燦々と照り輝く太陽が昇る青空の下。東方に位置するある島国――まあ日本なのだが、今はまだそんな名称ついていないからいいだろう。
ともかく。その国のとある地域の一画。山間にある森の開けた場所に、色とりどりの花々が咲き乱れていた。
季節の花からやや外れた花も無秩序に並んでいるが、そんなことは気にならないくらいの見事な咲きっぷりであった。
そんな花畑の中で、
「~♪」
一羽のペンギンが、鼻歌を歌いながら器用に如雨露で水遣りをしていた。片翼で如雨露を持ちもう片方の翼を腰に当てながら水をまくその姿は、ある種の風格すら漂わせている。
このペンギンがこの花畑の持ち主と会ってから早数ヶ月。一体何があったのか、あれからその持ち主の家に住まわせてもらっているのだ。まあ双方合意の上だから問題ないだろう。
三食きちんと食べられてたまにおやつもでる。布団は柔らかいし周囲の光景は綺麗。おまけに同居人は美人ときている。まったくもって羨ましい。幸せな奴はみんな死ねば…なんでもない。
そんな幸福なペンギンは如雨露の中の水がなくなるまで花たちに水を振りまくと、一輪の花に近づき香りを嗅ぎ、嬉しそうな声を上げる。ちなみにこの瞬間、聞こえる人には聞こえる声で周囲の花たちが騒ぎ出したのは完全な余談で、この声を聞いたとある少女が頭を悩ませたのはこれまた余談である。
一通り花の匂いを楽しんだペンギンはよちよちと短い脚を動かしてその場を離れ、また如雨露に水をたっぷり入れ今度は別の花に水をかけ始める。
この水遣りのお仕事は、こんな恵まれた生活をしているだけじゃダメだと考えたペンギンが、同居人の幽香を身振り手振りのボディランゲージでどうにか説得し、ようやっと手に入れた仕事だ。衣食住の世話をしてもらってる以上これくらいの恩は返したいという考えだ。
けれど、
「鳥さ~ん。お昼にしましょ~」
「ペンッ!」
ご飯と言われてこんなに嬉しそうに家へと帰っていく姿は、同居人というより――ペットだった。
★
「鳥さん、おいしい?」
「ペン」
あ、鳴き声はペンにしました。ちょっとでも個性が欲しかったんです。
それはさておき。
時刻は昼時。お天道様が空の天辺にある時間。花に囲まれた小さな一軒家の中で、緑色の髪の少女とペンギンが食卓を囲むという奇天烈な光景。よくよく考えると違和感有りまくりだなオイ。
食べるメニューは一緒。なんかの肉の丸焼きです。
最初の頃は幽香が俺に肉類か穀物か、どちらを食べさせればいいのか悩んだりしていたが、そこは好き嫌いの無いよく出来たペンギンである俺のこと。どちらも問題なく啄んでやった。
今だって。骨付き肉を両羽でしっかり掴んで、
向かいに座る幽香はそんな俺の様子を微笑ましそうに見ている。やだ照れる。
食事のときは大体こうだ。俺がたどたどしくも飯を食べる光景を幽香が見て楽しんだり、もしくは幽香の話を聞きながら俺が適当なところで
一人と一匹だけしかいないが、そこには確かな家族の温かみがあると俺は感じている。
いつだったろうか。出会ってから数日ほど幽香と一緒に生活した頃、ふと俺は幽香の家族は何処にいるんだろうかと考えた時があった。昔の日本なのだから日数を掛けての狩りやら商売からあるのかと思っていたが、時間が経つにつれてその線は薄いと考えるようになった。なぜなら、幽香の家には一人分の食器しかなかったからだ。いやまあ俺が来ていくつかは増えたけれど。それまでは一人分しかなかった。つまりは一人で暮らしていたのだと俺は気付いたのだ。
これは一体どういうことなのかと頭を悩ませたり悩ませなかったりしていた俺だったが、すぐに答えを得ることが出来た。
きっかけは、そう、ある風が強い日のことだった。
いつものように惰眠を貪っていた俺はなんとなく目を覚まし大きく伸びをした後、出掛けに幽香が用意してくれた飯をもそもそと食べている。その時だった。
ドゴン!と大きな音が家の外、聞こえてくる距離から考えるに花畑の外周付近から届いた。
瞬間、幽香に何かあったのではないかと思った俺が食事を放り出して外に飛び出ると、幽香が戦っていたのだ。相手は全体的に牛っぽいフォルムの明らかな化物。二足歩行の筋骨隆々。ミノタウロスもどきって感じだった。
本能的に、俺はそれが妖怪であると察することが出来た。同時に、その牛妖怪を一方的に攻め続けている幽香もまた妖怪であると判断した。
唖然とする俺の前で、幽香は一瞬で相手に懐にもぐりこみ、右ストレートで牛の腹に風穴を開けた。その時幽香の拳に何かがあることに気付いて、そしてやや薄いがそれがあの二体の周囲に漂っているのにも、俺が南極で使用していた得体の知れない力が正にそれであることにも気付いた。
そして、俺は自分が妖怪であることを知った。
一口に妖怪といってもそれは大きく二つに分けられる。元々ある何かが年月を重ねて変化したものと、最初から妖怪として生まれるもの。ペンギンの両親から生まれながら一向に成長することが無かった俺は多分その中間に位置するもので、幽香は後者なのだろう。
詳しい成り立ちなど知っているわけも無いので、妖怪がどう生まれるのかは分からないが、幽香が妖怪であるならば一人で暮らしていた説明もつく。あれだけの力を出すことが出来るのだ。人里で受け入れられるわけも無い。それ以前に、良くも悪くも幽香は花を育てることにしか興味は無い。煩わしい人間の中で暮らすくらいなら、ここのような山の中で花々に囲まれている方が幸せなのだろう。
そんな幽香が何故俺をここにいさせてくれるのかは分からないが、だがまあ、居候させてもらっている身分としては余計なことに口出しするつもりは無い。せめて幽香を少しでも楽しい気分にさせてやるのが一番だろう。
楽しませることに関しては尽力を惜しむつもりは無い。だって可愛いもん。美少女だもん。今も可愛いし、将来は美人になるであろうことが確定してるし。綺麗なお姉さんとか大好きです。罵って欲しい。
「ペンペン」
食べ終えた後は手を合わせて挨拶。基本だよね。合わせたのは羽だけど。少し遅れて食べ終わった幽香が自分のと一緒にお皿を持っていってくれたので、することがなくなった俺はぐでーっとテーブルに突っ伏す。しかしすぐに戻ってきた幽香に抱き上げられる。そしてそのまま膝の上に。
「うふふ。ふわふわ~」
「…ペン」
最近の幽香のお気に入りはこうして俺の羽毛を撫でること。別に撫でられるのが嫌ってんじゃない。むしろ丁寧に触られるのは気持ちいい。だんだん眠くなってくるし。
でもな、こうやって撫でられて眠くなるっていうのは…ペット、って感じがしてなんかな…
「~♪もふもふ~」
……ま、幽香が楽しそうだから、いいか。
…む。眠く…なって…き………zzz
★
『―――――ッ!?』
「!」
ガバリ、と。かけられていた毛布を跳ね除けて起きる。
なんだ…凄く嫌な感じがする。どうしてかは解らないけど、胸騒ぎが止まらない。
そうだ、幽香がいない。いつも通りなら、眠った俺を置いて花の様子を見に行っているはずだ。目を向けた窓から見える外の景色は、胸糞が悪くなるような曇り空だった。
『キャァッ!』
「ペン!」
外から聞こえてきた幽香の悲鳴に、我を忘れて駆け出す。ペンギンの脚がいくら短くても、妖力で強化して跳躍すればそこそこの速さで動ける。体当たりするように扉を開けると、
「ぐうっ!」
丁度幽香が吹き飛ばされていた。地面を無様に転がりながら、それでも鋭い目で一方を睨んでいる。
視線の先にいるのは人型の妖怪。人間と違うところがあるとすれば、それは腕が六本あることだろうか。恐らくは、蜘蛛の妖怪。身に纏う妖力は幽香のそれよりも強大だった。
蜘蛛が言う。
「ふん。強い妖怪がいると聞いてやってきたが、この程度か」
「舐め……るなぁ!」
咆えると同時に疾走する。驚異的な速度で相手に接近しそのまま拳を振るう。が、
「温い」
そこら辺の妖怪ならば屠れるであろう一撃を、蜘蛛は自らの腕の三本を使って止め、返す刀で薙がれた幽香の脚を一本で防ぎ、反撃に二撃、拳を叩き込んだ。
「が…っは」
またも吹き飛ばされる幽香。口の端から血を垂らしながらも、再び立ち上がる。
その後には、傷一つ無い花畑があった。
愕然とした。自分よりも強い敵と相対しながら、それでもアイツは花を守ろうとしている。
いやバカだろ。そう思いながら、俺の脚は自然に動いていた。
見るからに幽香は満身創痍。恐らくはあと一撃で沈むだろう。それを解っているのか、蜘蛛はゆっくりとした足取りで歩を進める。対する幽香はもう立つことすら儘ならないようで、足を震えさせながら動かない。
もどかしい。僅かずつしか進むことの出来ないこの体が恨めしい。
そうだ。動物の妖怪ならば人に化けることが出来たのではなかったか。確か出来たはずだ。よし成ろう。
正直な話。俺は人間がどういう姿かを忘れていた。元人間の癖におかしな話と思うが、それだけペンギンでいた時間が長かったのだ。だから日本に来て人を見たとき軽く泣きそうになったんだ。
すっかりさっぱり忘れていた人体だったが、ここしばらくの間幽香と過ごして思い出せることもあったし、新しい発見もあった。どんなこととは言わないけど。とりあえず、何回か幽香と水浴びを共にしたことは絶対に忘れないでおこうと思った。
走る。走りながら、人型になる方法を模索する。全身に妖力を通す。頭の先からつま先、毛の一本一本に至るまで満遍なく。そして妖力と体を出来る限り近づける。感覚的にその差がほとんどなくなった時点で、妖力を大きく伸ばし膨らませ人の形をとる。そしてなんだかんだふんにゃらかんたら頑張って努力して精進して切磋して―――人になった。
今までとは段違いの速度で蜘蛛に迫り、気付かれた瞬間、全力で横っ面を殴り飛ばした。錐揉みしながら飛んでいく妖怪を確認し、幽香に目を向ける。案の定、驚いていた。
「あ、あなた…何者?」
言われて、一先ず自分の姿を確認する。
とりあえずは、男だ。参考にしたのが幽香だったからもしかしたらと考えていたが杞憂だったようだ。ちゃんと感覚がある。しっかり付いている。よかった。本当に良かった。
何でかコートを着ていた。意味がわからない。着心地は悪くないのでよしとする。
そこまで把握した時点で、蜘蛛がむくりと起き上がった。
「中々の拳。強いな貴様」
今の一撃で取れたのかペッと歯を吐き捨てながら、痛がる素振りも見せずに話しかけてくる。俺は、
「…すまない。多分手加減は出来ない」
「何を――」
言いかけた蜘蛛は次の言葉を繋げることが出来なかった。それよりも先に、俺が蜘蛛の体を裂いたからだ。五指に妖力を込めて振るう。それだけで蜘蛛の体はばらばらになった。
人の姿になってから、どうにも押さえきれない量の力が俺の中で蠢いている。蜘蛛よりも幽香よりも強いその力は、蜘蛛を殺してもそれは解消されない。当てもない力は中で暴れている。
…これは本格的にヤバイ。この力を幽香に向けてしまおうかと一瞬でも考えてしまった。でも、それだけはダメだな。
掻き毟りたくなる様なむず痒さを胸のうちに抱えながら、自分の中でのた打ち回る力が外に溢れ出さない様必死で堪える。
「あ、あの―――ッ!?」
幽香の声を聴いた瞬間僅かに気が緩む。そのせいで漏れ出した力が彼女を怯ませた。それでも気丈に彼女は話しかけてくる。
「あなたはもしかして…鳥さん?」
「…そうだよ」
できる限りやさしく答える。力の制御に歯を噛み締めながら、そのことを微塵も外に気づかせないように。
「…人に化けれたのね」
「ついさっき出来るようになった。早く走りたかったんでな」
そう、と小さな呟きが耳に入った。思えば、こうして幽香と会話らしい会話をするのは初めてだな。
「助けてくれて、ありがとう」
「気にすんな。こっちには世話してもらった恩があるんだから」
そろそろ限界だ。これ以上ここにいると抑え切れなくなる。そう判断した俺はここを離れようと歩き出す。
「ねえ」
話しかけられて足を止めざるを得なくなった。女の子に話しかけられて無視できるほど俺は酷い男じゃない。
「名前、教えてくれる?いつまでも鳥さんじゃ締まらないし」
名前、か。元の名前は忘却の彼方なので、新しいのを今考えなきゃいけない。どうしようか。
やっぱりペンギンから連想したいな。ペンペンとか?……別に温泉が好きってワケじゃないから却下だな。じゃあシンプルに、
「ギンだ」
「ギン…いい名前ね」
「お前もな」
ありがとう、という声を聞いて、今度こそ俺は前へ進む。
「…ねえ、また会えるかしら?」
「勿論だとも。また会おう」
両足に力を籠め、爆発的な威力によって俺は飛翔する。ペンギンが空を飛ぶだなんておかしな話だと思うが、今はそんなことどうでもいい。ただ遠くへ。可能な限り幽香から離れるんだ――!
―――その日、とある山の中腹部が抉られた様に消失したという。