―――全ては、あの日から始まった。
いつも通りの朝。いつも通りの学校。いつも通りの友達とのバカ話。いつも通りの退屈な授業。いつも通りの昼下がり。いつも通りの居眠り。いつも通りの放課後。いつも通りの寄り道。言い始めたらキリがない。
ただ、いつもと明確に違ったのが、空が紅く染まる夕暮れ時だった。
下校途中に寄った本屋の帰り。特に何も買わずに面白そうな小説を流し読みしただけなので、荷物はほぼ空っぽのカバンのみ。沈み行く太陽の、それでもしぶとく発せられる太陽光線を体に浴びながら、家までの道をとぼとぼと歩いていた。
その時だった。
「ねえ、お兄さん」
と、不意に背後から声をかけられたのだ。俺は特に何も考えずに振り向いた。
そこにいたのは幼い少女、つまりは幼女。金色の長い髪に黒いドレスがよく栄える。
この道は一本道でたった今通った所に誰かいるのはおかしいとか、こんな小さい子がこんな時間に一人で何をしているのかとか、さっきの言葉は十中八九この子が言ったのだろうけど、それにしてはこの頃の子ども特有の舌足らずな感じが無いなとか、どうして俺を呼び止めたのだろうかとか、色々疑問は浮かんできたものの、とりあえずそれを全部まとめて放り投げ、
「何か用かい、お嬢ちゃん」
当たり前のように言葉を返した。
ロリコンとペドフィリアを併発させているこの俺が、可愛らしい幼女に話しかけられて反応しない訳が無い。
いやいやそれにしても、見れば見るほど愛らしい。まるでお人形さんみたいだ。本当に良く出来ている。
…気持ち悪いくらいに。
「ねえ、お兄さん」
もう一度少女が言う。どう見ても、彼女の唇は動いていないけど。
「好きな動物って、なに?」
……動物か………いきなり言われてもぱっと出てこないよな。無難に、犬猫とか言っとけばいいのか。もしくはこの場合、人間というやや変化球気味の回答は認められるのかどうか。
くだらない事を考えて首を捻る俺を、お人形のような女の子はじっと見つめる。ガラス玉の瞳で見つめる。
ふと、丁度横の塀にポスターが貼ってあるのに気付いた。今朝は無かったはずだから昼間にでも貼られたのだろう。近々オープンするという水族館のポスター。デフォルメされたキャラクターと動物の写真。……うん、これでいいか。
ポスターに向けていた視線を少女に戻す。目を離しているうちに、もしかしたら消えてるんじゃないかなー、とも思ったがそんなことは無いらしい。
まあそんなことはどうでもいいんだ。幼女の質問に答えよう。上手く誘導すれば一緒に水族館に行く事だって出来ないこともない。
「俺が好きな動物は、ペンギンだ」
「ペン…ギン?」
こてんと首を傾ける幼女。これで首が外れたら面白いのに、なんて思いつつ、ポスターを指差して「これだよ」と教えてあげる。ふんふん、と確認するように写真を見て、幼女は、
「じゃあ、これでいい」
言葉が終わると同時に幼女の姿は陽炎のように消え去り、そして、俺の視界に何も映らなくなった。