合宿も6日目を迎えた。
これまで、未だ3人は瑠璃に一撃を当てる事は出来ていない。
しかし3日目には瑠璃が汗を掻くようになり、4日目には肩で息をするようになり、昨日には10分以上持ち堪える事が出来ていた。勝利条件を達成する事こそは出来ていないものの、新米勇者達には確実に成長が見られる。
安芸先生はあるいは今日は一撃を入れられるかもと、密かに期待していた。
既に須美達も瑠璃も変身して、戦闘準備は完了している。
「それでは……始め!!」
合図があって、瑠璃は動かない。銀か園子に先手を取らせて、迎撃する構えだ。
「行くぞ、合わせろ園子!!」
「分かったよ、ミノさん!!」
銀と園子が、左右に分かれて同時に突進する。
左右、あるいは前後からの同時攻撃。二人で一人を相手にする際には、常套手段と言えるだろう。セオリー通りではあるが、だからこそ効果的だ。
「ふん」
しかし瑠璃は少しも慌てずに、両の手をそれぞれ別の生き物のように動かし、銀の斧と園子の槍を全く同時に全て捌いていく。
特に右側から攻撃する銀は、驚きを隠し得ない。
いくら死角が気配で見えているとは言え、見えない事に変わりはない。なのに瑠璃は、自分の方にちらりと顔を向けさえせず、全ての攻撃を剣で受け、捌き切っている。
「く、くぅぅ~っ!!」
見えていない銀の攻撃ですらこうなのだから、視界がある側の園子の攻撃はもっと確実にガードされていた。
突いても払っても薙いでも、瑠璃の左手はその都度あらゆる角度からの攻撃に最適の防御姿勢を取って、攻撃を止めるか受け流し、まるで水や風を相手にしているかのように園子に付け入る隙を僅かも与えなかった。
しかし流石の瑠璃も両サイドから挟み込むように攻撃されては、確実にガードするのが精一杯で反撃にまでは転じられないようだった。
「そこを、私が……」
狙い撃つ。
須美が弦を引くが……しかしその時だった。3人の攻防に、動きがあった。
「うわっ!!」
銀が僅かな悲鳴と共に、すっ転んだ。
瑠璃の下段蹴りが、彼女の足を払ったのだ。
僅かな時間、二人の同時攻撃が止まって瑠璃の相手を出来るのは園子だけになる。
その瞬間を狙って、瑠璃は園子を狙って集中攻撃を仕掛ける。
「わっわっわっ……!!」
目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃。先程まで別々の生き物のように動く両手は防御の為にのみ使われていたが、今度はそれが攻撃に転じた。
全く予測不能の連続攻撃が、一秒間に十回以上も飛んでくる。
たった二本しかない筈の刃が、園子の目には壁のように見えていた。それほどまでに瑠璃の斬撃は速い。
今は何とか防いでいるが、後数秒もあれば防御が破られて園子は斬られるだろう。
「させるか!!」
すぐさま立ち上がった銀が背後から斬りかかった。この攻撃は瑠璃に止められてしまったが、園子への攻撃を中断させる事には成功した。
「!! 今だ、園子!!」
「はいよぉっ!!」
園子の槍の穂先が開いて、盾になる。
「む」
この瞬間、傘状に広がった槍に遮られて瑠璃の視界が塞がれる。
そして更に次の瞬間、傘を内側から突き破って須美の矢が飛んできた。「雲」と呼ばれる射撃の技法だ。
「!!」
完全に死角からの一撃。この距離とスピードは人間の反応速度では絶対に避けられない。
しかしその絶対のタイミングにすら、瑠璃は対応した。避けようとして……しかし、前からは園子が槍を押し込んで、背後から銀が双斧で力任せに押さえにきているのでサンドイッチされる形となって上手く動けない。
顔面へ、矢が直撃コースで飛んでくる。
だがそれでも、瑠璃は思い切り首を捻って矢を避けた。
そのまま、独楽のように体を回すと遠心力で園子と銀を弾き飛ばしてしまう。
「うわっ!!」
「きゃっ……!!」
砂地に小さな悲鳴を上げつつ倒れた二人は、しかしすぐに立ち上がると武器を構えた。
「くそっ、ダメだったか……!!」
舌打ちして、悔しがる銀だったが……
「いえ、良い作戦だったわ……」
瑠璃は構えを解くと、両手の剣を消滅させた。
「え……天さん……?」
園子へと振り返る瑠璃。
その頬には、紅い線が走っていた。先程の須美の矢によるものだ。
避けられたかに思われたが、実際は僅かに掠っていたのだ。
「お見事。この訓練、見事に合格よ。3人とも……」
「「「……」」」
須美、銀、園子はぽかんとした表情で顔を見合わせて……そして、両の手を天に突き上げた。
「「「やったあっ!!」」」
この合宿は一週間の予定だったが、課題が6日目でクリアされた事もあって7日目は瑠璃と安芸先生公認で自由時間となった。
須美はいつも通りの生活習慣から、朝五時に起床して風呂場で水垢離を済ませて朝食の後、取り敢えず浜辺を散歩していたのだが……
「ん? あれは……先々代?」
近くの道路を、瑠璃が歩いて行くのが見えた。
何処へ行くのだろうか?
以前、町で彼女を見かけた時の銀や園子ではないが、須美とて小学生で好奇心旺盛な年頃である。そして普段から真面目な反動だろうか、ちょっとした悪戯心が彼女の胸をくすぐった。
こっそりと、後を付けていく。
20分程歩いて、瑠璃は町外れの寂れて小さな道場へと入っていった。
「……」
しばらくすると、道場の中からズダン、バタン!! と乱取りでもしているような音が聞こえてくる。
須美は懐から潜望鏡を取り出すと、道場の明かり取りから中を覗き見た。
「あ……」
道場の中では道場着姿の瑠璃と、須美と同年代ぐらいに見える赤髪の少女が立ち合っていた。
「てやあっ!!」
少女が拳を突き出すが、瑠璃は少しも慌てずに彼女の突いてきた手を取ると、流れるような動きで攻撃の勢いをそのまま利用し、少女を背中から畳へと落とした。
「かはっ」
少女の息が詰まる。瑠璃は残心を怠らずに、油断無く少女のすぐ側に立っている。
「どうしたの友奈ちゃん、もうギブアップかしら?」
「ま……まだまだ!! 瑠璃さん、もう一本お願いします!!」
友奈と呼ばれたその少女は立ち上がって、回し蹴りを繰り出した。
しかし瑠璃は飛んできた友奈の足にそっと手を添えて、そのままくるりと体を一回転させ、再び彼女を畳に叩き付けた。
「あうっ……まだまだ!! 瑠璃さん、続けてください……」
この乱取りはこの後一時間も続いて、友奈がぶっ倒れたまま動けなくなるまで続けられた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「大丈夫? 友奈ちゃん……さ、掴まって……」
「い、いえ……大丈夫……一人で、立てますから……」
瑠璃が手を差し伸べるが、しかし友奈はそれを掴む事はせずに、自分の力だけで立ち上がった。それを見た瑠璃は……ほんの僅かだけ、口角が上がったように潜望鏡越しの須美には見えた。
「せ、先々代が……笑った……?」
と、須美がブッたまげている間にも息を整えた友奈と瑠璃は、道場の真ん中に正座して話し始める。
「前に会った時よりも、また強くなったわね……稽古を続けているようで……私も嬉しいわ」
「瑠璃さんみたいに強くなりたくて、頑張りましたから。瑠璃さん、次はいつ来られるんですか?」
「ん……それが分からないのよ。私も、色々と忙しくてね……友奈ちゃん、弛まぬ努力を続けていれば、いずれあなたも私の域にまで達せられるでしょう。でも、一日でも怠けていては上達は難しい……しっかりと、精進するようにね」
「はい、瑠璃さん!!」
元気良く返事した友奈の頭を、瑠璃がくしゃっと撫でた。
この一連のやり取りを見ていた須美は、潜望鏡を引っ込めて道場の外壁に背中を預けてしゃがみ込んだ。
「先々代は、私達以外にも特訓を行われていた……?」
ぶつぶつ言いながら考察していると……
ふっと、周囲が暗くなった。何かの影に入って陽光が遮られたのだとすぐに気付いて顔を上げると……
「前と言い、今回と言い……須美、あなたには覗きの趣味があるのかしら?」
視界ドアップになって、仮面のような無表情で瑠璃が覗き込んでいた。
「~~~~!?」
驚いて、思わず絶叫しそうになったのを須美は何とか両手で口を押さえてこらえた。
「そうですか……この近所の子なんですね……」
「ええ……昔、私がお役目を授かって間も無い頃……同じようにここへ強化合宿に来ていた事があって……その時に知り合ったの」
旅館への帰り道、缶ジュース片手の瑠璃が、すぐ隣を歩く缶ジュース片手の須美を振り返った。このジュースは当然ながら瑠璃の奢りだ。
「道に迷っていたのを、案内してもらったのが縁でね……それで、親から教わっている武術に興味があるという事だから……僭越ながら私が手ほどきをしているのよ。勇者の合宿で、こっちに来る度にね」
「そうなんですか……」
「ええ……今日は紹介しそびれたけど……次にこっちに来た時は、友奈ちゃんの事をちゃんとあなた達に紹介するわ。とても良い子だから……きっと、すぐ友達になれると思うわ」
「そうですか……では、それを楽しみにしていますね、先々代」
屈託無く笑う須美を見て、瑠璃は目を伏せて頷く。
たった今語った言葉に嘘は無いが……しかし言っていなかった事もある。
紹介するとは言ったが……それが、普通の友人として紹介するとは言っていない。
恐らく、自分が須美達に友奈を紹介するとすれば、それは後輩の勇者としてとなるだろう。その頃には大赦に連なる人間からだけ勇者を選抜する現行のシステムでは追い付かずに、一般家庭の適正値の高い少女からも勇者を任命するようになっているに違いないからだ。
そして自分が個人的に調べた中で結城友奈、あの子の勇者適性は飛び抜けて高い。まず間違いなく、次代かその次の代の勇者に選ばれるだろう。
出来れば……それまでに戦いを終わらせてしまいたい。戦いの運命をせめて須美達の代で決着させたい。それ以後の代に引き渡したくない。
それは偽らざる瑠璃の本心だった。しかし、彼女の冷静な部分と理性が訴えてくる。
『でも……無理なのでしょうね。とても、とても残念だけど……』
心中でそう呟いた瑠璃は溜息を吐くと、空になったアルミ缶を片手で上下から挟み込んでペシャンコにしてしまった。