天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第28話 神造の体

 穏やかな光と、心地良い暖かさが満ちる空間。

 

 この世界の何処でもない場所を、本来の彼女の肉体よりも少しばかり若返った瑠璃が歩いていた。

 

「……征くのだな」

 

「……初代様」

 

 背後から掛けられた声に振り返ったそこに立っていたのは、桔梗をモチーフとした蒼い装束に身を包んだ勇者。かつて壁の外で呼び声に応え、バーテックスとの戦いに駆け付けてくれた乃木若葉だった。偉大な先達を前にした瑠璃は、腰を90度に折って頭を下げた。

 

「はい。再び……死地へ。私は、勇者なれば」

 

 頭を上げる。

 

 そこにはいつの間にか、大勢の勇者が集まっていた。

 

 皆、瑠璃の呼び声に応えてあの時、戦いに参じてくれた面々だった。

 

「頑張って」

 

「何かあったらタマを呼びタマえ!!」

 

「気を付けて下さいね」

 

「……危なくなったら逃げなさい」

 

「諦めなければ、きっと何とかなりますよ」

 

 勇者達がそれぞれの言葉で、瑠璃に語り掛ける。

 

「ごめんね、瑠璃ちゃん。また、あなただけに戦わせて……ごめんね。本当にごめんね」

 

「……一緒に行く事は出来ないけど。けど瑠璃、私がいつも付いているわ。忘れないで」

 

「先輩、どうか……ご武運を」

 

 多くの者の激励や応援に送り出され、そして瑠璃はもう一度頭を下げた。

 

「必ず、勝ちます。繰り返されてきた勇者の、戦いの歴史を……今代の子らで最後にする事を、誓います」

 

 それは虫の良い祈りなどではない。

 

 必ずや成し遂げるという、確固たる決意の宣言だった。

 

 瑠璃は、顔を上げて歴代の勇者達に背を向け……光の指す方向へと歩き始める。

 

 彼女は、振り返らずに、歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先輩……なんです、よね……」

 

 現れた全裸の少女、瑠璃を見て、陸に打上げられた魚のように口をぱくぱくさせながら、震える手で指差して銀が尋ねてくる。

 

「そうよ、久し振りね、銀」

 

 無表情の棒読みで、少女が応じる。これは確かに瑠璃の特徴だった。

 

 やはり間違いなく、この少女は瑠璃だ。確信する銀。

 

「せ、先輩なんで……い、いやそれより、その体は……!!」

 

「質問も良いけど……銀、その前に何か服をくれないかしら? 流石にこのままじゃ落ち着かないのでね……」

 

「は、はい……」

 

 産まれたままの姿の瑠璃に言われて、銀は部屋の中にあった肌襦袢を渡す。

 

 それを羽織って肌が隠れた所で、ようやく人心地付いた瑠璃が銀に向き直った。

 

「さて……じゃあ、質問に答えようかしら。ただし、これから須美を助けに行くのだから……あまり時間も無い。手短にかつ論理的に頼むわ」

 

「……」

 

 そう言われると、銀も言葉に詰まってしまう。どちらかと言えば感覚や直感を頼みとする彼女は、論理立てて考えるのは不得手だ。そういうのは須美の領分だろう。

 

 少し考えて、尋ねる。

 

「じゃあ、先輩……まずは教えて下さい。先輩が、須美に生贄になれと言ったってのは、本当ですか?」

 

 この問いには、瑠璃は明確に否定してくれると銀は信じていた。

 

 第一、否定するのでなければあれほど必死に須美達を守ろうとしていた瑠璃の行動と矛盾する。彼女達を犠牲にすまいとあんなに頑張って、自分が消えるまで戦ったのに、今になって須美に犠牲になれと言うなど、どう考えてもおかしい。

 

 果たして、瑠璃の回答は。

 

「事実よ」

 

「ええっ!?」

 

 思いもしなかった肯定の答えを返されて、思わず銀は瑠璃に歩み寄った。

 

「どうして!! 理由を聞かせて下さい!!」

 

「まだ話せないわ」

 

「……っ!!」

 

 思わず掴み掛りそうになって……しかしはっと気付いた。

 

 瑠璃は今、何と言ったのか。それをもう一度、よく考えてみる。

 

 一拍置いて僅かばかりなれど頭を冷やして、そして尋ねた。

 

「まだ、話せないという事は……いずれは、話してくれるって事ですか?」

 

「そうよ」

 

 これは決して妄言や誤魔化しの類いではない。長い間一緒に居て、一緒に戦い続けた銀にはそれが無根拠で理解出来た。そう考えると、随分と気分が落ち着いたのが自分でも分かる。

 

 何か、話せないだけの理由がある。それで今は納得しろという事だろう。

 

「……では、もう一つ教えて下さい」

 

「……」

 

 瑠璃はそっと手を動かして招くような動作を見せる。これは「どうぞ次の質問を」という意味だ。

 

「先輩は、須美を助けに行くって言いました。つまり先輩は、最初から須美を死なせる気は無かったって事ですか?」

 

「その通りよ」

 

 今度は、瑠璃は銀の望む通りの答えを返してくれた。

 

「私は確かに須美に生贄になれとは言ったけど……生贄になって死ねとは一言も言っていないわ。だから、あの子が死ぬ前に助けに行く」

 

「なっ……!!」

 

 とんでもない屁理屈を平然と述べられて、銀は閉口した。

 

 しかし、だとしたら何の為に瑠璃は須美を生贄に出したのだ?

 

 疑問を解消する為に質問したら、疑問が増えた。

 

「じゃあ、先輩は……」

 

 更に質問を重ねようとした、その時だった。

 

 部屋の扉が開け放たれる。

 

 精霊の体に組み込まれたプログラムによって、銀が強制的に精霊・巴御前のマスコットモードへと変化した。

 

「乃木様、端末はこ、ち……ら…………」

 

 園子を案内していた女性神官が、瑠璃の姿を見て言葉に詰まった。

 

「て……天、さん……い、いや………でもちっちゃい……? え? え?」

 

「久し振りね。園子」

 

 目を見開いて驚愕する園子。

 

 女性神官はよろよろと数歩後ずさると、壁に背中をぶつけた。

 

「瑠……璃……ちゃ…………天動……瑠璃様……」

 

 努めて平静を装うが……声が、微妙に震えている。

 

「じゃ、じゃあ……この人はやっぱり……」

 

「はい……天動瑠璃様……三代前に神樹様に選ばれた、偉大な勇者様です。乃木様も知っての通り……二年前、バーテックスから四国を守護する為に……一人、壁の外へと残られ……そして、端末だけが帰ってきて、東郷様に預けられていました……し、しかしそのお姿は……」

 

「……」

 

 あぁそうか、と納得した表情を見せる園子。

 

 瑠璃の存在が消えた時は、彼女のスマホは大赦から紛失した事になっていた。今は瑠璃が再び居た事になった、正確には正常な状態に戻ったので、認識もそのように修正されたのだろう。

 

「話は歩きながらするわ。あなた達が探していたのは、これでしょう?」

 

 瑠璃は、部屋の祭壇に安置されていたアタッシュケースを手に取った。

 

 中を開けてみると、5つのスマホが入っていた。そしてもう1つ、スマホが収まるべきスペースが空いている。

 

「……わっしーの端末だけ……」

 

 ケースを閉じると、瑠璃は取り敢えず外に出れるよう服装を整える。

 

「これより私と、讃州中学勇者部は東郷須美の救出の為、出撃するわ」

 

 静かな声だが……これは要求でも申請でも無い。単なる決定事項の通達でしかないという有無を言わせぬ口調であった。

 

「確かに、お伝えしましたよ」

 

「は……」

 

 念押しするように言われて、女性神官は頭を下げる。

 

 瑠璃は「よし」と頷くと、園子をじっと見た。園子も頭を切り換えて、頷き返す。

 

「では……行くわよ。園子」

 

「はいよ、天さん!!」

 

 ケースを持って退室しようとする二人。と、その時。

 

「天動様」

 

「!」

 

 後ろから掛けられた声に、瑠璃は足を止めて振り返った。

 

 そこには女性神官が、跪いて額を床に付け、土下座していた。

 

「……どんな姿になられようと……お帰り下さった事を心から嬉しく思い……大赦を代表して、お祝い申し上げます」

 

「……あなたも、お元気そうでなによりです」

 

 瑠璃はそれだけを返して、そして今度こそ部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「て、天さん……その体は……どうして、私達と同じぐらいに?」

 

 ずんずんと讃州中学への道を歩いて行く瑠璃。その後ろを早足で追い掛けながら、園子が尋ねてくる。

 

「そう、それ!! アタシもそれが聞きたかった」

 

 銀も再び出現して、園子と並んで歩き始めた。

 

「結論から言うなら、趣味と実益よ」

 

「「……は?」」

 

 瑠璃の回答はあまりにも予想を超えていて、一瞬、園子と銀の目が点になった。

 

「順を追って話すわ。こっちでは、少し前から友奈ちゃんが目を覚ました筈だけど……その後、友奈ちゃんはしばらく体が上手く動かなくなっていなかった?」

 

「そう言えば……」

 

「でもあれは、ゆーゆはずっと寝たきりだったから……」

 

 長期間の運動不足に伴う廃用性症候群だと思っていたが……しかし瑠璃が話題に上げるのだ。実際には違うのだろうと、すぐに分かった。

 

 二人とも、この先を聞くのが怖くなった。

 

 鬼が出るか蛇が出るか。どのみち、おっかないものしか出てこないに決まっている。

 

「……あれは『御姿』と呼ばれるものでね……私の研究で、満開の後の散華……それによって喪失した機能が回復する場合はそうなるだろうと、理論上は分かっていたのよ」

 

 ただしそれが実証される前に、瑠璃は存在そのものが世界から消失してしまったし、それ以降に満開を使った者は既にシステムが改良されて、散華が起こらなくなっていた。だから、今まで実際には体機能の返還という事象が発生しなかったのだ。

 

「……御姿……」

 

「……極々簡単に言うと、散華によって喪失した機能が戻った場合、それはその本人の体機能がそのまま本人に返却された訳ではなく……神樹様がその機能を新しく作って、それをその勇者に与えたものなの。だから、与えられた機能がその人の体に馴染んで、その人の物になるまでにはある程度の時間が掛かるの」

 

 つまり、散華によって視力を失った者はいきなり本来の視力に戻るのではなく、最初は盲目状態が弱視や近眼に戻るぐらいから始まって、徐々に視力が回復していくという段階を踏むのだろう。

 

「待って、天さん……じゃあ、ゆーゆは……?」

 

「……友奈ちゃんは、最後の戦いで御霊に触れたのが原因で、全身が散華に近い状態になったから……全身が、神樹様の作られたパーツのようになっているの」

 

「そんな……!!」

 

 それだけでも衝撃的だが、園子はその先にまで思い至っていた。

 

「待って……ゆーゆでそれなら……じゃあ、天さんは?」

 

「私の場合も似たようなものよ。ただし、私は最後の満開で、存在そのものが神樹様に捧げられ……そして私を構成する要素全てが神樹様の中に揃った事で、私はもう一度、神樹様の中で「天動瑠璃」として再生する事が出来た。これは、私にも……恐らくは神樹様の予想をも超えていた事なのでしょうね」

 

 だから神樹も、こればかりは予言出来なかった。

 

 瑠璃が二度と四国の土を踏む事は無いという神託は、今を以て覆された事になる。

 

「ただし私の場合は、肉体は残っていた友奈ちゃんと違って、肉体も現世から消滅してしまっていたから……こちらに来る為には、体を一から新造する必要があったの」

 

「し……新造……」

 

「だから……その体に?」

 

「えぇ」

 

 瑠璃は頷いた。

 

「一度肉体を失って、その軛から解き放たれた私にとって……既に肉体は魂の入れ物でしかない。姿形など、今の私にとっては至極無意味なもの……だから、本来の体よりも少し小さめの体を用意したのよ。あまり大きい体にすると、造る為にその分神樹様の力を余計に使ってしまうからね。まぁ、本来の年齢より若い体にしたのはささやかな遊び心というものよ。目を治したのもね」

 

 にこりともせず、変わらない無表情と棒読み口調のままで、瑠璃は昔は長い前髪に隠され、その下はがらんどうだった右目の下をつんと突いた。

 

 話の内容だけ聞けばおどけているようだが、瑠璃は少しも楽しそうではない。

 

「「……」」

 

「さて」

 

 瑠璃は立ち止まると、二人を振り返った。

 

「須美を、助けに行くわ。付いてきなさい、二人とも」

 

「「……」」

 

 園子と銀は、顔を見合わせる。

 

 そして、にっと笑い合った。

 

「どこまでも、お供致しますよマイマスター!!」

 

「また、一緒に戦えるんだね。天さん」

 

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