天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第29話 煉獄に降る雪

「初めまして、讃州中学勇者部の皆さん」

 

 供回りのように園子と国防仮面を両脇に従え、部室のドアを開いて現れた少女。

 

「? 誰、あなた……」

 

「えっと……どなたですか?」

 

「!? る、瑠璃さん……?」

 

「いや……でもまさかそんな……」

 

 彼女を見た勇者部部員の反応は、綺麗に2対2に分かれた。

 

 いきなり現れた全く初対面の相手に困惑の表情を浮かべる犬吠埼姉妹。

 

 一方で友奈と夏凜は、その少女、瑠璃を見て驚きを隠せなかった。

 

 友奈は今から一年ほど前に家を訪ねてきた大赦の人間から、実は瑠璃は大赦で重要なお役目に従事していて、その最中に命を落としたと聞かされていた。ある日突然、慕っていた人が居なくなった。中学生になったばかりの友奈にその訃報は衝撃で、その日は泣き明かしたのを覚えている。

 

 当時、既に勇者候補生で訓練を受けていた夏凜は、友奈よりはもう少しだけ詳しく瑠璃の最期を聞かされていた。

 

 バーテックスを一歩も四国に入れない為に、自ら壁の外側に残ったと。それを聞いた時はしばらく信じられなくて、やがて理解が追い付くと、泣いて、泣いて。そして誓った。自分が瑠璃の遺志を継ぐと。必ず完璧な勇者になって、瑠璃の分まで世界を守り抜くと。

 

 その、瑠璃とそっくりな少女が今、眼前に立っている。

 

「「……」」

 

 疑問と当惑の表情のまま、顔を見合わせる二人。

 

 やがて、ぽんと手を叩く。

 

「あ、そっか。あなた、瑠璃さんの妹さんだね!!」

 

「私も知らなかったわ。あの人に、こんな大きな妹さんが居たなんて……」

 

 と、謎の納得を示してしまった。

 

「なっ……?」

 

 流石の瑠璃も、ポカンと口を開けっ放しになった。

 

 彼女の背後では、園子と国防仮面がくっくっと喉を鳴らして腹を抱えている。

 

「まぁ当然の反応だよなぁ……」

 

「普通そう考えるよねぇ……」

 

「……本人よ。この私は、天動瑠璃」

 

「え……でも……瑠璃さんはもっと大人の女の人だったよ」

 

「そうそう、確かにそっくりだけど、本人と言うのはいくらなんでも無理あるでしょ」

 

 説明してみるが、全く信じてもらえない。しかしこれは全く以て当然と言えば当然の反応だ。

 

「こうなると思ったよ」

 

 国防仮面は苦笑しながら頭を抱える。

 

 死んだと思われていた人間が生きていたなら分かる。そういう事だってあるだろう。崖から落下した先に川があったとか。

 

 だが死んだ人間が生きていて、しかも若返っていたなど……文章にしてもちょっと意味が分からない。いくら勇者として超常的な体験を経ている友奈達とて、はいそうですかと信じられる訳がなかった。しかしところがどっこい、それが現実なのだ。事実は小説よりも奇なりとは、よく言ったものである。

 

 埒が開かないので、瑠璃は証拠を見せる事にした。

 

「では……まず友奈ちゃん。あなたと天動瑠璃が最後に会った時は食事に招待されていて、その時に振る舞われた料理は、300年前に諏訪から伝わった蕎麦だった。違う?」

 

「えっ……そ、そうだよ」

 

「次に夏凜ちゃん、あなたは9才の時、天動瑠璃から訓練を受けていた。そして訓練終了後に彼女を追い掛けていって、良い勇者の資質とは何かを尋ねた。違うかしら?」

 

「……ええ、それは……そうだけど……」

 

 過去の話を、この瑠璃を名乗る少女は見てきたかのように話した。

 

 まだ半信半疑という感じだが、しかし友奈と夏凜の表情が変わった。少なくとも只の冗談として、笑い飛ばす事はもう出来なくなった。

 

 その後も幾つかの質問をしたが、瑠璃は全て淀みなく答えた。夏凜はひっかけ問題として、実際には瑠璃と一緒に行った事など無い場所の話をしたが、しかしこの瑠璃を名乗る少女はそれにも乗らず「そんな事は無かったわ」と即答した。

 

「「……!!」」

 

 ここまでされると、認めざるを得ない。いくら大赦の情報網で調べたりこの少女がやはり瑠璃の妹で姉から話を聞いていたにしても、彼女の回答はあまりにも具体的すぎる。実際にその場に居合わせた者にしか分からない臨場感とでも言おうか、あるいは真実味とでも形容するような重みがあった。

 

 確信する。彼女は本当に、天動瑠璃その人なのだと。

 

「る、瑠璃さん……ホントに、瑠璃さんなんですよね……?」

 

 信じられないという表情で友奈が尋ねてくる。「だから何度もそう言っているのだけどね」と、少し疲れたように瑠璃が応じた。

 

「仮に、仮によ? あなたが瑠璃さんだとして……その体はどう説明するの? 若返ってるなんて……」

 

 夏凜は心では既に認めているが、頭ではまだ認めきれない部分があるようだ。

 

「……まぁ、一言で説明するのは難しいのよ……」

 

 友奈達はかつての満開には散華という隠し機能があった事をそもそも知らないし、瑠璃が散華によって存在そのもの全てが神樹の中に一度還ったという事も知らない。そこから説明するのは、流石に面倒に思える。

 

 それに今は、時間が無い。

 

「それについては後で説明するとして……今は、もっと重要な事があるでしょう?」

 

「「「!!」」」

 

 勇者部一同の顔色が変わった。

 

 瑠璃の登場にも驚いたが、しかし今この状況で重要な事と言えば、一つしかない。

 

「須美を、これから助けに行く。その為に、あなた達にも協力を頼みたいの」

 

「!! 東郷……」

 

「瑠璃さん、東郷さんがどこに居るか、知ってるの!?」

 

「ええ」

 

 友奈は、もうこの少女が天動瑠璃その人である事を疑っていなかった。

 

「詳しい説明は省くけど……須美は今、壁の外で天の神にその命を捧げる儀式を行っている。儀式が進めば、須美は死ぬ。だから、あの子が死ぬ前に助けに行く」

 

「そんな……」

 

 あまりにもあっさりと告げられて、友奈の顔が蒼白になった。

 

「壁の外へ行く方法は、用意してあるよ」

 

 園子が、手にしていたケースを開いた。そこには須美の物を除く、5つの端末が納められていた。

 

 讃州中学勇者部が、お役目を終えた為に大赦によって回収された物だ。

 

「じゃあ、今すぐにでも……」

 

「待って、樹」

 

 風が、端末に手を伸ばしかけた妹を制した。

 

「……天動瑠璃さん……だったわよね。聞きたい事があるのだけど」

 

「……どうぞ」

 

「……あなたは、どうして東郷が壁の外で、そんな儀式を行っている事を知っているの?」

 

 この問いを受けても瑠璃は無表情を崩さなかったが、逆に背後に控えていた国防仮面の方がぎょっとした顔になった。

 

 瑠璃が須美の現状について知っているのは当然だ。須美が捧火祭を行って天の神の生贄となる事を決意したのは、友奈の意識を回復させる為の交換条件として瑠璃自身が提示したからだ。

 

 しかしまさか、それをそのままこの場で言える訳も無い。

 

 一体、どうするのか。

 

 端で見ている銀の方が胃が痛くなりそうだった。

 

「私は5年間も勇者として戦ってきて、その過程で大赦の文献などを閲覧する機会も多く、勇者の歴史についてもあなた達よりもずっと多くの事を知っている。現在、須美が行っている捧火祭についても……その書物で調べたのよ」

 

「……」

 

「残念だけど、今は長々と説明している時間が無いの。須美の生命力は、今この瞬間も削られつつある。彼女の命が尽きる前に、助けなければならない。私が信用出来ないのなら……残念だけどそれは仕方ない。いきなり現れた怪しい人間を信用出来ないのは、当たり前の反応だしね。私は一人でも征くわ」

 

 瑠璃はそう言い切って端末を取り出した。

 

『……先輩は詐欺師としてもやっていけるかもね……』

 

 国防仮面こと銀は、頭痛を感じて額を揉みほぐした。

 

 瑠璃は、風への説明に当たって嘘は一つも言っていない。

 

 彼女が長い間お役目に従事していたのは本当だし、その実績から他の勇者と比べてもある程度は特権的な振る舞いも認められ、発言力もあって限られた者にしか許されない文献や記録に触れる機会もあり、勇者の歴史について詳しいのも本当だ。捧火祭についてもその時に知った知識の一つではあるのだろう。

 

 だから須美が今現在捧火祭を行っているのも知っていると、自分がそうさせるように教唆した事は一言も口にせずに乗り切ってしまった。

 

 しかもその後に、タイムリミットが近いという事を風に教えている。これも嘘ではないが……しかし同時に、考える時間を与えずに短絡的に結論を下させる狙いでもあるのだ。

 

 類い希な巫女の資質によって神樹とリンクして得られた様々な知識の中には、きっと悪知恵も相当あるのだろうと銀は思った。

 

「私は一緒に行くよ、天さん」

 

 まず、園子が進み出た。

 

「風先輩がそう言ってくれるのは……勇者部部長として、私達を心配してくれてるからですよね……その気持ちは嬉しいですけど……でも、東郷さんを放っておけないし……それに瑠璃さんが私達を騙すような人じゃないのは知ってるから……私は征きます!!」

 

 次にそう言ったのは、友奈だった。

 

「私も征くわ。この子が瑠璃さんかどうかはこの際置いておくとして……東郷が何処へ行ったかについて、現状手がかりを持っているのはこの子しか居ないんだから……掴めるものは藁だろうと掴むべきよ」

 

 夏凜が、ケースから端末を取った。

 

「勿論、私も一緒に行こう」

 

 ばさっとマントを翻して、やや演技過剰気味に国防仮面が前に出る。

 

 残ったのは、犬吠埼姉妹。

 

「お姉ちゃん……」

 

 樹が姉を見やる。しかし十年以上も姉をやっている風は、妹の微妙な態度の違いに気付いていた。

 

 これは悩んでいて結論を姉任せにしている時の目ではない。既に決意していて、同意を求めている時の目だ。仮に風がその意見に反対したとしても、最終的には樹の意志は変わらないだろう。

 

「……」

 

 しばらく考えた後に、「はぁ」と息を吐いた風は頭を掻いた。

 

「確かに……夏凜の言う通りではあるわね。東郷を助ける手がかりは、今の所瑠璃ちゃんの言葉しかないんだから……」

 

 ぱん、と顔を叩いて風は気合いを入れた。

 

「行くしかないか!! 部長として、部員を守らなくちゃだしね!!」

 

 そうして、風と樹は端末を手に取った。

 

 これで、讃州中学勇者部は全員が参戦を決意。

 

 少しだけ、瑠璃は優しく目を細めた。

 

「みんな……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……!!」

 

 瑠璃に案内されて神樹の結界の外へ出た一同は、しかしすぐに絶句する事となった。

 

 先のバーテックスとの戦いの中で、結界の外の世界が炎とマグマに包まれて滅んでいるのは知っていた。それだけなら、いつ見ても圧倒される景色だとは思うが、初見ではない事もあってそこまで驚きはしなかっただろう。

 

 驚愕の原因は別にある。

 

 今は暗雲に包まれた空に、それよりも尚黒い巨大な星が浮かんでいたのである。

 

「あれって……」

 

「ブラックホール……?」

 

 当然だが、地球のすぐ傍にそんな物がある訳も無し。

 

 しかも、勇者システムのアプリによるGPS機能では、須美の反応はちょうどブラックホールの中心点から出ている。

 

「あそこに、東郷さんが……」

 

「……ちょっと見ない間にブラックホールって……」

 

 何と言えば良いのか……夏凜も開いた口が塞がらないようだ。

 

「しかも、見て。あの周りにはバーテックスが居る」

 

 確認出来るだけでも4体、ゾディアックバーテックスのヴァルゴ、スコーピオン、サジタリアス、キャンサーが等間隔に配置されている。その位置関係からして、彼等にとって大切な物を守るように配置されているようにも見える。

 

 仮にそうだとすれば、天の神の御使いであるバーテックスが守る物などこの状況では一つだ。

 

 主である天の神に捧げられし生贄。

 

 状況からだけだが、須美がブラックホールに居る事への確信が強くなった。

 

「!! 大物だけじゃないわよ。見て」

 

 地図に表示された小さな赤い点が、先程まではその場で蠢いているだけだったのが今は全てが、一斉にこちらへ向かってきている。

 

「星屑が、私達に気付いたみたいだね」

 

「……まずは、ザコ共を片付けるとしましょうか」

 

 瑠璃が、一歩前に出た。

 

「みんな……クリスマスには少し早いけど……雪を、見せてあげるわ」

 

「……雪?」

 

 すっ、と瑠璃が片手を上げる。

 

 その掌に、白い光が産まれた。

 

 最初は螢ほどであったその小さな光は、周囲の熱を呑み込んでいるかのようにどんどんと大きくなっていく。

 

「……寒い?」

 

 樹が、吐いた息が白くなっているのに気付いた。

 

「牛鬼、犬神、木霊、義輝、そしてセバスチャン……みんな、ご主人様をしっかり守っていなさいよ……巻き込まれるから……!!」

 

 瑠璃の手の中の光は更に大きく、そして放つ光量は更に更に強くなっていく。

 

 とうとう、精霊達の自動防御が発動してバリアが発生した。周囲の空間に発生した冷気が、生身では勇者の生命に危機が及ぶレベルのものであると精霊達が判断したという事だった。

 

「こ、これは……」

 

 冷気は、限界も際限も無く、強くなり続ける。

 

 遂には、神樹の周囲数キロの炎すらもが消失して、大地を覆うマグマが固まり始めた。

 

「さぁ……行くわよ!!」

 

 背筋も折れよとばかり思い切り仰け反って、そして体のバネを目一杯使って、瑠璃はその手を迫り来る星屑へとかざす。

 

 そこに在った白い光は空を貫く一筋の光条と化して、一気に星屑へと襲い掛かる。

 

 砲弾の如き勢いで向かってきたバーテックス達は、一瞬で全てのエネルギーを奪われてその場で完全静止。

 

 超低温によって虹色の極光を纏って輝く光線はそのまま天を覆う暗雲にすら達し、雲をも瞬間に凝結させる。

 

 更に、瑠璃が手を振るとその動きに連動して巨大な剣の如く光線は動いてバーテックスを薙ぎ払う。

 

 ものの数秒で、灼熱の世界は超低温の静止の世界と化して、全ての物が白く凍結した。

 

 ぱちん。

 

 瑠璃が指を鳴らす。

 

 その、空気に走った僅かな振動。

 

 それだけで、バーテックスも、暗雲も、空気も。

 

 凍り付いていた全てが微塵に砕けて、炎によって破滅してしまった世界に、有り得ない筈の雪が降った。

 

「……きれい……」

 

 思わず、友奈が呟いた。

 

「満開もせずに、こんな事が出来るなんて……」

 

 戦慄した夏凜が、憧れと畏敬の念が混じった眼差しを瑠璃に向ける。

 

「肉体に縛られる事が無くなった今の私の力は全盛期とほぼ同等。まぁ、まだこの体には慣れてないから少し見劣りはするけどね……」

 

「これでも本調子じゃないとか……」

 

「天さん、ホントに凄かったんだねぇ……」

 

 瑠璃の恐るべき実力を知っている銀と園子ですら、ドン引きしている。

 

 以前に、瑠璃は自分は弱くなり続けていると語っていたが……それは、嘘ではなかったのだ。

 

「凄い……」

 

「全く……無茶苦茶ね」

 

 予備知識や先入観の無い犬吠埼姉妹は、ただただ驚く。

 

 そんな反応を尻目に、降りしきる雪の中で瑠璃はブラックホールを見上げた。

 

「さて、邪魔者は片付けた。ここからが本番……みんな、征きましょう」

 

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