「と……東郷さん……ここは……」
視界の果てまで、見た事も無い植物で覆われた世界。
友奈は、当然の反応であるが呆然と立ち尽くしていた。
「……友奈ちゃん。ここは樹海といって……神樹様の力で創られた結界なの」
「えっと……夢じゃ、ないんだよね……」
「ええ……」
もし夢だったらどれほど良かったろうという言葉を、須美は呑み込んだ。
「友奈ちゃん、携帯を見て」
「う、うん……」
見ると携帯の画面はいつもの待ち受けとは変わっていて、指示されたアイコンをタッチすると、地図アプリが開いた。そこには「結城友奈」「東郷須美」と書かれた点がほぼ同じ箇所にあって、少し離れた所に「犬吠埼風」「犬吠埼樹」と書かれた点が表示されている。
「これ、風先輩と樹ちゃんが……」
「良かった。二人とも近くに居るわね。友奈ちゃん、取り敢えず合流しよう」
「う……うん……」
慣れた様子で樹海を歩く須美に続くようにして、おっかなびっくり移動する友奈。
数分で、犬吠埼姉妹とは合流出来た。
「友奈、東郷!!」
「風先輩、樹ちゃん!!」
取り敢えず一安心と、須美は一息吐いた。
「……では、改めて状況を説明するわね」
風と須美。事情を承知している二人はそれぞれ目を合わせて頷き合う。
「友奈ちゃんにはさっき言ったけど、ここは神樹様が創った結界なの」
「神樹様が……じゃあ……悪い所じゃないんだよね?」
「ええ……でも、ここで私達は、戦わなくちゃならないの」
「戦うって……お姉ちゃん、何と……?」
「それは……」
風が言い掛けた所で、スマホがピピピと警報音を立てる。
「!」
見れば画面に表示された地図上に別の光点が表示されている。その数は4つ。「乙女座」「蠍座」「射手座」「蟹座」とあって、ゆっくりとだが4人の居る位置に近付いてくる。
「この点は……?」
「それはバーテックス。神樹様を壊す為に攻めてくる、人類の敵よ」
「奴らが神樹様に辿り着いた時、世界が終わる。だから神樹様に選ばれた私達は、それを防ぐ為に戦わなくちゃならないの。私はその為に、勇者部のメンバーを選んで……そして東郷は、ずっと前から戦ってきたの」
「で、でもお姉ちゃん、戦うってどうすれば……」
樹の疑問も当然だ。普通の中学生でしかない自分達に、そんな怪物と戦う術などある筈もない。
普通なら。
「方法はあるわ。それには戦う意志を示して、このアプリの機能をアンロックして神樹様の勇者に……」
「風先輩、待って!!」
風を切る音が聞こえてくる。
こちらに、砲弾が飛んでくるのが見えた。
まだ、自分達の存在を気付かれるような距離ではない。恐らくはヴァルゴ・バーテックスがめくらめっぽう乱射した卵形爆弾の、下手な鉄砲の流れ弾が数発、こちらに飛んできたのだ。
「っ!! いけない……!!」
咄嗟に、須美が前に出た。
既に勇者アプリを起動させている自分や風はいざ知らず、まだアプリの隠し機能を使っていない友奈と樹には精霊の加護は働かない。バーテックスの攻撃が、掠めるだけでも命に関わる。
ならばこの身を盾とする。
可能な限り精霊・青坊主のバリアで攻撃を防ごうと試みるが……
『防ぎきれない……?』
飛んでくる爆弾は広範囲に拡散している。
精霊の自動防御バリアが発動するのはあくまでも自分の主たる勇者への攻撃のみ。他人への攻撃には反応しないし、勇者が任意にバリアを発生させる事も出来ない。
その時だった。
何の前触れも無く視界一杯に、花びらが舞った。
ルドベキアを思わせる、光り輝く黄色い花びらが。
その花びらは一つ一つが精霊バリアに似た力場を纏っていて、飛来した光弾を一発も通す事無く、完璧に防ぎ切った。
「……今のは……?」
精霊バリアではない。
振り返って見るが、風でもなかった。彼女もまだ、勇者には変身していない。当然、この場には銀も園子も夏凜も居ない。アプリを一度も起動させていない友奈や樹では勿論無い。
その誰のものでもない何か別の力が働いて、自分達を守ってくれた。
『……須美、急ぎなさい。時間が無い……』
「!!」
須美は、思わず耳に手を当てた。
今、脳裏に響いた声は……では、今の攻撃から自分達を守ってくれたのは……
考えるが、しかし今はそんな場合ではないと思い直した。
時間が無いのは、確かな事だ。
「風先輩、もう時間がありません」
「……そうね東郷……最初から4体なんてちとキツイけど……やるしかないか……!!」
ぱんぱんと頬を叩いて気合いを入れると、風は妹と後輩に向き直った。
「友奈、樹……ここは私と東郷で何とかするから……二人は逃げて」
「駄目だよ、お姉ちゃん!!」
「樹……」
背に庇っていた妹を振り返る風。樹の手や体は震えている。それでも、涙目になっても、その目には火が点っていた。
「お姉ちゃんを残して行けないよ……!! 付いて行くよ、何があっても!!」
「樹……」
「私も征くよ、東郷さん」
「友奈ちゃん……」
須美には、まだ迷いがあった。
友奈の適性は確かに四国中の少女達の中でも最高値ではあるが、夏凜のように長年訓練を積んでいる訳では無いし須美や園子のように実戦で鍛えられている訳でもない。事実、握った拳は、震えている。
怖いのだ。
当然だろう。須美とて怖い。どれだけ訓練を積んで、修羅場をくぐり抜けた所で恐怖という感情は残留する。ましてや命のやり取りなど経験した事が無い友奈ならば尚の事だ。
「……友奈ちゃん。無理する事は無いのよ? 私には隠さないで。怖いんでしょ?」
相当な実戦を経てきた須美の目からすれば、どれだけ強がっても、恐れは隠しきれるものではない。
友奈は僅かな時間だけ考えた後で、頷いた。相手が大親友の須美だから、彼女は隠さなかった。
「……そうだね。怖いよ。泣いて逃げ出したいよ」
「じゃあ」
「それでも!!」
ざっ、と足を踏み締める。
「私は、勇者だから」
「!!」
「あの……バーテックスが神樹様に辿り着いたら……世界が終わるんだよね。誰かが泣いたり、怖い思いをするんだよね」
「ええ……」
「だったら、逃げるなんて出来ない。本当の勇者は、命を守る事が出来る人の事を言うんだから!!」
「!!」
須美が、目を見開いた。
「……瑠璃、さん……?」
「え? 東郷さん?」
「い、いえ……何でもないわ。友奈ちゃん」
一瞬だが……友奈に重なるようにして、瑠璃の姿が見えた気がした。
全てを守って戦い抜いた、偉大な勇者の姿が。
『あぁ……そうか……』
この時須美は、一つの事が理解出来た。
友奈は、瑠璃とはまるで違う。
でも、それでも。瑠璃の姿を見てしまう程に、友奈は勇者として生きているのだ。
たとえ、存在の全てが燃え尽きて、現世から姿が消えて、人の記憶からすらも喪われても。
それでも、遺るものが確かにある。
友奈の中にもまた、瑠璃が生き続けているのだ。
「分かった。私が援護するわ。友奈ちゃん、征こう!!」
「樹、続いて!!」
勇者部一同が、一斉にアプリの機能を解放する。
瞬時に、闘志に反応して神樹の力が流れ込んで4人の衣装を勇者装束へと変化させる。
友奈の装束は山桜を思わせるピンク色。
須美の装束は朝顔のような青色。
風の装束はオキザリスのような黄色。
樹の装束は鳴子百合を思わせる緑。
全員の変身が完了した事を確かめると部長である風が一歩前に出て、具現化した大剣を前方の敵集団へと翳した。
「じゃあ、征くわよ。勇者部一同、ファイトーーーーっ!!」
「「「おおーーーーっ!!!!」」」