言った銀が掌に剣を召喚する。
「おぉ、良いね~。やろうやろう、ミノさん!! ほら、わっしーも」
端末を操作して、園子も槍を喚び出す。
「……ええ、そうね」
同じように須美も、白銀と名付けた狙撃銃を手にする。
月の下で、3人はそれぞれの得物を合わせ、そして高く掲げた。
「先輩、見ていてください。みんなが守ってきたものを……アタシ達も必ず守り抜くと誓います!!」