GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
喰
「針路上、ヨルムンガントを確認しました。」
警戒から臨戦に態勢を移す。どの程度待っただろう。数分、ではあるはずだけど。
私はどうも、ずいぶん焦っているらしい。何時間も待たされた気分だ。
「了解。こちらで対処します。」
「よろしいのですか?しばらく待てば極東から討伐部隊が出されると思われますが。」
「赤い雨の中、いつまでも止まっているわけにもいきませんから。」
「分かりました。ハッチを開きます。」
渚も……同じみたいだ。
《おいこら。焦っても無駄でしょ。ソーマはこの程度じゃ何ともないって。》
【ううん。ソーマもそりゃ心配だけど、そもそもね。】
《嫌な予感がするって?》
【うん。】
悪い予感は当たる。良い予感というのは、そもそも感じられる物でもない。
不平等甚だしいけど、そういうもの、なのかな。良い予感なんてそもそも信じられないだろうし。
……自分でも卑屈に思えてくる。良い予感を信じられないって、どういうネガティブ思考なんだって。昔からそうなんだから仕方ないか。
「地上での戦闘も予想されるから、渚はそっちへ。ヨルムンガントは私が何とかして、そのまま極東支部に状況確認に向かいます。」
「はいはい。似合わないぞー。上官面。」
「……それ言う?」
「言う。ま、いいけどね。」
この遠征、何度渚に助けられたことだろう。
ひとまず恩返し一回目だ。
「3カウントで降下。5カウントで移動開始。1、2……」
くん、と飛び跳ねるようにハッチから出て、自由落下。昔はちょっと怖かったりしたんだけど、飛べるようになるとむしろ新鮮で面白いと感じるようになった。
生き物は何かと慣れるものだ、と。我ながら笑ってしまう。
「4!5!」
羽とブースター。これも、慣れた。
私がアラガミである証拠だから、これも以前はある種の嫌悪を抱いていたと言っていい。
でもこれがなければソーマと出会わなかったし、極東のみんなもそう。そもそも八年前に私は死んでいたことだろう。
【悪くないよね。意外と。】
《意外は余計。》
【あはは。よし。じゃあ行くよ。】
《どーぞ。》
聞こえる音が一段高くなり、いろいろなものが後ろに吹っ飛んでいく。
その中には空中で消える渚がいたり、ついさっき乗っていたヘリがあったり、赤い雲の流れがあったりする。
《インドラの吸収で速度三割増。急制動は利きにくくなってるので注意ってことで。》
【あ、やっぱり速くなってる?】
《そりゃね。アホみたいに速いの喰えばそうもなるよ。》
前方。ヨルムンガント接触まで三秒。
【イザナミ!全開!】
《待ってました!》
急制動が利かないなら、一合で六体全て倒せばいい。乱暴な解決法でもそれを可能にするだけ私は強いから。
母になれずとも構わない。私は、私の守りたい全てを守る。
「せえのっ!」
長大のオラクル刃を形成したまま、地面に対し水平に一回転する。のんびりやっていれば取りこぼしが出るわけだから、実感はないけど相当の速度で回ったのだろう。
六回の手応えプラスアルファ。アルファ分は、一体を二回以上切ったときの分。
それから、肌に伝わった感触の分だ。
《神楽!雨がおかしい!》
赤い雨はオラクル細胞の塊みたいなものだ。捕喰能力こそ低く、かつ偏食傾向も強いものの、捕喰対象はしっかり食べる。
ただ、私……というかアラガミは対象外。アラガミ側が喰らうことはあっても赤い雨に喰われることはない。
はずが、この雨は私を喰らおうとしている。まあこの程度で喰われないけど。
「ちゃ……く……ちっ!」
……この道沿いの人ごめんなさい。ちょっと穿っちゃいました。
心の中で呟きながら、とにかく周囲を確認する。ヘリの辺りでは違和感はなかった。となれば支部周辺のはず。
異変はいくつかあった。
フライアからの妙な偏食場。
ノースゲート付近から感じられる、渚に似た偏食場。暴走中っぽいけどどうも違う。
そして、赤い雨。
「嫌な予感にも程度ってほしいなあ。」
動いている。雨粒が動くことはないだろうから、これはおそらく雨粒に含まれたオラクル細胞が動いているのだろう。
おそらく、一個一個がアラガミとして。家屋も地面も防壁も何もかも捕喰対象にしている。
《何考えてるか余裕で分かるけど、極東支部くらいなら囲えるよ。》
【お墨付き感謝。じゃ、ちょっと無茶しようか。】
《いつもでしょうが。全く。》
【小言は後で。】
《ぶーぶー。》
細胞単位で喰っているなら、こちらも細胞単位で対抗すればいいという話で。
インドラの能力を吸収しているなら出来ないことはないと思う。実際、イザナミも出来るって言ってるんだし。
「状況からして、たぶん結意ちゃんって子がやらかしてるんだよね。」
何か目的でもあるんだろう。が。
悪いけど、ここは私の守りたいもの筆頭だ。
「最強をなめないで。」
*
転移一回。次いで……なんだろこいつ。よく分かんないけど犬っぽいアラガミ二体の処理。残り四体の内一体だけ白いのは……親玉だろうか。私見てものすっごい勢いで逃げてったけど。
そいつらの手前。座り込む少女を見て、私の心臓はぶっ壊れそうになる。
誰に言われずとも分かる。あれが。
「結意……結意!」
駆け寄ろうとして、私の足は止まる。
三体の犬アラガミが突然悶え苦しみ……溶けていったのだ。文字通り。
同じタイミングで雨が変性した。本来アラガミへの捕喰は行わないはずのそれが、今は何でも喰らい尽くそうとしている。
「……ほほー。面白い奴が来たもんだ。」
一瞬、誰がその言葉を発したのか分からなかった。私じゃないし、記憶の中の結意はそんな発言をする子じゃない。
だけど、どう見て、どう聞いても、それは彼女の口から発せられたもの。
「あんた……誰。」
「あ?あー。愛しの妹にでも会いたかったか?残念だなあ。あと一歩遅かった。」
「だから誰って聞いてんのよ!」
結意だって可能性はある。記憶が正しいなら五年間離別していたんだから、その間に性格が変わりました、くらいあって不思議じゃない。
けど、それでも、これが結意だなんて信じられないし、信じたくない。
「はっ。なら聞くが、お前は誰だ?」
「渚!鼓渚!どうせ分かってんでしょうが!」
「鼓渚、ねえ。おっかしいなあ。」
「何が!」
こういう手合いに激昂するのは無意味だと分かっている。挑発に乗るだけ無駄だ。
その無駄をしてでも、目の前の相手をどこかにやってしまいたい。
「……あん?」
相手の目線が極東支部に注がれた。見れば、青いオラクルがドーム状に形成されている。
「面倒くせえことしやがる。せっかくの予行演習が台無しだ。」
「……予行って、何の。」
「見りゃ分かるだろ?終末捕喰のだ。あわよくばそのまま起こしてやろうと思ったんだが……さすがに足りねえか。」
足りない。
そう評する現状で、極東支部外側の地面は大きく陥没している。下の方に……人?だろうか。二人、おそらく死体が見えている。
「んで、だ。あんたは知らないのかもしれねえがな?鼓結意の姉、鼓渚は……」
ニタリ、と笑みを挟み。
「死んでるはずなんだわ。」
そうだった、と。一度完全にアラガミになっていた以上、私は人間としては死んでいたことになる。
だけど、アラガミになってから戻ったじゃないか。そう言おうとしたものの。
「ちなみにアラガミに一度でも成った場合ぃ、その後形成された意識はぁ、例え人間時代の記憶及び性格その他全て持っていたとしてもぉ、模倣に過ぎないわけでぇす。……っくく。そんで?あんた誰だ?」
「私……私は……」
「分かんねえよなあ当たり前だ!人間じゃねえ!アラガミに堕ちきったわけでもねえ!持ってる意識は紛い物!体は全部オラクル製!さあほら言ってみろ!てめえは誰だよ自称鼓渚さんよ!」
「うるさい!」
ほとんど反射的に攻撃に入っていた。これ以上喋らせたくない、と、その一心で。
もしかしたら、体はほぼ間違いなく結意だってことを忘れていたのかもしれない。やっぱり私は最悪の姉だ。
こいつも、当然のごとくそこをついてくる。
「姉が妹に刀を向ける?こりゃあ傑作だな!反吐が出る!」
いなされた勢いを、転移で回転をショートカットしながら次の攻撃に乗せる。二、三合と続ける度に速度と威力は上がっていくものの、単調さも増すせいかやはりいなされる。
「私は渚じゃないって言ったのはあんたでしょうが!だいたい!」
向きを変え、都合十七度目。
威力も速度も方向も、全て申し分ない域に入ってようやく、いなすことなく受け止めた。つまりこれ以上は避けるしかなくなるわけだ。むしろオラクル刃があるとはいえ、この小さい神機でよくここまで、と考えるべきなのだろう。
「あんたを結意だと認めた覚えはない!」
「そうかよ!ならあたしは誰だ!あんたは誰だ!いやむしろ何だ!ええ!」
空中に形成されたオラクルの刃が同時に襲ってくる。こいつの能力はつまりこれ、なのだろうか。どう見てもこのオラクル、放出したものじゃなく赤い雨から引っ張り出したものだ。
多段攻撃に対応するため、もう一本神機を手に作りながら叫ぶ。
「んなもん決まってんでしょうが!」
こんなオラクルの刃にやられるために、極東に戻ってきたわけじゃない。
「私もあんたも化け物だ!」
「そうだよ化け物さ!人間じゃねえ!あんたはシオ!あたしはバンダースナッチ!見事にらしい名前まで持ってる!」
「違う!もう私はシオじゃない!世界を喰らおうなんて思ってない!」
こんな胸に突き刺さる会話のために、生きてきたわけでもない。
「誰が何と言おうと私は私だ!」
私は。
「たとえ化け物でも特異点でも、私は鼓渚だ!それ以上も以下もない!」
もう後悔しないために。
「まだ言いたいことがあるなら言ってみろ!」
「ああ!まだ一個残ってる!」
もう二度と間違えないために、ここにいる。
「結意から伝言だ。てめえと話したくなんざねえ、とさ。」
なのに、なのにそんなこと言われたら、私は何も出来なくなっちゃうじゃないか。
「そりゃそうだと思わねえか?母親はいねえったって、家族三人仲良く過ごせたかもしれなかったんだぜ?それをてめえが……」
「……やめて……」
「どこまでも見事に跡形もなく叩き壊し……」
ダメだって。それを言わないで。
「愛しの妹にそれはそれはゴミ屑みてえな人生送らせたんだもんなあ!自分の仇と誰が話すかよ!ぶわああか!」
「あぐっ!」
鳩尾に拳をもらい、意識が遠のく。全身余すところなく隙を晒していたのだから、これは当然の帰結だろう。
それ以外にも何かが干渉して体が動きにくくなっている。結果として、これ以上の活動が不可能な域まで追い込まれていた。
「おっと。あんにゃろ動きやがったか。」
さっき死体があった方をこいつは向いているけど、私はそちらを向くことが出来ない。もう少しで途切れる意識。指先を動かすので精一杯なのだ。
……それでも、結意に手を伸ばす。
「結意……」
「おいおい何度言わせんだ?」
お願いだから、あの日のように。
私はまだ一言謝ることすら出来ていないんだ。
「……お姉ちゃんなんかと、話したくないよ。」
「っ!」
「っはは!どうよ似てた?ただの演技ならよかったのになあ……残念でした!こりゃあいつの代弁だ!二度と面見せんなよ化け物が!」
背を向けて歩き出すのを、私はただ、見ていることしか出来ない。
薄らぐ意識は、泣くことすら許してくれなかった。