彼女はいつものように、突然姿を現した。
「あら、奇遇ね」
空間の裂け目に腰掛け、広げた扇で口元を隠し飄々と笑いながら言ってのける女に、対する男は、
「ああ、偶然だな」
当然のように返した。
「随分とご無沙汰ね。元気にしてた?」
「まあそこそこだな。お前はどうだ」
「上々よ。そういえばこの頃貴方が私を探しているという噂を耳にするのだけれど、何か用かしら」
「いやなに、愛しいお前の顔を見たくてね。会えない時間が思いを育むとはよく言ったものだ」
「あら嬉しい。実は私も貴方と同じ気持ちなのよ。ああ、愛しているわ」
「これはこれは。勇気を振り絞って想いを伝えた甲斐もあったというものだ」
「もう、ずっと待ってたんだから」
「ははは、寂しい思いをさせてしまってすまなかったね。これからはずっと一緒だよ」
「ああ、今日はなんて幸せな日なのかしら。まるで夢みたい」
「夢でも現実でも構わないさ。キミとボクがここにいて、思いが通じ合っている。それで十分さ」
「ギン……」
「紫……」
……………………………………………………。
「「何をしているんですか?」」
最初の位置から動かず、しかし言葉の上だけならまるで恋人同士の甘い語らいのようなものを交わした男と女のそれぞれ後ろ。妖精サイズの少女と尻尾を生やした少女は異口同音に、自らの主に問いかけた。
同じタイミングでくるりと振り向いたそれぞれの主は、
「いやほら、お前コイツに会うの初めてだろ?だからなんとなく」
「貴女コイツに会うの初めてでしょ?だからなんとなくね」
「「……はぁ」」
笑いながらそう言ってのける主たちに少女たちは呆れたような疲れたようなため息をつき、そして同族を見つけたような眼差しでお互いを見詰め合った。
「――さて」
少女の主が場を仕切りなおすようにぱちんと音を立てて扇を閉じると、二人の従者は慌てて姿勢を正した。
「再会の挨拶はこれくらいでいいでしょう。さ、本題に入りましょう」
「おいおい何を言っているんだい。ボクとキミの愛以外に大事なことがあるというのかい?」
「……うん。冷静になってみるとさっきのはないわね」
「おいおい今更かよ。俺はやっている最中で気付いたけどお前の演技があまりにも面白かったから気にせず続けた」
「そう。貴方の演技も中々だったわよ。その証拠に……ほら、鳥肌」
「鳥の前で鳥肌を見せるとは良い度胸じゃねえか。本物の鳥肌見せてやろうかこら」
「遠慮するわ」
「あの……紫様?」
「お父様……いい加減に」
各々の従者に言われ二人は渋々と話を止めた。と、そこで、
「ちょっとギン。貴方自分の式になんて呼び方させてるのよ。そういう趣味なの?」
「俺がこいつにこう呼ばれていることに興奮しているのかはさておいて、呼び方は最初からこれだったし、そもそもこいつは式じゃない」
「そうなの?じゃあなに?まさか、本当に貴方の子ども?相手は誰?」
「そんな相手いねぇよ喧嘩売ってんのか。こいつは九十九神。俺が持ってた刀が変化したものだ。そういうお前こそ後ろのは誰だよ。お前の夢の賛同者か?」
「似たようなものだけど、ちょっと違うわね。この娘は最近出来たばかりの私の式よ。藍、挨拶なさい」
「はい」
主の女性に促されて、後ろに控えていた女性は一歩前に出る。大陸の導師の服装に身を包んだ彼女は折り目正しく頭を下げた。
「はじめまして。八雲紫様の式、八雲藍と名乗らせていただいています」
その背に広がる九本の尻尾に、自然と男の視線は向けられる。
「へぇ。九尾か。本当にいるんだな。てことは、相当強いのか」
「ええ、かなりできるわよ。私には及ばないけど」
「へいへい」
おざなりに手を振り、そこで男はがらりと雰囲気を変える。
「さて紫、そろそろ真面目な話に移ろうか」
「私はいつでもよかったのに。貴方が焦らすから」
「許せよ。お前にとっても悪い話じゃないと思うから」
「……へぇ」
すぅ、と、女の目が細められる。
「詳しく話して頂戴」
「そんな長々としたことでもない。ほら、始めての時俺言ったじゃんか、荒事中心に手を貸すって。アレを訂正。これからはどんなことでも全面的にお前に協力していきたい」
「それはどういう風の吹き回しなのかしら?」
「色々あって、ちょっと気持ちが変わったのさ。栄枯衰勢というか諸行無常というか」
「よく分からないけど、話は分かったわ」
「で、どうよ。俺、いらない子?」
「いいえ。むしろ丁度いいわ。賛同者も集まった。場所も見切りをつけた。そろそろ本格的に始めようと思っていたの」
「楽園作りを、か?」
「そうよ。力を貸してくれるというなら是非も無いわ。ギン、貴方はこれから補佐として私と一緒に行動して――」
「――お待ちください」
少女の言葉を、仕えているはずの少女が遮った。少女に集まる視線。
そしてその少女の瞳は、鋭く尖ったその瞳は。
燃えるように滾り、男に向けられていた。
……ふぅ、ボケないのもなかなか疲れるな。
★
紫の式であるモフモフの子にすっげぇ睨まれている。どうしたものか。なんか背筋がゾクゾクしてきた。
「どうしたの藍。何か言いたいことが?」
「お言葉ですが、紫様。その男が紫様の助けになれるとは思えません」
「う~ん。藍の目から見て、ギンはいかにもやる気がなく覇気も無く、おまけに華も無い、特技も無い、特筆すべきことも無い、自分の連れに変わった呼称で呼ぶように強制させてる濁って腐敗臭を放つ沼のような目をした男、というふうに映っているということかしら」
「……ええ、おおむねその通りです」
「まてやコラ。そこまで言ってないだろそっちのは。それはお前の目から見た俺の印象なんだよな、そうだよな?」
「なによ。別にいいでしょ?大して気にしている訳でもなさそうだし」
はい。「おおむね」って変換したら大変なことになるなー、とか思っていましたけれど。
「大丈夫よ。安心なさい、藍。この男は確かに見てくれはアレだけど、実力は折り紙つきよ。私が保証するわ」
「紫様……そこまで仰るのであれば……」
「まだ納得できていないみたいね。困ったわね、貴方たちには協力してもらいたいのに。……そうだわ、言われて納得できないのなら、自分の目で見て納得させればいいのよね」
いい事を思いついた、とばかりに両手を胸の前で合わせる紫。なんともその動作が作り物臭くて、胡散臭くて、嫌な予感がする。
「藍、貴方今からこいつと戦いなさい。もしこいつが負けたらこいつの手を借りるのはやめるわ。負けたら嫌でも納得してもらうけど」
「……それは、ご命令ですか」
「うん、そうね。折角だから命令しちゃう。八雲藍、この男と戦いなさい」
「はっ」
威厳たっぷりに言う紫と、傅き承諾する藍とやら。理想的で絵に書いたような主従の図だが、ここで困ったことになったぞ。
ううむ。藍がどうしてここまで俺を警戒しているのか、理由は分からんでもない。
藍は本気で紫を尊敬しているのだろう。まあ一応は大妖怪に数えられている紫だし、そうなることもあるのだろう。そして紫の夢を知っているのなら、尚のこと協力者には気を配るはずだ。
紫の理想は遠すぎる。共に行く者が足を引っ張るのでは到底たどり着ける場所ではない。
そのことは俺も分かってはいるから、藍の気持ちも理解できる。
……しょーがない。
「俺の関与しないところで俺に関する事が決められているが……いいだろう。勝負とやらを受けてやる。それじゃあ――勝利条件の確認だ」
ぽん、と紫に天華を預ける。流れ弾などを警戒すればこいつの傍が一番安全だろう。
「……ッ!?」
「なっ!?」
と、ようやくいきなり目の前まで接近した俺に目を見開く二人。どうも俺の動きが見えなかったらしい。頑張ったからな。
「八雲藍。お前は俺に全力で攻撃を仕掛けて来い。一発でも当たれば、掠りでもすれば俺の負けでいい。対して俺の勝利条件は、お前の尾全てにこの札を結びつけること、で、どうだ?」
指の間に挟んだ八枚のお札を示す。枚数を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに何かに気付いたように藍は己の尻尾を見る。
そこでようやく、九本のうちの真ん中の尻尾に神が結び付けられていることに気がついたようだ。意外に鈍いな。不感症か?
「そんな……まさか……」
「これは……予想以上ね」
ふわりと天華を胸に抱いた紫が浮き、少し距離を置いたところで正面に置いた藍が身構えた。
来る。
★
初手は策も何も無い正面突破。単純な行動だからこそ、その威力は攻撃する者のスペックに完全に比例する。
変化によって鋭く伸ばした爪に妖気を纏わせた一撃。これならば分厚い鉄の壁くらいなら用意に抉り取れるだろう。
だが、当たらなければどうという事は無い。しゃがんで回避。そのまま地面につけた手を軸に身体を回し、刈るように藍に足払いを仕掛ける。
両足を掬われ無様に背中から地に落ちそうになるが、滞空中に自ら身体を振りその反動でさらに身体を縦に動かし、百八十度。片手のみで逆立ちし、そのまま空へと飛んだ。
「これならば……どうだっ!」
首をかなり傾けないと見えないくらいに空高く上った藍の周囲に、青白い炎が大量に出現する。恐らくはあれこそ有名な狐火。あの量。あの密度。そしてここからでも感じ取れる一つ一つに籠められた強大な妖力。回避しきるのは至難の業だろうが、たぶん一発でも当たればそこははじけ飛ぶだろう。
だがそんなことはどうでもいい。彼女と俺の高低差を利用し、早急に実行しなければならないことがある。
パンツを覗きたい。
別に見えなくても構わない。とりあえず藍の直下に移動したい。見上げればそこに女性の下半身があるシチュエーションというものに憧れていたんだ。二十秒くらい前から。
走る。駆ける。前へ進む。
時折斜めに進んで頭上から降り注ぐ狐火を回避しながら地面に浮かぶ藍の影を目指す。
けれど奴さんがずっと止まっていてくれる訳も無い。空を縦横無尽に移動しながら、絶え間なく攻撃を繰り返してくる。
くそっ、追いつけない。届かない。こんな所で、立ち止まっている場合じゃないのに。
もっと、もっと俺に、力があれば……!
追いかけっこも面倒になったのでギアを一つあげる。ついでに空を飛ぶのも解禁しちゃう。
ばごーん、と地面が割れる程度の力で駆け出し、藍の真下に着いたと同時に飛び上がる。
下着は……くっ、見えない……っ!
未来の萌え衣装の一つであるスパッツのようなもので下着は見えなかった。まあ綺麗なおみ足を見ることが叶ったからよしとしよう。
このまま上昇し続けたら藍の足の間に顔面から突っ込んでしまうことになる。それはダメだ。変態としても紳士としても、そんな犬みたいなはしたない真似は出来ない。身体を捻ってルートを変更。藍の真後ろをとる。
「なに……っ!?」
振り返った藍が咄嗟に作り上げた巨大な火の塊を俺の胴体に直接叩きつけようとしてきたので、今度は上に飛んで回避。
今ので結べた札は五枚。残りの三枚の札は俺の手の中でぴらぴらと揺れている。
さて、後一回、一瞬でも後ろを取られたら負けると分かった藍は戦法を変えてきた。
どっしりと構え一歩も動かず、懐から取り出した大量のお札で陣を作り上げる。妖力を圧縮し、撃ちだす方式のもののようだ。太いレーザーのような妖力砲が襲い掛かる。
超頑張って逃げ続けた。
あ、これまでに無いほどの大きさと複雑さを持った陣を作ってる。作るのに時間はかかるがぞの分威力は常識外れだ。
なるほど、藍も勝負を仕掛けてきたな。受けて立とう(キリッ
旋回し進行方向を変える。藍目掛けて一直線。俺の気持ちを受け止めてくれー。
そして轟音。空気を捩じ切る勢いでぶっといビームが放たれた。視界いっぱいにエネルギーの塊が迫ってくるのはかなり心臓に悪い。あの敵味方の戦力がインフレを起こしまくっていた漫画の敵キャラ達も最期にこんな景色を見ていたのだろうか。
回避しながら、ふとそんなことを思った。
個人的にはジーティーも悪くない、とか考えつつ、藍の尻尾にラストの札を結び終えた。
「はい、御終い」
「……参りました」
潔く負けを認めた藍と共に降下して着地すると、優雅に日傘をくるくる回したりしちゃったりしながら紫が近づいてきた。肩上には天華が乗っているが、仲良くなったのだろうか。
「お疲れ様、二人とも。中々の戦いだったわよ」
「藍さんがすごかったです。お父様は……その……」
言うな娘よ。
藍が深々と頭を下げる。
「御見逸れしました。先ほどの無礼をお許しください、ギン殿」
「気にすんな」
ぽんぽんと帽子の上から頭を数回叩く。うむ、ちゃんと狐耳はあるようだ。
さて、それでは今回の戦いを振り返ってみよう。
「藍も頑張ってはいたんだけどね、今回は相手が悪かったわね」
「はい。ギン殿は私よりも遥かに強いのですね。手も足も出ませんでした」
「実際に手も足も出さなかったのはお父様だと思いますけど。お父様もお父様です。真剣に戦っている方相手に手を抜くなんて失礼ですよ」
「……え?あ、あの、手を抜いた、とは……?」
「そういえば貴方、飛行する以外に碌に妖力を使っていなかったわね。あれは素の身体能力かしら。おまけに能力も使わなかったし、かなり手加減していたのね」
「それにお札も使っていませんでした。いえ、使うには使ってはいましたが」
「あら、貴方いつの間に術式なんて覚えたの?ちょっと使っている札見せて頂戴…………なにこれ?陰陽術が基礎にはなっているけどかなり弄られているわね。霊力でしか動かないはずの術を強引に妖力でも発動するようになっているわ。無茶苦茶よ」
「札の種類も色々あるんですよ?遠くからの攻撃を逆回しにしたみたいにそのままの軌道、威力で相手に跳ね返す『反射』に、足元の地面を一瞬で底なし沼に変える『腐食』、あとは見渡す限りの一面を焼け野原にする『焦土』なんてのもありますね。えげつないです」
「貴方よくそんなものを考え付いて、その上効果を齎す札を作ろうと思ったわね。頭と神経を疑うわ」
「…………ははっ、ぎ、ギン殿は、本当にお強いのですね…………ッ!」
楽しそうに笑う紫と天華。そして勝負の裏に隠された真実を知り項垂れる藍。
……この面子で、本当に楽園なんて作れるのかなぁ?