病院での精密検査も終わり、異常無しとの診断を受けた須美は再び学生生活に復帰した。
その日の午後。
「須美、やっと退院出来たようね。私も所用があって今まで会いに来れなかったけど……」
勇者部部室の扉を無造作に開けて、瑠璃が入ってきた。手には退院祝いの花束を持っている。
「!?」
それを見た須美が、椅子を蹴って立ち上がった。彼女は、まだ現世に帰ってきた瑠璃と直接対面はしていない。
友奈や夏凜、園子はニコニコ笑いながら、さて須美がどんな反応を示すかを待っている。まるで悪戯で落とし穴を掘って、それと知らずに通りかかった人が落ちるのを今か今かと物陰に隠れて見ている子供のような心境だった。
果たして。
「るるるるるる……るりりりりりりりさささささっさささあさささあ……」
「と、東郷さん……?」
瑠璃を指差して金魚のようにぱくぱくと口を動かしていた須美だったが……
「う、うーん……」
そのままばったりと倒れてしまった。
「と、東郷!?」
「わっしー!!」
「樹、救急車呼んで!!」
「う、うん!!」
こうした騒ぎを経て、再び病院に担ぎ込まれる事となった。勿論、その日の内に退院出来た。
「……ショックが大きすぎたんですかね?」
「こうなる事も、予測しておくべきだったかもね……」
と、これは国防仮面と瑠璃のコメントである。
このような一幕を経たものの、帰ってきた瑠璃は勇者部に受け入れられて日々を過ごしていた。
公的な記録では、瑠璃は2年以上前に行方不明となっておりその後死亡届が役所に受理されている。
よって戸籍上は死亡扱いになっている為、手続きが済むまでは大赦本部の一室にて生活する事となっていた。大赦としても瑠璃から聞きたい事や調べたい事が山とあるので、これは当然の措置と言える。
とは言っても監禁や面会謝絶ほど厳しいものでもなく、勇者部の面々も入れ替わり立ち替わり会いに来るので瑠璃もそう退屈はしなかった。須美はよく和菓子を作って差し入れに来たし、夏凜は鍛錬の相手を頼みに来た。
そうして調査が完了して手続きも終わって、新しい住居が用意されて瑠璃が解放される頃には季節が巡り、世間はクリスマス一色となっていた。
「わぁ、もう飾り付けが始まってる!!」
「外国の祝祭も祝う、我が国の寛容さね」
「何か言い方が怖いよ、東郷さん」
学校からの帰り道、イルミネーションが施された街路樹に照らされた町並みを歩きながら、友奈と須美が話している。
「……でも、良かった」
「ん?」
「友奈ちゃんと、クリスマスを迎えられそうで」
ふっ、と須美が微笑する。
彼女にとってはこうして並んで歩く事すら、もう出来ないと諦めていた事だったのだ。
瑠璃が守ったものを、今度は自分が守る為に天の神に捧げられる生贄となるべく、あの炎の世界に赴いた。
覚悟は決めていた筈だったが……でも、こうしているとやっぱり未練があったのだと分かる。
「当たり前だよ。これからも毎年出来るよ。東郷さんがどこかに行っちゃわない限りね!!」
「……ふふっ」
屈託の無い笑顔で語り掛けてくる友奈に、須美も笑って応じる。
だからもう、自分達に黙ってどこへも行くなと友奈は言っているのだ。須美も頷いて返す。
悩んだら相談。勇者部五箇条の一つだ。
あの時の自分は悩むまでもないと思っていたからそれをしなかったが……友奈達が命を懸けて助けに来てくれた事で分かった。それほどに皆を心配させて、悲しませた自分は、間違っていたのだと。生贄になるように交換条件を出してきた瑠璃自身とて、正しい事だとは決して思っていなかったのだろう。だから、皆と一緒に助けに来てくれた。
もし、次に同じ事があったのなら絶対に相談しよう。そして誰かが同じ立場になった時は、絶対に止めよう。須美は、心中でそう誓った。
「私は?」
声色を変えて話し掛けてきたのは、手にぬいぐるみを嵌めた園子だった。
「そのっち」
「そのちゃん」
「私、誰かとクリスマスを過ごすのは初めてなんよ。一緒に、クリスマスを楽しもうぜーっ、おーっ!!」
「おーっ!!」
「お、おー……」
手を掲げる3名。その時だった。
「あれ?」
「どうしたの、東郷さん」
「あれは、瑠璃さんじゃない?」
「ん?」
「確かに……あれは天さんだねぇ」
須美の指差す先に二人が視線を向けると……そこは、おもちゃ屋だった。店の窓から、瑠璃の姿が見えている。彼女はぬいぐるみを手にしている。どうやら何を買おうか品定めしているようだが……
「行ってみよう!!」
そうしておもちゃ屋に入った3人。
瑠璃は手に持ったぬいぐるみを様々な角度から眺めたり手足を動かしたりして入念にチェックしていたが、3人が近付くと気配で察して視線を向けてきた。
「あら、あなた達……」
「天さん、珍しい所で会うねぇ」
「瑠璃さん、ぬいぐるみを買われるのですか?」
「えぇ……クリスマスには、子供達にプレゼントを配って回る予定だからね……今から、プレゼントを吟味しているのよ。それと……うん……まぁ、それは良いか」
「?」
微妙に最後の方で言葉を濁したが……友奈達はさほど違和感を覚えなかったようだ。続けて、瑠璃は話題を切り替える。
「……ところで、あなた達はクリスマスの予定は?」
「樹ちゃんは町のクリスマスイベントの学生コーラスで、讃州中学代表として出ますね。風先輩は勿論その応援に。私と東郷さんと夏凜ちゃんとそのちゃんは、幼稚園のクリスマス会に行く予定になってます」
「そう……」
ちらりと、瑠璃は窓の外を見やる。
白い物が空を舞っている。初雪が降り出していた。
「……みんな、良いクリスマスが過ごせると良いわね」
「……」
そう言った瑠璃の手を友奈が取って、ぎゅっと握った。
「? 友奈ちゃん?」
「私達だけじゃない、瑠璃さんもですよ。みんなで、素敵なクリスマスにしましょうよ」
「……ええ、そうね」
瑠璃はそう言って、そっと自由になっている左手を、自分の胸に当てた。
「天さん、最近よく笑うようになったねぇ」
と、園子。
「……そう、かしら?」
尋ねられて、須美が頷いた。現に、今も瑠璃は微笑んでいた。
「はい、随分……自然に笑われるようになったと思います」
「そう……なら、それは……良い事なのでしょうね……きっと……」
そうして12月24日、クリスマスイブの朝。
サンタクロースのコスプレをした国防仮面こと銀は、大赦に用意された住居の庭にて手持ち無沙汰にしていた。瑠璃の精霊である彼女は、当然ながら主と同居生活である。
今日は幼稚園や児童養護施設の子供達へプレゼントを届けるので、正装(サンタクロースの衣装)に着替えてここで待つようにと言われていたが……
「……」
銀はぐるぐると庭を歩き回りながら、苛立ちを隠せないでいた。
「……大丈夫なのかな……先輩……」
ぶつぶつと呟く。
そうしていると、瑠璃がやって来た。
「うっ……!!」
今日の瑠璃は、トナカイの着ぐるみを被っていた。ちょうどトナカイの首の所から彼女の顔が出ている形になっている。右手には大きな袋を持っていて、左手はずるずるとそりを引っ張っている。
「待たせたわね、銀。早速出発するわよ」
「ア、アタシは良いんですが……大丈夫なんですか、先輩は……その……体が辛いんじゃ……」
気遣わしげに、上目遣いになって銀が尋ねる。そんな彼女の頭に、ぽんと瑠璃の手が置かれた。
「……大丈夫よ。心配は、要らないわ」
「……そうですか。でも、無理はしないで下さいね。体調が悪くなったら、すぐにアタシに言ってください」
「分かったわ。では、サンタさんはこれに乗って」
瑠璃は引っ張ってきたそりを銀の前に出すと、手を振って彼女に促す。
銀は頷くと、そりに座って後部の荷台にはプレゼントではち切れそうな袋を積み込んだ。
「じゃあ、先輩も乗って下さい」
「? 何を言っているの、銀?」
「は? だって……一緒にこのそりに乗って幼稚園とか児童養護施設を回るんでしょ?」
銀としては多分運転手と車かバイクを既に瑠璃が手配しているのだと思っていたが……その予想は裏切られた。
すると瑠璃が無造作に手を伸ばして、そりに繋がっているロープを引っ掴んだ。
この時点で、銀はかなり嫌な予感がしてきた。仮面越しでも顔色が悪くなったのが分かる。
「サンタさんのそりを引っ張るのは、トナカイの役目だと昔から相場が決まっているわ」
良く見ると、きぐるみの隙間からは勇者装束が見える。今の瑠璃は勇者に変身して、その上からトナカイの着ぐるみを被っているのだ。
「ま、まさか……」
何をやる気か想像が付いて、銀はそりの手摺りを掴む力を強くした。
「しっかり掴まっていなさい。それと、間違ってもプレゼントを落とさないようにね」
「ちょ、待って下さい、先輩!! ま、まだ心の準備が……!!」
「行くわよ!!」
強化された勇者の身体能力で跳躍する瑠璃。当然、ロープが引っ張られてそりも乗っている銀ごと空中に舞い上がる。
「う、うわわわわわ……っ!!」
悲鳴を上げつつそりに掴まる銀。
屋根から屋根へと跳躍するトナカイに引かれる……と、言うよりは引きずられるようにして、サンタコスの国防仮面は町の空を進んでいった。
こうして、一日掛けてあちこちの幼稚園や児童養護施設を回った二人。
今や国防仮面はご当地ヒーローとしてかなりの知名度があり、訪れた幼稚園ではどこでも拍手喝采で迎えられた。またとある児童養護施設では瑠璃が「あぁ、あなたは昔この施設に良くボランティアに来てくださった方の妹さんですね? そっくりだから、すぐに分かりましたよ。お姉さんは元気ですか?」と、喜んだ先生に握手を求められた。
この調子でプレゼントを配っていき、いつの間にやら日も落ちかけて、袋の中身も少なくなり始めた頃。
トナカイの着ぐるみを纏った瑠璃はとある児童館の前に着地した。
ワンテンポ遅れて、そりが落下してくる。席に座った銀は、顔色はげっそり、体はぐったりとしていた。
それも無理からぬ所ではある。何しろそりの推進力である瑠璃は、強化された勇者の身体能力で屋根から屋根へと飛び移り、町中を飛び回って走り回るのである。基本的に平地を進むものである通常のそりとは、比較にもならぬ程の振動と衝撃が襲ってくる。精霊になっても尚、乗り物酔いを起こす程であった。常人であれば、とっくの昔に振り落とされて墜落していただろう。精霊化している銀だからこそ、それに耐えて付いてくる事が出来たのだ。
「ほら、しっかりしなさい。ここで最後よ」
「は、はい……」
痛む尻を押さえながら、銀は転げ落ちるようにそりから降りた。
今日この児童館では、クリスマスパーティーが開かれている。
ここで、残ったプレゼントを配り終える予定となっていた。
「……ほら、ちゃんとしなさい」
瑠璃はぱんぱんと銀のサンタクロース衣装に付いた埃を払ってやると、外れていた付けヒゲを口元に付け直してやった。
銀も気を取り直して、小さくなってしまった袋をひょいと担ぐ。
そうして、二人が児童館のホールの扉を開けると……
「あ!! 瑠璃さん!! 遅いですよ。もうパーティーが始まってます!!」
クリスマスパーティー用の三角帽子を被った友奈が、走り寄ってきた。
「ごめんなさいね、友奈ちゃん」
「お待ちしていました」
須美もやって来る。彼女の頭にも、同じように三角帽子が乗っている。
幼稚園のクリスマス会は、この児童館で開かれていたのだ。
「わぁ、国防仮面だ」
「違うよ、サンタさんだよ」
「プレゼントちょうだい」
子供達は、サンタ衣装の国防仮面を認めるとすずなりに群がってくる。
「ほらほら、沢山あるから順番だぞ。一列に並んで。悪い子にはプレゼントをあげないよ」
人間であった頃から、弟二人の世話をしていた銀は子供達の扱いは手慣れたものである。きっちりと子供達を統率して、プレゼントを配っていく。
「瑠璃ちゃん、これ見てよ!! 樹がコンサートで歌ったのよ。凄かったんだから」
ジュースが入ったコップ片手に風がやって来て、スマホに録画した画像を見せてくる。
未成年である風は当然、アルコールなど飲んでいる訳も無いが……しかし、これは殆ど笑い上戸の酔っ払いが絡んでくるシチュエーションそのままである。
瑠璃がちらりと視線を向けると、困ったようであり少しばかり申し訳なさそうである表情の樹が頭を下げてきた。もう一度視線を動かすと、夏凜が首を横に振って「ご愁傷様」とでも言いたげな表情を向けてきた。見れば、友奈・須美・園子も同じような表情を見せている。
ここから推察するに……どうも、自分達が来るまでに既に雰囲気だけで酔っ払った風が絡んで、樹の画像を見せて回ったらしい。
やれやれと首を振ると、諦めた瑠璃は風の見せてくる動画を鑑賞する。舞台で歌う樹は、成る程姉が自慢したくなるのも頷ける美声と歌唱力を披露していた。
「ふふふ……」
適当に料理でもつまもうかとする瑠璃だったが、そこにプレゼントを配り終えて袋を空っぽにした国防仮面がやって来た。
「あ、トナカイさんはそこに座っていてください。ずっとそりを引っ張りっぱなしで、疲れたでしょう。アタシが料理を持ってきますから」
「そう……? じゃあ、お願いしようかしら」
「……」
この時、誰も気付かなかったがじっと、須美がその様子を遠巻きに見ていた。
椅子に腰掛けた瑠璃は、しばらくして国防仮面が持ってきた料理と飲み物を受け取った。それをつまみながら様子を見ていると……
風は、またしても友奈達に樹の動画を見せようとしていて、樹はその後ろを付いて行って姉を制止しようとしている。
夏凜は、一発芸を見せていた。火を付けた蝋燭を立てて、5メートルばかり離れる。そうして木刀を振って、その剣風で蝋燭の火を消してみせた。
友奈は、持参したぬいぐるみを使った人形劇を演じている。子供達にも好評のようだ。
「天さん、天さん」
綺麗に包装された箱を抱えて、園子がやって来た。箱の大きさは、彼女の上半身が見えなくなる程もあった。
「? どうしたのかしら、園子……」
「これ、私から天さんへのプレゼントだよ」
「ありがとう……開けてみても良いかしら?」
「勿論!!」
そう言われて、瑠璃は受け取った箱から丁寧に包み紙を剥がし、蓋を開いてみた。そうして注意深く中に入っていた物を取り出してみると……
「こ、これは……っ!!」
園子が愛用しているネコのぬいぐるみ、サンチョといっただろうか。そのバリエーションだった。しかし入っていた箱から推測出来た事だが、これは大きい。普通に椅子に座らせる事が出来るぐらいだ。
「おっきいでしょ~。この日の為に、メーカーに特注で作ってもらったビッグサンチョだよ~」
「……」
瑠璃は軽くビッグサンチョの体をもふもふしてみた。
「柔らかいわね」
「そうでしょ~。特にそこは気を遣ったんだよ。私が沢山の素材の中から、厳選したんだよ~」
「……ありがとう。大切にするわ」
そう言って瑠璃は、自分のすぐ隣の席にビッグサンチョを座らせた。
「楽しまれていますか? 瑠璃さん」
「ん……?」
声を掛けてきたのは、ジュースが入ったコップ片手の須美だった。
彼女の言葉を受けた瑠璃が視線を上げると、子供達と笑い合っている勇者部の面々が見えた。
「幸せそうね、みんな……」
「……瑠璃さん?」
隣に座った須美が、覗き込むように視線を向けてくる。
「こんな時間が、長く続くと良いわね……」
「……」
この言葉を聞いた時、須美の胸中に小さな、針の先ほどの不安感が生まれた。気にしなければどうという事も無い、喉に引っ掛かった小骨のような感覚。須美はそれを振り払おうとするように、少しだけ次の言葉の語気を強めた。
「続きますよ。みんな一緒なら、楽しい時間がずっと……」
以前に自分が同じような立場となったので、そうした負い目もいくらか含まれていた。
「……そう……そう、ね……須美……」
瑠璃は、静かに頷いた。
1月1日。
年が明け、瑠璃と国防仮面は勇者部と一緒に、初詣に出掛ける。
「大吉だ!! やったあ!!」
友奈は、弾けるような笑顔を見せていた。
1月11日。
勇者部・国防仮面と一緒に、瑠璃は迷子の猫の捜索に出掛けた。
子猫は、友奈が見付けた。
友奈に抱っこされて、とても気持ち良さそうな子猫は眠ってしまっていた。
1月13日。
いつもの面々と一緒に、瑠璃はカラオケに出掛ける。
瑠璃は持ち歌を披露して、何と得点は999点と出た。
……勿論、機械の故障であったので、すぐに無効点となったが。
1月16日。
この日を境に、勇者部から瑠璃との間に、一切の連絡が付かなくなった。