天動瑠璃は真の勇者である(完結)   作:ファルメール

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第09話 残された者の義務

「う……ぐっ……」

 

『須美様、動いてはいけません。今は安静にされませぬと……』

 

 瑠璃の兵団・衛生兵による応急処置を受けていた須美は、全身を苛む激痛を堪えながら体を起こそうとした。痛みで顔が歪み、巻かれた包帯はあちこちに血が滲んでいる。

 

「駄目……先々代と、銀が戦ってる……」

 

「そう……だね……わっしー。私達も行かなきゃ……戦わなきゃ……」

 

 園子も同じだった。浅くて早い呼吸を繰り返しながら、槍を支えにして震える体で立ち上がろうとする。

 

「あっ……」

 

 しかしすぐに力が抜けて倒れかけた所を、兵士に抱き留められた。

 

「園子様、無理をされてはいけません。それに、その体では駆けつけた所で大した役には……」

 

「それでも、行かなきゃ……」

 

『『……』』

 

 兵士達は顔を見合わせた。

 

 須美達を止める事は無理だ。彼女らは指一本でも動く限り、這ってでも二人の元へ向かおうとするだろう。

 

 ならば、自分達がすべき事は一つ。

 

『では、どうぞ我々にお掴まり下さい』

 

「え……」

 

『いざという時は、躊躇せずに我々を盾にされますよう』

 

「あ、ありがとう……」

 

「ありがと~……兵隊さん……」

 

『いえ……これが我らの任務でありますから』

 

 兵士達の背に負ぶわれた二人は、主戦場へと向かっていく。

 

 しかし、彼等は勇者二人に言っていない事があった。

 

 どのみち、彼女らや自分達が今から向かった所で……結果は何も変わらない。

 

 もう遅い。遅過ぎるのだ。

 

 瑠璃であれば結果が変わらないのに貴重な戦力を危険に近づけるなど無益・無駄を通り越して有害な行為だと断じて絶対に許可しないだろう。この辺りは、究極的には須美の弓や園子の槍と同じ勇者の固有武器でしかないとは言え、各人が固有の意志を持つ彼等の特色だと言えた。

 

 瑠璃が自分は安全な所に引きこもって指示だけ出しているような手合いならいざ知らず、彼女は常に前線に立って自分達を指揮しているのだ。瑠璃の軍団は一人残らず彼女を尊敬しているし、その命令を絶対のものとして受け止めている。逆らう事など夢にも思わない。

 

 の、だが……逆に言うと命令に矛盾しない範囲内や命令の解釈次第では、結構自己判断で動いたりもするのだ。

 

 瑠璃が自分の軍団を「不便な武器」と言っているのもこの辺りが一因だったりした。

 

『たとえ結果が変わらないとしても、間に合わないとしても……それでも、彼女たちには出来る限りをさせてやらねば……』

 

 

 

 

 

 

 

 樹海・主戦場。

 

 眼前には3体のバーテックス。それと向かい合うは、天動瑠璃唯一人。

 

 瑠璃の軍勢も前に出るが、指揮官に制された。

 

「皆は、下がっていなさい。巻き込まれても知らないわよ」

 

 瑠璃はいつも通り、無表情で無感情な声で、しかしバーテックスを前にしても僅かな怯えも恐れも無く、泰然と佇む。

 

 先に動いたのは、バーテックスだった。

 

 光の矢を吐き出す個体の口がハロウィンのカボチャのように開いて、雨のような矢が瑠璃へと降り注いだ。

 

 直撃すればハリネズミどころの騒ぎではない。瑠璃の体は、僅かな血のシミを残して跡形も無くこの世から消え去るだろう。

 

 だがそれほどの恐るべき破壊力・物量が自分に向けて落ちてくるのを目の当たりにしても、瑠璃はそこを動かない。回避も、防御の動きさえ見せない。その予兆すらも。

 

 矢が迫ってきて、もう何も間に合わない。どれほど早く両の手を動かした所で、矢の全てを弾く事は叶わない。

 

「ふん」

 

 瑠璃が、右手を横薙ぎに一振りする。

 

 彼女の所作は、その一動作のみ。

 

 しかしそれで十分だった。

 

 一拍の時を置いて圧倒的な拳圧によって旋風が巻き起こって、局地台風のようなそれに煽られた光の矢はたったの一本も瑠璃を傷付ける事は叶わず。

 

 それどころかまるで時間が逆回しされたが如く、飛んできたのと全く同じ軌道をなぞって逆にバーテックスへと襲い掛かった。先刻、味方を巻き込んで須美達を射た時のように、巨体で的が大きい分ほぼ全ての矢が全体に突き刺さった。

 

 敵に放った攻撃が、逆に自分達へと襲い掛かってくるという予想外の事態。流石のバーテックスも、少したじろいだようだ。

 

 百戦錬磨の瑠璃は、その一瞬の隙を逃さない。

 

 全身を甲殻に包んだ個体へと突貫。

 

 両の拳に勇者の力が集中して、黄金色に輝く。

 

「勇者パンチ」

 

 こんな時でも棒読みで、光る拳がバーテックスへと叩き付けられた。

 

 びしり。

 

 甲殻にヒビが入る。

 

 しかし鎧のように堅牢なそれは、最強の勇者である瑠璃の力にも、持ち堪えた。

 

 瑠璃の表情は動かない。この程度は彼女にとって予想の範疇。

 

「一撃では足りないか。では、千撃をくれてやる。ふん、ふん!!」

 

 ズガン!! ズガン!!

 

 何かが爆発しているのかと錯覚するような破裂音。バーテックスの外殻に拳が打ち込まれるその都度、空間それ自体が鳴動しているかのような振動と衝撃が、樹海を震撼させる。

 

「ふん、ふん!!」

 

 一つ一つが恐ろしい破壊力を内包した瑠璃の拳は、しかし単発では終わらずに繰り返し繰り返し、バーテックスに叩き込まれる。

 

 拳が通った軌跡には、曳光弾のように纏っていた光が帯状に空間に残って、それが消えるよりも早く次の勇者パンチがバーテックスに炸裂し、またしても新たな光帯が空間に出現する。そしてそれが消える前に、次のパンチと次の帯が生まれていき……瑠璃とバーテックスの周囲の空間の光量が、どんどんと増していく。

 

「千回連続勇者パンチ」

 

 ズガン!! ズガン!! ズガガガガガガガガガガガ……

 

 途中から、断続的だった打撃音は長い一つの音にしか聞こえなくなっていた。

 

 光量は更に増していき、バーテックスの体は次第次第に砕かれ小さくなっていくに伴って、光の中に消えていく。

 

 再生能力も無意味。肉体が再構築されるのに百倍する速度で破壊が進んでいく。

 

 鎮火の儀が始まるのを待つまでもなく、そのバーテックスは樹海から姿を消していた。

 

 ふわりと、風に舞う衣のような重さを感じさせない動きで瑠璃が大地に降り立つ。

 

 残り、二匹。

 

 光の矢を吐き出す個体が、今度は口いっぱいの大きさの光弾を発射してきた。

 

 数は一発。ただしその大きさは、光の矢とは比べものにならない。

 

 小さな矢は瑠璃に跳ね返される事を学習しての事だろう、量より質で攻めてきた訳だ。

 

「正しい攻めではあるかも知れないわね」

 

 瑠璃はバーテックスの判断を評価した。

 

 ただし、バーテックスの判断には誤っている部分もあった。

 

「ふん!!」

 

 棒立ちの瑠璃は右手をかざすと、自分の体を一呑みにするような光球をバスケットボールのように掴んで止めてしまった。

 

 光弾には凄まじいエネルギーが宿っている筈だが、瑠璃の体はその場から僅かも動かない。圧力に耐えかねて、彼女の足下の地面が砕けてへこんだ。

 

「……確かに正しい攻めではあるかも知れないけど……それで勝てるかどうかは、また別の話よ」

 

 バーテックスは判断を誤っていた。

 

 この程度の攻撃力で、瑠璃を倒せると判断した事が間違いだった。

 

 瑠璃の右手に再び光が生まれて、それはバーテックスが放ってきた赤色の光弾を侵食するかのように、金色に染め上げていく。瑠璃の力によって、光弾の支配権が乗っ取られているのだ。

 

「自分の武器で自分が滅べ」

 

 瑠璃はぐっと腕を引くと、思い切り押し出した。

 

 その動きに連動して瑠璃の力が加えられ威力を増幅された光弾が、バーテックスへ向けて撃ち返される。

 

 避ける事も出来ず、激突。

 

 バーテックスは後方に吹き飛ぶ……事が、出来なかった。

 

「勇者キック」

 

 いつの間にか背後へと回っていた瑠璃が蹴りを繰り出し、前後から恐るべき二つの威力によってサンドイッチされる形となっていたからだ。

 

 甲殻を持った個体よりは劣るとは言え、それでも頑強な巨体が僅かも持ち堪える事が叶わずに砕け散って、消えていく。

 

 爆発。

 

 鎮火の儀が始まって、花びらが舞い散る樹海。

 

 爆炎を切り裂いて、全く無傷の瑠璃が姿を現した。バーテックスは、既に結界外に強制退去が完了している。

 

 残り、一匹。

 

 巨大な尾を持つ巨体は、瑠璃の頭上から尾を振り下ろす。横から吹き飛ばすのではなく、縦に叩き潰す攻撃だ。

 

 しかし瑠璃は、掲げた右手によってその尻尾を受け止めて防いでしまった。彼女の五指が、尻尾にめり込む。

 

「ふん!!」

 

 瑠璃は思い切り尻尾を引っ張る。

 

 当然、そうすると本体も引っ張られて瑠璃の方へと寄せられてくる……

 

 とは、ならなかった。

 

 尻尾が中程で千切れてしまったのだ。あまりに強いパワーと瞬発力が発揮されたが故の出来事であった。

 

 しかし瑠璃はそのまま千切れた尻尾を鞭か鎖鎌の分銅よろしく振り回して叩き付け、本体を地面に叩き落とした。

 

 最大の武器を奪われたバーテックスは体勢を立て直そうとするが……それよりも早く、瑠璃が眼前に出現した。

 

 一瞬だけ、バーテックスの体がぶるっと震える。

 

 瑠璃の右手が、小指から内側へ順番に正しい形の拳を作り。

 

 ズン!!

 

 大股を開いた踏み込みによって、両足に接する地面が陥没する。

 

 足首から膝に、膝から股関節に、股関節から腰に、腰から胸に、胸から肩、肩から肘、肘から手首。

 

 一切の無駄無く、各部位が連動・駆動して余す所無く力を伝え、拳に全てのエネルギーが集約される。

 

「ここから、出て行け」

 

 一撃必殺。

 

 杭打ち機かと錯覚するような威力と重さを乗せた、光速の鉄拳。

 

 打撃でも爆発でもない、パンパンに空気が詰まった風船が弾けるような気持ちの良い破裂音が樹海中に響いた。

 

 そしてバーテックスの巨体が、消える。

 

 実際には、あまりにも速く後方へと吹き飛んだので消えたように見えたのだ。

 

 自分の数十分の一の大きさしかない瑠璃に殴り飛ばされて、バーテックスは壊れながら地面と水平に吹っ飛んでいく。鎮火の儀が既に始まっているが、その必要も無かった。儀式による強制退去を待たずして、物理的に樹海の外へと押し戻されたからだ。

 

 侵攻してきたバーテックス全ての、撃退を確認。状況終了。

 

 危険の排除を確認した瑠璃は、構えを解いた。

 

「銀……あなたがやるべき事は、代わりに私が成したから……だから今は、安心して休んで……」

 

 

 

 

 

 

 

「あ……見て、そのっち……あれを……」

 

「あれは、天さんだね……」

 

 衛生兵に背負われた須美と園子が到着したのは、その数分後だった。

 

 既にバーテックスが退去している今、瑠璃の軍勢は大半がその姿を消していて最低限の守備隊が残っているだけだった。

 

 瑠璃自身は、大橋の方角を睨むように仁王立ちしていた。

 

 見合わせた二人の顔に、笑顔が浮かぶ。

 

「ああ、あなた達……」

 

 二人に気付いた瑠璃が、振り返ると歩み寄ってくる。

 

「天さん……ミノさんと二人で、追っ払ってくれたんだね……凄いよ~」

 

「流石です、先々代……」

 

「……」

 

 瑠璃は何も言わずに、二人に近付いてくる。

 

 その沈黙がいたたまれなくなって、須美と園子は顔を見合わせる。今度は、その表情に隠しきれない悪い予感が浮かんでいた。

 

 どうして、ここに銀が居ないのだ?

 

 銀は、どこに行ったのだ?

 

 きっと、怪我をしてしまったから別の所で治療を受けているのだ。

 

 そうだ、主戦場の中に戦えない者を置いておくのは危険過ぎるから、別の場所に退避させたのだ。

 

「せ、先々代……銀、は……? どこに……?」

 

「て、天さん、ミノ、さんは……?」

 

 震え声だったが、しかし二人ともそう口に出した事で随分と気持ちが楽になった。

 

 後は、瑠璃から返事を聞くだけだ。きっと彼女はいつも通り無表情・棒読みでこう言うのだろう。

 

「あなた達とは別の場所で、衛生兵に応急処置をさせているわ。すぐに連れてくるから」

 

 だが違っていた。

 

 瑠璃は、こう言ったのだ。

 

「死んだわ」

 

「え……?」

 

「うそ……」

 

 あまりにもあっさりと告げられたその言葉に、二人は世界が歪んだかと錯覚した。

 

 嘘だ。何かの間違いに決まっている。

 

 いつも瑠璃は真面目すぎるから、初めての冗談がこんなブラックユーモアになるのだ。

 

 きっとそうだ。そうに違いない。そうあってくれ。そうだと言ってくれ。

 

 二人は縋るような目つきで瑠璃を見るが……

 

 瑠璃はそっと、懐から取り出した物を二人に差し出した。

 

 須美と園子の顔が、凍り付く。

 

「こ、これは……」

 

「ミノさんの……」

 

 あちこち傷だらけになって、液晶がひび割れているが見間違える筈も無い。銀の端末だった。

 

「これしか、取り戻せなかったの」

 

「あ、あぁ……」

 

 衛生兵の背中から降りた園子はそれを受け取って……がっくりと膝からくずおれた。

 

「ど……」

 

 何事かを言い掛けた須美は、しかしすぐにその言葉を切ってうずくまった。

 

『どうして先々代が付いていながら、こんな事に』

 

 言い掛けた言葉はそれだったが、しかし戦えなかった自分達にそれを口にする資格が無いのは分かっていたし、何よりいくら最強の勇者であるとは言え瑠璃は絶対の存在などではなく、所詮は限界のある一人の人間でしかない。彼女にだって無理がある事など分かっていた。

 

 三ノ輪銀は、もう居ない。

 

 その事実を突き付けられて、二人の勇者は泣き崩れた。

 

 瑠璃は泣かなかった。無表情のまま、何も言わない。

 

 やがて樹海が解けて、三人の体は光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 大赦の一室。

 

 光柱の中に精霊が浮かぶその部屋の扉が開いて、瑠璃が入室してきた。

 

 その腕には、傷だらけで眠っているような銀を抱いている。

 

『……生き残ってしまったのね、私』

 

「ええ……また、遺言状が無駄になったわ」

 

 精霊・浄玻璃の言葉に瑠璃はそう応じると、部屋の中程に銀の遺体を横たえた。

 

『……そう、か……銀が、あなたの身代わりになったのね……』

 

「……ええ。私にとっても、これは予想外だったわ……」

 

 本当なら先の戦いで、死ぬのは銀ではなく瑠璃である筈だった。その方が、長い目で見て多くのメリットがあった。理屈で考えるのなら、そうすべきだった。

 

 だが、須美がそう考えていたように瑠璃にも限界があった。彼女は、自分の命を含めて物事を公平に判断する。それは一つの美徳ではあるかも知れないがしかしそれ故に、理屈抜きの人の心は読み切れなかった。

 

 銀が後先考えずに自分を助けに来るとは思わなかったのだ。

 

「諸行無常」

 

 鎧武者のような精霊・義輝が銀のすぐ傍まで飛んできて、その顔をじっと覗き込んだ。義輝は本来、銀に与えられるべき精霊だったのだ。

 

「だが……起こってしまった事はもうどうしようもない。かくなる上は……私が生き延びてしまった事も、銀が死んでしまった事も全て……有効に使わせてもらおう……」

 

 浄玻璃は、それだけで瑠璃の考えている事が分かったらしい。その目が細くなって銀を見た。

 

『……命の限り戦った者に、死後の安らかな眠りすら許さずに使い倒すなど……我ながら、惨い話ね』

 

「必要な事なのよ。人類が生き延びる為には」

 

 瑠璃は普段と変わらぬ口調で、そう言い切った。

 

「戦う事が私達の使命であり義務。自らそれを選んだのだから、心の痛みに足を止める事は無意味。鉄と変えた己の心に火を入れ刃金と成して、戦う為に振るうのよ。たとえ自分の魂が鬼と化して、修羅の道に堕ちても」

 

 そっと伸ばした瑠璃の指先が、銀の横顔を撫でた。ひんやりとした感覚が、伝わってくる。

 

「彼女の刃は今一度、戦う為に振るわれねばならないのよ」

 

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