天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第03話 瑠璃の問いかけ

 

「うん? あれ、先輩じゃない?」

 

 学校からショッピングモール・イネスへの道すがら。

 

 3人の中で最初にそれに気付いたのは銀だった。

 

「ほんとだ、あれは天さんだね~」

 

 と、園子。

 

「ええ、あれは先々代ね……」

 

 二人の視線を須美が追うと、確かに数百メートルばかり先を歩いているのは瑠璃だった。彼女はまだ、3人には気付いていないようだ。両手にはパンパンになるまでお菓子が詰め込まれた袋を持っている。

 

「どこへ行くんだろう?」

 

 3人がイネスへ向かっているのは、須美が言い出した事だった。

 

 合同訓練が始まるのは夕方だし、その間にひとつ、お役目を果たした祝勝会でもと申し出たのだ。園子も銀も二つ返事でOKし、会場として銀がイネスを提案して3人はそこへ向かっていたのだが、道中で瑠璃を発見したのだ。

 

「後を付けてみよう!!」

 

「おー!!」

 

「あ、ちょっと、二人とも……!!」

 

 好奇心に駆られて走り出す銀。ノリノリでその後を追い掛ける園子。そして困り顔の須美が、咎めつつも制止も出来ずに付いて行く。

 

 見失う程に遠くはなく気付かれる程に近くはないぐらいの間合いを保ちながら尾行していく事10分。

 

 やがて一つの建物へと行き着いた。

 

 小さな児童養護施設だった。

 

「あ、るりおねえちゃんだ!!」

 

「おねえちゃん!!」

 

「わぁ、お菓子だ!!」

 

 瑠璃が敷地に足を踏み入れると、庭で遊んでいた子供達が一斉に彼女の回りに集まっていく。

 

「沢山あるから、順番だよ」

 

 相変わらず無表情で抑揚の無い棒読み口調で、それでも優しい言葉を掛けつつ瑠璃は袋に詰まっていたお菓子を配っていく。

 

 そうして彼女が子供達の相手をしていると、恐らくはこの施設の責任者なのだろう年配の女性が進み出てきた。

 

「いつもありがとうございます。あなたのような方がボランティアに来て下さって、本当に助かっています」

 

「いえ、好きでやっている事ですので」

 

 そんなやり取りの後、瑠璃は子供達と遊び始めた。

 

 そうする中でも彼女は一度としてにこりともしなかったが……しかし子供達は、そんな事はお構いなしに笑顔一杯になって彼女の周りを駆け回っている。

 

 そんな光景を、勇者3名は遠巻きに眺めていた。

 

「先輩って気難しそうな人だと思ってたけど……こんな事をしてたんだ……」

 

「天さん、楽しそうだねぇ」

 

「流石は先々代勇者……立派な御方です……」

 

 三者三様の感想を述べつつ子供達と遊ぶ瑠璃を観察していたが……

 

「あれ? 先輩は何処行った?」

 

「「えっ?」」

 

 銀の声に二人が視線を戻すとほんの僅か目を離した隙に、子供達の輪の中に居た瑠璃の姿が何処にも無くなっていた。

 

 きょろきょろと視線を動かして瑠璃の姿を探すが……見当たらない。

 

「……尾行の訓練は、受けていないようね」

 

「「「!?」」」

 

 背後から、棒読み声が掛けられる。3人はびくりと竦み上がった。

 

 振り返ると、それまで何の気配も感じなかったのにいつの間にか瑠璃がそこに立っていた。まるでいきなり空間からテレポートアウトしたかのようだ。

 

 怒っているという風には見えないが……そもそも無表情で声にも感情が出ない瑠璃は何を考えているのかよく分からない。

 

「あなた達、どうしてここに?」

 

「え、あの……それは……」

 

「実は、スミスケの提案で祝勝会を開こうってことになって、それでイネスに向かってたら天さんを見かけたんです」

 

「の、乃木さん!!」

 

 全て白状してしまった園子を慌てた須美が咎めるが、時既に遅し。宝石に付けられた傷は磨けば消えるが、一度口から出た言葉は消しようが無い。

 

 須美は、身長差も手伝って上目遣いになって恐る恐る瑠璃を見た。

 

『勇者ともあろう者が、小さな勝利にいちいち喜んでいてはダメよ』

 

『浮かれているようではダメね。今日の訓練は厳しくするわよ』

 

 と、そんな厳しい言葉が掛けられるものだとばかり思っていた。

 

 しかし違っていた。彼女はこう言ったのだ。

 

「祝勝会か、良いわね。では、私も混ぜてもらえるかしら? 勿論、私のおごりでね。好きなの頼んで良いわよ」

 

 ただし、声と顔は相変わらずの無感情だったが。

 

「「やったあ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……今日という日を無事に迎えられた事を大変嬉しく思います。ほ、本日は大変お日柄もよろしく神世紀298年度、勇者初陣の祝勝会という事で、明るい未来と皆様の……」

 

「固いぞ、乾杯!!」

 

「かんぱーい!!」

 

「乾杯」

 

 イネスのフードコートに集まっている勇者4人。瑠璃だけ他の3人と比べて年齢層が高いので、妹やその友人達と引率のお姉さんという構図である。

 

 テーブルには料理が所狭しと並べられていた。瑠璃のおごりであるのを良い事に、銀が注文したのだ。須美は「三ノ輪さん、遠慮は知るべきよ」と苦言を呈した。

 

 最初こそ堅苦しい雰囲気だったが、徐々に打ち解けていって会話も弾み始める。

 

「ところで乃木さん、その、スミスケとか天さんというのは……何?」

 

「あぁ、いつの間にかあだ名で呼んでたよ~」

 

「わ、私は兎も角、先々代には不敬では……」

 

「良いわ」

 

「え……」

 

「先に言った通り、呼びやすいように呼んでくれて構わないわ。元より……敬称など不要。既にあなた達と私は同じ存在なのだから。礼節は大事だけど、殊更におもねる必要は無いわ」

 

「じゃあ先輩、私の事は銀って呼んでください!!」

 

「では先々代……私の事は、須美と……」

 

「分かったわ」

 

 紅茶を口に運ぶと、瑠璃は左目でじっと後輩達を見やる。

 

「三人とも、食べながらで良いから聞きなさい」

 

「はい……」

 

 そうは言われたが、3人ともそれぞれ箸やフォークを置いてしっかりと聞く姿勢になった。

 

 瑠璃は軽く一つ頷き、彼女もカップを置いて話を始めた。

 

「どうだった? 初めての実戦の感想は」

 

「「「……」」」

 

 新米勇者3人は、この問いを受けて顔を見合わせる。

 

「えっと……やっぱり、訓練とは全然違うなーって……」

 

「そうだねぇ。ドバーッてなってガーッてなって、凄かったよぉ」

 

「正直、私達だけでは勝てたかどうか……先々代の的確な指揮があったからこそ、確実な勝利が掴めたものだと思っています」

 

 瑠璃はそれぞれの回答を受けるとつまらなそうに「そう」と頷いて、次の質問に移った。

 

「恐くは、なかった?」

 

 問いを受け、再び須美達は沈黙して顔を見合わせた。数秒ばかりして、口を開いたのは須美だった。

 

「……正直言って、恐かったです……」

 

 この回答を受け、しっかりした性格の彼女らしからぬ答えだと銀や園子は少し驚いたようだった。瑠璃は沈黙を守ったまま、無表情を保っている。

 

「あ……で、でも私も神樹様に選ばれた勇者です!! お役目の為なら一命を賭して……」

 

 須美の言葉を、瑠璃が手を挙げて制した。

 

「恐いと思う事は決して恥ではないわ。あんな戦い、しかも負ければ世界が終わるという重責……むしろ、とても正常な反応だと、私は思う……」

 

 そこで一度言葉を切って、微妙に間を挟むと「だから……」と前置きして、彼女は話を続ける。

 

「もし、恐いのなら……止めても良いのよ?」

 

「え……先輩、それは……」

 

「難しい事ではないわ。確かに私はあなた達と同じ一勇者でしかないけど、ずっと前線で戦ってきたベテランによる現場の判断という事で、それなりの発言力は持っている。上に「彼女は残念ながら勇者としては使えない、足手纏いになる」と一言報告すればそれで済む話よ」

 

「しかし先々代……それでは私達のお役目が……」

 

 須美が抗議するが、またしても瑠璃に制された。

 

「大変な事よ。勇者としてお役目を果たすという事はね……」

 

 そう言った彼女は、顔の右半面を隠している長い前髪をカーテンのようにまくった。

 

 三人の表情が、凍り付く。

 

「ひっ……!!」

 

「せ、先々代……!!」」

 

「て、天さん……その、目は……」

 

 本来なら右目がある筈の部位には、暗い空洞があるだけだった。なまじ端正な容貌をしているだけにそこだけが際立って映り、異相として見えた。

 

 瑠璃は前髪にやっていた手を外す。前髪が再び元の位置に戻って、右目の洞を隠した。

 

「先々代……その目は……まさか……!!」

 

「お役目の為に、捧げたのよ」

 

「「……」」

 

 事も無げに瑠璃は言うが、これは銀や園子から言葉を失わせるのに十分だった。

 

「でも、私は遙かにマシな方よ。私の先輩や同世代には……片目どころか命を失った子だって居たのだから」

 

「……やっぱり……命懸け……なんですね」

 

 神妙な表情でやっと絞り出したような銀の言葉に、瑠璃は頷いた。

 

「世界を守るというお役目は尊いものだけど、この人の世は一人一人の個人が集まって成るもの……だから個人の命、個人の幸せも同じように大切だと、私は思うわ。だから恐いと思うのは恥ではなく当然だし、命懸けの戦いから逃げたとしても、それに対して誰にも文句を言う資格は無いし私が言わせない。だから……私は実戦を一度経験した今だからこそ、もう一度よく考えてあなた達に決めて欲しいの。世界の為に自分の全てを捧げるか、個人の幸せを大事にするか……二つに一つを」

 

 重い問いではある。

 

 須美達が即答できなかった事を、誰も責められないだろう。

 

 数分ほどお通夜のような沈黙が続いて、やっと発言したのは須美だった。

 

「……先々代、お聞きしてもよろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

「では……先々代は、どうして戦っておられるのですか?」

 

「それが、素晴らしい事だと思っているからよ」

 

 先々代の勇者は即答で返した。

 

「……素晴らしい、ですか……?」

 

 鸚鵡返しする須美に、瑠璃は頷いて返す。

 

「あの施設の子供達を見たでしょう? あんな風に沢山の子供達に未来という希望を与える事が出来るのなら……たった一つ、一人分の価値しかない私の命は、命の価値は何十何百倍にもなる。それが、良き事だと思うからよ。だから、私はその為なら何でも出来る。何でもする覚悟でいるの」

 

「「「…………」」」

 

 相変わらず、淡々と無表情で瑠璃は語る。

 

 新米勇者3人は、押し黙ってしまった。

 

 重い話題であった事は、瑠璃も自覚している。少女達の態度が優柔不断であるとなじる事はしなかった。

 

「すぐに答える事が難しいのは、理解しているわ……今日はこれから合同訓練の予定だったけど、中止として……一日だけ時間を与えるわ。一日考えた上で……それでも私と一緒に戦ってくれるのなら……明日の朝、道場まで来て。無論、もし来なかったとしても、誰にも文句は言わせないしペナルティも課させない事は私が保障するわ……だから……どちらを選ぶかは、あなた達一人一人が自分で考え、自分の意志で決めなさい」

 

 そう言うと、瑠璃は席を立った。テーブルに万札を置く。

 

「湿っぽい話になってしまったけど……話せて楽しかったわ。無理かも知れないけど後は、あなた達で楽しんで」

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後、瑠璃は大赦の一室に居た。

 

 照明器具が無い室内には、しかし床から幾本もの淡い光の柱が屹立していてそれらが明かりとなって動く事に不自由は無かった。

 

 光の柱には、それぞれのほぼ中心部に小さな影が漂っていた。

 

 羽が生えた小さな牛のような影。

 

 卵のようにまん丸い影。

 

 毛玉の上に若葉が生えたような影。

 

 丸っこい犬のような影。

 

 デフォルメされたデザインの鎧武者のような影。

 

 鳥のような影。

 

 他にも幾つもの光の柱、一本の中に一つずつ影が浮遊している。

 

 瑠璃は、その中の一本の前で足を止めた。

 

<新米相手に、随分とかましたものね、私。あれでは勇者になったが最後、人生の終わりという風に聞こえるけど?>

 

 光の柱から、声が聞こえた。

 

 編集ソフトを通したようにエフェクトが掛っているが、それは瑠璃のそれと同じ、無感情で抑揚の無い声だった。

 

「その通り。でも事実を言っただけよ。そして私は少なくとも……あの子達に選択肢、戻る道を与えた。それで十分でしょう?」

 

<でも……あなたの中で既に結論は出ている筈でしょう、私? あの子達は来る、と……それは卑怯なのでは?>

 

「嘘は吐いていないわ。そしてあの子達が勇者を辞めたいと言ったのなら、私が大赦を敵に回してもあの子達を守るのも本当……そして、勇者として戦うという事は世界に自分の全てを捧げるという事。それについても、ちゃんと述べたわ」

 

<それで後から文句を言ってくるようなら、それはあの子達がお役目を軽く考えていたという事……つまりは、自己責任だと言うの、私?>

 

「そうよ、わたし」

 

 棒読みの即答で、瑠璃が返した。

 

「戦う事を選んだ、その時は……私とあの子達……4つの命……精々、有効に使い潰させてもらうわ」

 

<骨までしゃぶると言うの、私?>

 

「違うわ」

 

<?>

 

「骨の髄までしゃぶるのよ」

 

<…………>

 

 光柱の中の影は、これについて問答する事は諦めたのだろう、それ以上は何も言わなかった。

 

<では、私……わたし達の出番は、何時になるのかしら?>

 

「まだあなた達は調整が完了しておらず、実戦には耐えられない。大赦があなた達を実装するかどうかも分からないしね……それは私の権限や裁量を超えた問題だから……」

 

<……>

 

「焦る事は無いわ。大赦は、いずれ必ずあなた達をシステムの中に実装する……その時には……存分に働いてもらう事になる」

 

 瑠璃は周囲の光の中に浮かぶ影を見渡した。そうして再び、眼前の柱、その中に浮かぶ影へと目をやる。

 

 その影は円形をした巨大な鏡を、背後から小さな人型が支えていた。

 

「特にあなたは、他の子達とは違って……私の肉体の一部を媒介として組み込み、それに伴って記憶を転写してある……与えたものに見合うだけの働きを、期待するわよ……わたし……いえ……」

 

 前髪をまくって、暗い虚ろを露わにする。

 

 瑠璃は先の須美の問いを受け、失った右目について「お役目の為に捧げた」とは言ったが「バーテックスの戦いで失った」とは言わなかった。

 

「私の精霊……浄玻璃」

 

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