天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第2章 結城友奈の章
第22話 新たなる戦いへ


 

『す……み……須美……』

 

「ん……」

 

 自分を呼ぶ声を聞いて、水の中に浮かんでいるようにぼんやりとした感覚に漂っていた須美は目を開いた。

 

 そして、言葉を失う。

 

 そこに立っていたのは、忘れよう筈もない人。天動瑠璃だったのだから。

 

「瑠璃さん……生きていたんですか?」

 

『いえ……』

 

 ゆっくりと、瑠璃は首を振る。

 

『それよりも、伝える事があるの。良く聞きなさい』

 

「はい……」

 

 記憶にある彼女の通り、瑠璃は無表情で棒読み口調だが……しかし真剣な話が始まるのを予感して須美も姿勢を正すと話を聞く態勢になった。

 

『もうすぐ……次の戦いが始まるわ』

 

「!!」

 

 単刀直入に告げられたその言葉を受け、一瞬で意味を解した須美は戦慄する。

 

 毎日、今日来るか明日来るかと心中では不安に思っていた。

 

 ある意味では死刑執行を待つ罪人のような気持ちだった。あるいは、いつ命令が下るのかを待っている敵地に単独潜入した特殊工作員か。

 

 いずれにせよ、来るべき時が遂に来たのだ。

 

 須美はこの時に、もう一つの事を理解した。

 

 これは夢で、しかも只の夢ではなく神樹様の神託なのだろう。

 

 須美は勇者としての適正とは別に、神樹のお告げを聞く巫女としての適性も持っている。その巫女としての力が神樹からの意志を受け取って、彼女にとって思い出深い瑠璃の姿を借りて語り掛けてきているのだろう。

 

「バーテックスが、来るんですね……」

 

『……心して、戦いなさい』

 

 その言葉を最後に視界が暗転して、瑠璃の姿も見えなくなった。

 

 同時に、意識が引き上げられて覚醒していく感覚がある。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!!」

 

 自室のベッドから、須美は跳ね上がるように体を起こした。

 

 頬には、涙が伝っている。寝汗をびっしょりと掻いていて、寝間着が肌に貼り付いていた。

 

「……今のは、やはり……」

 

 着替える間も惜しんで、須美は枕元のスマホを手に取った。登録してあった電話番号に掛ける。相手は数回のコールで通話に出た。

 

「……ええ、そのっち……多分……もうすぐ来るわ……」

 

 必要な事を伝え終わると、須美はすぐに別の電話番号に掛けた。

 

「はい……風先輩……お話したい事が……二人だけで」

 

 

 

 

 

 

 

 今日は休日だが、月末に近所の幼稚園で行う演劇の練習の為に勇者部は学校に集まる事となっている。

 

 登校してすぐ、屋上にて須美と勇者部部長の犬吠埼風は朝っぱらから深刻な顔を付き合わせる羽目になった。

 

「で、東郷……話って……?」

 

 風の表情は硬く、声は重い。

 

 彼女は大赦から派遣された人間で、勇者部のメンバーも大赦が調べた適正値を基準として集められた面々である。その事は、当然ながら現役勇者である須美は承知の上だ。その須美が見た事無い程に深刻な表情で、朝から二人だけで話したいと言ってきたのである。

 

 いずれ、おっかない話なのだろうというのは想像に難くなかった。

 

「風先輩……神樹様から神託がありました。敵の侵攻が近い……お役目が、始まると……」

 

「!!」

 

 風の顔が引き攣った。

 

「やっぱり……私達で決まりなのね……」

 

 勇者の選定対象を大赦の人間のみから四国中の少女へと広げる体制へと移行してからおよそ二年。

 

 既に四国中に、この讃州中学と同じような部活や同好会という形で勇者適性の高い少女達を集めたグループが存在している。その中で、勇者に選ばれるのは一組だけ。統計から言えば選ばれない確率の方がずっと高いし、選ばれなければ選ばれないで、皆にはこの事はずっと黙っていようと思っていた。

 

 大赦の事も、勇者の事も、バーテックスの事も。

 

 樹や友奈は、何も知らないままでいられるならそれが一番良い。そう思っていた。

 

 だが、実際には自分達が選ばれるのだろうと……確信に近い予感を持ってもいた。

 

 そうでなければ、二年前からお役目に従事している現役勇者の須美が勇者部に所属している理由が説明付かない。

 

 それでも……実際に選ばれるまでは「もしかしたら」「ひょっとして」と一縷の希望も持ってはいたのだが……たった今の須美の告白で、その可能性も摘み取られた。

 

「……それで、風先輩……友奈ちゃんには私から話すとして……樹ちゃんの事ですが……」

 

「……」

 

 風は押し黙ってしまう。

 

 つい先日、もし自分に隠し事があって孤立無援の状況に在ったとしたらどうするかと、妹に問うたのだが……

 

 樹は言った。

 

『付いて行くよ。何があっても。お姉ちゃんは唯一の家族だもん』

 

 それを聞いて分からなくなった。

 

 どうすれば、良かったのだろうか。

 

 全てを打ち明けて、一緒に戦うべきなのか。

 

 それとも、戦わせないべきなのか。

 

 自分は、どうすべきなのか。

 

 握り締められた風の拳に、須美がそっと手を添えた。

 

「風先輩、あまり一人で背負い込まれないように……私も、先達として出来る限りの事はさせてもらいますから……」

 

 何もかも一人で背負って、それで魂の欠片一つ残さずに、自分の全てをお役目に捧げた先輩の事が思い出される。

 

 確かに瑠璃の行いは自分達も含めて、世界も仲間も、多くを救った。今となっては誰もそれを覚えてすらいないが。

 

 だが……それでも、覚えている自分達の中には例えようも無い喪失の痛みが今も残っている。

 

 瑠璃自身なら「そんなセンチメンタリズムに頓着するのは無駄であり無意味よ」との一言でバッサリ切り捨てるのだろう。だが、須美達も含めて人の心はそう簡単には出来ていない。

 

 それを踏まえた上で……どうするのが最善なのかは須美にも分からない。

 

「……いずれにせよ、残された時間は多くありません。打ち明けるかどうかは……風先輩が決めて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の練習は終わり、昼休みに須美は友奈を二人きりで昼食に誘った。

 

 大親友からの申し出なので、一も二も無く快諾して無人の会議室にやってきた友奈。

 

「それで、話って何? 東郷さん」

 

「うん……友奈ちゃん、食べながら聞いて」

 

 机に弁当を広げた須美が言う。しかし、そんな軽い話題でないのは深刻そうな彼女の表情を見れば一目瞭然、問わず語りであった。

 

 対面の席に着いていた友奈だったが、立ち上がると須美の傍までやって来て視線を合わせ、手を握る。

 

「友奈ちゃん?」

 

「東郷さん、勇者部五箇条、悩んだら相談だよ!!」

 

 元気の良い親友の笑顔を見て、須美は少しだけ救われた気がした。

 

 どう言われるかは分からないが……打ち明けよう。自分が知る全てを。須美はそう決めた。

 

「友奈ちゃん、良く聞いて。私は、実は……ん!?」

 

 言い掛けて、須美の言葉は途切れてしまう。

 

「……? どうしたの、東郷さん……」

 

「……来た……」

 

「え……?」

 

 その時だった。

 

 二人のポケットの中のスマホが、けたたましい警報音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、大赦本部の道場。

 

 鍛錬の最中であった園子と夏凜のスマホも、同じ警報音を立てていた。

 

 画面には「樹海化警報」と大映しになっている。

 

「……これは……!!」

 

「うん……」

 

 烏天狗と義輝。それぞれの持ち精霊が、姿を現した。

 

「行くよ、にぼっしー」

 

 

 

 

 

 

 

 ショッピングモール・イネスの屋上。

 

 今日、ここでは国防仮面の握手会が開催されていた。

 

 元々、国防仮面は銀が人前でもマスコットモードにならずに活動する為の変装であったのだが、これはこれで結構気に入ったのか、最近の銀はこの格好で街に繰り出しては昔の彼女がそうだったように、道を渡るお年寄りに手を貸したり迷子を案内したりと、精霊になっても変わらない巻き込まれ体質でトラブルの解決に尽力していた。

 

 最初は色物を見るようだった町の人達の視線も徐々に変わっていき、半年が過ぎた今ではご当地ヒーローかさもなくばゆるキャラのように、こうしたイベントに招待されるまでになっていた。

 

<さあ、みんな!! 大きな声で国防仮面を呼ぼう!! 国防かめーーーん!!>

 

 司会のお姉さんのマイク音声が、青空に響いていく。

 

「「「国防かめーーーん!!」」」

 

 子供達が声を揃えて叫ぶ。

 

 それを合図に特設ステージの幕が開いて、国防仮面が姿を現した。

 

「国を衛れと人が呼ぶ!! 愛を衛れと叫んでる!! 憂国の戦士・国防仮面見参!!」

 

 宙返りして舞台に降り立つ国防仮面。

 

 大きな拍手に包まれる会場。

 

 国防仮面は手を振ってそれに応えていたが……

 

「ん!」

 

 何かに気付いて舞台を降りると、丁寧に人混みをかき分けて進んでいく。

 

「ありがとう。ごめんな」

 

 そうして国防仮面が進み出た先には、兄弟なのだろう二人組の男の子がいた。

 

 兄に手を繋がれた弟は、ぐすっと泣いている。まだ二人だけでイネスに来るような年でもなさそうだし、一緒に来ていた親とはぐれたのだろう。

 

 国防仮面はしゃがんで弟の方に視線の高さを合わせると、そっと手を差し出した。

 

「ほら、泣くなよ。泣いて良いのは、親に預けたお年玉が返ってこないと悟った時だけだぞ」

 

「……」

 

 そっと差し出されて待っている手に、小さな小さな手が重ねられた。

 

 国防仮面は両手で、その小さな手を優しく包み込んでやる。

 

 いつの間にか、幼子の泣き顔は笑顔に変わっていた。

 

 わっ、と観衆から歓声と拍手が上がって……そして、徐々にまばらになっていくのではなく、いきなりそれが途絶えた。

 

 途絶えたのは、歓声と拍手だけではない。

 

 いつの間にか、世界から全ての音が失せていた。

 

 雲は流れるのを止めて、鳥も空間に静止していた。

 

 時間が止まっている。

 

 バーテックスの侵攻、それに伴う樹海化現象の前触れだ。

 

「……来たか」

 

 国防仮面は立ち上がると、軍帽と覆面を取り去ってその下にあった三ノ輪銀の顔を露わにする。

 

 須美から聞かされては居たが……神託があってその日の午後とは、思ったよりも早かった。

 

 じっ、と銀はかつて大橋のあった方向を睨む。

 

 そうした後で、もう一度振り返ってしゃがみ込むと兄弟と同じ視線になった。

 

 時間が止まっていて、もう見えても聞こえてもいないし、触れている事も分からないだろうがそれでも、その二人の頭を優しく撫でてやる。

 

「鉄男、金太郎……姉ちゃん、頑張ってくるね。お前らが安心して暮らせるように、悪い奴をやっつけてくるよ」

 

 ぐっ、と両の手で二人を抱く銀。

 

 もう一度、頭を撫でてやってそして立ち上がると、大橋の方へと振り向いた銀はマントを翻し、戦場へ向けて飛び立った。

 

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