「なっ……そんな事を、彼女たちに……!?」
イネスで祝勝会が開かれた翌日の早朝。
やってきた瑠璃から聞かされた言葉に、安芸先生は絶句した。
「ええ、望むなら勇者の役目から離れても構わないと……そう言ったわ」
常に無表情で棒読み口調の瑠璃は、責め立てるような安芸先生の視線や言葉を受けても何の感慨も抱いてはいないようだった。
「……不見識で、無責任な発言だったとは思わないの? 勇者が、任務からお役目から離れるのがどういう事か……分からないあなたではない筈よ……?」
「だからと言って、迷いや怯えを抱いた者はそれこそ足手纏い……それと一緒に戦えと言われる私の負担は、当然考慮してもらえるのよね?」
「……」
瑠璃の言葉にもまるきり理が無い訳では無いので、安芸先生としてもすぐには反論できなかった。
「……大丈夫、あの子達は来るわ。そして万一来なかった時、責任は私が取る。その時は私がこの命が燃え尽きるまでお役目を果たし、4人分の働きをする。それで文句は無いでしょう? 重要なのは勇者が4人居る事ではなく……バーテックスが神樹様に到達するのを防ぎ、世界の滅亡を防ぐ事なのだから」
「……その言葉、確かに受け取ったわよ」
消極的ながら安芸先生の肯定も受けられ、瑠璃は無表情のままでしかしいくらか満足そうに首肯した。
「それに……先生、あなたの懸念は取るに足りない杞憂だったようですよ?」
「?」
「ほら」
瑠璃がすっと体を動かして視界を開ける。
道場の入り口には須美、銀、園子。
当代に選ばれた勇者3人が、勢揃いして並んでいた。
「あなた達……!!」
「……選んだのね?」
瑠璃の最後の問い。引き返す事が選べる最後の分岐点を提示されて、だが3人は力強く頷いた。
「はい。私は神樹様に選ばれた勇者ですから……自分の義務を果たします」
「そりゃあ、戦うのが恐くないって言えば嘘になりますけど……でもアタシには友達や家族が居ますから……だから須美みたいに立派な理由とは言えないかも知れないけど……自分の為に、自分の大切なものを守る為に……アタシは戦います」
「私は、友達を戦わせて自分だけ見ているなんて出来ないから、だから私も一緒に戦うよ~」
「そう……」
瑠璃はそれぞれの答えに頷き、そして後輩3人に頭を下げた。
「あなた達の誠意に、心からの感謝と尊敬を。そしてこの世界の為に、私も共に戦うと誓うわ」
「先々代……」
「先輩……」
「天さん……」
一人ずつと握手を交わした瑠璃は「ほらね」と安芸先生を振り返る。安芸先生は何も言わず、ただゆっくりと首を縦に動かした。
「では、早速今から合同訓練を……ん」
立ち上がった瑠璃が、大橋の方向を睨んだ。
「先々代……?」
「……鈴の音が聞こえる」
「「!!」」
前にも、こんな事があった。瑠璃がびくりと動いて、そうしてその次には……
「あ……」
いつの間にか、4人以外の全てが静止している。
時間の停止、樹海化現象の前触れだ。
と、なると……次には……
「来るわよ」
樹海。
今回侵攻してきたバーテックスは、天秤とヤジロベエの合いの子のような形状をしていた。
両端には鉄球のような分銅がぶら下がっていて、全体が回転しつつ突風を巻き起こしながら微速前進してくる。
「これじゃ身動き取れねぇよ!!」
「飛ばされる~!!」
前衛の須美達は園子が槍を杭のように地面に打ち付けて、3人が一カ所に固まる事で何とか吹き飛ばされるのを堪えている。
「ふむ」
暴風圏外ギリギリの位置に、兵士達に担がれる玉座を待機させた瑠璃は頬杖付いて足を組んだ姿勢のままでバーテックスの動きを観察していた。
「一度様子を見るわ。長弓兵団、攻撃を」
『ははあっ!!』『閣下の命が下ったぞ!!』『攻撃開始!! ハリネズミにしてやれ!!』
司令塔である彼女の命を受け、軍団が数百本になろうかという矢を一斉射するが内一本もバーテックスには届かなかった。側面から小型台風のような風を受けて流され、直進力を殺されてしまったからだ。荒波に飲まれる難破船のように、頼りなく飛ばされていく。
「飛び道具は風で流して逸らし、近付けば分銅をぶつけて砕く……成る程、攻防一体……という事ね」
瑠璃はある程度は予想の範疇であったらしく、驚いた様子も見せない。
「3人とも、一度こっちへ戻ってきなさい」
「天さん?」
「先輩?」
「しかし先々代、あれを見てください!! 今も侵食が進んでいます!! 早くあれを倒さないと……!!」
抗議の声を上げたのは須美だった。
彼女が指差す先、バーテックスの足下では樹海が焼けるように崩れている。
これは侵食現象。樹海に損傷が蓄積されるほど樹海化が解除された時に、事故や自然災害という形で何らかのダメージが現実世界にフィードバックされる。だからこそ、バーテックスとの戦いは可能な限り短期決戦で、樹海に損傷を出さずに決着させるのが望ましいのだが……
「だからと言って闇雲に攻めた所で奴の守りを突破するのは難しい。大丈夫、作戦と勝算はある。それを説明するから、兎に角一度戻ってきなさい」
「「「……」」」
僅かな時間だけ顔を見合わせると、3人は後方に跳躍して瑠璃の玉座のすぐ近くへと着地した。
「それで先々代……作戦とは?」
「うん……須美、あれを」
未だ回転を続けているバーテックスを、瑠璃が指差す。
「奴の風は言わば台風。ならば弱点はその中心部。そこは無風状態だから直上から攻撃する。形状からして上には分銅も届かないだろうし」
「ん……理屈は分かりますがどうやって奴の上まで行くんです? いくら勇者の身体能力でもあそこまでは跳べませんよ?」
「手はあるわ」
ぱちん。
瑠璃が指を鳴らす。
後衛から、兵士達に押されて投石機が運び込まれてきた。
「うわあ~っ、すご~い」
「こんな物まで……」
「何でもアリですか、先輩の軍団は……」
「感心している場合ではないわ。では銀、早速石に乗って」
「はっ?」
あまりにもあっさりとそう言われて、銀の脳がすぐにその言葉を理解するのを拒否した。
「え、えーと……先々代、それはどういう……」
須美も同じようだった。
「そっか、これなら……!!」
園子だけは、理解が追い付いている。
「この投石機を使って銀、あなたをバーテックスの直上まで打上げる。私達の中で、最も直接的打撃力に秀でるのがあなただからね。それで奴を倒せればそれで良し。たとえ倒せなくとも、ダメージを与えれば機能不全が生じてこの暴風も止まるか少なくとも弱まる筈。そこを、私達で叩く」
「……上手く行くでしょうか?」
須美は不安そうだが、しかしより優れた代案も無い。恐らくはその手が、現状では最善の一手だろう。
「よし、やろう!!」
「私達ならできるよ」
「……そうね。やりましょう」
「決まりね。軍楽隊」
瑠璃の指示に従い、軍楽隊が快活な曲を演奏して勇者達の全能力にバフを掛ける。
二重強化された身体能力で軽やかに跳躍しつつ、銀が投石機に設置された岩の上に乗ると手を振って「準備OK」を伝える。
「では、作戦開始」
振り上げた手を下ろす瑠璃。その動きに連動して投石機が稼働し、カタパルトのように銀の体が乗った岩ごと上空へと射出された。
「うぐぐぐっ……ジェットコースターより迫力あるな、これは!!」
銀は岩から振り落とされないよう、斧を突き立てて必死に掴まっていたが……やがて不意に、全身を襲っていた圧力が感じられなくなった。射出された力と重力とが釣り合って、浮遊状態となったのだ。
そして視線を下げると、眼下にはバーテックスが見えた。歪な形状をした敵は、上から見ると一本の線のように見えてとても頼りない。簡単に壊せそうだ。更にこの位置なら、暴風は感じなかった。今の自分は風の上を行っているのだ。
「ようし……これなら行けるぞ!! おおおりゃあああああああーーーーっ!!」
雄叫びと共に岩から飛び降り、獲物を狙う猛禽の如くバーテックスに襲い掛かる。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!!!!」
台風の目に飛び込み、両手に持つ巨大な斧が殆ど視認出来なくなる程の速度で繰り出される超高速連続攻撃。
バーテックスの体が、ダルマ落としを逆から見たように上から削られていく。
そしてダメージが入った為だろう、回転速度が落ちて、風力が弱まった。
「先々代!!」
「ええ」
既に力一杯弦を引き絞って力を溜めていた須美が、今まさに矢を手放して発射しようとする。
だが、その一瞬前に。
予想外の反撃が来た。バーテックスが両側の分銅を切り離して、砲丸投げの要領で飛ばしてきたのだ。
当然、構造上回転軸の中心近くに居る銀は狙えないので、狙いは遠間にいる他の3人だ。
二つの分銅の内、一つは遠距離攻撃の力を溜めている須美に、もう一つは玉座で指揮を執る瑠璃へと、盾の役目を担う重装歩兵隊の頭を越えて飛んでくる。
3人の中で、最も早く反応したのは瑠璃だった。
「園子、あなたは須美を守りなさい」
「っ、は、はい!!」
刹那の間だけ戸惑った園子だったが、しかし指示に従って須美の前に出ると槍の穂先を傘状に広げて盾と成し、須美に向けて飛んできた分銅を受け止めた。
一手は防いだ。しかしもう一手が残っている。
もう一つの分銅が、瑠璃へと向かう。
「天さん!!」
「先々代、危な……!!」
しかし瑠璃は頬杖と足組みした体勢からは信じられない程に素早く跳躍すると、空中で思い切り体を捻る。
「はっ!!」
須美や園子は、この時初めて瑠璃が叫んだ所を聞いた。
裂帛の気合いと共に放たれた回し蹴りは、彼女の体よりずっと大きな分銅をサッカーボールのようにあらぬ方向へと吹っ飛ばしてしまった。
そのまま宙返りして、玉座へと着地。再び足を組んで頬杖を突いた。
今の攻撃は、バーテックスの最後の足掻きだった。それを凌ぎきった。
ならばこれより始まるのは、こちらの反撃。
「砲撃開始。銀、急いで退避しなさい」
「うわわっ!! ちょっと先輩、手加減してくださいよ。アタシまでぶっ飛ばす気ですか!?」
既に攻撃準備を終えていた大砲隊が一斉射。夥しい火線がバーテックスに殺到する。
銀の居るポイントからは微妙に外していたので、爆発を背にした彼女は悲鳴を上げつつ命からがら離脱した。
「今だよ、わっしー!!」
「分かったわ!!」
最大限に力を込めた一矢が、流星の如く尾を引く光線となってバーテックスに突き刺さる。
その一撃が決め手となったのだろう、バーテックスの全体が崩れ始めて、鎮火の儀が始まった。
「「「やったあ!!」」」
「……」
須美達はそれぞれ今回も楽勝とは行かずとも確実に勝てた事を喜ぶが、瑠璃だけはそこまで楽観的にはなれなかった。難しい顔で、溜息を一つ吐く。
『……やはりまだ、皆未熟ね……この子達を無駄死にはさせない為にも、訓練は必須か……』