GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
軋む歯車
「こ、これは……」
「これまでのデータを元に作成した、神機兵の制御プログラムです。ブラッドのデータを利用した関係で、少々ブラックボックスを多くしてしまいましたけれど……」
珍しくエントランスにいたお義母さんは、さらに珍しいことにクジョウ博士と話していた。
……は、いいんだけど……やっぱり何度見てもこの二人が一緒にいるのは、絵的に何とも言えないものがある。
無理矢理にでも例えたら……結婚詐欺に引っかかりかけている冴えないおじさん、と言うか……いやでもお金とかが動いているわけじゃないんだから、やっぱり違う。と思う。
「既存のプログラムにインストールするだけで運用出来るはずですから、どうかそのままに。」
「もちろんですとも!あなたの作ったプログラム……必ずや!無人運用を成功させてみせますとも!」
「ええ。期待しています。」
神機兵の無人運用は、段階としては大詰め、状況は停滞、なんて奇妙な様相を呈していた。基本となる部分は完成したけど、細かく確認していくと粗だらけ。一定の成果は上げつつも実質的には意味がない、と。
クジョウ博士の焦りは素材を渡すときに見るだけでもはっきりしていて……喜んでいるのは、そういう理由もあるのだろう。
「それはそうと……な、なぜ私に援助して下さるのです?レア博士とは対極を為す研究ですが……」
「ブラッドの子らが愛しいから、ですよ。」
はっきりと。息を潜めているせいか、妙にそれは大きく響いて。
あまりに淀みないから、私はそれが、嘘でないにしろ本心でもないと確信出来た。
「あの子達が出撃したと聞く度、心配で胸が張り裂けそうになります。出来ることなら、ずっと一緒に、一つ屋根の下で……と。危険な目に遭う必要はないと、そう言ってあげたいのです。」
「それで、無人神機兵を……」
「ええ。神機兵を有人運用するとなれば、戦闘経験のある神機使いが優先してパイロットに選ばれるでしょう。あの子達も、きっと……」
ねえ。愛しいって、どういう意味?
大切なもの、って。失いたくない、物だって。そういう意味?
途端に不吉な思いに囚われて、ぐっと足を抱き寄せる。
「ご安心下さい!もう時間はかけません!む、無人神機兵の完成は間近に……」
「それから、ね?クジョウ博士。」
「はっ、はい?」
太股が痛くなるほど抱き寄せる足は、けれど暖かみなんて持っていない。
これがもし人だったら、暖かいのだろうか。お義母さんや、ジュリウスさんだったら、少しは安心出来るのだろうか。
こうして疑ってしまうと分かっていたら、疑う前に抱きしめてもらったろうに。その温もりを想像するのでなく、実際に感じられたろうに。
「私は、あなたにも興味があるのですよ?」
「……わ、私に、ですか?」
「ええ……さあ、お話はこの辺りで。お渡ししたもの、有効に使って下さいね。」
「は、は、は……はいいっ!」
研究区画にすっ飛んでいったクジョウ博士を見送り、お義母さんもエレベーターに向かう。すれ違っても全く気付かなかった辺り、クジョウ博士は相当浮かれているのだろう。
……あの人、これまで女の人と付き合ったこととかないんだろうな、と。場違いな予想を抱いていた。
*
「あ、ロミオさん。」
また厄介なことになりそうだな、なんて思いつつ、エレベーターから降りてきたロミオさんを呼び止める。この案件に関してはブラッドに通す必要があるだろう。
「ジュリウス隊長に、急ぎ通達してもらいたいことが……」
「ジュリウスに?」
「はい。マルドゥークの一件は覚えていますか?」
感応種への対抗戦力。極東支部が全面的に動かせるのはソーマさんだけで、ブラッドはブラッドの運用方針に則っての協力という形になる。こちらの命令だけで動くには、やはり諸々複雑らしい。
正直なところ、そのシステムに不安を覚えないと言えば嘘になる。オペレーティングの問題以前に、何か企まれていても気付けないかもしれないから。
「先ほど、レーダーがあのマルドゥークを捉えました。前回の戦闘時から計算した場合、すでに相当の進化を遂げているものと思われます。」
実際、マグノリア・コンパスは児童養護施設以上の何かだったことが確認されてしまっている。言ってしまえば密接な繋がりのあるフライアも、そうでない保証はどこにもない。
……とは言うものの、疑いすぎであってほしい。この三年間が異常事態の連続だったから、物事を悪く考えているのだと。
「日程などは未定ですが、どこかのタイミングでブラッド隊には遠征に出てもらうかもしれない、と、支部長から通達がありました。」
「オッケー。ジュリウスに伝えとけばいいんだっけ?」
「はい。お願いします。」
それにしても、こうしてオペレーターとして働いているとよく分かる。ブラッドのメンバーは全員、ここに来た時と比べて強くなっているし、内面的にずいぶん変わった。
安心してオペレート出来るか、と聞かれると、正直否だ。そもそも誰のオペレートをしていたって、常に不安で仕方ない。
そういう意味じゃなく……なんと言えばいいのだろう。危うさがなくなって、同時に脆くなったような。
個々人で立っている部分が極端に少なくなったような、そんな気がする。
背中を預ける、に似た部分はあるだろう。ただ、そう。預けっぱなしなのだ。
……彼らは仲間の死を、直視することは出来ないだろう。漠然と、しかし巨大な不安要素。
「あ、まだ何かあるの?」
「……いえ。もし何か質問があれば、榊博士に聞いてください。」
けれどそんな中にあって、なぜだろうか。結意さんだけは、一人のように思えるのだ。
これは以前までなかった感覚。正確には、ナナさんの一件があって以来感じるようになったもの。
今までに何度か、他の人から感じたことのあるものだ。
「分かった。んじゃ、行ってくる。」
思考に埋もれながら、とりあえず手を振り返す。
そう。結意さんから感じているのは、神楽さんやソーマさんから常々感じていたのと同じ感覚だろう。
すなわち、一人で抱え込もうとすること。何もかも一人でやろうとして……なまじ優秀なものだから、出来ると信じ込んでしまっていて頼ることを思い付きもしない。本当はあの二人だって、両の手に収まらない範疇のことは出来っこないのに。
今は……渚さんを含めた三人の間だけで、ではあるものの、少しは頼ることを覚えたらしいけど。
と言うか、結意さんのあれはジュリウスさんから派生したものだろうか。どうも隊長ってものの重圧に……ある種の固執をしているような、そんな気がする。
「榊博士。今し方、ロミオさんにマルドゥークの件を伝えました。追って、ブラッド隊長より連絡もあるかと。」
「ふむ。彼は何か言ってたかい?」
「いえ。特には。」
連絡した先からの要領を得ない質問に首を傾げる。
「マルドゥークの件は一応フライアにも伝えておいたんだけどね。そうなると、まだ彼らに話は行っていなかったかな。」
またか、と。疑いすぎであってほしい事柄を、またも裏付けるような動き。
フライアは……と言うより、ラケル博士は、いったい何を考え何をしようとしているのか。腹の底が見えない人というのはどうも苦手だ。
「あちらからは防衛用に神機兵を活用する準備がある、と返答を受けている。断る理由はあまりなくてね。マグノリア・コンパスの件を、こちらが詳細に知っているとも思われたくない。」
……もしかして、人のことは言えないだろうか。極東支部も、外から見れば何考えてるのか分からないし。
「そうですね……打診しておいてもらえますか?」
「そのつもりだよ。端末に基本情報を表示させるよう、情報開示も求めておこう。」
「お願いします。」
赤い雨、感応種。
その二つで手一杯のようなものなのに、よくまあ極東支部は面倒事の塊になるものだ。あるいは狙われたのかもしれないが。
他の支部からすれば、妙に秘密主義でブラックボックスの多い場所……謀略に向いていると思われても、仕方ない部分が確かにあるから。
平穏無事にとはいかずとも、もう少しなだらかな日々になってくれないものかと。この頃よく思う。