天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第30話 東郷須美救出作戦

「で……どうやってあそこまで行くの?」

 

「それは私に任せて。満開!!」

 

 風の疑問には、自信ありげに前に出た園子が答えた。

 

 蓄えられていたエネルギーが開放されて物質化。巨大な槍の穂先を櫂として備えた、天空を進む舟へと形を成す。

 

「わっしー行きの便だよ!! 乗り遅れないように急いで!!」

 

「では、頼むわ。園子」

 

 まずは瑠璃が乗り込んで、国防仮面も後に続く。

 

「ほら、あなた達も急いで」

 

「そ、そうね……それじゃあ、みんな」

 

「はい、風先輩!!」

 

 そうして勇者部全員が乗り込んだのを確認すると、園子が自らの意志を満開に流す。

 

 誰も握っていない舵輪が回転して、櫂が空間を掻き分けて推進力を発生させる。

 

 満開の舟が、ゆっくりと虚空を進み始める。

 

「このまま一気に行くよ!!」

 

 徐々にスピードに乗っていく空中舟。

 

 しかしブラックホールに少し近付いた所で、園子の満開が大きく揺れた。

 

 遠くからでは分からなかったが、潮流のような巨大なエネルギーがブラックホールの周囲に渦巻いているのだ。園子の満開はかつての瑠璃の物のような超規格外を別にすれば友奈や須美の物と同じぐらいで満開の中でも大きい方だが、それでもブラックホールを中心としたエネルギー流とのスケール比は、鳴門海峡の渦潮を笹舟で進んでいるかのようだった。

 

「全員、振り落とされないように何かに掴まって、体を固定しなさい」

 

 自分は舳先に仁王立ちして腕組みしつつ、瑠璃が指示を出した。

 

「みんな、乗り物酔い大丈夫?」

 

「乗り物酔いとか、そういうレベルじゃ無いわよこれ!!」

 

「痛っ!!」

 

 小さく、友奈が悲鳴を上げた。

 

「友奈さん、大丈夫ですか?」

 

「はいひょうふ、ひらはんららけらから(大丈夫、舌噛んだだけだから)」

 

 手摺りにしがみつきながら、少し涙目になって友奈が答える。

 

「みんな、お客さんが来たわよ」

 

 と、瑠璃。

 

 勇者部アプリの地図機能に表示されたゾディアックバーテックスの座標が、一斉にこの舟へと向けて動き出している。他にも、先程の瑠璃の冷凍光線から逃れた星屑も全てがこちらへ向かってくる。

 

 彼等の主たる天の神に捧げられた生贄を奪おうとする不埒者を、排除しようとしているのだろう。

 

「邪魔!!」

 

 近付いてきた星屑数匹を、夏凜が紙のように斬り捨てた。

 

「やらせないっ!!」

 

 友奈が、揺れる舟の上ながら武術経験者のバランス感覚で絶妙に重心を操作しつつ、当たるを幸い星屑を殴り飛ばした。

 

「後ろ!! 大きいのが来るわよ!!」

 

 現在、勇者部一同の周囲には体が引きちぎられるようなエネルギーが渦巻いていると同時に、暴風圏の真っ只中かと錯覚するような音がひっきりなしに轟き続けている。それに負けないように、後方を警戒していた風が声を張り上げた。

 

 一同が振り返ると、追跡してきていたサジタリウス・バーテックスが大口を開き、光矢の雨を降らせてきた。

 

「させない!! 樹、頼むわよ!!」

 

「? お姉ちゃん!?」

 

 舟から跳躍して身を躍らせた風が、大剣の刀身を盾にしつつ光の矢に身を晒す。

 

 同時に犬神の精霊バリアが発動して、全ての矢は風にダメージを負わせる事は出来なかった。だが、足場の無い空中では風は糸の切れた凧のようにエネルギーの激流に翻弄されるしかない。が、それならば糸を繋ぎ直せば良い。

 

 樹が伸ばしたワイヤーが風の体を絡め取って、舟へと引き戻した。

 

「ナイス樹!!」

 

「もう!! やるなら一言言ってからにしてよ、お姉ちゃん!!」

 

 こうして苦戦しつつも、園子の満開はとうとうブラックホールの直上にまで到達した。

 

 瑠璃が、体を乗り出して眼下の黒天を睨む。

 

「皆、良くやってくれたわね。お陰で、私は満開を温存した状態でここまで来れたわ」

 

「!」

 

「須美を助けるにはあの中に飛び込まねばだけど、あんな中じゃ何が起こるか分からないので……流石の私でも、満開無しでは確実に彼女を連れ戻せるかどうか分からなかったのでね」

 

「じゃあ、瑠璃さん……」

 

「ええ、ここからは私がやる」

 

 夏凜の問いに、瑠璃は頷いた。

 

「あなたも一緒に来てもらうわね」

 

「ぐえっ!!」

 

 にゅっと伸びた瑠璃の手が、国防仮面の首根っこを引っ掴んだ。

 

「あの、瑠璃さん!!」

 

「……友奈ちゃん」

 

「私も一緒に連れてってください。東郷さんの所に……」

 

 そう、友奈が言った時だった。園子の脳裏に、はっと大赦から讃州中学への道すがらでのやり取りが思い出された。

 

 友奈の体は今は御姿といって、ほぼ全身が神樹によって与えられた義体のようになっているのだと。少し前の文化祭で勇者部の出し物であった演劇で、友奈が倒れた時の光景がフラッシュバックする(園子は木の役だった)。

 

 あの時は病み上がりで、体調不良から来る立ちくらみのようなものだと思っていたが……実際には、未だ友奈自身の物になり切っていない体が思うように動かなかったのだろう。

 

 今でもまだ、完全に御姿が友奈に馴染んでいるとは思えない。ここで無理をしたら……!!

 

 思わず、ごくっと呑んだ唾が苦い味に思えた。

 

 操縦席を離れると、友奈の肩に手を置く。

 

「ゆーゆ、大丈夫だよ」

 

「そのちゃん……」

 

「天さんを信じよう。私が保証する。天さんなら、必ずわっしーを助けてくれるよ」

 

「……そうね。瑠璃さんに限って、万一は無いだろうし。友奈、ここは任せましょう」

 

「夏凜ちゃん……う、うん……」

 

 大分渋い顔をしつつ、それでも友奈が引き下がった。

 

「帰りの舟が無くなったら困るのでね……あなた達は、私が戻るまで園子の満開を守っていて」

 

 瑠璃はそう言うと、舟の縁に足を掛けた。

 

「瑠璃ちゃん!!」

 

「!」

 

 背中に風の声を受けて、瑠璃は振り返った。

 

「正直、私はまだ完全にあなたの事を信じている訳じゃないけど……けど、あなたが東郷を助けようとしているのは信じるわ。だから……」

 

 ここで、少しだけ風は言い淀んだ。だがすぐに、強い声で瑠璃に言った。

 

「ちゃんと帰ってきなさいよ。三人一緒に。東郷の事、頼むわ」

 

「…………」

 

 僅かな沈黙。

 

 ここで、瑠璃はふっと微笑した。夏凜や園子はこれを見て驚いたようだ。それなりに付き合いの長い二人ですら、彼女の笑顔など数えるぐらいしか見た事はなかった。

 

「まぁ……私達の帰りが、一万二千年後にならないように祈っていて」

 

「その時は『おかえりなさと』って言ってあげるわ」

 

「ふふっ。じゃあ、征くわよ」

 

「うわわわっ!?」

 

 そんなやり取りの後、瑠璃は庭先に放り出される猫のように国防仮面を掴みながら、ブラックホールへと身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも落ちていく深い闇。

 

 光さえも呑み込む重力の井戸。

 

 その中を、瑠璃は仮面と軍帽を外した銀が発生させるバリアに守られながら、真っ直ぐに降下していく。

 

「まさかブラックホールに飛び込む羽目になるなんて思いませんでしたよ」

 

 軽口を叩きつつも、銀はバリアを維持する力を少しも緩めない。ちょっとでも油断したが最後、マスターである瑠璃も彼女自身も、超重力によって押し潰されてペシャンコにされてしまうだろう。

 

 腕組みした姿勢のまま、どんどんと落ちていく瑠璃。

 

 今の彼女は、眠っているように落ち着いていた。それは自分が安全である事を、知っているからだ。自分の身は銀が守ってくれると、信じているのではなく知っている。

 

「けど、先輩。本当に、この先に須美が居るんですかね?」

 

「間違いないわ。天の神の力を……この先から感じる」

 

「……ん!! 先輩、あれを!!」

 

 銀が指差す先には、この果てしない闇の中に一点の光が差していた。

 

 しかもそれは、徐々に大きくなっていく。

 

 瑠璃達が、そこへと近付いているのだ。

 

「銀、もう少し頑張って」

 

「ええ、大丈夫。たとえこの体がバラバラになっても、必ず先輩を須美の所まで届けてみせますって。安心して下さい」

 

「最初から、心配などしていないわ」

 

 沈んで行くにつれて、重力場は強くなっていく。バリアがみしりと軋んだ気がして、銀は出力を上げた。

 

 そうして、ついさっきまでは針の先ほどであった光は、今や足下の視界一杯に広がる程になっていた。

 

 やがてその光が、足下から側面へ、更には全天を覆うようになって……

 

 気付いた時、既に二人はブラックホールの中には居なかった。

 

「ここは……」

 

 上も下も無い、どこまでも広がる灰色の空間。

 

 そこに、瑠璃と銀は風船のように漂っていた。

 

 銀は初めて来るので分からないが、瑠璃には覚えがあった。友奈の意識を回復させる為に、須美を一緒に連れてきた場所だ。今はここへ、須美を連れ戻す為にやって来た。

 

「!! 先輩、あれ!!」

 

 銀が声を上げて、指差した先を見ると……

 

 目当ての者を見付けた。

 

 須美が居た。

 

 宙空に浮かぶ巨大な鏡のようなオブジェの、その鏡面に肉体が沈み込んでいて、そのすぐ傍で彼女の魂が炎に包まれている。

 

「先輩、すぐ助けないと!! ぐえっ!!」

 

 飛び出そうとした銀であったが、再び瑠璃に首根っこを掴まれて蛙のような声を上げた。

 

「迂闊に近付くんじゃないの」

 

「でも……」

 

「銀、落ち着きなさい。今の須美は、天の神に捧げられた生贄。その生贄を奪われようとしている天の神が……ここにやって来た侵入者を只で済ますと思う?」

 

「!! ……まさか……」

 

「ほら来た。あれを」

 

 瑠璃の指差した先、空間に何か赤い点のような者が見えて……

 

 それが何かはすぐに分かった。自分達を焼き尽くそうと降り注ぐ、炎の雨だ。

 

「くっ!!」

 

 精霊バリアで、銀が攻撃を防ぐ。

 

「先輩、ここはアタシが!! 今の内に須美を!!」

 

「ええ、分かっているわ。頼むわね、銀」

 

 そう言った瑠璃は空間を泳ぐと、須美の体が縛り付けられている鏡の前まで移動した。

 

 瑠璃はそこから、少しも躊躇せず鏡に手を突っ込む。鏡面は割れる事は無く、水のように手が沈み込んだ。

 

「む」

 

 熱さが、瑠璃の手に走った。

 

 須美の魂が今、晒されている炎の熱さが瑠璃にも伝わっているのだ。この炎は物を燃やすだけのものではなく、魂をも焼き尽くす力。須美を助けようとしている今、瑠璃にもその力が作用しているのだ。

 

 魂が、焼かれていく。触覚や脳を通さずに、ダイレクトに熱さと痛みが魂に送り込まれていく。

 

「……」

 

 しかしその苦痛の中でも瑠璃は眉一つ動かさず、震え一つ起こさずに行動を続行する。

 

 須美の体を掴むと、そのまま強引に鏡から引き摺り出した。

 

 同時に、炎に包まれていた須美の魂も肉体へと戻る。

 

「……須美」

 

 そっと、瑠璃は注意深い動きで腕に抱く須美の首筋に手を当てた。指先に、弱々しくはあるが鼓動が伝わってくる。ゆっくりとだが、胸も上下している。

 

 体中に酷い火傷を負っているが、それでも須美は生きている。

 

「間に合ったようね。そして……」

 

 瑠璃は、ずきんとした痛みを感じて胸元へと視線を落とした。

 

 そこには、赤く輝く紋章が刻まれていた。先程までは須美の胸に在ったものだが、今は消えている。まるで須美から瑠璃へと、移動したように。

 

 今の疼痛も、肉体ではなく魂に走ったものだった。この紋様は、瑠璃の魂に刻まれて肉体・魂の両方に痛みを走らせている。

 

「よし。狙い通り……呪印は私に付いたわね」

 

 瑠璃は、首肯を一つする。

 

 作戦は全て、自分が思い描いた通りに進んだ。

 

 須美も命を落とす前に助けられたし、必要な物も手に入れた。

 

「銀!!」

 

 火の雨を防ぎ続けているパートナーを呼ぶ。銀はバリアを張り続けながら、顔だけ動かして瑠璃の方を見た。

 

「先輩、須美は!?」

 

「大丈夫、生きているわ。もうここに用は無い、脱出するわよ」

 

 瑠璃はそう言うと、須美の体を銀に預けた。

 

「はい、先輩……」

 

 銀がしっかりと須美を抱いたのを確かめると、瑠璃は自らの力を解放した。

 

 背中の、ルドベキアの紋章が光り輝く。

 

「満開」

 

 

 

 

 

 

 

「瑠璃さん、どうなったのかな……」

 

 星屑を蹴散らしながら、友奈は眼下に臨むブラックホールに生じる少しの変化も見落とすまいと、目を凝らした。

 

 時計など持ってきていないのでどれぐらいの時間が過ぎたのかは分からない。二時間も経ったのか、あるいはまだ十分ほどでしかないのか。心配で心配で、頭がどうにかなりそうだ。

 

「友奈、心配なのは分かるけど今は戦いに集中しなさい!! 大丈夫、瑠璃さんなら必ず東郷を連れて帰ってくるわよ」

 

 そう、夏凜が言った瞬間だった。

 

 黒い天球に、一筋の光のラインが走った。

 

「あれは……」

 

「何? あの線は……」

 

 光の線は次第に幾筋もブラックホールに走っていき、しかもその幅が広くなっていく。

 

 しばらく見ていて、風が気付いた。あれは線ではない。

 

「あれは裂け目よ!! 内側から、ブラックホールを割ろうとしているのよ!!」

 

「裂け目? ブラックホールが割れるって、そんなバカな……!!」

 

 物理学的に有り得ない事象が起こりつつある事に、夏凜が信じられないと声を上げるが……しかし、目の前で起こっている現実が全てだ。ブラックホールに走った裂け目がどんどん広がって、全体にヒビが走る。

 

 あれがビー玉なら、いつ粉々に砕けてもおかしくないような状態だ。

 

「っ……乃木、凄い衝撃が襲ってくるわよ!! しっかりと舟をコントロールして!!」

 

 風が叫んだ瞬間だった。

 

 陽炎のように、周囲の景色が歪む。

 

 重力場によって、空間がねじ曲がったのだ。

 

 一拍遅れてブラックホールが粉々に砕け散って、更にその一瞬後には超重力崩壊によって発生した衝撃波で、ゾディアックから星屑まで、バーテックスが全て跡形も無く砕けて吹き飛んだ。

 

「うっ……くうっ……!!」

 

 全神経を集中して満開の動きを必死にコントロールする園子。

 

「勇者部一同、ファイトーーーーーっ!!!!」

 

「「「おおーーーーっ!!!!」」」

 

 友奈、樹、夏凜、風は全員が衝撃波が襲ってくる方向に集中して、勇者のパワーと自分達を守ろうとする精霊バリアの防御力を会わせて園子の満開を防御する。まるでダムが決壊した濁流が襲い掛かってきて、それを木の板一枚で支えているように思える。ちょっとでも気や力を緩めたら、肩から腕が飛ばされそうだ。

 

 十数秒も経ったのだろうか。

 

 衝撃が治まって……

 

「み、みんな大丈夫?」

 

 園子の満開は、あちこちにヒビや傷が入って、櫂の役目を果たす巨大な刃も殆どが折れてしまっていたが、まだ辛うじて形を保っていた。

 

「な、何とか……」

 

 風達も、振り落とされたりした者は居ない。甲板に、全員が残っていた。

 

「瑠璃さんは? 東郷さんは……」

 

「あの衝撃じゃ……でも……」

 

 夏凜が、肩を落として呟いた時だった。

 

 ブラックホールが砕けて中から溢れ出した恒星のような光の中に、小さな点が見えた。

 

 その点は少しずつ大きくなっていく。こちらへと近付いてきているのだ。それに伴って、徐々に全体像が見えるようになっていく。

 

「あれは……!! 瑠璃さん。瑠璃さんですよ!!」

 

「東郷も居るわ。国防仮面が背負ってる!!」

 

「「…………」」

 

 勇者部一同はそれぞれ顔を見合わせて……

 

「やったー!!」

 

「信じられない!! 奇蹟ですよ、友奈さん!!」

 

「瑠璃さんが奇蹟を起こした!!」

 

「ブラックホールを内側から割るなんて……これが瑠璃ちゃんの満開の出力か……滅茶苦茶ここに極まれりね……呆れる程、凄い子だわ」

 

「天さんなら、それぐらいやるよフーミン先輩」

 

 炎に包まれ、破滅した世界に歓声が響いていく。

 

 浮いているのが不思議なくらいボロボロになった園子の満開は瑠璃、須美、国防仮面を迎えるべく、ゆっくりと進んでいった。

 

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