天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第3章 勇者の章
第27話 勇者の帰還


 約二年前。

 

 神樹の結界外部に展開された瑠璃の満開、超大型城塞神殿複合構造体。その最深部に存在する王の宮にて。

 

「……銀、銀。いるかしら?」

 

「はい、先輩」

 

 玉座に座る……と、言うよりはもう縛り付けられているか置かれていると表現すべき瑠璃の声を受けて、空間から銀が姿を現した。

 

 瑠璃はもう、四肢のどれ一つも自分では動かせない。それらの機能は全て神樹への供物として捧げた。

 

「すまないけど……私のスマホを、取ってくれないかしら? 写真が、見たいの」

 

「……はい、すぐに」

 

 玉座の傍らに置かれていたスマホを取ると、教えられていたパスワードを打ち込んで写真アプリを立ち上げる。

 

 そこに保存されていた写真を、銀は角度に気を遣いながら瑠璃に見せた。

 

 合宿の最終日に、安芸先生も含めて5人で花火をした時の写真。

 

 瑠璃がボランティアで訪れている養護施設で、子供達と遊んだ時の写真。

 

 カプリコーン・バーテックスを撃退した祝勝会で、羽目を外しすぎて乱痴気騒ぎを演じた時の写真。

 

 銀はそれぞれの写真を、きっかり10秒ずつ表示してそして次の写真にスライドさせていく。

 

「……銀? ごめんなさい、良く……見えないの。良く、見たいのに……」

 

「……先輩、ちょっと……失礼しますね」

 

 銀は、取り出したハンカチで瑠璃の目元を拭った。

 

 いつの間にか、瑠璃の左目からは涙が流れていた。それで、彼女の視界が滲んでいたのだ。

 

「……須美……園子……安芸お姉ちゃん……どうか……どうか……次の戦いが始まるまでは、安らかに……それまで……この私が消える迄は……私が世界を守るから……」

 

「うっ……うっ……」

 

 いつの間にか、銀の目からも涙が滂沱と溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 現在、大赦本部の社殿。その一室。

 

 アプリを立ち上げて勇者装束に身を包んだ須美に、銀が深刻な顔をして詰め寄っていた。

 

「なぁ……須美。今からでも遅くないから、止めようよ。こんな事……!!」

 

「……」

 

 だが須美は、無言で首を振るばかりだ。

 

「先輩が、須美を生贄に捧げようとするなんて絶対に何かの間違いだよ!! だって、先輩は……」

 

「……それは、分かっているわ」

 

「じゃあ!!」

 

「でも……他に方法が無いのよ」

 

 須美にも分かっている。

 

 瑠璃は、自分達にバトンを託したのだ。それは自分や園子を信じているからこそだったと、理解している。

 

 だがその瑠璃自身が、須美に生贄になれと言ってきたのだ。それはつまり、他に手段を選んでいられない程に事態が逼迫しているという事だろう。それを裏付けるように、数日前には大赦の人間が須美の家にやって来て、須美に捧火祭にて天の神に捧げられる巫女の役目を担って欲しいと言ってきた。

 

 女性神官の話では、防人達が行った調査で実際に世界を包む炎は勢いを増している事が確認され、このままでは神樹の結界を破って現実世界にまで影響が出かねないとの事だった。

 

「……銀、あなたにこんな事を言うのは卑怯だと思うけど……今なら、あの時の瑠璃さんの気持ちが少し分かる気がするの。それに、あなたの気持ちも」

 

「……!!」

 

 そう言われると、銀は言葉に詰まってしまう。

 

 あの時、瑠璃は言っていた。

 

 たとえ自分が四国に帰れなくても、戦う意味があるのなら。自分が戦う事で四国が残り、後に続く者を守れるのなら。

 

 ならば、戦えると。

 

 銀も、同じ気持ちで彼女に付いて行った。

 

 だから、須美がそうしようとする事を……銀は止められない。

 

「……須美……」

 

「……銀、どうか、後の事はお願い」

 

 立ち上がった須美が部屋から退出しようとして……出口の所で、立ち止まった。

 

「……銀、友奈ちゃんには……瑠璃さんのお告げの事は言わないで……それを知ったら……きっと友奈ちゃんは苦しむから……」

 

 

 

 

 

 

 

 東郷須美の存在が、世界から消えた。

 

 数日後に、勇者部が僅かな違和感からその事実に気付いた。

 

「教室からは机も消えていて、誰も東郷の事を覚えてない……」

 

「写真からも居なくなってる……」

 

 勇者部の部室にて、夏凜が写真を見ながら吐き捨てた。文化祭で行った演劇の際に撮った記念写真だ。少し前までは何の違和感も覚えなかったが、記憶を取り戻した今になって見直してみると、写真に不自然な空間が空いているように思う。

 

 本来なら、そこに須美が居たのだ。

 

「まるでタチの悪いイジメね……」

 

「けど、そんな単純なものじゃないよ。これは……写真や名簿は兎も角として、みんなの記憶からも東郷さんの事が消えてしまっているなんて……」

 

 友奈が額に手を当てる。

 

 記録や写真を改竄するのは大赦の権力があればどうにかなるであろうが、人の記憶を何の後遺症も無くしかも特定の人間に関する事だけピンポイントで抹消するなど、そんな事が人の手で可能なのであろうか?

 

「……いくら大赦でも、こんな事が……」

 

「人の手では不可能……じゃあ……神樹様が?」

 

「……もしかしたら、ね……」

 

 考察はいくつか出来るが、しかし結論は出ない。

 

 この場での議論が行き詰まったと見てか、園子が立ち上がった。

 

「……兎に角、私が一度大赦に行って聞いてくるよ」

 

「分かった。それまで、私達の方でも調べられるだけの事は調べておくわ。乃木、任せたわよ」

 

 部長として、風が全員の意見の代弁として纏めた。

 

 友奈達にも異存は無いようで、全員が頷く。

 

 そうして園子が部室から出ようとした、その時だった。

 

「はぁ……こんな時、瑠璃さんが居てくれたなら……」

 

 溜息交じりに、夏凜がそう零した。

 

「……!?」

 

 ドアに掛けていた、園子の手が止まった。

 

 弾かれたように、ばっと振り返る。

 

「えっ!? 夏凜ちゃん、瑠璃さんを知ってるの?」

 

 それを聞いて、友奈も夏凜に向き直った。

 

「え? ええ……瑠璃さんなら知るも知らないも……私達の三代前に選ばれて、5年間も世界を守り続けてきた伝説の勇者で……私の剣の先生でもあるんだけど……何? 友奈の知り合いだったの?」

 

「う、うん……瑠璃さんは、私の武術の先生で……」

 

「待って!! ゆーゆ、にぼっしー!!」

 

 掴み掛らんばかりの剣幕で、園子が詰め寄ってきた。

 

 いつものほほんとしている彼女からは、想像も付かないような取り乱しようだった。

 

「その……瑠璃さん……って、天さんの事だよね? 天動瑠璃さん……」

 

「う、うん……」

 

「当たり前じゃない? 園子だって、一緒に戦ってたから知ってる筈じゃあ……」

 

「……!! まさか!?」

 

 園子は一つの事に思い至って、懐からスマホを取り出して写真アプリを立ち上げた。

 

 合宿最終日の花火の写真。

 

 児童養護施設にボランティアに行った時の写真。

 

 バーテックスを撃退して、祝勝会をした時の写真。

 

 その全てに、瑠璃が写っていた。

 

 少し前までは、今の須美のように在るべき場所から姿が消えてしまっていた筈なのに。

 

「……これは……」

 

 

 

 

 

 

 

 大赦の一室。

 

 誰も居ないその部屋には勇者達の端末が安置されている。勿論、須美が預かっていた瑠璃の端末も。

 

 そこに、銀が出現した。須美にはここに残るように言われたが、放っておく事など出来る筈が無かった。

 

「やっぱり……こんなのおかしい」

 

 一年半も、ずっと瑠璃と一緒に戦っていた銀には分かる。瑠璃がどれほど、須美や園子の事を想っていたか。

 

 その証拠に瑠璃は、体が動かなくなるまでの時間を全て、満開の研究に費やしていた。

 

 それはもう自分は四国には帰らない覚悟でいて、それでも須美や園子や、次代の勇者達……つまり友奈達勇者部を守れるように。自分のように散華してその体を供物として捧げる事が無いようにする為のものだった。

 

 満開の代償として散華して、体を供物として捧げ、犠牲になる勇者が自分で最後になるように。

 

 どれだけ怖くて、辛くて、苦しかったろう。

 

 滅びの世界で、たった独りで、少しずつ自分という存在そのものが削られていって、消えていって。

 

 瑠璃がどんな思いだったか、銀には分からない。あまりにも自分の理解を超えていて、想像する事すらも出来ない。

 

 でも、それでも彼女はそれを超えたのだ。

 

 そして、それでも後に残る人達……須美や園子の事を、想い続けて。

 

 最後に、分身である精霊・浄玻璃がスマホを銀に託した。それは瑠璃の想いそのものだった。

 

 そこに入っていた研究成果と戦闘データによって勇者システムは改良されて、満開は散華無しで使えるようになった。

 

 それは人の執念が、死をも超える事が出来る事の証明だった。自分の存在そのものがこの世界から消えた後でも、瑠璃は須美や友奈達を守り続けているのだ。神樹の中で生き続けて見る事も触れる事も出来なくなっても、尚。

 

 そこまで強く想っていた須美に、生贄になれと言うなんて絶対におかしい。

 

 状況が変わったと言ってしまえばそれまでだが……でも、納得出来ない。しっくりと来ない。

 

「……アタシが須美みたいに、巫女の適性があれば先輩から詳しく話が聞けるかも知れないのに……」

 

 愚痴ってみるが、しかしいつまでもこうしていても始まらない。

 

 兎に角須美の所へ駆けつけようとして……でも、まだ少しだけ迷いが残っていた。

 

「先輩……どうか、アタシに言って下さい。須美を助けに行くから、準備をしろと……」

 

 祈るようにそう呟いて、すぐに銀は自嘲するように首を振った。

 

 自分には、もう瑠璃の言葉を聞く事など出来ないのに。それは心の弱さなのだろう。

 

 と、銀が考えたその時だった。

 

「銀、須美を助けに行くわ。準備をしなさい」

 

 勢い良く部屋の扉が開いて、全裸の少女が飛び込んできた。

 

「なっ……!?」

 

 全ての予想を超えた事態に、銀はぽかんと口を開けたままになる。

 

 だが、同時に一つの事を理解していた。

 

 顔立ちに共通点はあるが幾分幼いし……身長は覚えているよりもずっと低いし、体付きも未発達だ。

 

 髪は濡れたような黒色で、白髪が交じっていない。

 

 何より失われていた筈の右目もあって、自分を見ている。

 

 しかし、それでもこの少女が誰なのか。銀にはすぐに分かった。

 

「……先輩」

 

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