天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第38話 勇者の帰還(その2)

「うむむ……」

 

 この日、三ノ輪銀は悶々としていた。

 

 とある家の玄関前でうろうろと歩き回っては、チャイムを押そうと手を出して……

 

 そして引っ込める。

 

 十分程前からずっとこの繰り返しである。

 

 正直怪しい。

 

 何がどうなってこうなったのか?

 

 話は一月程前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 天の神との戦いも終わり、勇者部はいつもの勇者部に戻っていた。

 

 この日は海岸の掃除を終わらせた後に、行きつけの店であるうどんのかめやへと立ち寄っていた。

 

 さて、この店だが最近は勇者部が来ると人だかりが出来るようになっていた。

 

 勿論、勇者部の面々は美少女揃いではあるが……それだけではない。

 

 勇者部の席に着いているのは、全部で8名。

 

 まず正規の部員である友奈、須美、風、樹、夏凜、園子の6人。

 

 そして国防仮面(銀)が同席している。

 

 今やすっかりご当地ヒーローとして市民権を獲得している彼女が時々やって来るとあって、一目見ようと最近かめやの客足は伸びつつあるらしい。

 

 しかし、それ以上に衆目を引きつけているのが……

 

「これは美味しいわね、うん」

 

 天ぷらうどんをすすっている、猫をモチーフとしたぬいぐるみ。

 

 園子の全面監修の元、メーカー特注で製作されたビッグサンチョであった。

 

 そのぬいぐるみが、ひとりでに動いてうどんを食べている。

 

 世にも珍しい光景に、店中の視線は勇者部が着いている席に釘付けだ。

 

「えっと……そのぬいぐるみは……」

 

 肉うどんを運んできたお店のおばちゃんが、唖然とした顔で尋ねてくる。

 

「部活のマスコットです」

 

 と、須美。

 

「え……でも、うどんを食べて……」

 

「マスコットです」

 

「はぁ……最近のぬいぐるみは進んでいるんだねぇ……」

 

 まぁ、食べ物を粗末にしている訳でもなく、ちゃんと食べているのだから文句を言う筋合いも無い。

 

 首を傾げつつ、狐につままれたような顔でおばちゃんは厨房へと引っ込んでいった。

 

「……」

 

 難しい顔をしているのは、対面の席に腰掛けている風だ。

 

『つ、ツッコミたい……!! 元はぬいぐるみなのにどうやって食べているのかツッコミたい……!!』

 

 これが、今の勇者部の日常だった。

 

 戦いが終わった後、ビッグサンチョを新しい体にした瑠璃は、その功績を認められて大赦から重職に就くよう求められた。

 

 瑠璃はこの申し出を受けて、現在は大赦の最高位神官と勇者部のマスコットを兼任して多忙な日々を送っている。

 

『神官とマスコットの兼任って、どんな肩書きなのよ……って、そうツッコミたい……!!』

 

 と、頭を抱えている風のその隣に座る樹の脳内では……

 

『最高位神官って事は、大赦で会議にも出席するんだよね……』

 

 想像してみる。

 

 仮面を付けて制服を纏った神官達に混じって、特注の制服を着たビッグサンチョが会議の席に着いていて……

 

「ぶふっ!!」

 

 その光景が頭の中に描かれ、思わず樹は噴き出してしまった。

 

「それで、どうしたんです? 先輩、何か大切な話があるって……」

 

 国防仮面に言われて、うどんのおつゆを飲み干すと、瑠璃はじっと銀を見た。

 

「うん、銀。天の神をやっつけた事だし……そろそろ、あなたを私の精霊から解任しようと思うの」

 

「「!!」」

 

 これを聞いて全員に衝撃が走ったようだが……特に須美と園子はこの世の終わりのような顔になった。

 

 一方で、銀は仮面越しで良く分からないがどこか諦めているように、落ち着いていた。

 

「……そう、ですか……いつかは来るとは思っていたんですけどね……」

 

 今の銀は、瑠璃の精霊として現世に留まっている存在。彼女の本来の肉体は2年前の戦いで死んでいるし、精霊としても須美達に瑠璃のスマホを届けたら、その時に消える筈だった。

 

 それでもこの世界に居られるのは、瑠璃が色々と気を遣ってくれたからだ。言わばあの時から、こうして過ごしていられるのはロスタイムのようなものだったのだ。とうとうそれが、終わる時が来たのだ。

 

 言葉通り、いつかは来るだろうと覚悟していた。その時が来たのだ。

 

「天さん、いくら何でも急すぎるよ!!」

 

「その通りです、瑠璃さん!! 他に方法もあるでしょう!! まずはそれを探す所から……!!」

 

 詰め寄った園子と須美が、ぬいぐるみである瑠璃の体を持ち上げてぶんぶんと振り回してくる。

 

 そんな二人を、国防仮面(銀)が肩に手を置いて制した。

 

「良いんだよ、二人とも……元々、拾った命だからね。今までこうしていられたのが、オマケみたいなモンだったんだよ……」

 

 そう語る銀の手は、震えている。

 

 彼女も怖いのだ。当然であろう。消える事が、死ぬ事が、怖くない筈が無い。

 

 と、今度は友奈の精霊である牛鬼が出現して瑠璃の頭を囓り始めた。

 

「ほら、瑠璃さん。牛鬼も止めてって言ってます!! そんな事しなくても……」

 

「……さっきから、みんな何か勘違いしているんじゃないかしら? それと友奈ちゃん、いい加減牛鬼を離してほしいのだけど……」

 

「は、はい……」

 

 言われた通り、ひとまず牛鬼を抱っこして瑠璃から引き離す友奈。

 

 歯形が付いてしまった布製の頭を撫でつつ、瑠璃は銀に向き直る。

 

「銀、あなたを精霊から解任すると言ったのは消滅させるという事ではなくて……あなたを人間に戻すという意味なのよ」

 

「えっ?」

 

「そんな事が……どうやって……?」

 

「それは簡単よ。銀、精霊であるあなたを、新しい体に降ろす」

 

 精霊を肉体に降ろす事それ自体は、西暦時代から実績のあるシステムである。ただし、その場合は精霊が勇者の精神に悪影響をもたらす事から、オミットされた機能なのだ。

 

「しかし今回は、空っぽの体に精霊を入れる訳だからね。そうしたデメリットは無視出来るわ」

 

「それは分かりましたけど……新しい体なんて、一体どうやって?」

 

「簡単よ。ちょっと待って……」

 

 瑠璃はそう言うと、お腹に付けられているジッパーを下ろす。

 

 そうしてくぱっと開いたそこに手を突っ込むと、中からスマホを取り出して登録してある連絡先に電話を掛けた。

 

『……ツッこまないわよ……!! どこに端末を仕舞っているんだとか、さっき食べたうどんは何処へ行ったんだとか、絶対にツッこまないわよ……!!』

 

 全身をぶるぶる震わせて夏凜が懸命に衝動を抑えつけているのを尻目に、瑠璃は会話を続けている。

 

「うん、そう……じゃあ、そういう事で……えぇ、頼むわ」

 

 通話を切ると、瑠璃は再びスマホを自分の体の中に入れて、代わりに財布を取り出した。

 

「さて、それじゃあみんな、これから大赦に行くわよ」

 

 瑠璃の奢りでかめやを後にした一行は、そのまま大赦の社殿に入った。

 

 出迎えに現れたのは、仮面を外した安芸先生だった。

 

「待っていたわ、瑠璃ちゃん……さぁ、こちらへ……」

 

 通されたその部屋には、かつて天の神が乗り移っていた瑠璃の御姿が寝かされていた。この体は天の神の器であった事もあって大赦にて厳重な調査が行われていたが、全ての検査に異常無しと判定が出たので、数日後には火葬される予定となっていた。

 

「新しい体を一から造るのは、神樹様の負担が大き過ぎて出来ないので……この体を銀、あなたの新しい体に作り変えるわ」

 

 とんでもない事を、瑠璃はさらっと言ってのけた。勇者部の面々は、ぎょっとした顔になる。

 

「そ、そんな事が出来るんですか……?」

 

「勿論。大体して、この肉体だって私が造ったのよ? 全くのゼロから鋳造する事が出来るのだから、元からあるのを作り変えるなど朝飯前どころか晩酌前よ。いや、私はお酒は飲まないけど」

 

 瑠璃はそう言うと、お腹のジッパーを下ろして体の中からメモを取り出し、銀に差し出した。

 

「? これは……」

 

 そのメモを見ると……

 

 

 

 ① 低身長だが均整の取れた体付きの、トランジスターグラマータイプ

 

 ② 同年代の女性の、平均的な身長・体格(私の御姿はこれ)

 

 ③ 背の高い、スレンダーな体格

 

 

 

 こう、書かれていた。

 

「……? 何ですか、先輩、これ……」

 

「銀、あなたは今までずっと私のパートナーとして頑張ってくれたからね。だからこれぐらいのサービスはあって当然だと思うの。新しい体は、あなたの好きな体格にしてあげるわ。その中から、好きなのを選びなさい」

 

「おお……」

 

 肩越しに覗き込んでいた須美と園子が、段々と話が分かってきて好奇心や喜色が顔に出てきた。

 

「ミノさん、ここは③で行こうよ!! きっと、ミノさんならカッコよくなるよ!!」

 

「いや、それよりも①の方が良いわ!! きっと似合うわ!!」

 

「う~ん……先輩、他は出来ないんですか? もっと、高い身長でボンキュッボン!! ってのは……」

 

「まぁ、それは出来るけど……」

 

「じゃあ、それ!! それでお願いします!!」

 

 選ぶまでもないと興奮した面持ちで、鼻息を荒くした銀が詰め寄ってくる。

 

「分かったわ。じゃあ、私と銀以外の者は外で待つように」

 

 瑠璃にそう言われて、勇者部一同と安芸先生は社殿の外に閉め出された。

 

 まるで手術室前で手術の成功を祈る家族といったシチュエーションである。

 

 しかして何時間も待たされる事も無く、ものの5分で社殿の引き戸が開いて、銀と瑠璃が姿を見せた。

 

「「おおっ!!」」

 

 歓声が上がる。

 

 現れた銀は、すらりとした長身ながら出る所は出ていて引っ込む所は引っ込んでいる、まさに女性としては誰もが羨む理想的なプロポーション。トップモデルにだってなれるであろう完成された体型となっていた。

 

「ミノさん、カッコいいよ!!」

 

「凄いわ、銀!! いえ、これはもう……金よ!!」

 

「東郷より大きい……!!」

 

 端末の写真機能を作動させながら、銀に駆け寄っていく勇者部。

 

 その時だった。

 

 ひゅうっ……

 

 そよ風が吹いた。

 

 すると銀の体が、洗濯物のシーツかさもなければ糸が切れた凧のように、宙に舞い上がって飛ばされた。

 

「「「…………」」」

 

 あまりの事に、全員が絶句する。

 

「はっ!!」

 

 最初に我に返ったのは、園子だった。

 

「た、大変だよ!! ミノさんが飛ばされた!! みんな、早く追っ掛けなきゃ!!」

 

「そ、そうねそのっち……待って!! 銀!!」

 

「三ノ輪さん!!」

 

 勇者部全員と安芸先生が銀を追い掛けて行くのを見送りながら、瑠璃inビッグサンチョがやれやれと両手を広げた。

 

「だからお勧めしなかったのよ。私の御姿を作り変えているだけで質量は変わらないんだから、無理に身長を伸ばして体型も豊満にして体積を増やしたら、中身がスカスカになるに決まってるでしょうに……」

 

 この後、銀は木の枝に引っ掛かっている所を須美達によって回収された。

 

 結局、銀は再び体を平均的な身長・体格のものに作り変えてもらって事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 こうした一幕を経て、銀は新しい体に慣れる為にしばらくはリハビリ生活が続いた。

 

 これは友奈も通った道である。寧ろ御姿にせよビッグサンチョの体にせよ、入ってすぐの体で戦闘行動が出来る程に動ける瑠璃の方が異常なのだ。

 

 さて、一月ほどが過ぎてリハビリが完了した銀。

 

 彼女が最初に行く場所は、三ノ輪家。

 

 二年間、帰っていなかった彼女の実家であった。

 

「『心配掛けてごめんな。姉ちゃん、帰ってきたよ』……かなぁ? それとも……『ただいまっ!!』って力強く言うべきかなぁ……」

 

 チャイムを押そうとして押せずに、悶々とした銀は玄関前でぐるぐる回りながらもう十分も過ぎている。自分の家に入るのに、こんなに気を遣うのは初めてだ。

 

 とは言え、既に自分はお役目で死んだ事になっている身である。葬式まで行われたし、戸籍も死亡扱いとなっているし英霊之碑にある墓には名前が刻まれている始末。

 

 いきなり押しかけるのは、家族にとっても心の振幅が大きすぎてかえって良くないのではないだろうか?

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 

「よ、よし……ここは一度出直そう……!! まずは外堀を埋めてから、連絡して……」

 

 後ろ向きな考えから引き返そうとした、その時だった。

 

 ドサッ。

 

 何かが落ちるような音が聞こえてきて、そちらへと振り返る。

 

 そこには、神樹館の制服を着た少年が立ち尽くしていた。足下には、鞄が転がっている。今、落ちて音を立てたのはこれだ。

 

「……姉……ちゃん……?」

 

 呆然とした顔で、少年はそう呟くのが精一杯だった。須美や園子は彼を何度か見た事がある。銀の弟の、三ノ輪鉄男だった。制服と鞄から見て、学校帰りなのだろう。

 

「えっと……」

 

 ここへ来て、銀の退路は封鎖された。

 

 何を言おうか迷って、視線を逸らして頬を掻く銀。

 

「あのな……姉ちゃん……ぐえっ!?」

 

 いつか、大橋跡地で須美と園子にそうされたように、抱き付いてきた鉄男に押し倒された銀は地面に転がった。

 

「姉ちゃん、姉ちゃん!! 夢じゃないんだよな!? 本当に、姉ちゃんなんだよな!?」

 

「……うん。そうだよ。アタシはちゃんと、ここに居る。帰ってきたよ」

 

「姉ちゃん!! 姉ちゃん!! 姉ちゃん……!!」

 

 すがりついて、泣きじゃくる弟の頭を、銀は怖い夢を見た子を落ち着かせようとする時のように撫でてやる。

 

「……ただいま」

 

「うぇっ……うぇっ……おかえり……おかえり……姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐすっ……ミノさん、良かった……良かったよぉ……」

 

「銀……やっと……帰れたのね……」

 

「泣かせるじゃない……ううっ……」

 

「三ノ輪さん……」

 

 そんな光景を、近くの物陰から覗き込んでいるのはマスコットである瑠璃を含めた勇者部と、安芸先生だった。

 

「ちょっと、私にも見せなさいよ」

 

「お姉ちゃん、私にも……」

 

 とは言え見れるスペースにも限度があるので、後ろにいた夏凜や樹が自分達も見ようと体を乗り出して……

 

「あ、ちょっと待って……」

 

「あ、そこは……」

 

「あ、わ、あ……!!」

 

 ズダダダダッ……!!

 

 将棋倒しになるようにして、物陰から全員が飛び出してしまった。倒れた拍子に、瑠璃の体からまたプピッと音が鳴った。

 

「「…………」」

 

 固まってしまった銀と鉄男が、視線だけを一同に向けてくる。

 

「あ……」

 

「えっと……これは……」

 

「その……」

 

「見てたの?」

 

 ギギギ……と、パーツが錆び付いて油の切れたロボットのようにぎこちない動きで銀が立ち上がった。

 

「……あの……」

 

「見てたんだね?」

 

 銀が掌に刀を出現させる。人間の体に戻っても、精霊としての力は健在である。せめてもの情けか、刀身を鞘に納めると抜けないように鍔元を紐で固定した。

 

「……ここは、逃げるわよ。瑠璃ちゃん」

 

 いち早く立ち直った安芸先生が、瑠璃inビッグサンチョを持ち上げると走り出した。

 

 それに続くようにして、勇者部も走り出す。

 

「戦略的撤退!!」

 

「逃げるが勝ちよ!!」

 

「逃げろーーーっ」

 

「待てこらーーっ!!」

 

 刀を振り回して、顔を真っ赤にした銀はその後を追っていく。

 

 そんな大騒ぎだが、でも皆が笑っていた(瑠璃は表情が変わらないぬいぐるみの体なので良く分からないが)。

 

 これもきっと勇者達が戦って、勝ち取った未来の、その1ページなのだろう。

 

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