天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第36話 神世紀最終聖戦 4

「あ……かはっ……」

 

 首を掴まれて宙吊りにされて、身動き出来ない友奈の胸元へと、天の神の手が突き出される。

 

 その力を以てすれば勇者装束など薄紙の如く貫いて、友奈の心臓が破壊されるだろう。

 

「や、止め……」

 

 何とか割って入ろうとするが、ダメージの大きい須美は動けない。他の勇者部のメンバーも似たような状態で、天の神の攻撃を止められる者は居ない。

 

 友奈自身にも、最早反撃はおろか抵抗する力も残っていない。

 

 万事休す。

 

 槍のような突きが友奈の胸めがけて繰り出されて……

 

「……っ!!」

 

 一瞬後に起こるであろう恐ろしい光景が脳裏に浮かんで、思わず須美は目を瞑って顔を逸らした。

 

 そして……

 

 ……ドサッ

 

 何かが、落ちるような鈍い音が聞こえてくる。

 

「……?」

 

 恐る恐る、目を開けると、そこには。

 

 友奈が、天の神の足下に倒れていた。

 

 まさか、と最悪の事態が須美の頭をよぎったが……

 

「う……げほっ、げほっ……」

 

 倒れた友奈が咳き込むのを見て、ほっと息を吐いた。

 

 だが、何故天の神は友奈を殺さずにいたのか?

 

 良く見ると……先程まで、友奈の首を掴んでいた右手がぶらんと力無く垂れ下がっている。

 

<……? これは……? 腕が、動かん……?>

 

 天の神が、そう疑問を口にした瞬間だった。

 

 今度は、がくりと膝から倒れてその場に転がった。

 

<な……何だと!? 今度は、足が……?>

 

 足が動かなくなったので、立っていられなくなってその場に倒れたのだ。

 

 左手で体を起こそうとするが、その左手の機能も喪失して地面に這いつくばった。

 

<こ、これはっ……!? 目、目が見えなくなった……次は、触覚もだと……!?>

 

「……散華……」

 

 理論は知っていて、また実際に満開の使用後に瑠璃の色素が供物として捧げられた事で彼女の髪が真っ白になる所を見ている園子が、呆然と呟いた。

 

「どうやら……間に合ったようだね……」

 

 樹を支えながら、銀がふうっと溜息を吐いた。

 

<な、何だと……!?>

 

「天の神……さっきのあんたの言葉をそのまま返すよ。あんたこそ、この事態を予測しておくべきだったね」

 

<何……?>

 

「先輩が天の神と双方向で繋がるって事は、こっちからそっちに干渉出来るようになる代わりにそっちからもこっちに干渉出来るようになるって事……道連れを避ける為に、自分の体を乗っ取ろうとしてくる事ぐらい先輩が予想してなかったとでも思ったの?」

 

「じゃあ、ミノさん……天さんは」

 

 倒れたままの園子に尋ねられて、銀は頷いた。

 

「最初から、天の神が自分に乗り移ろうとしてくるのは百も承知。その上で、罠を張り巡らせて待ち構えていたのさ」

 

「罠って……散華の事……? でもどうやって……?」

 

「別に不思議な事じゃないでしょ? 先輩は、散華無しで満開出来るように勇者システムの改良を研究していた……じゃあ、その逆で満開無しで散華させる方法だって、知っていても当然でしょ」

 

「満開をしていなくても……散華を……?」

 

「そう、ただし手動で作動させるのだと天の神に気付かれる恐れがあったから……事前にタイマーを使って、定刻になったら自分の体機能が喪われるようにセットしてあったんだ」

 

 銀が、瑠璃の端末を見せる。

 

 画面には「天動瑠璃に対して強制散華の機能作動中」と表示されていた。

 

「まぁ……タイミングには結構気を遣ったけどね」

 

 早過ぎれば天の神が乗り移ってくる前に瑠璃の身体機能が喪われるだけに終わってしまうし、逆に遅過ぎれば効果が発動する前に天の神が神樹に到達して、人類が滅亡してしまう。

 

 よって瑠璃としてはベストのタイミングを見計らう必要があった。とは言え、これは蝶々の羽ばたきぐらいほんの些細な気まぐれによって結果が左右されてしまうようなデリケートかつ気まぐれな事象ではある。人智の限りを尽くしても、ここまでは及ばない。故に瑠璃や銀としても、そこは賭けではあった。

 

「でも……みんなが時間を稼いでくれたから……作戦は成功したよ」

 

 天の神の力に全く歯が立たずに蹴散らされたかに見えた勇者部であったが……実際は違っていた。

 

 友奈達の敢闘はほんの数分であったが、瑠璃の体に仕込まれたトラップが作動するまでの時を稼いだのだ。

 

<バ……バカな……!! そんな真似が……!?>

 

 瑠璃がやった事は、例えるなら自分の体に時限爆弾を埋め込むような暴挙である。しかも確実に道連れに出来る確証があったならいざ知らず、天の神が乗り移る前に、自分だけ爆発する可能性だって多分にあったのだ。そんな自殺行為まがいの行動が、出来る訳が無い。

 

 だが、銀は言う。

 

「先輩なら、出来るんだよ」

 

 他の誰にも真似出来ない。

 

 300年、積み重ねられた勇者や巫女を始めとした全ての人の想いを受け継ぎ、この戦いで全てを終わらせ、未来に勇者が選ばれる事が無いように。

 

 過去と未来の全てを背負っている瑠璃だからこそ、使えた手だと言える。

 

<お、おのれ……!! 神を謀ったな……!!>

 

「おっと、先輩の体から出るつもりなら無駄だよ? あんたの本体と先輩の体を繋ぐ『経路』になる烙印は、さっきあんた自身が消してしまったでしょう?」

 

<!!>

 

「これも先輩の予想通りだったね。もし天の神が自分の体を乗っ取ったら、生命力を削る烙印はすぐに消すだろうって言ってたけど……」

 

 烙印は、天の神に捧げられる生贄から生命力を削り取って天の神に送るもの。天の神自身が瑠璃の体に降臨した時点で、それは不要どころか自分が使う体から生命力を削ってしまう有害なものだ。だから天の神は、瑠璃の体を十全に使う為に烙印を消したのだが……それが、仇となった。退路を自らの手で潰す形となったのだ。

 

「もはやあんたは蟻地獄に突っ込んだアリも同然!!」

 

<き、貴様……人の分際でここまで神を愚弄する事が許されるか……!!>

 

 既に四肢の機能や五感も消滅している筈なのだが、これが神の力なのだろうか。

 

 油の切れたロボットのようにぎこちない動きながら、天の神は瑠璃の体を立ち上がらせた。

 

<愚かな事をっ!! いくら体の機能を奪ったとて神たる我らは、神殺しの武器と、その担い手に選ばれた者でなくては殺せぬ!!>

 

 それが、天の神が瑠璃の体を依り代としている一因でもある。

 

 人間側が唯一所有している反攻作戦の切り札『神度剣』。初代勇者・乃木若葉の時代から300年の時を経て、大地の霊気を注がれて鍛え抜かれた神殺しの刃。

 

 しかしそれは誰でも使える訳では無い。

 

 神度剣は、剣そのものに選ばれた勇者でなければ、力を引き出す事は出来ない。

 

 かつて西暦の時代に、勇者達が土地神の霊力を宿した武器を手に戦ったように。

 

 そして神度剣が選んだのは、今現在天の神が乗っ取っている瑠璃自身。

 

<我らを殺す事が出来る勇者など、ここには只の一人も居らぬ!!>

 

「只の一人も居ない……? それはどうかな」

 

 静かな声が、樹海に響いた。

 

 だがその声は、銀のものではない。

 

 勇者部の誰の声でもない。

 

 この場に居ない筈の人の声が。

 

「あんたは……」

 

「誰……?」

 

「来てくれましたか。やっぱり」

 

 天の神の眼前に、一人の勇者が立っていた。

 

「私が、居る」

 

<き、貴様はっ……!!>

 

 長い髪をポニーテールに纏めて、桔梗を思わせる清楚な青と白が混成した美しい装束を纏った勇者が。

 

 手には、神度剣を持っている。

 

「初代勇者・乃木若葉……こうして相見えるのは、初めてだな、天の神」

 

 かつて壁の外の戦いで、瑠璃に手を貸す為に時を超えて駆け付けた最初の勇者が、今再びこの戦場に立っていた。

 

「永い間、待ったぞ……この時を」

 

 鞘から、神殺しの刃が抜き放たれる。

 

 霊力を帯びた刀身は、担い手の闘志に呼応するように星の如き輝きを放ち始める。

 

 神度剣は、乃木若葉の武器であった『生太刀』と郡千景が使った大鎌を合わせて打ち直した物。つまり若葉はその本来の主なのだ。担い手としての資格は十二分。

 

<そ、そんなバカな……!! 何故、死者が蘇るなど……!!>

 

「忘れたの? 先輩の体は通常時でも神樹様と深く繋がってる……そして、散華で自分の体が大量に供物として神樹様に捧げられてリンクが深くなった状態なら……神樹様の中と現世を繋ぐ縁となって、そしてこの世界に留める楔となって……来られるんだよ。神樹様の中に還った……昔の勇者が」

 

 決戦術式・勇者召喚。

 

 壁の外での戦いに於いて、勝敗の帰趨を決定付けた瑠璃の切り札だった。

 

 今回、天の神が操っている瑠璃の肉体が強制的な散華によって供物として捧げられた事で、その発動条件が整い……若葉が再び現世に還ってきたのだ。

 

「とは言え、大分無理をして出てきているのでな……一撃、只の一太刀しか振るう事は出来ないだろう。故に」

 

 若葉が、神度剣を高く掲げる。

 

 刀身の纏う光が一際強くなり、そして彼女の周囲に無数の光が人魂のように浮かび上がり始める。

 

「その一撃を全力で、放つ」

 

 光が、一つずつ刀身へと吸い込まれていって……その光が更に更に。際限も限界も無く強くなり続ける。

 

「ここに集った全ての勇者と巫女の力を借りて。そしてこの300年に積み重ねられてきた全ての人の想いを、我が一撃に込めよう」

 

 じゃきっ。

 

 腰だめに構えた若葉が、神度剣の切っ先を天の神へと向ける。

 

<やめろ……!!>

 

 しかし、聞く筈も無い。

 

 若葉が、大地を蹴って風のように突進する。

 

「や、止め……!!」

 

 勇者部の中では比較的ダメージの少ない樹が、若葉を止めるべく駆け出そうとするが、銀が肩を掴んで制した。

 

「大丈夫、先輩を信じて!!」

 

「神よ、思い知れ……これが、これこそが……人の執念」

 

 神度剣が天の神、瑠璃の肉体の胸に深々と突き立てられる。

 

 天の神が人に怒り、粛正を始めてから300年。

 

 ここに来るまでに、多くの命が積み重ねられてきた。

 

 多大なる犠牲。散っていった数多くの煌めく命。嘆きの心を力に変えて。

 

 今、人の刃は神へと届いたのだ。

 

<がはあああっ!!>

 

 心臓を一突きにされて、天の神は血を吐いた。

 

 同時に傷口から噴き出た血が若葉や、すぐ傍で倒れていた友奈にも降りかかった。

 

<こ、こんなバカな……!! 神である我らが、人の手によって討たれるというのか……!?>

 

 貫いた神殺しの力が、天の神の精神・魂すらも砕いていく。

 

「いつの世も人が神の下僕である訳では無い。時として、人は神を凌駕する。お前達にとっては大した時間ではないかも知れないが……人にとっての300年、そう軽いものだと思われては困る」

 

<お、おおおおおおおお…………っ!!!!>

 

 天地がつんざくような咆哮が響いて……

 

 地震のような巨大な揺れが襲ってきた。

 

 呼応するように樹海が、揺らいで消えていく。

 

「私達の役目は、これで終わりだ……これから先の未来は、お前達が……」

 

 その言葉を最後に、若葉の体もまた、花が散るように崩れて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 結界外部。

 

「芽吹先輩、これは……!!」

 

 その異変に気付いたのは、亜耶だった。

 

「ええ……」

 

 芽吹もまた、すぐに自分達の周囲に起きている異常に気付いた。

 

「天変地異か、これは……? いや、既にこの世界が天変地異そのものみたいなものだが……」

 

 防人の一人であるしずくが、キョロキョロと顔を動かしながら言った。

 

「炎が……消えていく……」

 

 神樹の結界を包み込んでいた、煉獄の如き業火。

 

 それが、消失していく。

 

「兎に角……大赦に報告すべきね……」

 

 芽吹は、端末の通話機能を作動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 英霊之碑。

 

「そうですか、分かりました……」

 

 結界の外に待機させていた防人達の報告を受け、女性神官は頷きを一つする。

 

「あなた達は、一度大赦本部に帰還しなさい。連絡を終わります」

 

 そう言って通話を切ると、女性神官は手にしたスマホを取り落として、天を仰いだ。

 

「……やったのね、瑠璃ちゃん……」

 

 呟く女性神官の肩が、体が、震えている。

 

 彼女はがっくりとその場にくずおれ、うずくまる。

 

「う……あ……あ……」

 

 嗚咽が響いて……仮面が落ちる。

 

 その下から現れたのは、安芸先生の顔だった。

 

 滂沱として、両眼から涙が溢れていた。

 

「うわあああああああああああああ…………っ!!!!」

 

 泣き叫ぶ声が、いつまでもこの場に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 大赦本部。

 

 樹海化が解けて、本殿の景色が戻ったそこで……

 

 ふらふらと、血塗れになった友奈が立ち上がった。そうして、ゆっくりと進んでいく。

 

 壁を背にして、胸に剣を突き立てられた……瑠璃の元へ。

 

「る、りさ……ん……」

 

 語り掛けても、返事は返ってこない。

 

 突き立てられた剣は確実に心臓を破壊しており、瑠璃の目は焦点を結んでいない。既に命の灯火が消えている事は誰の目にも明らかだった。

 

「そ、そうだ……これ、抜かなくちゃ……」

 

 友奈が剣の柄に手を掛けて引き抜こうとするが……深く突き刺さっているのと、右手が壊れている今の友奈の力では剣は動かない。

 

「……!!」

 

 須美は、はっと悟る。

 

 これは、あの時……天の神の生贄から救出された時に見た夢の光景、そのものではないか。

 

 ただの悪夢だと思っていたが……違っていた。あれは、神樹様の神託だったのだ。

 

「くっ……抜かなくちゃ……早く、早く……!!」

 

「友奈!!」

 

 泣きながら、顔を蒼白にして剣を抜こうとする友奈だったが……風が、背後から羽交い締めにするように抱き付いて止めた。

 

「風先輩……」

 

 肩越しに振り返った友奈に、風は泣き出しそうな顔で、首を振るだけしかできなかった。

 

「もう……手遅れよ……瑠璃ちゃんは……逝ってしまった……」

 

「そんな……」

 

 友奈の体から力が抜けていくのを確かめると……風は手を離して、ゆっくりと後退って友奈から離れた。

 

 呆然と……自失した友奈は剣から手を放す事も忘れて……呟く。

 

「本当に……こんな、こんな終わりしか無かったの……?」

 

「友奈ちゃん……ううっ……」

 

 ようやく体を起こす事が出来た須美は、拭っても拭っても止まらない涙を懸命に堪えようとしながら、そう呟くのが精一杯だった。

 

 自分の時は、悪夢で済んだ。

 

 でも、これは現実なのだ。どんなに祈っても願っても、消える事も無ければ目が醒める事も無い。

 

「瑠璃さん……どうか……言ってください……もう一度目を開けて……これは何かの間違いだ。私は悪夢を見ているんだって……どうか……どうか……」

 

 祈りであり、哀願であり、そして呪いのようなその言葉は、空に溶けていって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは何かの間違いなのよ。友奈ちゃんは悪夢を見ている……これで、良いのかしら?」

 

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