詩人の詩   作:117

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数年ぶりの投稿です。
楽しんで頂けたら幸いです。


始まりから始まるまで
001話 嵐の夜のシノン村


 

 

 遥かに続く国

 しかしそれは永遠に非ず

 やがてを迎える前に彼が伝えるのは何ぞや

 何かを伝える事はあるか

 紡がれた事は何ぞや

 

 

 

 ガン、とグラスが力強くカウンターに叩きつけられた。

 これ以上囀るな。そういった明確な意志を素直に受け止め、詩人は仕草でおどけて詩をやめる。

「あ~、お客さん。えっと、今の詩は……?」

「故国を唄った詩ですよ。そちらの方には面白くなかったようですね」

 辺境の村、静かな夜。誰が訪れない事も珍しくない、村人だけにあるような酒場に珍しく二人も客が居ついた夜。片方は色黒の剣士で、片方は流しの詩人。腕自慢の剣士はともかく、こんな辺境の村に詩人が訪れるのは珍しいとマスターが詩人に一曲願った結果がこれだ。色黒の剣士の機嫌を著しく損なってしまったようだ。

 しかし色黒の剣士もそれ以上は文句をつける気もないようで、詩人が黙ったら静かに酒を傾けている。

 

 静かな時間が僅かに続く。

 

 すぐに外から雨音が聞こえてきた。それも、かなり強い。おそらくだが嵐だろう。

 嵐になればモンスターも静かになる。村の若い衆もゆっくりとした休みがとれる。

 まあ、嵐の後始末を考える事はひとまずはしなくていいだろう。

 それを裏付けるように見回りに行っていた若者たちがどやどやと酒場になだれこんできた。夕方からの仕事の疲れを癒すため、明日の英気を養うため。仕事の後、しかも嵐の夜に一杯やるくらいはいいだろう。

「トム、エレンと話がしたいんだけど」

「分かった」

 ユリアンという青年がトーマスという青年に囁いた言葉が聞こえてしまった。

 ユリアンがエレンという幼馴染に友情を超えた感情を持ってしまっていることは、少し聡い者ならすぐにわかる。それが恋心に変わるのか、それとも親愛に変わるのか。それとも変わらないのか、朽ちるのか。事情を知る者達は静かに見守るのみである。

「サラ、何か温かいものでも作ろう。マスター、キッチンを借りるよ」

「ああ、キレイに使ってくれよ」

「し、失礼します」

 トムと呼ばれた青年であるトーマス。彼がエレンの妹であるサラを連れ立って簡単な料理を作り始める。ユリアンはエレンに熱心に話しかけているが、受け手のエレンに熱意はない。

 いったいどうなることやら。楽しみだね。

「お客さんたちは何か食べたい物はあるかい?」

 トーマスは愛想よく客二人に尋ねるが、色黒の客は素っ気ない。

 詩人の客は懐から銅貨を数枚出してカウンターに置く。

「少し豪華な物が食べたいね。足りないなら詩で払うよ」

「了解。きっちり出した分でごちそうするよ」

 くすくすと笑ってほんの少しの肉を追加で料理するトーマス。サラは恐縮そうに、香草で香りづけられた果物と野菜を手際よく炒めていく。

 やがて人数分に分けられた炒め物と、詩人に追加で出された肉が並べられる。肉は単品で見たら物足りないが、料理全体を合わせてみたら程よく希少感を煽る量であり、トーマスのセンスが光っている。

「やるね、兄さん」

「ありがとう。お礼に詩をくれてもいいんですよ」

 おどけた二人の言葉だが、急に詩人の声が固くなった。

「それも悪くないが、残念ながら客が一人増えるようだ」

 怪訝な顔をするトーマス。

 視界の隅で曲刀に手をかけて酒場の入り口を睨みつける色黒の剣士。

 大仰な仕草で外を見る詩人。

 そこでようやく、何者かが嵐の夜をまたいでこの酒場に入り込もうとしていることに、全員が気が付く。

 そして次の瞬間、酒場の扉が開き、人影が現れた。

 

 絶世の美少女だった。

 

 まるで(あやかし)のようだと思ってしまったことは恐らく咎められない。それほどまでに、吹かれた風に疲れてうたれた雨に濡れた少女は美しかった。

「大丈夫か!?」

 それに一切惑わされないで雨風に打たれた少女にかけよったユリアンは本当にできた青年だと思う。

「…馬を、馬を貸して下さい」

「馬? こんな嵐の夜に、無茶だ!」

「無茶をしなくてはならないのです。お願いです、馬を…」

 どうしたらいいのか。ユリアンは困ったように美少女と私との間で目を走らせる。

 確かにこの中で馬を貸せるとしたら私くらいだろう。実家に掛け合えばトーマスも出せるだろうが、彼の一存では無理だ。しかし私だってこんな嵐の夜に、儚い美少女に馬を貸すことが正解だとは思えない。思えないが、それにしては美少女の様子は切羽詰まっている。

 どうしたらいいのか分からない中、口火を切ったのは色黒の剣士だった。

「関わらん方がいいと思うぞ。そいつはロアーヌ候ミカエルの妹君、モニカ姫だ。

 嵐の夜を駆け抜けるとは只事じゃない」

「モニカ姫!? ミカエル候の妹君!? なら、なおさら助けないと!」

「関わらん方がいいと言ったばかりだ。ミカエル候が侯爵を継いでまだ日が浅い。更にミカエル候が継ぐにあたってもごたごたがあったと聞く。

 怪しめと言っている状況だ。

 下手に肩入れしてミカエル候が失脚したら一文にもならんし、そもそも相手の恨みを買う。賢明な人間なら無視を決め込むだろうよ」

「ミカエル候も、その父君も! 俺たちシノン村を助けてくれた! 見捨てられるものか!!」

 色黒の剣士を睨みつけるユリアンだが、彼は既に興味もないようだ。酒を傾けることしかしていない。

 見かねたのか、エレンが口を挟む。

「おっさん、口は達者みたいだけど。その腰の曲刀は飾りかい?」

「俺は前金でなきゃ仕事はせん性質だ。飾りかどうか確かめたいなら、金を積め」

 ドン、と金貨が五枚カウンターに積まれた。100オーラム金貨、五枚。500オーラムだ。思わぬ大金にシノン村の面々は目を見開き、色黒の剣士は目を細めた。

「詩人さんよ、気前がいいじゃないか」

「なに、ただの掛け金さ。ミカエル候が勝てば数倍になって返ってくる。手付金としては不足かい、トルネード?」

「トルネード!?」

 思わず口からその名前を繰り返してしまった。トルネードといえば流しの剣士としては最強と名高い。

「となると、その曲刀はカムシーン!?」

「まあその通りだ。俺をトルネードと呼ぶ奴もいるが、俺の名前はハリードだ」

 トルネード…ハリードはカウンターに積まれた大金を見やる。

「で、モニカ姫に大金をかけるお前は何者だ?」

「それは有料かな?」

「…。いや、俺は金さえ貰えれば構わん。俺はモニカ姫の護衛についてミカエル候の下までお連れする。それで構わないな?」

「俺も行く!」

 ユリアンが声をあげた。表情を崩さなかったハリードが、それに初めて怪訝そうな顔をする。

「お前さんが? どういった訳で?」

「金でどうこう言う奴なんて、最後までモニカ様を見捨てない保証があるか! 俺がモニカ様を守る!」

「情に厚いねぇ。まあ、足手まといにならないなら俺は構わん。邪魔になるなら見捨てるぞ。

 他に付いて来る奴はいるか?」

「ユリアンがいくなら僕もいくさ」

「ま、お目付け役は必要でしょ」

 トーマス、エレンが続けて声をあげる。それで終わりかと思えば――

「わ、私も行く!」

 サラも声をあげた。

「サラ! あんたはここで大人しくしておきなさい!」

「エレン、サラを仲間外れにしなくてもいいだろう?」

「私はサラが心配なだけだよ!」

 声を荒げていく面々だが、冷や水を浴びせるように詩人が言う。

「そこまで。行くのは俺とトルネード、ユリアンとトーマス。それからエレンとサラだ」

「お前!」

「文句があるならこの金は引き下げるが?」

 詩人は自分の目の前に積んだ金貨に指を置く。そのとたん、ハリードは視線を鋭くして若干曲刀に意識を寄せた。

「決まりだな。今日は食って寝て、明日の朝一番に村を出る」

「そんな! 今すぐ出ないと!!」

「モニカ姫、あんたの体調だと村から出て10分も持たないぜ。いいからとっとと寝た寝た!

 ああ、この果物くらいは口にいれた方がいいかもな。いい味している。

 他の連中もさっさと寝ろよ。寝不足でモンスターにやられたって俺は助けないぜ」

 ハリードの鶴の一声に面々は不精ながら散っていく。客であるモニカ姫にはエレンとサラの姉妹がこの酒場の奥にある客室に案内するようだ。

 やがて人気が無くなった酒場に残されたのは。自分とハリード、そして詩人。ハリードは残った酒を傾けながら呟いた。

「有料かどうかは置いておく。独り言に気が向いたら答えやがれ」

「……」

「お前、腕が立つな? 最悪あの時、金を引き下げてもお前だけでモニカ姫をミカエル候のところまで届けるつもりだっただろう?」

「……」

「…いや、違うか。お前はもっと他のものを見てやがる。500オーラムを積んでまで何を企んでやがる? そこだけは、有料で構わないぜ」

「500オーラムも1000オーラムも、はした金さ。協力してくれるなら1万オーラム出すが?」

「お前がミカエル候の敵なら1万オーラム貰うぜ。10万オーラムでミカエル候に売れそうだ」

「商売が上手いな、トルネード。とりあえず、ミカエル候がロアーヌに帰るまではモニカ姫の、ひいてはミカエル候の味方でいい」

「お前ほど商売は上手くねぇぜくそったれ。マスター、詩人の酒のツケは俺にまわしな」

 言い捨ててハリードは残った酒を煽り、自分の部屋に去っていく。残されたのは二人だけ。

「詩人さん、今のは?」

「トルネードの寝首をかかないと約束したのさ、ここの酒代でね。もちろん、トルネードはそんな約束は信用しないだろう。

 だが、有料だと言った手前金は払わなくてはいけない。だからその分、酒代を払うと言ったのさ」

「…詩人さん、こんな小さな村に、そんなに酒はないですよ?」

「心配しなくても。明日があるし、これ以上飲まないさ」

 そういって、グラスに酒を残したまま詩人は席を立った。

 散乱としたいつもの光景。

 違うのは状況と、外の天気。

「さて、明日はどうなるのやら」

 

 

 

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