東方人鳥録   作:ぽぽろっか

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9羽~神仏に説法~

 しんしんと雪が降る。空から落ちた小さな結晶は地面に積もり、一面を銀色の世界に変えていく。

 

 羽毛のような雪が延々と舞い続ける山間の小道を、傘も笠もなく、普段どおりの様相で歩くペンギンがいた。肩にも頭にも雪が積もり、一歩踏み出すごとに足が地面に沈んでいってしまうが、これと言って気にした様子はない。

 

 本人として「この程度、あの南極に比べれば」と思っている。ペンギンだからか、それとも宿した能力の影響か、どうやらこの鳥類は寒さには強いようだった。

 

 しかし、天候は問題なくとも別の事に関しては大きな問題が残っていた。

 

 それは、

 

「ここどこだ…?」

 

 コイツ今迷子なんです(笑)

 

 本来ならばもう目的地についているはずなのだが、この豪雪のせいで道が隠れて分からず、たびたび起こるホワイトアウトのせいで方角もわからなくなっている。ダメだこりゃ。

 まあ当のペンギンは深く考えず、歩き回っていればそのうちつくだろうと考えて、明るいうちは歩き、暗くなってもやっぱり歩き、眠くなったらかまくらを作って篭る、という生活をもう五日近く行っている。危機感持とうぜ。

 

 ここだけの話。ペンギンがいる場所は四方十里にまで及ぶ山岳地帯であり、ペンギンはそこをぐるぐると回っているだけなのである。雪で踏み出した先から足跡が消えていってしまうので、一度通った道だというのが分からないのだ。

 

 でもやっぱりあのバカはバカである。今も鼻歌なんか歌いながらスタスタと進んでいるのだ。つい先日冬眠をしていなかったクマと遭遇し、結果として美味しい肉を手に入れることができたからご機嫌なのである。崖から落ちればいいのに。

 

 ……おっと。ここでギンは足を止めました。その視線の先にはひっそりと佇むお地蔵様が一体。このあたりは散々歩いた場所だが(ギンは気付いていない)大雪のせいで今まで目に入らなかったようだ。

 

 お地蔵様をしばらく見ていたギンは何の気なしに近づいていく。

 

 錫杖を片手に目を閉じ微笑むお地蔵さん。しばらく誰もここに来なかったのか、お供え物は無く、体の大部分に雪がこびりついている。

 

 もとが日本人で少しでも仏様に愛着でもあったのか、それともただの気まぐれか。ギンは地蔵様の体に雪を綺麗に落としていった。

 

 そういえば。昔話の中にはこんな風に雪をかぶったお地蔵さんに笠を着せてあげたら恩返ししに来てくれたという話があった。たかが笠一つでご大層な話だなと思う。

 ギンも同じ話を思い出したのか、能力でぱぱっと氷の笠を作る。紐が無いのでうまくバランスをとって頭に乗せ、その出来栄えに頷いていたりした。

 

「じゃ、がんばれよ」

 

 ぽん、と。少し前に落としたばかりだというのにもう雪が乗っかっていた肩をたたき、再びギンは歩き出した。

 

 『あー、こんだけ雪がひどいなら、いっそ祠でも作ってやればよかったかな~』などとぼんやり考えながら歩いていた。

 その時だった。

 

「待ってください」

 

 後ろからそんな声がかけられたのだ。

 

 誰もいないはずの方向から声が聞こえたのだ。怪しすぎる。ギンは声のした方へ、足元の雪が摩擦熱で溶けるくらいの速度で振り向いた。

 

 そこにいたのは、錫杖を持った「幼女だぁぁあああああああああっ!」うっさい!

 

                          ★

 

 外はごうごうと音を立てて吹雪だかブリザードだかスノーストームだかが吹き荒れているが、このかまくらの中までは入ってこない。入った後入り口を最小限まで小さくしたからだ。完全に閉じると空気の循環がいかなくなるから気をつけるように。

 

 それなりの広さのかまくらの真ん中には焚き火。これのお陰で気温は心地良いくらいに保たれている。周囲の雪は能力で凍結させているので融ける心配はない。

 

「食べるか?」

「……いただきます」

 

 フリーズドライしていたクマの肉を融かし焚き火で焼いたものを差し出すと、彼女はちゃんと受け取ってくれた。つまりコミュニケーションする余地はまだ残っていると言うことだ。

 

 目の前の少女を、突然お地蔵様のすぐそばに現れた少女を見る。見る。じっと見る。

 緑色の肩にかかるくらいの髪。そのちんまりした体躯を包むのはお坊さんが纏うような袈裟。傍には錫杖が置いてある。ツリ目がちなパッチリとしたお目目は、手にしたクマ肉を見ながらもチラチラ俺を伺うような動きを見せている。わずかにでも動けば途端に彼女はビクッとするのだ。クソカワイイ。

 

 ファーストコンタクトの際、飛びついて抱きついて転がって頬擦りして弄ったのが原因だと考えている。悲鳴がいいBGMで耳が幸せだった。ぺろぺろはできなかった。しようと思ったら錫杖でぶったかれて正気に戻った。

 

 うむ。冷静になると今こうして狭いかまくらの中で一緒に入れることが奇跡のように思える。それくらいのことを俺はしたのだ。後悔も反省もしていない。この手に残る感触は絶対に忘れない。

 

 とはいえこのままではいけない。ただ無言でいるのでは気まずくなるだけだ。どうにかしてこちらから歩み寄り、先ほどのことを有耶無耶にしてもらおう。

 

「その、だな。先程はすまなかったな」

「……っ!あ、謝ってすむことでは…」

「ああそうだ。でも、それでも謝らせてくれ。本当にすまなかった。だがあれには、已むに已まれぬ理由があったのんだ」

「理由……ですか?」

「ああ…」

 

 さあ考えろ。この目の前の少女をどうにかして納得させ警戒を解いてもらえるような完璧な言い訳を…

 

「ひ、人肌が、恋しかったんだ……」

 

 はいオワタ。

 

「そうでしたか…」

 

 え、マジで!?なんか好意的な返答が帰ってきた。憐れむ様な眼差しも頂けました。

 

「確かに、ここ何日かずっと一人でいたようですからね。孤独で精神が病んでしまうのも無理ないかもしれません」

「え?なんで俺が一人だって知ってんだ?初対面なのに」

「面と向かって話すのは今日が初めてですし、あなたが私を見つけたのも今日が初めてです。しかし、私があなたを見つけたのは今日ではありません。何日か前から気付いていて、何度も何度も私の周りを通り過ぎるのを見ていました」

「へぇー。そうなんだ。……あれ?つまり俺同じところを何往復もしてたのか?」

「おそらく」

「ガッデム!」

 

 項垂れる。ちくしょう、俺のここ数日の徒労をかえしてくれ。大して疲れてないけど。

 

「……で、なんでお前は今日に限って俺の前に出てきたんだ?犬のようにぐるぐると回り続けた俺を笑いに来たのか?」

「違いますよ。なんでそんなに捻くれてるんですか。……私の体を綺麗にしてくれたお礼がしたかったからと、それと…」

「それと?」

「え…っとですね。その…なんといいますか……」

「なんだよそんなにもじもじして。言いにくいことなら言わなくても良いんだぞ。そしておしっこなら恥ずかしがらずに言えよ」

「違いますよ!それにそんなこと言いません!ああもう、いいですよ言います!」

 

 どっちだよ。

 

「私も……一人でいるのが寂しかったんです!」

 

 羞恥に顔を赤くしながらも、少女は堂々と言い切った。

 

「ぷっ」

「あ!笑いましたね!同じように寂しくて人に飛びつくような人に笑われる筋合いはありません!もういいです!私もさっきのことは忘れますから、あなたも今のことは忘れてください!おかわりっ」

 

 マシンガンのように言い放ち、ビシッと少女はクマの肉が刺さっていた串を突き出してきた。抑えきれない苦笑とともに、新たに一本をその手に握らせる。

 

 はぐはぐと勢いよく小さな口で肉を噛み千切っていく少女を、やはり俺は笑って見つめた。

 

                          ★

 

「ふぅ。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 この子、全部食いやがった。結構な量あったはずなんだけどな。

 ま、いいか。食べてる姿可愛かったし、それを見続けられて胸がいっぱいだし。

 

「それにしても、よく熊なんて狩れましたね。この時期に動き回るような熊はみんな普通より強暴なのに」

「まあ、俺妖怪だし。さすがにただの動物には負けないよ」

「え?」

「え?」

「妖怪……なんですか」

「そうだけど」

 

 しげしげと少女は俺の顔を見て、そして体の細部を見つめる。丁度俺が彼女の体をなめるように見ていたように。違いは相手に気付かれるか否か。

 

 しばらくして、

 

「とてもそうとは思えませんね」

「そりゃそうだろ。人に化けてるんだから」

「いえ、そうではなく。なんと言いますか、妖怪らしくないといいますか」

 

 こんなあったばかりの私に食料を分けてくれるなんて、と少女は言いにくそうに口にした。分けるっつーか全部持っていかれたけど。

 

「じゃあ逆に聞くけど、どんなことが妖怪らしいんだ?」

「それはやはり、集落を襲って人々を殺め己の欲望のままに世を乱す、といったところでしょうか」

 

 大真面目な顔で話す少女の考えにそっと微笑んだ。

 

「なら、俺はやっぱりお前の言う妖怪だよ」

「え?」

「これまで俺は自分のやりたいことをして生きてきたし、その過程で人を殺したこともある。さすがに人里を襲ったことは無いな、面倒くさいし。ほら、お前の言う妖怪の条件の六、七割は満たしている。立派な妖怪だ」

「しかし…」

「いいんだよ別に。俺は生まれた時から妖怪だ。いまさら其処に悩むほど暇じゃないんだよ」

 

 なにやら気落ちした様子の少女に、俺は諭すように語り掛ける。別に知って得するようなことではなく、ぶっちゃけ思いつきだけど。

 

「いいか。俺たち妖怪は人々の恐れの象徴だ。お前みたいな神仏とは対照的なモノだ。分かるな」

「はい」

「きっとお前は、食い物を分けてくれた俺をやさしいと思っているのだろう。そしてそんな俺が其処にいるだけで他者から恐れられ敵意を向けられる妖怪であることをかわいそうだと思っている」

「ち、違います!私はそんな…」

「いいんだよ。言葉にすると上から目線の偉そうな事に聞こえるが、しかしお前の考えはそんなものじゃない。とてもやさしい思いだ。けれどそれ以上に残酷なことだ」

「……辛くは、ないんですか?」

「最初からそうであった妖怪である自分を否定することは生まれたことを否定することだ。そんなアホくさいこと俺はしない。だから俺は妖怪であることを気にしない。お前も気にすんな」

「はい…」

 

 しゅんとした少女を見て笑みを深める。もちろん性的な意味で。

 

「そんなに気落ちするなよ。大方『こんなしっかりした考えを持っている人に私は何てつまらない問いかけをしたのだろう』とか考えてんだろ」

「…すごいですね。アナタは心が読めるのですか?」

「いいや勘だよ。それよかお前はどうにも堅苦しい考えをするな。もっと肩肘張らずにいていいんだぞ」

 

 石頭とでも言うのだろうか。地蔵だけに、なんちゃって。

 

「もしくは、もっと堅物になる、とか」

「どういうことですか」

「アレは良い。コレは悪い。あっちは白。こっちは黒。あいつは有罪。こいつは無罪。そう決める絶対的な基準を持つんだ。その基準に従って行動していけばいい」

「……そんな考えもあるのですね。目から鱗が落ちるようです」

「まあこれは考えの一例、というか極端も極端だ。そのうちお前にぴったりの考えが見つかるさ。対極の妖怪(オレ)神仏(オマエ)だけど、長生きするって言うのは変わらないんだから」

「はいっ」

 

 うむ良い子だ、なんていって手を伸ばし少女のの頭を撫でる。むず痒そうにしているが、さりとてイヤではないらしい。されるがままだ。

 ……『されるがまま』という言葉はどうしてこうもエロいのだろうか。謎だなぁ。

 

 なにはともあれ、最初の猥褻行為のことがなあなあに流されて良かった。一安心である。

 

                          ★

 

「……朝だな」

「……陽が目にしみます」

 

 かまくらの外に出て、いつの間にか吹雪がやみ顔を出したお日様を二人並んで見る。

 

 結局、一晩中語り明かしてしまった。中々に少女が博識で合わせてくれるものだから、俺のほうもついヒートアップしてしまった。なんかこれだけでかしこさが40くらいあがった気がする。

 

 凝り固まった体をほぐすため軽く体を動かす。少女も俺のまねをしてちょこまかと動いている。やっぱりカワイイ。やばいカワイイ。

 

 ――さて、

 

「それじゃあオレはそろそろ行くわ」

「はい。里への道は教えたとおりです」

 

 迷わないでください、と注意する少女の頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。きゃーきゃー言ってやがる。

 

「んじゃな、ええっと…」

「そういえば私たち。お互いの名前も知らないんですね。あんなに話したのに」

 

 言われて見ればそうである。ずっと二人称代名詞でやり取りしていた。すごくね。

 

「ううむ。今更過ぎて少し恥ずかしいな。俺はギン。妖怪だ」

「私は四季映姫。お地蔵様です」

 

 おかしくなって笑いあった。普通もっと速い内にしとくもんだろ。

 

「ギン。あなたと過ごした時間は短かったけど、それでも何か大切なことを教えられた気がします」

「そうか」

「私もアナタのように、誰かに道を示し教えを説けるような人を目指します」

「買いかぶりすぎだ」

 

 恥ずかしいことをさらっと言いやがって。こっちが照れちまうよ。

 

「それじゃあ映姫、さよならだ」

「ええ。ギン、おさらばです」

「いつかまた、どこかで会おう」

「その時はまたいっぱいおしゃべりしましょうね

 

 そう言って小さく手を振る映姫に名残惜しさを感じながらも、俺は背を向けた。

 

 

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