此れは一人の少年が人理を守る為に戦う物語。
血を吐き、涙を流し、其れでもなお立ち上がって前へと進む。
だが
此れは一人の少女が自分の生涯を生き抜く物語。
不器用で、怖がりで、然し少年の背を追いかけ護る事から逃げ出さない。
でも
だから此の記録は他の誰でもなく、僕が、一番近くで見ていた、見る事しか出来なかった僕が書こうと思う。
――最後まで書く事は出来ないかも知れないが付き合って欲しい。
此れは少年と少女、そして何処までも臆病者で卑怯者な僕達の物語――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「セイバー!! キャスター!! マスターとキリエライト、ジャンヌ・ダルクを連れて逃げろっ!!」
燃え盛る戦場に切迫した叫びが響く。其の言葉に僅かだか逡巡するが杖を持った男が逸早く動き出した。指が
「悪いな。嬢ちゃんは自分で走ってくれや」
そう告げると未だ幼さが残る顔立ちの少年を担ぎ走り出す。
「え? ちょっと待ってアニキ」
「待たん」
少年の悲鳴を無視し、更に其の速度を上げた。
「私達も行きましょう」
「然し彼は如何するのですっ!?」
己が身よりも巨大な盾を持つ少女の掛け声に、旗を持つ少女―ジャンヌ・ダルクは異を唱える。
だが其れを当の本人が追い払う様に手を振り、
「良いから早く行け。お前とマスターは特異点を修復するのに必須。キリエライトはマスターを護るのが第一、セイバーとキャスターは撤退戦に向かない。消去法で俺が残る」
淡々と告げた。
「ジャンヌ・ダルク、彼は必ず僕等と合流出来る。そうだろう?」
最後の一言は此の場に残る彼へと向けられる。だが其の言葉に返事はせず、ただ手をひらひらと動かし、早くしろと促しただけであった。
其れを見て漸く決意が固まったのか、ジャンヌ・ダルクは「御無事を」と残し駆け出す。そしてセイバーも彼女に倣い「また後程」と言葉を残した。
二人の台詞を背に受け、唯一人残った青年は笑う。生前の自分だったらあの様に声を掛けられる事なんてなかったであろうと。
「あら? 残ったのは貴方だけですか」
嘲りの響きを帯びた問いに青年は顔を向ける。
「全員で掛かれば、万に一つの可能性で私を討てたかもしれないのに…冷たいお仲間ですね」
仮に万に一つが来ても負けないと云う絶対の自信。もう一人の聖女―ジャンヌ・ダルク・オルタには其れがあった。
「万に一つじゃ駄目なんだよ。世界を救うのに一発勝負やらされる側としては、少しでも良いから勝率を上げないとな」
青年は黒く澱んだ瞳で黒き聖女を睨め付ける。
「然し貴方では些か力不足では? 貴方のクラスでは私の怨讐は止められないでしょう?」
「彼奴らにも言ったが此処は俺が残るのが最適解なんだよ」
シニカルな笑みを浮かべ相対する青年に、ほんの少しだがジャンヌ・オルタの心に興味が湧く。
目の前の男は彼我の力量差やクラス相性が解らぬバカには見えない。ならば其れらを覆すだけの何かがあると云う事だ。
むざむざ消してしまうには惜しいかもしれない。そう、心に芽生える程度には。
「……如何云う事だ?」
故に彼女は微笑み手を差し伸べる。
「此方側につきなさい。貴方の瞳を見れば分かります。本来であれば貴方は其方に居るのがおかしいのだから」
かつて救国の聖女と呼ばれ祖国の為に旗を取ったジャンヌ・ダルク。彼女は其の影として生み出された。
彼女は救いを欲さない。彼女は正義に期待しない。彼女は全てを赦しはしない。
そう、彼女は、彼女こそが
だが其の彼女が手を差し伸べる。白き聖女と同じ様に。
若しかしたら黒き聖女である彼女にも願いがあったのかもしれない。
部下ではなく自分と共に世界を焼き尽くす仲間がいて欲しいと。
自分と同じく世界を憎悪する瞳を者を。
そして彼は、
「……悪いがアンタと一緒に居てやる事は出来ない」
其の手を拒絶する。
「……理由を訊いても?」
表情を殺し冷え切った視線を向ける。
「怖…ちびっちゃうだろ……」
青年は戯けた様に肩を竦め、相手を虚仮にする笑みを浮かべた。
「世界が壊れたら、此の先に産まれる筈の俺の妹が居なくなるだろ」
人理の為、世界の為ではなく妹の為と言い切った青年に、流石の復讐者も氣勢を削がれ呆氣に取られた顔となる。
「……其の様な理由で命を捨てると?」
「千葉のお兄ちゃんとしては何よりも大切な事なんだよ」
遂には堪え切れなくなったのか、心底愉しげにジャンヌ・オルタは笑う。
「其れに何度も言うが別に死ぬ氣はねぇよ」
其の台詞が血戦の幕開けとなる。
黒き聖女は怨讐の焔を纏い、青年は両手をズボンのポケットに納める。
「さぁ燃え尽きなさい、名も知らぬ
襲い来る焔を眼前に青年――此れより遥か未来に自らを悪とする事に因り、敵対する両者に共通の敵を与える、献身の聖者と後に呼ばれる調停者は笑った。