東方人鳥録   作:ぽぽろっか

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11羽~お父さんのいうことを…聞いてくれませんか?~

 山間を渡り川面を撫でるさわやかな風が吹き抜ける。澄み渡った空気はマイナスイオンとかそんな俗物めいた話が本当のように感じられるほどに清らかだった。

 

 肌に当たる心地いい風を感じながら、ギンは崖先から突き出した岩の上で胡坐を掻いて座り込み、目の前に固定した釣竿を眺めていた。

 普段なら「この糸の先に可愛い人魚さんが引っかかっていたらどうしよう、ウヘヘ」などと考えながら釣竿を見つめているのだが、しかし今日はそうではなく、厳粛な面持ちのままだった。

 

 風に押されるでもなく、釣竿が振動してる。

 あ、いっけね。音量オフにしてた。スピーカーを最大にして、っと。

 

「――――!―――――!?」

 

 おやおや?断崖のはずの崖の下から声が聞こえるよ。一体誰だろう。ちょっとズームしてみようか。

 崖の向こうの、びゅうびゅうと風が荒れ狂う宙に垂れ下げられた糸は、

 

「ごーめーんーなーさーい!反省してますから許してくださいー!」

 

 ぐるぐる巻きにされた手乗りサイズの女の子を、しっかりと水面すれすれに留めていた。

 当然のように、この所業はギンの仕業だろう。

 

 ……おおっと、待ってくれ。その手に持った電話をいったん置いてほしい。三桁の番号を入力しないでほしい。ちゃんと説明する。それで納得がいかないというなら、俺が責任を持って通報するから。

 

「こらこら。俺はそんな言葉を聴きたいんじゃないぞ。そうだな、『なんでも言うことを聞くから許してください』ぐらい言わないと勘弁してやる気にはなれないな」

「なんでも言うこと聞きますから!助けてくださいー!」

「よし、言質とった」

 

 コイツ最低だ………!

 よし、みんなはコイツを見張っていてくれ。俺はこれからひとっ走り新宿駅に行って掲示板に「XYZ」と書き込んでくるから。

 

「あー、ダメだ。やっぱり許せん。俺が楽しみにしていた羊羹を一人で食いやがって。この恨み、晴らさでおくべきか」

「そ、そんなー!」

「ふはははは!食い物の恨みは恐ろしいんだよ!…………必死に許しを請う少女の叫び。俺今充実してる」

 

 今ぼそっと本音漏れたぞ。こいつもう本格的にダメだな。

 手遅れの外道はまあ放っておいて、宙吊りになっている少女も確かにいいものだからしばらく放置して置いて。

 

 それでは、彼女とギンの馴れ初めを

 

「許してください!お父様ー!」

 

 ……あ、もしもし。そちら東郷さんのお電話でよろしかったでしょうか?

 

                            ★

 

 思えば俺が日本に着てから、随分と時が過ぎたものだ。

 名も知れぬ木っ端妖怪であった俺だが、今ではそこそこ名の通った妖怪になっているらしく、度々俺の首を狙って陰陽師やら退治屋やら力試しの妖怪などが挑んでくるようになった。

 

 鎧袖一触と言う言葉はこいつらのためにあるのだな、と思うほどに弱かったが。

 

 妖怪はそう簡単には死にはしないので腹に軽く蹴り叩き込んで悶絶させ(たまに肉が爆散することがあるけど気にしない。弱いやつが悪いのさ)、人間相手なら軽く一撫でして気を失わせその隙に身包みを剥いで(服とかじゃないよ。陰陽師ならお札とかそういうの)近くの人里まで運んで即効で逃げたりした。

俺ってやさしー。

 

 昨日もそうして妖怪を2、30体ほど叩きのめしてそこらの木にぶら下げて気持ちよく眠りについた。そこまではいい。いいはずだ。それ以外は覚えていないから何があったとしても俺は容疑を認めない。

 

 だがしかし、

 

「あ、お目覚めですね。お早うございます、お父様」

 

 目を覚ました俺の枕元に正座をした妖精さんがいたことは紛れもない事実だ。これは絶対だ。夢だと言われても俺が信じるこちらが真実だ。

 

「……ああ、おはよう」

 

 なんとかそう返すので精一杯だった。なぜなら今俺の頭は、目の前の少女が口にした俺の名称について埋め尽くされていたからだ。

 

 頭が混乱してどうにかなりそうだったので、燃える火を見て落ち着こうと思う。薪を適当に集めて重ねて術でポン。一瞬で着火した。ちょー便利。

 ああ、こうやって火を熾していると思い出す。挑んできた退治屋の一人、あの白髪の少女のことを。一回ちょろっと撃退したらナメられてると思ったらしくそれから躍起になって襲い掛かってきたっけ。まあその度に気絶させまくったけど。

 主に火の術を使うもんだから、もう見てるだけで術の使い方を覚えちゃったよ。自慢してみせたら滅茶苦茶怒ったけど。

 うん。あの子の憤慨っぷりを思い出したら落ち着いてきた。愛らしいという意味で。

 

 とりあえず飯にしよう。焼きたてのまま凍結した魚を融かして少女にも渡してやる。

 

「あ。ありがとうございます、お父様」

「(ごはっ)」

 

 あれれ~、おかしいな~。このお魚、血の味がするよ。生焼けだったのかな~。

 ま、いいか。

 

 一尾だけだったのでぺロッと平らげ、サイズの問題か、食べきれないという少女が残した半分も食べる。興奮で心臓がやばいことになったけど少女に見られない程度の速度でぶん殴って落ち着かせた。

 

 で、

 

「お前誰?ていうか何?ボケなくていいから俺にもわかるように簡潔に教えて」

「はい。私は付喪神。お父様が持っていた懐剣が変化したものです」

「え。俺そんなん持ってたっけ……ああ、アレか」

 

 言われてみれば覚えてる。言われるまで思い出せなかった。

 なんかどっかの陰陽師が持ってたのをパクったっけ。やけに前口上が長いヤツで聞き終わる前に張り倒したけど。

 

「ところでなんでお父様なの?付喪神ってみんなそうなの?だったら俺今からいろんなものを大切に扱うけど」

「いえ、違います。私の場合は少々事情が特殊でして」

 

 なにがよ。

 

「なんと言うべきなのでしょうか。長い時の中で生まれかけていた私という存在がお父様の妖力や霊力に反応したんです。共振とでも言うのでしょうか。その影響で自我が生まれる時期も随分と早くなりましたし、有する力も本来より強大になりました」

「ふむふむ」

「なので、お父様です」

「なるほど。強引な理論だと感心するがどこもおかしくはなかった」

「ぶっちゃけてしまうとノリですしね」

 

 間違いなくコイツは俺の娘だな。俺という存在に聖人君子を混ぜて変態を引いて常識人をかけてツッコミ役で割ったような、そんな感じがする。

 あ、でもお母さんはどうしよう。

 

「いいんです、お母さんなんて。両親が揃っていたら幸せなんて考え幻想なんです。幸せな人にはそれがわからないんですよ」

「お前の過去に一体何があったんだ」

「私の生の始まりは今朝の夜明けごろですが、共振のせいなのかお父様の知識のいくらかが私の中には存在します」

「お前生後数時間かよ」

 

 それにしてはしっかりし過ぎだろ俺の知識程度じゃクソの役にもたたんだろうからこれはこの子の生来の気質かな、と思う。

 とりあえず女性に対する礼儀として隅々まで眺めることにする。

 

 とりあえずは小さいよな、うん。まあ縮尺が小さいだけで、相似比が小さいだけなのでよくよく観察してみれば体のラインなどはいちおう女性のそれだ。起伏に富んでいるとはお世辞にもいえないけど。

 髪はポニテ。よく分かっているではないか。キリッとしたお目目には良く似合っている。これで髪を解いたりするとギャップがでて異常にムラムラするんだろうな~。

 

「娘よ。お父さんとお風呂にいかないかい?」

「お父様、目が血走ってて怖いです。濁ってる上に真っ赤でなんか腐りかけの死体みたいです」

「娘が辛辣だ」

 

 なんかムラムラしてきた。

 

「そういえばお前って名前とかないの?」

「生まれたばかりの赤子同然の私に何を求めますか。ありませんよそんなもの。お父様がつけてください。責任取ってください」

「え~、面倒くさいなー」

「いいから考えろ」

「はい」

 

 こいつ言葉遣いが丁寧なだけで本性は暴君だぜきっと。

 

 それはさておき彼女の名前である。

 ぶっちゃけて言えば俺にネーミングセンスはない。いやペンギンだからギンって、小学生どころか保育園児か。自分のことだけど。

 そして俺の歴代飼い主たちよ。鳥類だから「鳥さん」とか、鳴き声がペンだから「ペンペン」とか。もうちょい捻ろうぜ。

 ペットは飼い主に似ると言うらしいから俺のセンスが壊滅的なのはアイツらのせいかもしれない。そういうことにしておこう。

 

 仕方ない。あまり気は進まないが、こうなったら奥の手を使うことにしよう

 

「……………」

「なにをしているのですかお父様。いきなり空を見上げたりして」

「話しかけるな。俺は今宇宙の大いなる意思と交信しているのだ」

「……ドン引きです」

 

 娘がすごい目で俺を見ているけど気にしない。

 ……よし。ふぅ、交信終了。

 

「お前の名前が決まったぞ」

「今の奇行でですか!?なんか嫌な予感しかしない…」

「お前の名前は『天華』だ」

「あれ意外とまとも……どういう意味なのですか?」

「知らん。俺に聞くな」

「お父様が考えたのではないですか!?」

「ああ、それと丁度いい機会だから俺に苗字が付くそうだ。『氷室』というらしいので、俺は『氷室ギン』でお前は『氷室天華』だ」

「……もういいです。素敵な名前をありがとうございます」

 

 いいってことよ。なんせ大いなる意思もなんとなく直感で決めたらしいから。

 

「で、これからどうするんだ?」

「どうする、とは?」

「いや可愛らしく首を傾げんなよ。…いや照れんなよ。可愛いって言われたくらいで。あれだよあれ、お前これからどうするんだ、って話だよ。どっか行きたいところとかあるのか」

「お父様はこれからどちらへ?」

「適当にぶらぶらするつもりだけど」

「では私もそのように」

「え?」

「はい?」

 

 微妙に話がかみ合わない気がする。これが、ジェネレーションギャップというものか……!

 

「いや、違うと思います」

「読心すんなよ。ていうかあれ?何でお前俺についてこようとしてるの?」

「なんでもなにも、他に行く所なんてありませんから。………お父様のいる場所が、私のいる場所なのです」

「そんな思いついたようにカッコいい台詞を言われても。ほら、元の持ち主のところとか帰らなくていいのか」

「……はぁ」

 

 うっわー。心底呆れてますよ的なため息つかれたー。地味に心にくる。ああ……でもこれもこれでいいかも……

 

「いいですか、お父様。よく聞いて下さい」

「へい」

「まず私は前の持ち主のところに戻る気は微塵もありません。あんなの数代前の先祖が天才だったからといって調子にのっている大馬鹿者です。あんなのに使われるなんて虫唾が走ります」

「ひでぇ言われようだ」

「そして、いくら知識を持っていようと私はまだ生まれて間もないのです。一人になんかなってみなさい。碌な目にはあわないですし、きっと生き続けていくことはほぼ不可能でしょう」

「ほうほう」

「よって私はお父様といなければなりません。そんな理由が無くともお父様と一緒にいなければなりません。分かりましたか?」

「いや、分かる分からないではなく……」

「……ダメですか?ほ、ほら。私お役に立ちますよ。元が剣ですから、お父様の武器になれます。どうですか?」

 

 まくし立てるように言うなり、天華の姿がふっと消え、代わりにそこに短刀が置かれていた。黒漆塗りの鞘と柄に繋がるように桜の花が描かれた一品だった。

 手にとって抜く。刃はギラギラと光り、なんだか血に飢えている様な気がした。

 軽くて振りやすいし、切れ味もよさそうだ。

 

「でも俺基本肉弾戦だしな。使える術も回復とか補助系だし。この身一つで間に合ってる、っていうかそんなに戦う機会があるわけでもないし」

「あぅ」

 

 ぽふんという軽い音ともに、短刀が天華の姿をとる。そして俺の手の上に乗ったまま、

 

「ダメ、ですか……?」

 

 うるうるとした目で見上げてきた。

 

 ちょっと考えて、

 

「何も問題なんか無かったな!よろしい、俺について来い!」

「ありがとうございます!お父様!」

 

 顔を輝かせ笑顔を浮かべた天華を飛びついてくる。ぎゅっと首に手を回してぶらさがる娘を慌てて腰の辺りで抑えて、

 

「ん?妖精サイズで首に手を回せるわけないじゃん。お前なんかでかくなってない?」

「はい。『姿形を操る程度の能力』で普通の子どもくらいの大きさになりました」

 

 何その便利そうな能力。外見とか自由に変えれるの?

 

「いえ、人型の時はこうして大きくなったり小さくなったりする程度です。武器ならば、お父様の望んだ通りの形状になれますが」

「なんで俺の意思なのさ」

「先ほども言ったように私はお父様から強い影響を受けていますので。お父様が望むのならば、私は大太刀にでも鉞にでも弓にでもなれます」

 

 ふと想像してみる。

 ずらりと俺を囲む異形の妖たち。後ろには震え怯えるか弱き少女たち。白刃を抜刀する俺。ばっさばっさと敵をなぎ倒していく俺。

 …………ヤダ、かっこいい。

 

「ぃよし!行くぞ我が愛する娘よ!凱旋だ!」

「いきなりどうしたんですか!?え、えと、とりあえず、お、おー!」

「我らの前に敵は無し!」

「おー!」

「例え地獄の悪鬼羅刹といえど、我が刃に斬れぬもの無し!」

「ええ!?そ、それはさすがに……」

「あ、その前に食料獲んなきゃ。天華よ、銛か釣竿になってくれない?」

「初めての実用がそれですか!いやですよそんなの!」

 

 こうして俺の旅路に、愉快な仲間が一人増えたのだった。

 

「私は絶対そんなことには使われませんからね!」

 

 ……これネタ分かる人いるのかな?

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