天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第34話 神世紀最終聖戦 2

 

 大橋跡地に存在する小さなドーム、英霊之碑。

 

 そこに、勇者部の6人が息せき切って駆け込んできた。

 

 ドームの中央部に立っていた女性神官は、友奈達の姿を認めると合掌して礼をした。

 

「勇者様達に、最大の敬意を」

 

「止めて下さい」

 

 須美が一言で切って捨てた。

 

「何故、私達をここに呼んだんですか?」

 

「……ここは歴代の勇者様と巫女の眠る場所。話をするには、適切な場所だと思ったからです」

 

「……まさか、瑠璃さんがここに?」

 

 間に合わなかったのだろうか。自分達に一言も相談せずに、早まった真似に及んでしまったのだろうか。

 

 最悪の想像が脳裏に浮かんで、友奈が尋ねる。

 

「いいえ」

 

 瑠璃がそうであるように女性神官が棒読み口調で応じた。

 

 友奈はほっと息を吐く。

 

「……じゃあ、瑠璃ちゃんは今どこに居るの?」

 

「…………」

 

 女性神官の返事は無かった。

 

 この沈黙を答えるつもりは無いのだと受け取って、風は思わず女性神官に掴み掛りそうになったが……須美に肩を掴まれて制止された。

 

「では質問を変えましょう。瑠璃さんは、何をしようとしているんですか?」

 

「天動様は、天の神を殺すおつもりです」

 

 今度は、すぐに返事が返ってきた。

 

「神様を……殺す?」

 

「そんな事が……」

 

 だがあまりにスケールが大きすぎて、勇者部の面々は事の全容が把握出来ていないようだった。

 

「可能なのです。天動様なら……」

 

「どうやって?」

 

 園子の問いに、再び女性神官は応じる。

 

「……天動様は、史上最高の勇者適性の他に、史上最高の巫女としての適性を併せ持たれる奇蹟の如き存在。いえ……この、神樹様の寿命が尽きようとしている時代に彼女が生まれられた事こそが奇蹟と言えるかも知れません」

 

「巫女としての適性……」

 

「そうです。大赦にも現在、何人か巫女は居ますが……天動様の巫女としてのお力は、その誰とも比べられない別次元のもの。巫女は神樹様の声を神託として聞く者……須美様も、神託を受けられた経験がおありではないですか?」

 

「……」

 

 無言のまま、須美は頷いた。彼女もまた、勇者部の中では唯一勇者と巫女の適性を併せ持つ存在である。

 

 かつて大橋の戦いで、バーテックスの侵攻が近い事を彼女は夢の中で漠然とした形ではあるが、予見している。また先の戦いが始まる前に、その時点では神樹の中に居た瑠璃が夢の中で語り掛けてきた事もあった。

 

「天動様はそのずば抜けて強い力で、神樹様と深く繋がられています。神樹様に記録されている、過去の人類が味わった恐怖や絶望が流れ込んで、かつての勇者様達が負われた傷が現実の彼女の肉体に霊障として反映される程に……」

 

「……酷い」

 

 顔を蒼白にした樹が口を覆った。

 

「今回の神殺しの計画は、その神と深く繋がる特性を利用してのものです」

 

「どういう事なの?」

 

「……三好様は、双子の共時性をご存じですか?」

 

 尋ね返されて、少しだけ夏凜は戸惑ったようになった。

 

「えっと……双子の一方が体のどこかをぶつけたりしたら、もう一方も同じ所が痛くなるっていうあれの事?」

 

「そうです。天動様の肉体に起こる霊障も、原理自体は同じようなものです。ただし、そのシンクロは神樹様から天動様への、一方通行ですが」

 

「……待って。何となくだけど……分かってきたわ……ま、まさか……」

 

 段々と、風の顔色が悪くなって表情も険しくなりつつあった。

 

 頭に浮かんだ悪い想像が、多分だが当たっている事が予感出来た。

 

「共時性の究極は、一方が死ねばもう一方も死ぬという形。天動様は天の神と自らを深く繋げ……同時にその繋がりを双方向に修正されたのです」

 

「どうやってそんな事が……いくら瑠璃さんに強い巫女としての力があるとしても、そこまで出来るとは……」

 

 勇者や巫女について深く学び、知識も豊富な須美が質問する。

 

 巫女が神樹から受け取る神託とて、原則神から人への一方通行なのだ。須美はそうだし、瑠璃もそれは同じだった。なのに、神樹よりも更に遠い存在である天の神と双方向で繋がり、あまつさえ神を道連れに出来る程まで深く繋がる事など……いくら瑠璃に最高の巫女としての適性があろうとも、出来るとは思えない。

 

「普通なら不可能です」

 

 女性神官は認めた。

 

「ですが今の天動様の肉体は、天の神の祟りに侵されています。それはつまり天の神と天動様の間に『接点』、結び付き・縁が生じているという事……」

 

「……!! じゃあ、まさか……」

 

 いくつかの情報の点が繋がり合って線になっていくのが分かって、須美の顔が強張った。

 

「そうです。だから天動様はまだ神樹様の中に居られた時に須美様に語り掛け……捧火祭の生贄となる事を求められたのです。その後で、自分が現世に還ってあなたを救出し、その祟りを自分へと移し替えて天の神の烙印を手に入れる為に……」

 

「そんな……!!」

 

 須美は、瑠璃が生贄となる事を求めていながらその後で助けに来てくれたのは、元々生贄を出す事は彼女の本意ではなく、状況が変わったからだと思っていたが……実際は違っていた。最初から最後まで、瑠璃の計画通りの出来事だったのだ。勿論、須美を死なせるつもりなど最初から無かったというのも本当だろうが。

 

「そして須美様の救出から現在までに時間が経て……天動様の体には、天の神の祟りによる侵食が進んでいます……つまり今の天動様は限り無く深く、天の神と繋がっている状態……今なら、神殺しを行う事が出来る……天動様は、天の神と刺し違えるおつもりなのです」

 

「!! 何でですか!?」

 

 友奈が、大声で叫んだ。

 

「私や夏凜ちゃんは、いつの間にか瑠璃さんの事を忘れてしまっていた時がありました……東郷さんに聞いたら、それは瑠璃さんが自分の全てを散華させて、存在そのものが世界から消えていた時があったからだって……!! どうして瑠璃さんだけが、自分が消えるまで戦って、それでやっと戻って来れたのに……何でまた死ななきゃいけないんですか!?」

 

「そうすべきだと思われたからです。他ならぬ天動様ご自身が。天動様は仰っていました。自分の命一つで、何万何十万という人の未来を創る事が出来る。それが、素晴らしい事だと思っていると」

 

「ふざけんな!!」

 

 夏凜が叫んだ。

 

「そんなの認められる訳ないじゃない!! 瑠璃さんが居なくなったら、私達がどれだけ辛い思いをすると思ってんのよ!!」

 

「知っておられます、天動様は。家族、友達、愛する人……その、誰か一人でも犠牲になればその人は世界の終わりと同じぐらいに悲しいのだと。その痛みも悲しみも、類希な巫女としての素質で……天動様は嫌という程に味わってこられました」

 

「だったら!!」

 

「だからこそ」

 

 女性神官の語気が、僅かに強くなった。

 

「そんな思いをする人が、これで最後になるように……天動様はその身を捧げられるおつもりなのです」

 

「だから……」

 

 絞り出すような声で、須美が言った。

 

「だから私達にも、それで納得しろという事ですか?」

 

「……」

 

 少しだけ、女性神官は言い淀んだ。

 

「納得などしてもらう必要はありません……既にもう、矢は放たれたのです」

 

「……安芸先生は、それで良いの?」

 

「!」

 

 園子の言葉を受け、女性神官は身震いした。

 

「天さんと安芸先生の事……調べたよ。昔、一緒に住んでいて姉妹同然だったって……その、天さんが折角還ってきてくれたのに……また天さんが居なくなって、それで良いの?」

 

「……そう、です」

 

 女性神官の声が、震えていた。

 

「天動様お一人の……いえ、少数の勇者達の死が積み重なった先に、何も知らずでも平穏を享受する多くの人々に未来が遺せるならば……それはやむを得ない犠牲……それが、この時代の人の在り方……天動様もそうすべきだと思われたから、あの時……壁の外に残られました。私は、それを聞いた時に誓ったのです。人類を存続させる為なら何でも出来る。何でもしようと。そして全てが終わるその日まで、人の心を捨てると決めたのです」

 

「もう……あの時の安芸先生じゃないんだね……」

 

 園子が、悲しそうに首を振った。

 

「そうよ」

 

 女性神官は認めた。

 

「瑠璃ちゃんが壁の外に残って、そして最初の定時連絡のメールが入ったあの時から、私は……鬼になると決心したのよ」

 

「……!」

 

 園子は、女性神官の握り締められた拳から血が滴っているのに気付いた。

 

「……先生」

 

「やっぱり駄目よ、そんな事!! 瑠璃ちゃん一人が犠牲になって全てを終わらせるなんて、間違ってる!! 少なくとも私は絶対に納得しない!!」

 

 園子の声に被せるようにして、風が叫んだ。それは勇者部全員の代弁でもあった。

 

「答えて下さい!! 瑠璃さんは、今どこに居るんですか!?」

 

 声を大にして、友奈が詰め寄る。手には端末が握られていて、場合によっては力尽くでも聞き出すという剣幕だった。

 

「……今は、大赦に居られます」

 

 いやにあっさりと女性神官が答えたので、これには少しだけ一同は拍子抜けしたようだった。

 

「……止めないんですね?」

 

「私にはあなた方を止める力はありません」

 

「……じゃあ、どうして私達をここに呼び出して、瑠璃さんの事を教えてくれたんですか?」

 

「……」

 

 須美の問いを受けて、少しだけ女性神官は答えに詰まった。

 

 数秒の間を置いて、答える。

 

「……それは、何も知らないままであなた達が天動様を喪うのは……あまりと言えばあまりにも不憫だと思ったから……そして、最後の別れを言う権利ぐらいは、認められるべきだと思ったからよ。どのみち……あなた達では力でも言葉でも、天動様をお止めする事は叶わないでしょうから……」

 

 合理的ではない。だがそれを、この女性神官は選択したのだ。

 

 それは捨てようとしても捨てきれない、安芸先生の人としての最後の情であるのかも知れなかった。

 

「やってみなきゃ分からないじゃない!! 行くわよ、みんな!!」

 

 風の言葉を受けて、勇者部は大赦本部へ向けて走り出した。

 

 誰も居なくなった英霊之碑で、女性神官は静かに天を仰ぐ。

 

「天動様……瑠璃ちゃん……ごめんなさい……」

 

 その呟きは誰に聞き取られる事もなく、空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 大赦本部。

 

 多くの社殿が建ち並ぶそこでも、最も大きく最も神樹に近い場所に建設された本殿。

 

 その入り口の前では、道を塞ぐように座り込んだ国防仮面がビッグサンチョのぬいぐるみをもふもふとしつつ、手持ち無沙汰にしていた。

 

「ん……」

 

 近付く気配に気付いて彼女はぬいぐるみを傍らに置くと、立ち上がった。

 

 境内に、血相変えた勇者部の6人が駆け込んできた。

 

「来ると思ってたよ」

 

「……銀。瑠璃さんは?」

 

「……」

 

 須美に問われて、銀は自分のすぐ後ろにある本殿の入り口へと目を向けた。瑠璃は、その中に居るのだ。

 

「……分かった、みんな行こう」

 

 風がそう言って、他の者も続こうとするが……ずいっと国防仮面がその進路を塞ぐように立ちはだかった。

 

「……何のつもり?」

 

「ミノさん……?」

 

 軍帽と仮面を放り捨てる。小学生の頃のままの、三ノ輪銀の顔が露わになった。

 

「駄目だよ、みんな……ここは、通せない」

 

「なっ……」

 

 須美は、銀がこんな事を言うなど信じられなかった。怒りや焦りよりも、驚きが先に来た表情になる。

 

「あなた分かってるの? 瑠璃さんが何をしようとしているか……」

 

「知ってるよ、全部……」

 

「じゃあ!!」

 

 銀の顔から全ての表情が消えて、能面のようになった。

 

「……全部分かっていて、それでも。先輩の邪魔をさせる訳には行かない。ずっと一緒に戦ってきた、パートナーとしてね……」

 

 かざした銀の手に光が集まって、刀身に炎を纏う薙刀が具現化された。精霊・巴御前の持ち武器だ。

 

 これは、力尽くでも行かせないという意思表示だ。

 

「お願い、国防仮面さん、そこを通して下さい!!」

 

 友奈の懇願にも、銀は首を横に振るだけだった。

 

「……っ!!」

 

 友奈が端末に手を伸ばした。ほぼ同時に、須美・園子・夏凜も端末を取り出す。

 

 力尽くでも押して押し通るという意思表示だった。

 

 4人の指先が動いてアプリを起動させようとした時に、風と樹が間に割り込んだ。

 

「バカ!! どっちも止めなさい!! 私達で戦いを始めてどうするつもりよ!!」

 

「そうだよ、兎に角どっちも止めて!!」

 

「「…………」」

 

 制止を受けて、両者ともに頭に上っていた血の気が少しは引いたらしい。

 

 銀は構えを解くと薙刀を下ろして、友奈達も端末を下げた。

 

 ひとまずではあるが一触即発の事態は回避出来た。犬吠埼姉妹はほっと胸を撫で下ろすと、改めて銀に向き直った。

 

「国防仮面さん……いや、三ノ輪……銀さんだったっけ? そこを通してもらえないかしら? 瑠璃ちゃんと話がしたいの。お願いだから……」

 

「……それは……」

 

 その時だった。

 

 ビーッ!! ビーッ!!

 

 友奈・須美・風・樹・夏凜・園子。

 

 6人が持つ6つの端末が、一斉に警報音を立てた。

 

「「!?」」

 

「これは……!?」

 

 画面には「特別警報発令」の文字が表示されていて、警報音と共にそれが数秒続いた後、ブツリと画面がブラックアウトした。

 

「一体何が……」

 

 友奈が、そう呟いた時だった。

 

 音も無く本殿の入り口の引き戸が開いて……ゆらりと人影が姿を見せる。

 

 現れたのは余人に非ず、友奈達の望んでいた姿だった。

 

「瑠璃さん!!」

 

 喜びを隠そうともせず、銀の横を抜けて駆け寄る友奈。

 

 きっと、外で何か騒がしくしているから何事かと気になって見に来たのだろう。

 

 着衣は乱れていて、はだけられた胸元からは刻まれた烙印の侵食が体中に及んでいるのが見えた。それが痛々しいが、兎に角まだ瑠璃は生きている。

 

 天の神と刺し違える前に間に合って、本当に良かった。

 

 須美と園子、それに夏凜もほっとした表情で顔を見合わせた。今回の事はあくまで一時の気の迷いや焦りで早まったから起こった事で、ちゃんと話せば瑠璃さんは分かってくれる。そんな確信があった。

 

「瑠璃さん、こんな事間違ってますよ。もう一度、よく考えて……」

 

「……」

 

 友奈がそう言い掛けて……瑠璃の唇が、三日月の形に歪んだ。

 

 ぞくっとした悪寒が体を走り抜けるのを、全員が知覚する。具体的には分からないが、何かとても良くない事が起こっている。それが直感で分かった。

 

 そっと瑠璃の手が上がって、掌中に光が生まれた。

 

 その手が友奈の顔に当てられる。

 

「えっ……る、り……さん……?」

 

 何が起こっているのか? 誰もが今目にしている現実が理解出来ず、受け入れられずに体を動かせなくて……

 

「危ない!!」

 

 しかし事が起こるよりも一瞬早く、躍りかかった銀が友奈の体を押し倒すようにして伏せさせた。

 

 その、刹那の時間差で友奈の頭があった空間を、光の矢が薙いでいた。

 

 光の矢は射線上の木に突き刺さって、樹齢何百年かはあろうかという太い幹がコルク栓を抜いたように抉られた。当たっていれば、友奈の頭どころか胸から上が消し飛んでいただろう。それほど恐ろしい破壊の力を、瑠璃は友奈に向けて解き放ったのだ。これは、有り得ない事だった。起こる筈の無い、起こってはならない事だった。

 

「ちょっ……瑠璃さん、何を……!!」

 

「違う……」

 

 友奈を庇うようにその上に覆い被さったままで、銀が言った。

 

「えっ……」

 

「先輩じゃ、ない……!!」

 

<その通り>

 

 瑠璃が、口を開いた。

 

 だがその声は、彼女のものではなかった。

 

 男のものとも女のものとも付かない不思議な声。何十人かの男女が同じ台詞を喋っていて、それが一斉に一つの口から出ているような異様な声だった。

 

「瑠璃さん、どうして……」

 

 夏凜が、首を横に振りながら言った。

 

 瑠璃が友奈を殺そうとするなど、ある筈が無い。あって良い訳がない。

 

<お前達も大赦も、この事態を予期すべきだったな>

 

 再び、多重音声のような声で瑠璃が話した。

 

<我らとの繋がりを極限まで強く深くして、自らの死に、我らを道連れにする……発想は悪くなかった。寧ろ素晴らしいと言っても良いだろう。だが……それは我らにとっても、この体へと通じる経路を広げるという意味をも孕んでいると、気付かなかったのか?>

 

「な、何を言って……?」

 

<これも、もう必要無い……>

 

 瑠璃が、そっと手を当てると胸に刻まれていた烙印が消しゴムを当てたように消え失せてしまった。

 

<そもそも、不思議には思わなかったのか? 最強の勇者と最高の巫女……そんな力を併せ持った者が、神樹の寿命が尽きようとしているこの時期に生まれるのが、本当に只の偶然や奇蹟だと思っていたのか?>

 

「……ま、まさか……?」

 

<最も強く神威を振るい、最も深く神と繋がる……その二つの力を許された者、天動瑠璃。この者こそが、我らが地上に降臨する為に生まれるべくして生まれた、神の器>

 

「お前は……まさか……!!」

 

<今、この体に在るのは我ら天の神。天動瑠璃という存在は、永久に消えた>

 

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